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悪魔の道具は今日も真摯に絶望させる  作者: 紫苑
2章 悪魔の道具は今日も真摯に嘘を吐く
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25話 隷属の首輪と陛下の企み

 考えてみれば、陛下がここにおられるのは当然だった。

 この隠し部屋の入り方を知るのは王族だけ。

 王妃殿下はすでに身罷られておられるし、王太子殿下はまだ幼いのだから、宰相をこの部屋に案内出来るのは陛下以外にいない。


「ユルゲン。そなたは後始末を」

「……かしこまりました」


 陛下の命に、宰相は一瞬眉をひそめたけれどすぐに部屋を出て行った。

 それを見送った陛下が、私の前に膝をつく。


「かわいそうに。痛むであろう。

 ユルゲンは有能だが、こと家族に関しては激情家だ。

 そなたに傷をつけぬように命じたのだが、歯止めが利かなくなったらしい」


 伸ばされた手に一瞬身体を固くしたけれど、予想したような痛みは来なかった。

 代わりに傷が癒され、濡れていた身体が乾いていく。

 どうやら、私を嬲ろうとしているわけではなさそうだ。


 治療してから再度傷つけるといった手段もあるけれど、先ほどの私はそこまで重症ではなかった。

 あのくらいの傷で治療するのは効率が悪い。


「隷属の首輪はうまく機能しておるようだの」

「首輪……?」


 言われて触れてみると、確かに何か固いものが巻きついていた。

 もちろん、私が自分で着けたわけではないよ。首に何か着けるのは好きではないんだ。

 絞められた時の感覚を思い出すからね。


 それにしても、すごいものを着けられてしまったね。

 隷属の首輪はその名の通り、身に着けた相手を強制的に従わせる魔道具だ。

 先ほどから私が魔法を使えないのも、おそらくこの首輪のせいだろう。


 ただ、この首輪は本来奴隷に着けるものなんだ。

 貴族はもちろん、平民や犯罪者だろうと無断で着けてはいけないし、着けられないようになっている。

 魔道具そのものに、正式な手続きを踏まないと着脱出来ないような仕組みが設定されているからね。

 この首輪を着けられるのは登録済みの奴隷か国が認めた凶悪犯罪者だけと……ああ、もしかして。


「私が悪魔と契約したから、首輪を着けられているのでしょうか」

「おや。そなたにしては、頭が回るの。

 そなたはアストルム一の魔法使いにして、悪魔と契約した大罪人。

 首輪の装着条件に当てはまるのなら、使わない手はあるまい」


 ちなみに、首輪を着けられる犯罪者の定義は「他者に甚大な被害をもたらす可能性のある大罪人」だ。

 大罪というのは十人以上を殺害したり悪魔と契約した人間のことだから、私はどちらも当てはまるね。


「安心するがいい。そなたを処刑することはない」


 それは、ずいぶん寛大な処置だ。

 隷属の首輪を着けられた大罪人の末路は大体処刑だ。生かしていても危険だからね。

 当然、陛下も私を処刑されるつもりなのだとばかり思っていた。

 疑問を抱く私の胸の内を知ってか知らずか、笑みを深めた陛下は更に話を続けた。


「せっかく、悪魔まで使ってそなたを手に入れたのだ。処刑などするはずがなかろう」

「悪魔を、使う?」


 聡明な陛下のおっしゃることが、物分かりの悪い私には全く分からなかった。

 まあ、意図の分からない命令をされるのはいつものことなのだけどね。

 普段ならば陛下には下々の者には分からないお考えがあるのだろうと特にその意味を問うたりはしないのだけど、今回ばかりはさすがに気になった。

 自分に関わることだからね。


「恐れながら陛下。陛下のおっしゃる意味が、私にはよく……」

「そなたはなぜ、悪魔と契約したのだ?」


 その声には家臣が悪魔と契約したことへの嘆きではなく、物分かりの悪い子供に問いかけるような優しさが籠っていた。

 陛下は私が悪魔と契約したことを確信している。

 理由はよく分からないけれど、あの身に覚えのない契約書以外の何かがあるのだろう。


「……エミールを、蘇らせたいからです」

「問いかけが悪かったの。そなたは悪魔を呼び出したか?」

「いいえ」


 あの時、君の記憶が薄れていくにも関わらず君を蘇らせる方法を見つけることの出来なかった私は自棄になっていた。

 いっそ、私が君の元へ行ってしまえばいいのだと――今にして思うと、君がくれた命を捨てようとするなんてひどいものだ――思いすらした。

 その時だ。淡い金の髪を一つに束ねた、薔薇色の瞳の青年が話しかけてきたのは。


「悪魔はなぜ、そなたが契約したがっていることを知ったと思う?」

「それは……私が、エミールを亡くしたことを知ったためでしょう。

 少し調べれば、私が彼を大切に思っていたことも、人を蘇らせるための黒魔術に傾倒していたことも、分かったはずですから……」

「そなたの家臣が()()で処刑されて十年が経つ。今更誘いかける必要がどこにある」


 こちらを覗き込んだ陛下は、私の髪を撫でて笑った。


「余が教えたのだ。謂れのない罪で親友を処刑された哀れなアーチェディア伯爵の情報をな」


 それはつまり、陛下がトレーラントと私と契約するように仕向けた、ということだろうか。

 陛下は私と違って聡明だ。私がトレーラントの誘いに乗ることも、願う内容も、予想が出来たはず。

 その場合、民を思う陛下にとって良くない結果になる可能性が高いとは思わなかったのだろうか。


「そなたが悪魔を契約しようとしまいとどうでもよい。必要なのは、そなたが悪魔と接触した事実だ。

 それさえあれば、教会の人間を呼んで大罪人に仕立てることが出来る。

 もっとも、そなたは悪魔と契約し……そしてアストルムの民を数百人、死に追いやったようだがな。

 そなたにそれほどの度胸があったとは思わなかったぞ。おかげで、対応が少々後手に回ってしまったではないか」


 空色の瞳が楽しげに細められる。

 私の話に耳を傾けて下さっている時と同じ表情のはずなのに、どこか違って見えるのはなぜだろう。


「ヴェンディミアに捕らわれたと知った時は肝を冷やした。

 幸い、そなたはあの者たちが好む金も容姿も持っておる。しばらくは生きられるだろうが、拘留期間があまり長くなると処刑されかねん。

 故に召喚状を送ってそなたを連れ戻したが……あの枢機卿の様子を見る限り、必要なかったの」


 召喚状は王からの命令と同義だ。

 応じなければ罰があるし、他国がそれを妨げた場合は正式に抗議が出来る。

 ヴェンディミアとアストルムでは国力に差があるから痛手は負わせられないけど、面倒なことには出来るだろうね。

 ……それでも、あの国なら私が悪魔と関わっていると判定した時点で処刑しそうだけど。


「これでそなたは余のものだ。爵位と領地は親戚に任せ、今後は余の下で働くがよい。

 案じずとも、隷属させたからと言ってそなたを奴隷のように扱うつもりはない。

 そなたがエテールでしていたことを王都で行うだけだ。あとは何も変わらぬ」

「でしたら何も、首輪を着ける必要はないのでは……?」


 私がエテールでしていたことというのは、トレーラントとの契約を仲介していたこと……ではなくて、犯罪者の確保や魔物の討伐のことだろう。

 それなら、わざわざトレーラントと契約させてまで隷属の首輪を着ける必要はない。

 いつものように一言命じればいいだけではないかな。

 そう言うと、陛下は悲しげに首を横に振った。


「余はな、そなたもユルゲンも……他の誰であろうと、信用出来んのよ。

 余はかつて、そなたの弟の立場であった。だが、伯爵家と違って王宮では余のほうが厄介者だ。

 優しかった兄も結局は余を騙し、殺そうとした。

 故に、余は誰も信用出来ぬ。信用出来るのは道具だけだ。ちょうど、今のそなたのようにな」


 なるほど。それなら確かに、今の私は陛下にとって理想の道具だろうね。

 でも、残念ながら私にはすでに所有者がいる。


「彼の所有者は僕です。盗まれては困ります」


 私が口を開くよりも先に、聞き慣れた声が部屋に届いた。

 聖職者のような白い服、姿勢のいい立ち姿、黒いリボンで結わえた金の髪。

 ほんの数日会っていなかっただけだというのに、なんだかずいぶん久しぶりな気がするよ。


「やあ、トレーラント。来てくれたんだね」

「ええ。報酬を貰わないといけませんから」

「報酬? 今は、あげられるものはあったかな……」

「請求相手は伯爵ではなく、彼ですよ」


 そういえば、トレーラントは陛下との契約で私と契約したのだったね。

 いろんなことがあったおかげで、すっかり忘れていたよ。

 そう言うと、トレーラントは呆れたように肩をすくめて私のマントからブローチを奪い取った。

 彼の手の中で、淡い紫色のブローチがきらりと輝く。


「伯爵と接触する、という契約はすでに遂行しました。

 報酬として、この国に住まう貴族の魂を一つ貰いますよ」

「好きな者を連れて行くがいい。強大な力を持つ魔法使い(道具)を手に入れられるのなら、安いもの。

 選ばれた貴族も、国のために身を捧げられることを光栄に思うだろう」


 どうやら陛下は私を陥れる報酬として、他の貴族の魂を使用したようだね。

 この国の全ては陛下のものだから、どのように扱おうと問題はないのだろうけど……選ばれた貴族はたまったものではないと思う。


 選ばれる貴族へ同情していた時、トレーラントがこちらを向いた。薔薇色の瞳が私を見つめて微笑む。

 一見慈悲深い聖職者のように見えるけれど、これは何か企んでいる時の目だ。

 でも、何を企んでいるのだろう。


 その時、何かを壊すような荒々しい音が辺りに響いた。

 陛下が強張った面持ちで扉のほうを振り向く。


「これは、一体……」

「ああ、枢機卿でしょう。伯爵を探しに来たのかと」

「なぜここが分かる!」


 この場に不似合いなほど穏やかなトレーラントの声は、陛下の気に障ったようだった。

 苛立った様子でトレーラントを睨みつける陛下とは対照的に、トレーラントは涼しい顔だった。

 手の中のブローチを握りつぶし、淡々と言葉を紡ぐ。


「ヴェンディミアが伯爵に渡した保護装置のおかげでしょう。

 通信機能を発動させると居場所が伝わるようになっているのですよ。

 場所さえ分かれば、あとは仕掛けごと破壊して突入するだけです。

 ヴェンディミアは悪魔を殺すためとあらば、他国の被害など気に掛けない国柄ですから」

「余を裏切るつもりか!」

「契約には、居場所や契約の隠蔽は含まれていませんよ。

 ああ、そうそう。報酬として貰う貴族の名前を言っていませんでしたね」


 複数の足音が近づきつつある中でもトレーラントは余裕を保ったままだった。

 蒼白な面持ちで扉を気にする陛下を嘲笑って、言葉を続ける。


「ウィルフリート・フォン・アーチェディア。

 彼を報酬として頂くとしましょう」

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伯爵が悪魔と契約するきっかけとなった話
日陰で真実の愛を育んでいた子爵令嬢は神様に愛されていると信じていた

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マシュマロ
― 新着の感想 ―
[良い点] 陛下の優しい、柔らかい口調が結構好きです! というか、伯爵が審問の時に言っていたはずの嘘が真になってる!ピンチに陥った伯爵だけど、カンネリーノ枢機卿が向かってきているし、でっち上げの証拠を…
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