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悪魔の道具は今日も真摯に絶望させる  作者: 紫苑
2章 悪魔の道具は今日も真摯に嘘を吐く
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12話 本日のメインディッシュは不死鳥の丸焼き、封印の魔石添えです

「助かった。礼を言うぞ、人間と悪魔よ」


 トレーラントの手に掛かれば、封印を解くのはあっという間だった。

 赤い宝玉は今は粉々に砕けている。あれはもう、修復は無理だろうね。

 最初から持ち主に返すつもりはなかったから、それは別にいいのだけれど。


 解放された灰から不死鳥が現れたのは、封印を解いて数分が経った頃だった。

 不死鳥と言えば赤や金の羽を持つ美しい鳥と聞いていたから、灰色のひよこが現れた時には驚いたよ。

 美しいというより、かわいらしい姿だからね。


 私が考えていることが伝わったのだろう。

 不死鳥、もといひよこは「心配するでない」と威厳を帯びた声で答えてくれた。


「人間が一般的に想像する不死鳥の姿は成鳥のもの。幼鳥の頃は見ての通りの姿だ。

 不死鳥は元来、戦闘には向かぬもの。

 力を持たぬ幼少期から目立っていては、それこそ命がいくつあっても足りぬからの。

 あと四、五百年もすれば立派な成鳥となる故、その時を待つがよい。

 ……ああいや、人間は百年も生きられぬのだったな。ふむ、どうしたものか……」


 そういって、不死鳥は悩まし気に書き物机の上を歩き回った。


「我の羽根や涙には癒しの力があるが、幼鳥となると効力が薄い。

 成鳥になるまでそなたが生きておるのなら、それをもって礼とするのだが……ううむ」

「でしたら一つ、教えて頂きたいことがあります」


 不死鳥の羽根や涙は高位治癒薬の貴重な材料になるけれど、私にとっては必要ない。

 欲しいのは一つだけだ。


「なんだ? 我は魔力こそ一般的な精霊並みだが、長年蓄えた知識と顔の広さには自信がある。

 何なりと教えてやろう」


 幸い、不死鳥は封印から解放された後もこちらに好意的だった。

 これなら教えてもらえそうだ。


「不死鳥は死と再生を繰り返す種族と聞きます。その原理を教えて頂きたいのです」

「教えるのは構わぬが、なぜそのようなことを知りたがる?

 知ったところでそなたは人間。我のように永遠の命を得ることは出来ぬぞ」

「それは……」

「構いませんよ。話しても」


 どこまで話すべきか迷っていると、それまで静かに窓の外を眺めていたトレーラントが口を開いた。


「不死鳥は高位の精霊。当然、僕の正体にも気がついているはずです」

「ほかの悪魔に存在を知られてしまうかもしれないよ?」

「プライドの高い高位精霊が、自らの失態を周囲に吹聴するとは思えませんね。その必要もない。

 精霊は悪魔とよく契約する種族ではありますが、協力関係にあるわけではありませんから」

「そなた、精霊のことをよく理解しているな……」

「僕は精霊とも契約したことがありますから。契約相手の習性は、当然理解していますよ」


 そういえば、先輩の悪魔を驚かせたいという理由で様々な種族と契約していたのだったね。

 トレーラントの許可も得たので、私が不死鳥の死と再生の原理を知りたい理由についてきちんと話すことにした。

 精霊が嘘を嫌う種族だということは、さすがの私も知っているからね。


「……ほう。ではそなたは、死は不可逆であるという世界の原則を覆すつもりなのだな?」

「はい。難しいことだと理解しています。

 ですが私は親友に、本来彼が享受出来るはずだった幸福を返したいのです」


 君は本来、幸せになるべきだった。もっと長く生きて、世界を楽しんで、最期は満足して安らかに死んでいく。それが、君の歩む人生だったはずだ。

 それまでの名誉も地位も失って拷問されて、大勢の前で処刑されていいはずがない。


 私の説明を聞いて、不死鳥は何か考えているようだった。

 死と再生について答えるべきか、迷っているのだろうか。


「……すまぬ。そなたの希望には沿えそうにない」

「え……」


 不死鳥はそう言って、頭を深々と下げた。

 高位精霊が人間に頭を下げている……という現象は本来驚くものかもしれないけれど、私はそれよりも君を蘇生させるための手がかりが得られなかったことのほうが堪えた。

 不死鳥が慌てた様子で「教えたくないのではない」と首を横に振る。


「我は死神が迎えに来る前に肉体を再生しておるだけで、魂と肉体の繋がりを切られたことはない。

 「死と再生の象徴」と呼ばれてはおるが、厳密には仮死状態から復活しておるようなものだ。

 そなたの親友はすでに魂と肉体を切り離されたのだろう。

 そこから蘇る方法は、我もさすがに知らぬ」

「……そう、ですか……」


 それでは確かに、君を蘇らせる参考にはならないね。

 不死鳥は悪くない。私の知識不足だ。分かってはいたけれど、動揺は大きかった。

 私を見た不死鳥が、慌てた様子で短い翼を羽ばたかせる。


「だ、だが、そなたは人間であるにも関わらず、我が覆せなかった世界の原則に挑もうとしている!

 かつては真の蘇生を夢見ていた不死鳥として、その心意気は気に入った!

 そなたの求める知識の代わりに、我の祝福をやろうではないか」

「祝福、ですか?」


 祝福については、私も本で読んだことがあった。

 簡単に言えば、精霊から与えられる加護の最上位だ。


 魔術は精霊の力を借りて発動する関係上、陣と詠唱が必須だ。

 省略も出来るけれど、負担が大きいから緊急時以外はしない。

 加護を与えられると精霊の力を借りやすくなるから、その二つを簡略化出来る。加護が強いほど省略出来て、祝福までいくと陣も詠唱も一切必要なくなるそうだ。


 それから、祝福を与えてくれた精霊の恩恵を受けることも出来るらしい。

 祝福を与えられるのは高位精霊か精霊王だけだし、そこまで気に入られる人間はめったにいないから、具体的にどういった恩恵かは知られていないけれど……。


「そうだ。我の祝福を受ければ、炎は今後二度とそなたを傷つけず、反対にそなたを癒すようになる。

 人間にとって治癒能力は貴重なのだろう? 悪い話ではないと思うのだが」

「ええ……ありがとうございます」


 私は不死だけど、再生能力があるわけではない。

 治癒魔法も治癒魔術も使えない私にとって、傷を癒せる術を持てるのはありがたかった。

 ここで文句を言っても君を蘇らせる方法は分からないのだし、不死鳥を困らせるのは本意ではない。


 ……でも、いいのだろうか。

 私は契約しただけで、実際に不死鳥を救ったのはトレーラントなのだけど……。


「僕は結構。自分でいくらでも治癒出来ますから。

 それに、その不死鳥は封印を解いたから祝福すると言っているのではないのでしょう?」


 トレーラントの言葉に、不死鳥が頷いた。


「無論だ。先ほどの話を聞くと、そなたは長い時を生きられるそうだからな。

 封印を解いたことへの礼なら、成鳥になった我の羽根を何枚か渡すだけで十分事足りる。

 不可逆の死を克服しようというその姿勢が気に入ったのだ。我は結局、諦めてしまった」

「そうですか……では、お願いします」

「うむ。すぐに終わる」


 不死鳥が灰色の翼を力強く羽ばたかせると、部屋中に金色の粒子が降り注いだ。

 杖から感じたものと同じ魔力だけど、濃度が違う。一瞬、トレーラントの魔力を感じなくなったくらい濃い魔力だ。

 きらきらしていて、とても綺麗だった。


 しばらくすると粒子は消えたけれど、室内はいまだに不死鳥の魔力に満たされていた。

 ソファで寝そべっていたトレーラントはいやそうに顔をしかめて、しきりに毛繕いをしている。

 反対に、不死鳥はどこか満足気だった。


「これが祝福だ。今後炎の魔術を使用する際には、遠慮なく我の魔力を使用するがいい。

 もっとも、そなたほどの魔力があるのなら魔術は使わぬだろうがな」

「いえ、時には魔法よりも魔術を使用したほうがよい時もありますから。

 ……ところで、炎以外の魔術が使いにくくなるといったことはありませんか?」

「ほかの精霊が祝福を授けた際は制限されることもあるやもしれぬが、我の場合はない。

 安心して使用するがよい」


 それを聞いて安心したよ。

 私の魔術適性は魔法同様に水だからね。炎の魔術はあまり得意ではなかったんだ。

 これからは、炎の魔術も練習するとしよう。状況によっては、魔術のほうが使い勝手がいい時もある。


「祝福も授けたことだ。我はそろそろ旅立とう。精霊王様が心配される。

 死に挑む者よ。そなたが目的を達成出来ることを、我も祈っておるぞ」


 そう言って、不死鳥は開いていた窓から外へと飛び出していった。

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マシュマロ
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