11話 本日の挑戦者は、なかなか手ごわく……?
さて、どうしてこんなことになったのかな。
探知魔法で探ってみると、正門に女性が一人佇んでいるのが分かった。
フードを被っているせいで顔は見えないけれど、手には杖を携えているからおそらく魔術師だろうね。
「それにしても、すごい魔力だね。屋敷が燃えかけているよ」
この屋敷には耐火の魔法が掛けてある。生半可な魔法や魔術では、まず燃やせないはずだ。
それなのに、屋敷を取り囲む炎はわずかながらも屋敷の外壁を焦がしていた。
たった一人でここまで高威力の炎を操れるとは驚いたよ。
彼女なら、今すぐにでも王国の魔術師団長になれるはずだ。
これが本当に彼女の実力ならね。
屋敷を囲む炎を絡めとるように風を吹かせると、舞い上がった炎が竜巻と化した。
竜巻の行先は、屋敷ではなく術者であるはずの魔術師のもとだ。
今まで私は屋敷の中に入った人にしか手を出さなかった。
けれど、それは必要がなかったからであって別に手を出せないわけではないんだよ。
彼女は慌てた様子で杖を振ったけれど、軌道は変わらなかった。
魔法の風で炎を覆うことで、魔術の干渉を完全に阻害しているからね。精霊の魔力を使用する魔術と人間の魔力を使用する魔法は相性が悪いんだ。
よほど腕の立つ魔術師でなければ、この状態で炎を操作することは出来ないだろう。
しばらく眺めていると、やがて彼女は操作を諦めたようだった。杖を強く握りしめて、何かを呟く。
すると、杖に取りつけられた宝玉が輝きだした。
魔術師の周囲に金色の魔力がきらきらと漂うとそれが無数の炎に変わり、竜巻とぶつかりあう。
「やはり、杖が力の源だね」
おそらく、取りつけられている宝玉が動力源だろう。ここからでもその質の良さは分かる。
このまま出力を上げられれば、竜巻は消される。屋敷もただでは済まないはずだ。
だけど、その心配はいらないようだった。
彼女の周囲を囲む炎は次第にその範囲を狭め、炎自体も揺らぎが大きくなってきている。
おそらく、あの杖を完全に扱いこなすには彼女の力量が足りていないのだろう。
出来れば契約させたかったけれど、制御の出来ない魔道具をこれ以上使用させるのは危険だ。
最悪、宝玉に内包された魔力が暴走する恐れがある。
風の刃を飛ばして彼女の首を切り落とし、魔法障壁で杖を何重にも包み込んで回収する。
残った炎は氷漬けにして消した。火種が残っていたら危ないからね。
「朝からずいぶんと賑やかでしたね。やっと終わりましたか」
「やあ、トレーラント。おはよう。
すまないね。起こしてしまったかい?」
「ご心配なく。お寝坊な伯爵と違って、僕は規則正しい生活を送っていますから」
回収した杖を眺めていると、黒豹の姿のトレーラントがするりと現れた。
いつから見られていたのだろう。なんにせよ、起こしてしまったわけでなくてよかったよ。
ほっと胸を撫で下ろす私をちらりと見た後、薔薇色の瞳が杖に取りつけられた宝玉に向けられた。
興味があるのか、尻尾が揺れている。欲しいのかな。
「いくらこの姿でも、不死鳥は食べませんよ」
「不死鳥? 鳥なんて、中には入っていないよ」
「灰が内包されているでしょう。今は力を失っているようですが、封印を解けば復活しますよ」
トレーラントに言われてよく観察してみると、確かに宝玉の中に一握りほどの灰が入れられていた。魔力はここから発されているらしい。
不死鳥を封じているのなら、防火の魔法を打ち破られたことも納得がいく。
不死鳥は炎の精霊の中でも高位の存在だ。死と再生の象徴であり、癒しの力を持つとも言われている。
聖書でもよく出てくるから、精霊の中でも知名度は高いのではないかな。
「……――、…――……!」
「何か言ったかい? トレーラント」
「とうとう僕の声とほかの声の区別すらつかなくなりましたか。嘆かわしいですね」
宝玉を眺めていると、どこからか声が聞こえたような気がした。
あたりを見渡してみるけれど、ここには私と君とトレーラントしかいない。
君は話せないからトレーラントに尋ねたのだけど、どうやら違ったらしい。機嫌を損ねてしまった。
「すまないね。ほかに話しそうな者はいなかったから……」
「目の前にいるでしょう。もう一体」
トレーラントに言われてもう一度辺りを見回してみたけれど、視界に入る光景は変わらなかった。
君と君を載せているサイドテーブルに、物書き机、ソファ、それから窓とカーテン。それから……。
「……もしかして、これかい?」
手にした杖を掲げると、トレーラントは「ようやく気付きましたか」というように尻尾を揺らした。
翻訳の魔法を掛けてから、杖を耳に近づけてみる。
「そこの、人間よ。ここから、だしてくれ」
「……本当に聞こえるね」
灰しかないのにどうやって声を出しているのだろう。
それに、不死鳥には申し訳ないのだけど私としては出したくない。
この量と質の魔力が暴走したら、いくら私でもまったく被害を受けずに止められる気はしないからね。
このまま保管しておいても、私としては全く問題ない。むしろ、いざという時の魔力供給には最適じゃないかな。
「こ、ここから出してくれれば、礼をしよう。必ずだ!
精霊王様に誓ってもよいぞ!」
私の考えていることが伝わったのか、不死鳥は焦ったようだった。
よほど長いこと閉じ込められていたか、宝玉の居心地が悪いんだろうね。
考えてみれば、本来どの生き物にもある死という逃げ場は不死鳥にはない。
こんなふうに閉じ込められたらそれこそ永遠に宝玉の中で生き続けなくてはならないのだから、確かに地獄だろう。
死と再生を繰り返すことで永遠を生きられるとされる不死鳥の、思わぬ弱点を知ってしまったよ。
……再生か。
不死鳥は、死んでも炎に包まれて蘇る。
その原理を知ることが出来れば、君の蘇生にも役立つのではないかな。
そう考えて封印を解く方法を探ってみたのだけど、私の力だけでは難しそうだった。
どうもこれは、一般的な封印魔法とは構成が違う気がする。
下手に手を出すと、痛い目を見そうだ。
考えても分からなかったから、直接聞いてみることにした。
精霊の中にはプライドが高くて人間と言葉を交わすことを嫌う者もいるそうだけど、今回は不死鳥から話しかけてきたのだから、言葉に気をつければ意思疎通は可能だろう。
「いったい、誰に封印されたのですか? あの魔術師の女性ではなさそうですが……」
彼女は杖に封じられた状態でさえ、不死鳥の力を制御出来ていなかった。
まず、これほど高度な封印を施すのは無理だろう。
「……我だ」
「……自分?」
それはなんというか、ええと……。
「ち、ちがう! けっして、そなたが思っておるように失態を犯したわけではない!
我を巡って争う人間から身を守るための障壁として、この宝玉を使用していただけだ!
この中に閉じこもっておれば、人間は我に手出し出来ぬからな。
だが、人間は我の想像以上に愚かだった。
今より二百年ほど前、我が元を訪れた人間たちが「鍵」を壊して、我ごと宝玉を持ち去ったのだ」
なるほど。それは出られないね。
封印魔法にはたいてい「鍵」と呼ばれる解除条件がある。
事前に登録された魔力の持ち主でなければ解除出来ない、とか決まった手順で儀式を行わないと解除出来ない、というのが一般的かな。
鍵のない封印魔法も施せるけれど、失敗した時のリスクが高いから基本的にはやらない。
封印魔法自体、難易度が高いからね。
それに、最初から鍵をつけないよりも後から鍵を壊すほうが楽だ。
例えば術者の魔力を鍵に指定しておいて、封印が完成したら殺すとかね。
手間も掛からなくて簡単な作業だから、割とよく取られる手だ。
不死鳥の場合、鍵は住処としていた洞窟の魔力だった。
だから、人間にそこを破壊されてしまった今は自分の意志で宝玉から出られないらしい。
……事情は分かったけれど、それなら私にもどうしようもないかな。
人間が施した封印魔法なら、鍵がなくても解除する自信はある。
でも、さすがに高位の精霊が施した封印魔法は無理だ。鍵無しでこじ開けるには、魔力が足りない。
だけどもちろん、諦めるつもりはなかった。
幸い、私にはもう一つ手がある。頼りすぎるのはよくないけれど、今はちょうど使いどころだ。
「トレーラント」
「封印を解くよう願うのなら、高くつきますよ」
「でも、解けるんだね」
「ええ、もちろん。僕は悪魔ですからね」
よかった。トレーラントにもお手上げだと言われたら、どうしようもなかったからね。
せっかく君を蘇らせる手がかりを得られそうなんだ。この機会は逃したくない。
「お願いするよ。報酬は何がいいかな?」
私の身体の一部だろうか。それとも、伯爵家の家宝だろうか。
あるいは、契約させる人間をもっと増やせと言われるかもしれない。
私に払えるものだといいのだけれど。
「では、伯爵の目をもらいましょうか」
「目か……右目かい? それとも、左目?」
「両方です。視力に支障はないようにしますよ」
「それなら、構わないよ」
よかった。いったいどういう方法で目を取り出すつもりかは分からないけれど、それなら問題なさそうだ。
視力を失ったら、君を見られなくなるからね。
ああ、でももしかしたら目を取られる時に痛みで泣いてしまうかもしれない。
そうなったら、慰めておくれ。
その前に、まずは不死鳥をここから出して蘇りの原理を聞かないといけないけれど。




