1章登場人物まとめ + 小話
伯爵
親友を蘇らせるためにトレーラントと契約した。
世界的に有名な魔法使いだが、魔法以外は自他共に認める無能。
顔と血筋はいい。
妻のことは愛している。実は名前も覚えていないが愛してはいる。
この世界では珍しい黒髪と菫色の瞳が特徴。どちらも実母譲り。
この世界の人間が使用出来て体系化されている魔法と魔術は全て覚えている。
トレーラント
伯爵と契約した悪魔。悪魔としてはまだ若いが高い魔力を持つ。
普段は黒豹か淡い金の髪を後ろで結んだ青年の姿を取っているが、どんな姿にもなれる。
一人称は「僕」だが、悪魔に性別はない。
役に立つ道具は手入れをして長く使う主義。
薔薇色の瞳はどんな変化をしようと変わらない。
レーベン・リーパー
死神の長。とある理由からトレーラントに協力している。五千年以上は生きている古い死神。
出されたものはどんなにまずくともすべて頂く主義なので、伯爵が淹れたお茶も根性で全部飲んだ。
実は「レーベン・リーパー」で一つの名前。
死神以外は大体「レーベン」と略すので若干悲しい。
死神は変化の魔法が使えないのでどんな時でも姿は変わらない。
エミール・モルゲンロート
伯爵の親友。
平民だが、代々伯爵家の家宰を務めてきた家の出なので頭がよく、剣の腕にも優れている。
ただし魔術の素養は全くなく、以前伯爵に教わって魔術を習得しようとしたものの挫折した。
伯爵の養母の怒りを買ったことで冤罪を着せられ、処刑された。
妻
伯爵の妻。焦げ茶色の巻き毛に優しい緑の目をした美しい女性。
侯爵家の出身ながらその慈悲深さと信心深さからアストルム王国の聖女とも呼ばれていた。
領内では仲のいい夫婦、よく出来た妻として有名だった。
夫のことはもちろん愛している。特に顔が綺麗で境遇がかわいそうなところが。
エミールが傍にいるときの夫は幸せそうだったので、エミールが嫌いだった。
以下、おまけ
【トレーラントと契約しなかった庭師のおはなし】
この国の王が愛する薔薇のように黒い髪。
可憐な待雪草のように白い肌。
春を待つスミレのような強さを秘めた青紫の瞳。
庭師が長年仕える伯爵家に嫁いできた女性は花のような人だった。
「貴方が庭師のバルトルトね」
嫁いできた翌日、彼女は使用人一人一人に短い言葉を掛けて回っていた。
その際に名前を呼ばれた感動は今でも忘れていない。
恋に落ちたのではなく、花と同じくらい美しい人から声を掛けられたことが嬉しかったのだ。
庭師にとって花は仕事道具ではなく人生であり、生きる理由であった。
しかし彼女は、屋敷の主が望んでいた男の子を生むと同時に儚くなってしまった。
黒百合に囲まれて眠る彼女の顔は、まるで眠っているかのように安らかだった。
彼女が生んだ男の子は、母親同様に美しい子供だった。
黒薔薇の髪に待雪草の肌、スミレの瞳。
春の花のように愛らしい子供が、冬に咲く花のような強さを秘めた家宰の子供と一緒に庭園を歩く姿を見るのは、庭師の数少ない楽しみだった。
「きれいなお花だねえ」
ある日、一人で庭園にやってきた子供が庭師の手元を覗き込んでそう言った。
「ベロニカさま、の……すきな、花、です」
「母さまの?」
生まれつき頭の弱い庭師は、その大きな体とは裏腹にたどたどしい口調でしか話せなかった。
しかし、屋敷の使用人からはよく馬鹿にされるそれも子供には気にならなかったらしい。
彼らのように笑ったりせず、真剣な顔で庭師が手入れしていた黄薔薇を見つめていた。
太陽のように眩い大輪の薔薇は、四年前に嫁いできた今の夫人のお気に入りだった。
前の夫人の葬儀からわずか一月後にやってきた彼女のことを庭師はよく知らない。
ただ、彼女の希望で庭園の花を全て植え替えさせられたのでそれだけは知っていた。
以前の夫人が好んでいた黒百合も、今の夫人が好んでいる黄薔薇と同じくらい美しいと思うのだけど。
「このお花をあげたら、母さまはよろこんでくださるかな?」
その問いかけに、庭師は大きく頷いた。
花は綺麗だ。花をもらった人は喜ぶ。好きな花ならなおさら。
花の手入れしかしたことのない庭師には、そのくらいの知識しかなかった。
その答えに顔を明るくした子供が、スミレ色の瞳をきらめかせて庭師の袖を引く。
「ねえ、一輪だけちょうだい。
母さまにあげたいんだ」
「では、いちばん、きれいな花、を」
それに他意はなかった。
この屋敷の女主人へ贈るなら、あの花のように美しい女性の子供の手に握らせるなら、庭師が育てた花の中でもっとも美しいものをと思っただけで。
色鮮やかに咲き誇る黄色の薔薇に、庭師はパチリと鋏を入れた。
「せっかくあの人から貰った花だったのに、なんてことをしてくれるの?!」
「ごめんなさい! もうしませんから、ごめんなさい!」
怒声と悲鳴が聞こえてきたのは、花を渡した数時間後のことだった。
白い頬を赤く腫らした子供が庭園の片隅にある古い倉庫に放り込まれる。
外から乱暴に鍵を掛けた夫人が、苛立った様子で庭師を呼んだ。
「もう二度と、私の薔薇を「あれ」に触らせないで!」
「さわって、は……」
「あの女の子供に、あの女に似た顔の子供に、あの人からの贈り物を触られたくないの!
もしまた同じことをさせたら、あなたも「あれ」もこの家から出て行ってもらうわ!」
震えた声でそう言って、夫人はその場を後にした。
倉庫の中からは子供の泣き声と、許しを請う声が聞こえる。
けれど、開けることは出来なかった。
鍵は夫人が持って行ってしまったし、屋敷のものは決して壊してはいけないと今は亡き父から固く言いつけられている。
言いつけを破ることの出来ない庭師は、ただ茫然と倉庫の前で立ち尽くすしかなかった。
「ウィル! ここにいるのか?!」
子供と親しい家宰の子がやってきたのは、高く昇っていた日が暮れかけた頃だった。
倉庫の前で立ち尽くす男を押しのけて鍵を開けた家宰の子が、中にいる子供を抱きしめる。
顔中を涙で濡らした子供はただ「エミール、エミール」と家宰の子の名を呼んで縋っていた。
「エミール、どうしよう。母さまが、わるいことする子はきらいって……母さまが」
「大丈夫だ、ウィル。奥さまはもう怒っておられないから。
ウィルのことも、きらいになんてなってない」
そうしたやり取りを何度も繰り返すうち、子供の声は次第に小さくなっていった。
泣き疲れたのか眠そうに眼をこすっている子供に苦笑して、家宰の子が背を向ける。
「ほら、ウィル。乗れよ。おぶっていってやるから」
「うん……ありがとう、エミール……」
とてとてと頼りない足取りで歩く姿を見ていられなくて、庭師はそっと子供を支えた。
子供が背に乗ったことを確認した家宰の子がゆっくりと立ち上がり、こちらを向く。
勿忘草よりも濃い青色の瞳が庭師を映した。
「めいわくをかけて悪かった」
「坊ちゃんは……よろこんで、ほしくて……おこらせたい、わけでは」
他の使用人にはなかなか通じない庭師の拙い言葉も、家宰の子はすぐに理解出来たようだった。
こくりと頷いて、口を開く。
「うん、わかってる。ウィルもバルトルトも、奥さまによろこんでもらいたかったんだよな。
だけど奥さまは……ちょっといろいろあって、ウィルのことをあんまりよくおもってないんだ。
ウィルはやさしいから、奥さまのすきな花をっておもったんだろうけど……」
家宰の子は、まだ六歳のはずなのに庭師よりもはるかに賢いようだった。
あまり頭の良くない庭師にも理解出来るよう、言葉を選びながら話を続けていく。
「もしまたウィルに花がほしいって言われたら、俺に相談するように言ってくれないか。
そうしたら、俺から奥さまにうまいこと言っておくから」
「わかり、ました」
忘れっぽい庭師にとってはたったそれだけの言葉でも覚えておくのは大変だったが、子供の為だと思えば苦ではなかった。
頷いた庭師に家宰の子はほっとした様子で「ありがとう」と微笑んだ。
背中で寝息を立てている子供を起こさないように静かな足取りで屋敷へ戻っていくその後姿を、庭師はただ見送っていた。
それから、子供はすくすくと育っていった。
小さかった身体は若木のようにすんなりと伸び、子供らしい高い声は大人びたものへと変わった。
あの日以来子供と話すことはなかったが、庭師はその成長を見守るだけで満足していた。
「少しいいかな」
だから、大人になった彼から話し掛けられた時はとても驚いた。
「は、い」
「ここの花を全部抜いてほしいんだ。
それで、白薔薇を植えてほしい」
淡々と命じられたその言葉に、庭師は首を横に振った。
少し驚いた様子で「どうして?」と言う彼に、以前伝えられた言葉を告げる。
「エミールさま、に、ご相談、ください」
それは、彼が再び頬を打たれて閉じ込められることのないよう必死に覚えていた言いつけだった。
庭師の言葉を聞いてあの日と変わらぬスミレ色の瞳が一瞬きらめき、それから暗い色を帯びる。
「ああ――それは、もういいのだよ」
だって、彼はもういないのだから。
庭師はその時初めて、太陽のように眩い髪を持った家宰の子が死んだことを知った。
「僕と契約をすれば、楽になれますよ」
薔薇色の瞳を持つ青年の誘いに、庭師はただ首を横に振った。
手塩に掛けて育ててきた庭園を、あの花のように美しい子供を、置いてはいけない。
花は自分の人生であり、生きがいだ。それを失って生きる理由などどこにもないのだから。
たどたどしい口調でそれを伝えると、青年は「それもよいでしょう」と笑って姿を消した。
残された庭師は最期のその瞬間まで、花と花によく似た親子のことを思い出していた。




