15話 信念は万能説
「ヴェンディミアはこれまで、エテールを救うために多くの神官や魔術師を派遣してきた。
しかし、結果は知っての通りだ。アーチェディア伯爵家は既に悪魔の手に堕ちたと見てよかろう。
アストルム全体に被害が広がる前にエテールを閉鎖し、浄化せよ。
それがあの国を救う唯一の手段であり、エテールに住まう住民への慈悲である」
「……かしこまりました」
直接的な指示は口にしなかったが、長年仕える侍従には十分伝わったのだろう。
忠実な後ろ姿を見送って、ため息を吐く。
本来なら、アーチェディア伯爵家に住まう悪魔を排除するのは勇者召喚後の予定だった。
異世界の勇者なら街への被害を最小限に抑えて悪魔を滅することが出来る。
無論、悪魔が人々を支配するのを黙って見ているわけではない。
聖油を取り込んだ炎と聖水で悪魔の支配力を一時的に弱めている間にエテール周辺に多数の教会を建設し、高位の神官を常駐させることで悪魔の力を封ずる手筈になっていた。
だが、あの悪魔は想像以上に強力だった。
司祭まで差し向けたというのにその浄化の力を全く受けつけず、神官を皆殺しにしたのだ。
おそらく、手中に収めたアーチェディア伯爵のせいだろう。伯爵は世界でも有数の魔法使いだ。
きわめて良質な魔力を取り込んだ悪魔の危険性を、私は少々甘く見ていたらしい。
もはや一刻の猶予もない。エテールの民を犠牲にしてもあの街を焼き払い、悪魔の力の供給源を少しでも絶たなければ。
それが世界のためなのだから。
主よ、どうか我らを救い給え。
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「……これでいいかな」
息を吐くと同時に、今まで体験したことのない疲れがどっと襲ってきた。
街全体を探知魔法で覆うのはなかなか骨が折れたよ。
でも、これで聖職者たちがいつエテールに火を放とうとしても対処出来る。
「なんだか、とても領主らしいことをしているような気がするよ……」
野菜と白いチーズが挟まったパンを食べながら語り掛けると、君が「大丈夫か?」と優しく微笑んでくれたような気がした。
ありがとう。少しの間ここを離れることになるけれど、君を一人にはしないからね。
トレーラントとは、しばらく会えないだろうけど。
「あとは、誰にしようかな」
壁に沿って後ろ向きに並んだゴーレムたちを見て首をひねる。
最初の頃に作った使用人たちに加えて、君の身体には適さなかったけれど契約もしなかった人々に手を加えていった結果、結構な量のゴーレムが出来た。
選択肢があるのはいいけれど、改めて見てみると壮観というか、怖いね。
ちなみに、全員後ろ向きなのは私が見られることを苦手としているためだ。
彼らに意思はないと分かっていても、視線がね……もちろん、君は平気だよ。
迷った末、私に一番背格好が似ている青年のゴーレムを使うことにした。
茶色い髪を魔法で黒く染めて、同じ色の目は青紫色に変える。
自分に使う時には失明の危険から躊躇してしまって上手く目の色を変えられなかったけれど、今回はそんな心配はないからしっかり色がついた。
もっとも、目が見えているのかは定かでないけどね。
あとは、私が持っている服の中でも一番黒の割合が多い服を着せてマントを羽織らせれば、我が家に住み着く悪魔ディートフリートの完成だ。
マント留めやベルトの装飾には侵入者の魔力を混合して込めた魔石をあしらったから、魔力の有無や質で怪しまれることはないだろう。
ここまで混ざると、元の魔力の持ち主が誰か分からないはずだ。
それから、彼らが悪魔の顔を知っていた時のことも考えて、顔の造りも出来る限り私が悪魔を演じていた時と同じように変えておいた。
ただ、青年には左目の下にほくろがあったからそこは同じに出来なかった。下手に肌を削ると、却っておかしなことになりそうだったからね。
屋敷は暗いし、そこまでじっくりと観察されることはないと思うから問題はないはずだ。
ほくろの有無くらいなら、言い訳はいくらでも出来るしね。
これから行なうことは、賭けになる。
たぶん成功するとは思うのだけど、確証はない。失敗する可能性も十分にある。
でも、まあ大丈夫だろう。
家訓ではないけれど、アーチェディア伯爵家の先祖が言い残した言葉があってね。
私は割と、それが気に入っているんだよ。
「確固たる信念さえあれば、どうにかなる……だったかな」
前に先祖の書いた日記を読んでいた時にあったんだ。
名言でもなければ教訓が含まれているわけでもないけれど、とりあえず不安はかき消してくれる気がしないかい?
君との会話に興じていると、街の周囲に張った探知魔法に反応があった。
どうやら、ヴェンディミアの聖職者たちがエテールの近くに到着したらしい。
今までここを訪れた者たちとは異なる豪奢な服装をしていたから、おそらく高位の聖職者なのだろうね。
街の周囲に魔術陣を敷いているところから察するに、これから準備をするようだ。
起きていた私が言うことではないけれど、まだ朝の四時だよ。よくそんなに元気でいられるね……。
眠気を堪えながら彼らの様子を更に探ると、その中でもひときわ立派な法衣を纏った男を見つけた。
他の聖職者たちに忙しなく命令しているところを見るに、高い地位にある人間なのだろうね。
少々冷酷そうな目をしているのが気になるけれど、まあ試してみるとしようか。
事前に書いておいた手紙を魔法で外に飛ばすと、男は目敏くそれに気がついたようだった。
傍にいた青年に命じて手紙を取らせ、宛名を確かめている。
わざと書いたとはいえ下手な字を見られるのは、なんだか恥ずかしいね。
ちなみに宛名はヴェンディミアの教皇宛で、差出人にはしっかりと私の名前を書いてある。
もちろん、本当に届かせるつもりはないよ。
だからわざわざ、彼らの目に留まるように風の魔法を使ったのだから。
案の定、手紙の宛名と差出人を読んだ男は躊躇なく封を破った。
乱暴に便箋を取り出して、内容を読み始める。
初めは胡乱げだった目が次第に驚愕に変わっていく様子を確認して、ほっと胸を撫で下ろした。
手紙の内容は簡単だ。
時候の挨拶も何もなく、ただ震えた字で「悪魔に囚われた。隙を見てこれを書いているから助けて欲しい」と書いただけだからね。
これを信用するか、あるいは信用しなくとも私を悪魔から奪還するために屋敷へ来てくれるか。
それがまず賭けだった。
エテールの住民も初めは助けようとしていたのだから、可能なら助けてくれるはず。
もっとも、彼らからすれば私は限りなく怪しい身だ。悪魔に洗脳されていると思われて殺されてもおかしくない。
さすがにその場合は対応するつもりだけど、出来れば穏便に事を終えたかった。
無事に救出されれば、私はきっと取り調べのためにヴェンディミアへ連れていかれるだろう。
ヴェンディミアには少し興味があるんだ。
あそこの大聖堂には「禁書」と呼ばれる本が大量に保管されている。
禁忌とされる魔術が記されていたり、宗教的に忌み嫌われた書物の類だね。
死者を生き返らせることはもちろん禁忌だ。宗教国家が保管する禁書に手がかりが載っている可能性は、巷に出回っている黒魔術書のどれかが真実であるという可能性よりは高いと思わないかい?
だから、今回の作戦はぜひ成功してほしいのだけど……どうかな。
様子を伺っていると、男は手紙を丁寧に折りたたんで封筒に仕舞い込んだ後、傍にいた青年と魔力の高い聖職者数人に声を掛けた。
手紙を見せて、意見を募っている。
『悪魔の罠でしょう。断じて、屋敷に向かうべきではありません』
『しかし……この手紙を読む限り、アーチェディア伯爵は正気を保っているようです。
アストルムにとって、アーチェディア伯爵は国の守護の要とも言える存在。
悪魔に洗脳されていたのならまだしも、正気の伯爵を殺しては、アストルムとの関係が……』
『馬鹿なことを。こんな小国に嫌われようと、世界を救うことが重要だろう!』
確かにアストルムは大国ではないけれど、面積だけならヴェンディミアのほうが小国だ。
それ以前に、アストルムのことを勝手に決めないで欲しいのだけど。
『やめよ』
白熱しかけた言い争いを静めたのは、私の手紙を最初に読んだ代表らしき男だった。
元を辿れば、発端は君なのだけどね。
『悪魔の罠であれば、悪魔は我々の存在に気がついているということになる。
その上でわざわざ台下宛に手紙を出したということは、これを機にヴェンディミアを攻撃しようとしているのかもしれない。台下の身に危険が及ばぬよう、その御身を守ることが我々の役割であろう。
手紙の差出人が本当に伯爵であるならば悪魔の力を削ぎ、その情報を得るよい機会だ。
まずは我々だけで屋敷へ向かい、その真偽を確かめることこそ優先すべきではないのか』
その言葉に納得したのか、それ以上の意見は出てこなかった。
どうやら、あの手紙は狙い通りの効力を発揮してくれたようだね。
彼らが街に火を掛けるための準備を一旦止めたのを確認して、私も最後の仕上げに掛かった。
普段は整えている身なりを乱して暖炉の灰などで手足を汚し、悪魔の姿をさせたゴーレムに一つ命令を与えておく。
あとは、これまでの経験を生かして出来る限り演技するだけだ。
妻と使用人を殺され、悪魔に囚われて利用されていた、哀れなアーチェディア伯爵をね。




