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悪魔の道具は今日も真摯に絶望させる  作者: 紫苑
2章 悪魔の道具は今日も真摯に嘘を吐く
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2話 死神先生との復習

『なあに。ちょっと屋敷の様子を見てくるだけの簡単な仕事だ。危険はないさ』


 そうだね。絶望してトレーラントと契約するだけの、簡単な仕事だね。

 素直に従ってくれれば苦しむこともないはずだから、安心して契約していくといいよ。

 仮に何かあっても、私は保証しないけれど。


『くそっ、こんな屋敷にいられるか! 俺は帰るぞ!』


 そろそろこの屋敷から生きて戻る人を選ぼうと思っていたから、ちょうどよかった。

 気をつけて出ていくんだよ。

 あ、何も被害がないとおかしいから、両足はもらうね。


『この仕事が終わったら俺、結婚するんだ』


 それはおめでとう。お祝いとして、そこの指輪を持っていくといいよ。

 弟からもらった、唯一のプレゼントなんだ。

 なんでも、持ち主が次々に怪死していくという逸話をもった代物らしい。


 私はまだ生きているから嘘だと思うけれど、それを抜きにしてもなかなか綺麗な指輪だと思うよ。

 ただ、あいにく私は装飾品自体あまり好まなくてね。

 もらったはいいけれど、たまにしか身につけていなかったんだ。


 君は気に入ったようだし、プロポーズのプレゼントにでもするといい。

 そのほうが、指輪にとっても幸福だろう。

 そう。そこの扉から出れば外に……おや、壁から突き出した槍に刺されて死んでしまったようだね。

 そのトラップを発動させた覚えは私にはないのだけど、どうしてかな。


 とりあえず、後で点検しておこうか。また誤作動が起こったら大変だからね。

 君の身体とするにはあまり質がよくないから、死体はゴーレムたちの予備として取っておくとしよう。


「……ようやく一区切りついたみたいだね……」


 最初に屋敷を訪れた男たちを皮切りに途切れることなく屋敷に挑む冒険者たちが全員いなくなったのは、日付が変わったことを知らせる教会の鐘が鳴り響いてしばらく後のことだった。

 魔力はまだ余裕があるけれど、頭を動かしすぎて痛いし眠い。

 トレーラントも疲れたようで「僕は少し休みます」と言ってどこかへ行ってしまった。


 侵入者たちの相手をしている合間に夕食を食べたからお腹は空いていないはずなのだけど、なんだか無性に甘い物が食べたくなってきたよ。

 君が持ってきてくれたクッキーとか、スミレの砂糖漬けとか。

 クッキーはともかく、砂糖漬けなら屋敷のどこかにあるかな……。


「邪魔するぞ」


 落ち着きのあるしっとりとした声に顔を上げると、いつの間にか開いていた窓から見覚えのある顔が覗いた。

 雪のように白い髪と、右手にしっかりと握られた黒い大鎌。

 レーベンだ。


「悪いけど、今日はもう閉館だよ」

「生憎だが、私はこの屋敷に挑みに来たわけではない。

 トレーラントとの定期連絡のために訪れただけだ」

「トレーラントもお休みだよ」

「知っている。庭園で眠りこけていたから、先ほど叩き起こしてきた」

「だいぶ疲れていたようだけど、大丈夫なのかい?」

「死ぬことはないから安心しろ」


 そう言って、レーベンは軽く肩をすくめた。


「百にも満たない数と契約したくらいで、トレーラントほど魔力の多い悪魔が疲れることはない。

 実際、伯爵家の使用人たちと契約した時は平気な顔をしていただろう」

「言われてみればそうだね。もしかして、具合でも悪かったのかな」


 レーベンの言うとおり、二百人ほどの使用人たちと契約した後もトレーラントに疲れた様子はなかった。

 もっとも、その時の私はすっかり寝こけていた。私が起きた頃には既に、契約を終えて休んだ後だったのかもしれないけれど。

 だとすれば、今日は体調が優れなかったのだろうか。

 尋ねる私に、レーベンは「いや」と首を横に振った。


「単に気疲れしただけだろう。

 一気に大勢と契約するよりも、ばらばらに契約するほうが精神的には疲れると聞く。

 トレーラントは悪魔としてはまだ幼い。身体が心に釣られるのも当然だ」

「その辺りは人間も同じだね。

 ところで、トレーラントっていくつなんだい」


 見た目だけなら私よりも少し年下くらいに見えるけれど、以前「僕は伯爵よりもずっと長生きですからね」と言われたことがあったから、私より長く生きているのは間違いないだろう。

 今更ながら疑問に思って問いかけると、レーベンが考えこむように口元に手を当てた。


「正確な年齢は私も知らないが、確かまだ四百と少しの間しか生きていないはずだ」

「人間からしてみれば、だいぶ成熟しているように思えるけれど」

「それは、人間がせいぜい百歳程度しか生きられないから相対的にそう感じるだけだ。

 多くが二千年から五千年ほど生きる悪魔の基準では、トレーラントはまだ子供と言っていい」


 なるほど。確かに、寿命の短い犬や猫は十年しか生きていなくとも「大人」「老齢」と言われている。

 それと同じように考えれば、四百年生きたトレーラントも悪魔からすれば「子供」なのかもしれない。

 ……まあ、あんなに凶悪な子供はなかなかいないだろうけど。


「子供一人にそんなに頑張らせるなんて、悪魔の社会もなかなか大変そうだね。

 他に誰か、トレーラントを手伝える悪魔はいないのかい?」

「……いや」


 何気なく投げかけた問いに対して、レーベンは何故か歯切れ悪く口ごもって、視線を逸らした。

 さっきまではあっさり答えてくれていたのに、どうしたのだろう。

 ……ああ、もしかして。


「手伝ってくれる相手がいないのかい?」

「まあ……そんなところだ」


 なるほど。どうやらトレーラントも私と同じく、友達がいないらしい。

 そうと分かると途端に親近感が湧いてくるのだから、不思議なものだ。


 私には君がいてくれたけれど、彼には一人でもそういう相手はいるのだろうか。

 あとで聞いて……ああ、でもむやみに聞くと傷つけてしまうかもしれないから、これは私の胸の中に仕舞っておこう。

 今までの私なら躊躇うことなく尋ねていただろうけど、少しくらいはこういった気遣いが出来るようになったんだよ。結構成長したと思うのだけど、どうだろうか。


「……トレーラントのことは、今はいいだろう。

 それより、今回屋敷を使わせてもらった分の対価を払いに来た」

「都度払いなんだね」

「お互い、明日をも知れぬ身だ。貸し借りは早めになくしたほうがいいだろう」


 うん、確かにレーベンの言うとおりだ。

 私は君が蘇るか自身が望むまで続く半永久的な生を手に入れたけれど、それはトレーラントとの契約があってこそだ。

 彼が私との契約を破棄してしまえば(そんなことが出来るのかは知らないけれど)その効力は切れるし、死にはしなくとも二度と目覚められない状況を迎える可能性だってなくはないからね。


「今回は、何を教えてくれるんだい?」

「そうだな……人間を絶望させることは成功しているようだから、私の助言は必要ないはずだ。

 今日のように、一度に複数の人間が侵入してきた時に便利なトラップを教えよう。

 といっても、先日は正門と裏口の二カ所から同時に侵入してきた人間を見事に処理したと聞いたから、基礎は分かっていると思うが」

「分断と足止めかな」


 私の答えに、レーベンが大きく頷いた。

 何人来ようと、ひとまず分断して迷路に迷わせればどうにかなる……というのは、これまでの経験でなんとなく分かったことだ。

 ただ、屋敷に侵入されてからの対処法については今のところ後手に回っている。

 あまり改造すると、私が生活する時に不便だからね。


 分断のためにトラップを設置するなら、人が通りやすい部屋に設置するのが効率的だ。

 一番いいのは大広間や、その近くの廊下かな。

 でも、そうなると私が屋敷を移動する時もトラップを一々攻略しないといけなくなってしまう。


 隠し通路を使うという手もあるし、そうでなくとも通る時にはトラップを解除すればいいだけだと思うかもしれないけれど、屋敷を使うのは私なんだよ。

 あの、何もないところで躓いたり(あの時は君が助けてくれたね)、舞踏会の時間を間違えたり(これは執事がなんとかしてくれた)、最近では昼寝しているトレーラントの隣を通ろうとして尻尾を踏んだり(あれはとても怒られた)した、私なんだ。

 おそらく、いや、確実に自分がトラップを仕掛けていることを忘れると思う。


 もちろんそれで死ぬことはないけれど、自分の屋敷を移動するだけで常に緊張しているというのもなんだか変だろう。君だって、蘇った後で屋敷の中に薔薇の迷路があったらきっと驚くと思うし。

 だから出来れば、私の意思で発動するトラップはともかく迷路のような常設型のトラップは設置したくないんだ。


「迷路のように大がかりなものでなくとも、足止めは可能だ。

 一般的なものとしては、鍵を掛けておくという方法だな」

「ああ、なるほど」


 すっかり忘れていたけれど、屋敷の各部屋には防犯のために鍵が掛かるようになっているんだ。

 鍵を閉めておけば、確かにその部屋には入れないよね。


 ……でも、開かないからと諦めて帰ってしまったりしないかな。

 部屋に閉じ込めて帰れないようにするのは簡単なのだけど、あまりそれをやり過ぎると侵入者が大勢いた場合は困ったことになる。

 だって、閉じ込めるということはつまり、その部屋が使えなくなるわけだからね。


「その鍵をどこかに隠して、侵入者に見つけさせるようヒントを設置しておけばいい。

 あるいは、その鍵自体を暗号や謎解きにしてしまえば、わざわざ鍵を用意する手間が省ける。

 もっとも、使い回しされないように答えを不定期に変える必要はあるが」


 そうだね。屋敷の鍵を持ち出されると私が困ってしまうから、謎を解いたら進めるようにしておいたほうがいいかな。

 鍵を開け閉めするだけなら魔力の消費も少ないし、仕掛けていることを忘れてうっかり迷い込むこともない……はずだ。迷い込んだとしても容易に解除出来る。


 設置するとしたら、どんな謎がいいだろうか。

 今のところ屋敷を訪れているのはほとんど平民だけど、王都から派遣されるのはきっと貴族が多い。

 両方が解ける問題、というと……。


「侵入者のレベルに合わせて考えるのが面倒なようなら「明確な答えのない謎」にすればいい。

 つまり、その人間の本心について尋ねるものだな。

 使いようによっては、仲間割れによる分断を狙える」

「それはいいね。いちいち捕らえて大切なものを質問する手間が省けそうだ」


 レーベンが言うには、この謎解きは他のトラップと併用することで更に効果が上がるらしい。

 答えを間違えたら仲間を殺すと重圧を掛けるとか、答えによって進める扉を変えて分断するとかね。

 あとは、部屋中にヒントを隠して探し回らせるのも疲労させられていいとのことだった。


「早速、屋敷の中を改装してみるよ。鍵を変えるだけなら、さほど魔力を消費しないから」

「役に立てたようで何よりだ」

「でもこれ、戦闘に使うのかい?」


 確か、死神はトラップを使って戦うことが多いから、その分トラップのことをよく知っている。

 だから、屋敷の使用代として私にトラップについて教えてくれる……という話だったはずだ。

 この謎解きって、戦闘に使うのかな。


 私の問いかけに、レーベンが微かに眉をひそめた。

 あまり聞かれたくないことだったのだろうか。


「戦闘では使わないが……私には必要なんだ」

「個人的な趣味かい?」

「まあ……そんなところだ」


 小さく頷いて、レーベンが席を立った。どうやら、もう帰るらしい。

 これ以上言及するつもりはなかったのだけど、機嫌を損ねてしまっただろうか。


「いや、そろそろ戻る時間が近づいてきただけだ。

 あまり長く持ち場を離れていると、怪しまれるからな」

「おや、もしかしてトレーラントと会うことは言っていなかったのかい」

「ああ……死神と悪魔は仕事以外ではあまり仲がよくないんだ。

 死神は予定通りに生や死を運ぶのが役割だが、悪魔はそれを変えるからな」


 レーベン曰く、この世界の全ての生物は生まれた時から死を迎える時期が決められているらしい。

 死神は、時期が来た魂を迎え入れるのが仕事なのだそうだ。


「私やトレーラントが死ぬ時期も、もう決まっているのかい」

「伯爵は既に悪魔と契約しているから、産まれた時に定められていた死期からは解放されている。

 トレーラントがいつまで生きるかは知らない。

 その時期を知ることが出来るのは、死が目前に迫った時だけだからな」


 死神にも心はある。親しくなった相手に死期を教えたり、無理にその時期をねじ曲げようとする者が現れないよう、自分が担当する相手以外の死期は分からないようになっているらしい。

 例え担当の相手だったとしても、死期を知ることが出来るのは魂を回収する直前だとか。

 思いのほか、不便なんだね。


「もっとも、明確に知ることは出来ずとも予想することは可能だ。

 その相手と長いこと共にいればな」


 そう言って、レーベンが僅かに俯いた。

 肩まで伸びた白い髪に遮られて表情はよく見えなかったけれど、その雰囲気はどこか寂しそうだった。


「……帰るつもりだったのに、すっかり話し込んでしまったな。そろそろお暇するとしよう」

「ああ。またね」


 その言葉に手を上げて答えてくれたレーベンの姿が煙のようにかき消えた。

 最初からまるで何もいなかったかのように静寂さを取りもどした部屋を見渡して、つい息を吐く。


 全ての生き物は、産まれた時から死期が定められているとレーベンは言った。

 それなら、君がああして死ぬのも産まれた時から決まっていたのだろうか。

 あるいは……死ぬ時期は変わらなくとも、本来はもっと安らかな死に方だったのかな。

 後者だとしたら、君は私を庇ったことを後悔していないかい。


 君が答えられないことは知っていたけど、聞かずにはいられなかった。

 もう夜も遅い。君もきっと眠いだろうに、くだらない質問をしてすまないね。


 おやすみ、エミール。よい夢を。

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伯爵が悪魔と契約するきっかけとなった話
日陰で真実の愛を育んでいた子爵令嬢は神様に愛されていると信じていた

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マシュマロ
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