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悪魔の道具は今日も真摯に絶望させる  作者: 紫苑
2章 悪魔の道具は今日も真摯に嘘を吐く
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14話 伯爵は悪魔を殺す決意をする

 アストルムの辺境エテール領を治めるアーチェディア伯爵家に、悪魔が住んでいる。

 その知らせが届いたのは二週間前のことだった。


「台下。アストルムに派遣していた、ウド・トラディメントが戻りました」

「ご苦労。して、結論は?」

「どうやら、知らせは事実だったようです」


 身分を偽らせてアストルムの魔術師団に潜入させていたウドは、詳細な情報を持ちかえってくれた。

 彼の話によると、エテールの屋敷に住んでいた黒髪の悪魔は鮮やかな手腕で警備ギルド長を錯乱させ、契約を結ばせたという。


 どうやら、最初にエテールの教会から届いた報告は事実だったようだ。

 悪魔の目撃報告は嘘や誤報が非常に多い。今回もそうだったら、どんなによかったことだろう。


 だが、嘆いてばかりはいられない。こうしている間にも、悪魔の支配は着々と進んでいるはず。

 アストルムの王も兵を差し向けているようだが、あれでは手ぬるい。

 エテールの民に影響が出る前に、早急に浄化しなければ。

 多少の犠牲は出るだろうが、悪魔によって支配されるよりはよほどいいはずだ。


「しかし、まさかアーチェディア伯爵家に住み着くとは……。

 伯爵家の誰かが契約を結んだのでしょうか」

「あるいは、警備ギルド長のように錯乱させられたか、洗脳されているのかもしれぬ。

 いずれにしろ、危険な存在であることは違いない。最優先で排除せよ」


 無論、全ての悪魔は排除されるべきだ。だが、中でもこの悪魔……黒髪の悪魔は早急に排除すべきだ。

 あの地には、世界でも有数の魔法使いであるアーチェディア伯爵がいる。


 伯爵が生きたまま利用されているのか、殺されて悪魔の糧になったのかは分からない。

 あるいは、伯爵が悪魔と契約を交わしたことが今回の騒動の原因なのやもしれない。

 どれが正しかろうと、悪魔の力は平時より増しているはずだ。

 早々に対策を打たなければ、あの地は死の大地になってしまう。


「召喚の儀の用意を急げ」

「かしこまりました」


 召喚の儀さえ成功すれば、異世界から強大な力を持った勇者を召喚できる。

 天使の加護を受けたとされる勇者ならば、伯爵の力を得て力を増した悪魔にも対抗できるだろう。

 聖女の魔術でも力の弱い悪魔なら殺せるが、あの悪魔には効果がない恐れがある。

 替えは利くが選抜に時間の掛かる聖女をいたずらに危険に晒すことは避けたかった。


 しかし、召喚の儀を行うには多大な時間と費用が掛かる。

 準備を急がせてはいるが、最低でも五年は掛かるとみてよいだろう。

 それまでの間、人の魂や魔力を糧としている悪魔が勢力を増すことだけは避けねばならぬ。

 例え、どれほど多くを犠牲にするとしてもそれが世界のためなのだ。


 ヴェンディミアの威信に懸けて、全ての悪魔は必ず滅ぼそう。



 +++++



 探知魔法で探ってみると、正門と裏口の二カ所で人が集まっていることが分かった。

 そのほとんどから魔術師の気配を感じる。全員、そこそこの練度だ。

 中でも一番立派な服をきた男が、魔術師に向けて口を開く。


『よいか、お前たち。この屋敷には悪魔が住んでいる。

 姿を見た場合、それがどのような甘言で誘い込もうとも耳を貸さず、徹底的に浄化せよ』


 ずいぶんと穏やかでないことを言うね。ヴェンディミアらしいといえば、らしいけど……。


 ヴェンディミアは宗教国家だ。この世界では広く信仰されているファナティクス教、通称「正教」の中心地で教皇と聖女によって統治されている。

 強大な影響力を有しているこの国は、自分たちが悪と判断すれば例え他国であろうと躊躇なく足を運び、排除を試みることでも有名だった。

 干渉された他国にとってはたまったものではないけれど、抗議して破門されたら王でも立ちいかなくなるからヴェンディミアの行為は黙認されている。


 きっと、悪魔ディートフリートの噂が教会経由で届いたのだと思う。

 いずれはそうなるだろうなと思ってはいたよ。


 もっとも、相手が誰であろうと私のすることは変わらない。絶望させて、契約に誘い込むだけだ。

 屋敷の前に立っている彼らの実力は、一般的な魔術師と変わらないようだからね。

 この前侵入してきた近衛騎士団たちのほうが実力は上だろうし、人数もそこまで多いわけではない。

 相手取るのに問題はないはずだ。


 ……でも、人の屋敷に放火するのはひどくないかい?

 この間の魔術師といい、彼らの頭には「放火してはいけません」という文字はないのかな。


 しばらく様子をうかがったけれど、火が消える気配は一向になかった。

 それどころか、追加で火の魔術を打ち込んでくる始末だ。

 仕方がない、彼らには消えてもらおうかな。ちょうど、不死鳥から受けた祝福の効果を確かめたかったところだ。


『悪魔め。浄化の炎を防ぐとは……。

 油を掛けろ! これ以上悪魔の魔力に民を晒すな!』


 代表らしき男の言葉と共に、複雑な模様が描かれた壺から大量の油が撒かれた。

 あの壺の模様からして、おそらく中に入っていたのは聖油だろうね。


 聖油には悪しき者を祓う特別な力があるのだとは、以前妻がよく口にしていた言葉だ。

 妻は信心深かったから、そういうことには詳しかったんだ。実家の侯爵家が、教会と深い関係にあった影響だろうか。


 あの頃は、そんな知識を記憶に残すくらいなら君との会話や君の表情を少しでも残しておきたいと思っていたけれど……思わぬところで役に立ったね。

 まあ、私の考えは変わらないけれど。


 そんなことを考えている間にも、炎の勢いはますます激しくなってきた。

 燃えさかる屋敷の周囲で祈りを捧げる数十人の団体……うん、怪しいね。

 第一、いいのかな。そんなにのんきなことをしていても。


 魔術で炎を操って彼らのもとへ向かわせると、男たちが悲鳴を上げて逃げ始めた。 

 見えない壁に阻まれて逃げられないと知ると、空を仰いで懇願している。


 何、不思議なことではないよ。悪魔の呪いでもない。

 ただ、私が魔法障壁を張って炎と彼らが街へ向かわないようにしただけだ。

 だって、炎がうっかりエテールに飛んでいったら困るだろう?


 大丈夫。裏口と正門はいつもの通り開けてある。

 屋敷に入るかここで燃えるか、選ぶといいよ。


 苦しむのが後になるか先になるか、それだけだからね。






「聖職者といっても、死の恐怖には敵わないのだね」


 結局、あの場にいたほとんどの人間が屋敷に入ることを選択して、トレーラントと契約した。 

 そうしなかったのは、火を掛けるように命じたあの男くらいかな。

 もっとも、彼は他の人間にひどく責め立てられた後で屋敷の裏口から閉め出されていたから、それが彼の意思だったのかは分からないけれど。


 それから、捕らえたうちの一人から、彼らがここへ来た理由も聞いた。予想通りだったけどね。

 ヴェンディミア国から直々に「エテール領を清めよ」という命令が来たそうだ。

 悪魔を殺せではないんだねと問いかけると、彼は「無理はせずともよい。悪魔の魔力を浄化することだけを考えろ」との命令だったと教えてくれた。


 ちなみに、教会の教えでは悪魔の魔力に触れた者は魂が汚れ、悪魔の配下になったり意にそぐわない契約をさせられてしまうらしいよ。

 トレーラントは失笑していたから、真偽のほどは察したけれど。


 それにしても、妙な命令だ。

 教会の教えでは、火は悪しき者を拒み、燃やし、清めるものだ。

 彼らが火を放ったのも、悪魔の痕跡や悪魔が触れたもの全てを焼き払うことで「浄化」しようとしたのだろうね。


 ただ、火による浄化は聖女の浄化よりも劣る。簡単に言えば、炎で悪魔は殺せないんだ。

 彼らの伝承通りなら、悪魔を殺すつもりなのに聖女を連れてこないのはおかしい。

 もっとも、これまでのことを考えると、聖女の浄化でも悪魔を殺せるかは怪しいけれどね。


 何か、聖女の力を借りることの出来ない理由でもあるのだろうか。

 そう思って更に尋ねてみたけれど、今回屋敷を訪れた者たちは全員その理由を知らないようだった。

 ただ「最近の聖女様は他国へ祝福されに行くことも少なく、祈りを捧げ続けていると聞いた」と言っていたから、何かしらの理由はあるのだろう。

 私には、見当もつかないけれど。


 まあ、これで屋敷への侵入を妨げる者たちはいなくなった。

 ここまで徹底して排除すれば、教会は当分関わってこないだろう。


 そう思えたのは、つかの間だった。

 すっかり忘れていたよ。ヴェンディミアは容赦がない以上に、諦めることがないということをね。


 次の日、目が覚めたら屋敷の周囲が水浸しになっていた。

 どうやら、聖水を大量に噴射して屋敷を清めようとしたらしい。

 私よりも先に起きていたトレーラントは楽しげに笑いながら、窓辺で優雅に食事を摂っていた。


 トレーラント曰く、聖水で苦しむ悪魔など魔力が低いほんの一部の悪魔だけだそうだよ。

 そうだろうね。昨日の顛末で、大体予想はついていたよ……。


 白薔薇の庭園を水浸しにされて腹が立ったから、撒かれていた聖水を全て返してあげた。

 ああ、もちろん彼らの頭上から一度に注いだよ。水がエテールに行かないよう、彼らの周囲を昨日と同じく魔法障壁で囲ってね。


 息が出来ないとか悪魔の所業だとかいっていたけれど、君たち、それを庭園の薔薇に向かっても言えるのかい?

 植物だって、水をあげすぎれば腐るんだよ。


 気の済むまで溺れさせた後、屋敷に招いてしばらく話をさせてもらった。

 もっとも、得られた情報は昨日とさほど変わらなかったけどね。

 ただ「お前がこの地に住まうかぎり、教会は決してこの地を見逃さないだろう。いつか必ず、悪魔は討ち滅ぼされるのだ」とは言われたから、教会もといヴェンディミアは諦めるつもりはないらしい。


 どうやら彼らは、顔を変えた私を悪魔だと認めてくれたようだね。

 そう思われるように振る舞ったのだから当たり前なのだけど、努力が認められたようで少し嬉しいよ。


 それにしても「この地に住まうかぎり」か。

 私は屋敷を離れるつもりはないのだけど、だとしたら一体いつまで続けるつもりなのだろうね。

 いくらヴェンディミアが資金、人材、共に豊富な国とはいえ、無限に湧いてくるわけではない。

 彼らがこのまま延々と同じことを繰り返すとも思えないけれど、今までの様子ではただ資金と人材をすり減らすばかりだと思うのだけど。

 魔法以外は凡人以下と自他共に認める私ですら気がつくのに、ヴェンディミアの人間が誰一人それに気がついていないとは考えづらい。何か、策があるのだろうか。


 ただ、今私が困っているのはそれとは全く別のことだった。


『不浄な悪魔よ! ここから立ち去れ!』

「どうして、家主の私が立ち去らないといけないのかな……」


 そもそも、今何時だと思っているんだい? 朝の四時だよ。まだ外は暗いじゃないか。

 人の家を訪ねるのに適切な時間帯も、君たちは知らないのかい?


 昼夜を問わず押しかけてきては魔術や物理的な攻撃を仕掛けてくる彼らのせいで、最近は気が休まる時がなかった。

 これが私に対してのいやがらせなら、確かに効果的だ。

 屋敷に訪れた聖職者たちは全員、契約させるかゴーレムの素材にするかしているから、彼らは疲労が蓄積していないはずだしね。


 どうしようかと考えていたある日、いつものように捕らえた彼らの一人が妙なことを言い出した。


「司祭である私がこのようなことを言うのはおかしいが、悪魔よ。頼む……。

 少しの間でよい。この街を離れてくれ」

「理由は?」


 尋ねると、彼は迷うように視線を宙に泳がせた後、思い切った様子で話し始めた。

 いいのかな。彼、私のことを悪魔だと思っているようだけど。


「台下がおっしゃったのだ。

 次も浄化に失敗したら、エテールそのものを封鎖して焼き払うと」

「エテールを?」

「そうだ……エテールは私の故郷。失うわけにはいかない。

 悪魔よ、何故ここを根城にした。何故……」


 何故って、私がエテールの領主だからだよ。

 とは答えなかったけれど、彼はその言葉を聞いたかのようにがっくりと項垂れてしまった。

 どうやら、エテールが故郷というのは本当らしいね。見覚えはないけれど。


 それにしても、エテールを焼き払うか。困ったな。

 もちろんそんなことをさせるわけにはいかないのだけど、今のままでは情報が少なすぎる。

 いつ仕掛けるつもりなのか、どうやって海に面したエテールを封鎖したり焼き払ったりするつもりなのか、もう少し詳しく聞けないだろうか。


 幸い、彼はなかなか高い地位にいるようだ。

 台下というのはおそらく、ヴェンディミアの教皇のことだからね。少なくとも、教皇から話を聞ける立場にはあると思っていいだろう。

 少し、交渉してみようかな。成功するといいのだけど。


「おもしろい。話の内容によっては、この街を救うことも考えよう」


 悪魔らしい……というより、トレーラントらしい尊大な物言いで条件を持ちかけると、男は苦しげに眉をひそめて私を見上げた。


「考える、か……悪魔らしい、曖昧な言い方だ」

「気にくわないのなら、話さなければいい。その場合、エテールが焼き払われるだけだ。

 逃げ惑う人間たちを見るのは、さぞ楽しいだろう」


 いや、領主の私は少しも楽しくないのだけどね。

 街に火を掛けられたとしても、不死鳥から授かった祝福と私の魔法を使って住民や建物を守り切る自信はある。


 ただ、その後はもっと行動が過激になっていくはずだ。

 屋敷だけならまだしも、街全体を少しも損なわずにいられるかと聞かれると、ちょっと自信がない。


 この街は君が生まれ育った街でもある。

 確かにいやなことはたくさんあったけれど、それと同時に君と過ごした思い出も詰まっているからね。

 出来ることなら損ないたくない。


「……この屋敷が悪魔に支配されて、長い時が経つ。

 これ以上悪魔の魔力に晒されれば、エテールの住民も悪魔の配下となりかねない。

 そうなれば、アストルム全体が悪魔の国となるのも時間の問題だ。

 それを防ぐための苦肉の策だと、台下はおっしゃった……」


 悪魔が人間を配下に持つのかは知らないけれど、ずいぶん気の早い考えだね。

 それに、苦肉の策という割にやっていることは聖油を使った火責めや聖水による水責めと、ずいぶん悠長だ。

 時間の問題だというのなら、浄化に長けた聖女を送り込んでくればいいと思うのだけど。

 私の問いかけに、彼はためらった後で口を開いた。


「聖女様は……重要な責務がある。

 全ての人々を救うための、大切な儀式へ向けて祈りを捧げなければならない。

 その間は我々が悪魔の力を削ぎ、エテールの民を守る……つもりだった」


 なるほど。つまり今まで訪れていた彼らは、捨て駒……とはいわないけれど、悪魔を滅ぼすつもりで差し向けられたわけではなかったというわけか。

 そしておそらく、この事実を知っているのは彼のような高位の神官だけなのだろう。

 教会って怖いね。


 事情を教えてくれた彼にはひとまずお礼をいって、部屋を後にした。

 契約させたりゴーレムの材料としたりするのは後にしよう。あとで聞きたいことが出来た時、教えてくれるかもしれないからね。


 ああ、もちろん約束は守るよ。

 元から、エテールを見放すつもりはなかったけどね。


「……よし、悪魔を殺そうか」


 手放すのは少し惜しいけれど、エテールを失うわけにはいかないからね。

 早速、支度をするとしよう。

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伯爵が悪魔と契約するきっかけとなった話
日陰で真実の愛を育んでいた子爵令嬢は神様に愛されていると信じていた

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マシュマロ
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