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悪魔の道具は今日も真摯に絶望させる  作者: 紫苑
1章 悪魔の道具は今日も真摯に絶望させる
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4話 想定外(予定通り)な客のお出迎え

 領主様の館に勤めている娘と、娘を迎えにいった息子が帰ってこない。

 そんな訴えが届いたのは、新年とはいえほとんどの人間が眠りに就いた頃だった。


「またか」

「ああ、まただ。

 すぐに探して欲しいと泣きつかれたが、今日はさすがにもう遅い。捜索は明日からになると言って、ひとまず帰ってもらった。

 娘は十八。息子は六歳だそうだ。

 旦那は早くに死んだから、子供二人が唯一の家族なんだとよ。えらく動揺してた。

 早く探して、見つけてやりたい気持ちは山々なんだがなあ……」


 なにもしないでも凶悪に見えるハイモの顔が、くしゃりと歪んだ。

 一見すると眠りを邪魔されたことを忌々しく思っているように見えるが、そうじゃないことは長い付き合いのおかげで分かってる。

 見た目にそぐわず子供好きで繊細なこいつのことだから、行方が分からなくなった子供達や、心細い思いをしているであろう母親が心配なんだろう。


 それは俺も同じだが、だからといって今探しに出るわけにはいかない。

 この街は他と比べて道も整備されてるし治安もいいが、夜になれば暗闇に乗じた追いはぎや強盗に襲われる危険性も高くなるからだ。


 鍛えてるといったって俺たちは単なる自警団。素人の集まりだ。

 善意で参加してくれている自警団のメンバーを危険に晒すわけにはいかなかった。

 魔灯がついていればまた違っただろうが、それを望むのは贅沢ってもんだ。


 魔道具は高価だし、定期的に魔力を供給しないとすぐに動かなくなる。

 いくら領主様が国一番と謳われる魔法使いとはいえ、さすがに明かりのために魔力を消耗してくれなんてわがままは言えない。

 領主様ならその分の魔力で魔物の群れを殲滅して、大勢の命を救うことができるんだから。


「しかし、今日は行方不明者の報告が多いな。

 新年にこういう報告が増えるのはいつものことだが、それにしたって多すぎる」

「もしかすると、人攫いかもしれないな。

 明日、領主様の館にいった時に報告しよう。何か手を打って下さるはずだ」

「ああ、頼んだ。こっちも、全員で手分けして聞き込みしてみる」


 ハイモの心強い言葉に頷いて、その日は一度解散することにした。

 本当なら今からでも訪ねていきたいところだが、まだ人攫いだと確定したわけじゃない。

 こんな時間に訪ねていくのは非常識だろう。


 ちょうどいいことに、明日は自警団の昨年の活動について領主様に報告する予定になっている。

 その時に話を切り出しても、遅くはないはずだ。


 領主様は寛容で、誰にでも平等だ。

 領民からの陳情には貧富の差別なく耳を傾けて下さるし、大規模な災害があった時は魔法を惜しみなく使って領民達を助けて下さった。

 今回の件だって間違いなく気にかけて下さるはずだし、ひょっとすると魔法を使って行方不明者を探して下さるかもしれない。


 どう転んでも、俺たち領民に悪いようにはならないだろう。

 領主様は、とても優しい方だからな。



 +++++



「おや、誰か来たようだね」


 魔法を使って完璧な焼き加減に仕上げたトーストと、目玉焼き……のつもりが肝心の目玉が潰れてぐちゃぐちゃになってしまった卵料理を食べ終えた頃、屋敷の周囲に張ってあった探知魔法が反応した。

 食後のお茶を淹れていたところだったのに、残念だ。

 君にはぜひ、ギフティル王国で人気の薬草茶の香りを楽しんでもらいたかったのに。


 なんでも、美容と健康にいいらしいよ。

 一口飲むだけで寿命が一年伸びて肌は一歳若返ると、添えられていた説明書きに書いてあった。


 昨日、グラスを探すために台所を探索していたら見つけたんだ。

 トレーラントは「こんなもので美と長寿を手に入れられるわけがないでしょう。僕たちの仕事がなくなります」と言っていたから、きっと大げさに言っているだけだと思うけどね。


「状況が分かっているのなら、早く事を済ませてきて下さい。

 まさか、自分の役割を忘れたわけではないでしょうね」

「もちろん覚えているよ。悪魔は本当に、人使いが荒いね」

「荒い、で済むのですからいい方でしょう」


 うん、確かにそうだ。普通だったら、こんな文句なんてとても言えないだろう。

 それこそ、物理的な意味で。


「トレーラントに契約を破棄される前に、一働きしてくるよ。少しだけ待っていておくれ。

 帰ってきたら、またお茶を淹れるから。

 ああ、トレーラント。そのお茶、飲みたいなら飲んで構わないよ」

「人間の不要物を飲めとは、ずいぶん偉くなったものですね」


 ああ、どうやら言い方を間違えたようだ。トレーラントの声が低くなった。

 他意はなかったのだけど、プライドの高い彼にとっては気に障る物言いだったらしい。


 これ以上機嫌を損ねるとまずいことになる、ということくらいは私の鈍い頭でも理解出来たから、大人しく来客を迎えに行くことにした。

 今回は、トレーラントの機嫌を損ねない程度に手ごたえのある相手だといいのだけど。


 先ほど反応があった方向へ歩きながら更に魔法で探りを入れてみると、屋敷の門の前で男が一人佇んでいた。魔力が感じられないから、恐らく平民だろう。

 領主の屋敷を訪ねるような事件があったのか、事前に約束をしていたのか、どちらかな。


 君も知っているとおり、私は君に関すること以外はほとんど覚えていない。

 もともとさほど記憶力が高いわけでもなかったし、覚えるつもりもなかったからね。

 そんな私でもなんとか領主としてやってこられたのは、執事や妻が私の予定を事細かに管理していてくれたおかげだ。

 彼らがいなくなった今となっては判断がつかなかった。


 まあ、いいか。どちらにしてもやることは同じだ。

 ひとまず、あの男は中に入れてあげよう。ちょうど試したいことがある。


 魔法を使って屋敷の門を開くと、男が弾かれたように顔を上げた。

 驚いた様子で辺りを見回しているのが分かる。


『な、なんだこれ。魔法か……? ってことは、領主様が開けて下さったってことだよな。

 ええと……本日お目通りを願っていた、ヴァルターと申します。今、そちらへお伺いします』


 ああ、ヴァルターか……誰だったかな?

 名前を聞いても思い出せなかったけど、どうやら私は彼と会う約束になっていたらしい。

 用件は聞かなかったけれど、別に必要ないよね。


 男が屋敷の正面玄関前にたどり着くと同時に、門と同じやり方で扉を開いた。

 先ほどで慣れてしまったようで、あまり驚かれなかったのが少々不満だ。君だったら、毎回新鮮な反応を返してくれただろうに。

 ……その前に「魔法を無駄遣いするな」と怒られる方が先かもしれない。


 そんなことを考えながら、屋敷に仕掛けられたトラップを作動させた。


 何気なく玄関を踏み越えた男の足が宙を掻く。

 エントランスに響いた悲鳴はあっという間に遠のいて消えた。


 さぞ驚いただろう。あると思っていたはずの床が急になくなったのだから。

 屋敷のトラップは、混乱状態にない正気の人間にもきちんと作動するらしい。


 侵入者対策用に作られたというこのトラップは、伯爵家の当主にしか使用出来ない特別なものだった。

 今は一部の床しか落とさなかったけれど、その気になれば玄関ホール一面の床を開くことが出来るし、別のトラップを使えば天井を落とすことも出来る。

 三百年前にこの屋敷を設計した建築家は、何を思ってこんな仕掛けを施したのだろう。


 隠し階段を使って地下に降りると、苦しげなうめき声が聞こえてきた。

 あの高さから落ちても即死しないことは新年の夜に屋敷から逃げ出そうとした使用人たちで試したから知っている。

 もっとも、これは成人男性の場合で女性や子供がどうなるかは分からないけどね。

 いずれ試してみたいものだ。


 それにしても、彼が来てくれて本当によかったよ。

 彼のような相手は、トラップの操作方法やその威力を確かめるのに最適だからね。

 王国兵や警備ギルドの職員のように警戒心の高い相手に、効果の分からない手はあまり使いたくない。

 あとは昨日の子供のように、ゴーレムの性能を確かめる機会もあればいいのだけど……。


「そこに誰かいるのか? たのむ、たすけてくれ……」


 私の足音が聞こえたのか、ただ呻くだけだった声が助けを求めるものへと変わった。

 目の前を十分に照らせるほどの光球を傍に浮かべて、声の聞こえてくる方向へと足を進める。

 もちろん、助けるのが目的ではないけどね。


 落とした侵入者を閉じ込めておくためだけに作られた地下は、籠もった空気と湿った匂いのせいでとても快適とは言えない環境だった。

 暗がりで本を読むのが好きだった私ですら、ここは遠慮したいくらいだ。


 君は「目が悪くなるだろ」といつも呆れていたけど、真っ暗な部屋の中で灯りを浮かせて本を読むのはなかなか楽しいんだよ。

 暗いところを好まない人の気持ちも、理解出来るけどね。


 助けを求めていた男は君と同じ種類の、つまり暗闇が苦手な人間のようだった。

 灯りを伴って現れた私を見て、ほっと息を吐き出したのが分かる。

 トラップにかかったばかりだというのに私を警戒する様子がないのは、もともとそういう性格なのか演技なのかどちらなのだろう。

 どちらにしても、することは一緒だけど。


「領主様!」


 私が口を開くより前に、男が叫ぶ方が早かった。

 知らない顔だけど、向こうは私を知っているらしい。

 それもそうか。領主の顔を知らない領民はさほど多くないだろう。


「思っていたより、元気そうだね」


 叫べるほどの元気があるならよかった。

 治療しなくともトレーラントとの契約には支障はないだろう。


 さて、さっそく契約を持ちかけようか。

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伯爵が悪魔と契約するきっかけとなった話
日陰で真実の愛を育んでいた子爵令嬢は神様に愛されていると信じていた

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マシュマロ
― 新着の感想 ―
[一言] 〉領主様は平等 うん、そうだね。『彼』以外はすべからく同価値だ……。
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