2話 今日から君たちはゴーレムになりました
「――これで、ひとまずはいいかな」
トレーラントと今後の方針について話した後、私が真っ先に取り掛かったのは自室の地下で保管していた君の首を自室に据えることだった。
処刑の後で晒されていたのを、こっそり取り返してきたんだ。
存在を隠すためとはいえ、長いこと暗い場所に閉じ込めて本当にすまなかったね。
私の部屋の一番日当たりがいいところに君の席を作ったから、これからは明るい日差しや月明かりの下でのびのびと過ごしてほしい。
私が君を蘇らせるその時まで。
本当なら身体も回収したかったのだけど、私が屋敷から出られた頃には君の身体は領民達によってすっかり細分化されてしまっていて、手に入れられなかったんだ。
だから、ちょうどいい人間が来たら君の身体を作る際に必要な各部位をもらうつもりだよ。
手足の一本二本足りなくとも、生きていれば契約は出来るからね。
さて、君の居場所も決まったところで、今後の生活で足りないものがないか考えてみようか。
侵入者を追い込むためのトラップは問題ない。昨日、機能していることを確かめたからね。
訪問者も心配いらないだろう。
このまま屋敷に籠っていれば、いずれは誰かが異変に気が付いてやってくるはずだ。
「となると、必要なのは屋敷を守ってくれる護衛かな」
私一人でも、魔法を使えば人を死の寸前に追い込むことは簡単だ。
人間相手なら、たとえ一個師団が相手でも負ける気はしない。
さすがに、ドラゴンを連れてこられると困ってしまうけどね。
だけど私は一応まだ人間だ。ずっと戦い続けていれば疲労は蓄積する。
そうなれば、ただでさえ低い判断能力が低下して致命的なミスを犯してしまう可能性がある。
死にはしなくとも重傷を負えば意識は飛ぶし、苦痛も感じるらしい。
まだ試していないから詳細は分からないけれど、意識がない間に君を持ち去られたら大変だ。
それを防ぐためにも、私以外に戦ってくれるものがあと数名は欲しい。
ああ、トレーラントはだめだよ。そんなことを頼もうものなら、私は全身ばらばらにされてしまう。
それに、目星はもうつけてあるからね。
探知魔法で屋敷の内部を探ると、目的のものがいくつか見つかった。
四体か。死の恐怖と苦痛から逃れることを選ばなかった人数としては、多いと見るべきなのか少ないと見るべきなのか迷うところだ。
「少し出かけてくるよ。すぐ戻るからね」
暖かな日差しの中で目を閉じている君に話しかけると、君の唇がほんの少し緩んだように思えた。
きっと、光の加減による見間違いだ。
でも私は、君が話せないのをいいことに「君が私を元気づけてくれた」のだと考えることにした。そのほうがやる気が出る。
それに君は、いつも笑顔で私を見送ってくれていたからね。
「疲れた……」
細工を終えるのにだいぶかかった。
先ほどまでさんさんと降り注いでいた日差しは、今やすっかり傾いている。
「朝からご苦労なことですね。身体強化の魔法を掛ければいいのに。
……ああ。もしかして、掛けた状態でそれですか?
それは失礼。人間は呆れるほど貧弱な生き物でしたね」
「悪かったね、貧弱で……」
疲労で座り込む私の横で優雅に毛繕いをしていた黒豹、もとい姿を変えたトレーラントの言葉になんとか言い返すと、彼は小さく鼻を鳴らして私の横をするりとすり抜けた。
長い尾を揺らして優雅な足取りで部屋を出て行く後姿を見送って、ため息をつく。
君は知っていると思うけど、私は人間の中でも最弱の部類に入る。私を基準に人間の身体能力を測らないで欲しい。たぶん、他の人類に迷惑だ。
君のように、同じ人間かと疑いたくなるほど高い身体能力を持つ人間だっているというのに……。
私のおかげでまとめて見下される羽目になった他の人間達へ若干の申し訳なさは感じたけれど、ひとまずそれは置いておくことにした。
魔法しか取り柄のない私がどう足掻いたところで、悪魔に人間を見直させることは出来ないだろう。
優秀な人間は大勢いるのだから、そのうち機会があれば「人間もそこそこいい種族だ」くらいには思ってくれるはずだ……たぶん。
それに、別に私は悪魔の人間観を直すために彼と共にいるわけではないからね。
目の前に転がるそれらを眺めながら、私はもう一度ため息をついた。
それはトレーラントと契約しなかった人間のなれの果て。つまるところ、死体だった。
とても苦しかったはずなのに悪魔と契約して生き延びることを拒んだのだから、彼らはよほど意思が固かったのだろう。
今は私が修復したから眠っているようにしか見えないけれど、見つけた当初はひどかったからね。
といっても、彼らが生前どんな人物だったのかは覚えていない。
私は昔から、人の顔を覚えるのが苦手なんだ。
だって、必要のない情報まで覚えていたら、ただでさえ容量の小さい私の頭から大切なことが失われてしまうじゃないか。
それに、彼らの名前も素性ももうどうでもいいことだ。
彼らはこれから、ゴーレムになるのだから。
君も知っての通り、ゴーレムは単純な命令しかこなせないから兵隊には向かない。
単に「この部屋に入った者は殺せ」ならこなせても「侵入者を撃退しろ」だと誤作動が起きるからね。
でも、今この屋敷内で生きている人間は私だけだから「私」か「私以外の生きている人間」を対象とするように命じれば問題はない。
知能の問題さえクリアしてしまえば、ゴーレムは最高の護衛だ。
裏切られる心配はないし、恐怖で立ちすくんだり相手を見て躊躇ったりすることもない。
機能を停止するのは、私に命じられるか、身体のどこかに埋め込んだ魔石を破壊された時だけだ。
何より、彼らは普通のゴーレムと違って見た目は人間だ。使い道はたくさんある。
私より実力が上の魔法使いが命令を上書きすれば反逆される危険はあるけれど、国内には私より優れた魔法使いはいないからその心配は当分必要ないだろう。
国外で私を上回るほどの魔法使いといって思い当たるのは、魔法大国エアトベーレの国王くらいかな。
でも、他国の王である彼がこの国の事情に立ち入ってくることなど普通はない。
あり得たとしてもだいぶ先のことになるから、今は考えなくともいいはずだ。
念のために、魔石を埋め込む場所は全員ばらばらにしておいた。
メンテナンスは少々面倒だけど、こうしておけば弱点を見抜かれて次々に破壊されることは防げる。
彼らはこの屋敷を守る貴重な護衛なのだから、できるだけ破損することのないよう大切に使ってあげなくては。
ゴーレム達を起動させると、各々の目がゆっくりと開いた。全員一斉に術者である私へ視線を向ける。
……ああ、うん。そうだった。すっかり忘れていた。
私は、慣れた人間――つまり、君以外に見られるのが苦手なんだ。
領主や伯爵として大勢の前に出る時はまだいいのだけど、そういった役職がない時に複数から注目されるのはどうも不得手だった。
私は術者で、彼らはゴーレムなのだと言い聞かせてどうにか彼らに視線を向ける。
父の代から伯爵家に仕えていた執事。
代々我が家に仕え続けてきた庭師。
妻が実家から連れてきた侍女。
最近我が家に仕え始めた腕のいいコック。
こうして見ると、コックは別として我が家に長く仕えている者が多い。
いくら興味がなかったとはいえ、彼らの名前を思い出せないのが不思議なくらいだ。
特に執事は、私が子供の頃から世話に……いや、世話になったのは大人になってからか。それなら仕方がない。
執事達にそれぞれ別の命令を与えた時、屋敷の周囲に仕掛けていた探知魔法が反応を示した。
誰かが伯爵家に入ろうとしているらしい。
王国から兵が派遣されて来るには早すぎる――ここから王都までは、どんなに馬車を飛ばしても片道三日はかかる。転移魔法は限られた魔法使いしか使えないから、王国から兵が差し向けられるのは早くて一週間後と見ていいだろう――ので、警備ギルドから派遣された職員だろうか。
それとも、領民が異変に気づいて訪ねてきたのかもしれない。
どちらでもいいし、なんならどちらとも外れでも構わない。
私の仕事はただ一つ。
侵入者を死の淵に追い込んで、悪魔と契約させることなのだから。