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悪魔の道具は今日も真摯に絶望させる  作者: 紫苑
1章 悪魔の道具は今日も真摯に絶望させる
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16話 優しい嘘

「……うぅ……」


 割れるような頭の痛みで目が覚めた。

 首が痛くなるほど高い天井にふかふかの絨毯。俺には全く理解出来ない調度品の数々。

 平民の俺には全く縁のない、いかにも貴族の私室って感じの部屋だ。


 なんで俺はこんなところにいるんだ?


 痛みに耐えながら記憶を辿ると、だんだんと思い出してきた。

 そうだ。確か俺は副長と一緒に白薔薇の迷路に入って、それから……。


 迷路の奥で見つけたラウレンツと、一緒に引きずられた副長のことを思い出して胸が重くなった。

 石の階段が見えた時、このままだとまずいと思ってとっさに蹴り飛ばしたから、きっと副長は無事だ。

 でも、あの様子じゃラウレンツはもう助からないだろう。


 あいつは王都でも名の知られた魔術師で、何よりすごく気の合う相手だった。

 暗い場所を異様に怖がるって欠点はあったけど、それが却って親しみを感じさせたのかもしれない。

 初任務で組んで以来、任務の時にはいつも一緒だった。今回だって、何かあってもあいつなら大丈夫だって思ってたんだ。


 そのラウレンツが、あっさり死んだ。

 伯爵は王国一の魔法使いだ。そんな伯爵を捕らえた奴が相手なら、手強いだろうとは思ってたさ。

 でも……だからって、屋敷に入る前に死ぬなんて思ってなかった。

 分かってたら、あいつ一人で行かせたりなんてしなかったのに。


 別ルートで入ったエグモントたちは大丈夫なんだろうか。

 脳裏を過ぎった考えに心が押し潰されそうになって、慌てて振り払う。

 大丈夫だ。いくら魔法使いや魔術師でも、なんでも分かるわけじゃない。


 現に伯爵は自分の父親を殺したエミールを最後まで信用して、処刑を止めて欲しいと訴えていたじゃないか。

 結局、父を殺されて錯乱してるんだろうって母親の気遣いでしばらく屋敷内で療養している間に、エミールの刑が執行されたって聞いたが。


 あの伯爵だって、身近な人間の裏切りが分からなかったんだ。

 俺らを捕らえた魔法使いがどれだけ優れていようと、諜報活動に長けたエグモントたちの潜入が分かるはずがない。

 こうして犯人が俺たちに構ってる時が、むしろエグモントたちにとってはチャンスなんじゃないか!


 何より、副長がいる。副長なら、伯爵の居場所を必ず突き止めて救出してくれるはずだ。

 ラウレンツは無駄死にじゃないし、俺もただ無意味に捕らえられたわけじゃない。

 そう考えると、沈んでいた心が少し楽になるような気がした。


「やあ、おはよう。目が覚めたみたいだね」


 その時、聞き覚えのない声が部屋に響いた。

 どこか伯爵の声に似ているが、違う。あの方はもっと穏やかで、優しい声をしていた。

 こんな、人をいたぶるのを楽しんでいるような声じゃない。


 その予想通り、現れたのは伯爵ではなかった。

 髪の色は同じ黒だが、紫がかった赤い目と柔和な顔立ちは伯爵とは全く違う。

 あの方の目は青紫だし、繊細な顔立ちをされていた。

 有事の時に備えて領主夫妻の外見は必ず覚えろと副長に叩き込まれたから自信を持って断言出来る。

 何より、そいつの背中には蝙蝠のような羽があった。


 人間とは異なるその姿に「悪魔」という言葉が脳裏を過ぎる。

 ああ、そうか。いくら伯爵でも悪魔が相手なら敵うわけがない。

 どうしてその存在を思いつかなかったんだろう。


「私の名が分かるかな」

「知るわけないだろう。そんなこと」

「それはよかった。君の仲間もそう言っていたし、どうやら魔法は成功みたいだね」


 仲間だと? まさか……。


「さっき、裏口から入った君の仲間と会ってきてね。色々と話をしてきたよ。

 全員用事は済んだから、あとは君と副長で終わりだ」


 最悪の形で当たった予想に吐き気がした。

 用事が済んだっていうのはそういうことだろう。悪魔が俺たちを生かす理由なんてないんだから。


 警備ギルドというのは本来、危険な仕事だ。

 犯人を追いかけている最中に殉死したり、犯罪の調査中に殺されるなんてことはよくある。

 でも、エテールは平和で凶悪犯罪なんてまず起きない。仮に起きたとしても伯爵が魔法であっという間に解決してくれるから、俺たちの出番なんてない。

 だから、仕事の危険さをすっかり忘れていた。俺やラウレンツを始め、みんな王都の警備ギルドで腕の立つ連中ばかりだったのにいつの間にか平和ボケしていた。


 俺たちは全員、こいつを甘く見すぎてた。だが、後悔したところでもう遅い。

 だったら、俺に出来るのは……。


「……た、たのむ。なんでもするから、副長だけは助けて欲しい」


 自分が今、警備ギルドの人間としてどれだけ最低なことを言っているか、自覚はある。

 何があっても犯罪者には従わないのが、警備ギルドの人間に課せられた義務だ。その義務を投げ捨てるような言動をしたと副長に知られたら、ぶん殴られるだけじゃ済まないだろう。


 でも、もういい。

 俺がどれだけ頑張ったところで、この状況で悪魔を倒せるはずがない。

 だったら、すこしでも犠牲を減らすだけだ。


「自分の命乞いではないんだね」

「どっちも助けてくれるなら、助けてほしいさ。

 でも、どっちか片方しか生き残れないっていうなら副長を残してくれ。たのむ」


 俺と副長だったら、副長のほうが断然優秀だ。

 今回は失敗したけど、この経験を生かして今度こそは俺たちの仇を討ってくれる。

 部下を五人も死なせたとなればギルド内での肩身は狭くなるし、辛い思いをするだろう。

 でも、副長は強い。いずれ立ち直ってくれるはずだ。


「どうして彼女を生かしたいんだい?」


 悪魔の問いかけに、頭が真っ白になった。

 正直に答えれば、きっと悪魔は副長を殺すだろう。

 どうすればいいんだ。なんて答えれば、悪魔の気を副長から逸らせる?


 こんな時、ラウレンツならもっといい考えが浮かんだのかもしれない。

 でも、俺の頭には普段の俺なら絶対に言わない最低の理由しか思い浮かばなかった。


「……復讐だよ。俺や仲間たちをこんなことに巻き込んだ、あの女への。

 本当は俺のほうが有能なのに、あの女は身体を使ってギルド長に取り入りやがった。

 おかげで、俺はいつもあの無能の尻ぬぐいばっかりだ。もううんざりなんだよ!

 おかげで厄介事に巻き込まれる羽目になったし、大事な仲間が死んだ。なにもかも、あの女のせいだ。

 だが、あいつが死んだって仲間は戻ってこない。

 だったら、生きてギルドに帰って、苦しんでもらうほうがいいだろ?」


 本当はこんなこと、口が裂けたって言いたくない。

 女の副長がどれだけ努力してあそこまで上り詰めたか、部下なら全員知ってるんだから。

 あの人が無能なわけあるもんか。もしそうなら今回みたいな危ない仕事で指示に従えるわけがない。

 でも、副長が悪魔に目を付けられることなく生きて帰れるようにするには、こう言うしかなかった。


「……分かった。それなら、彼女は生かそう」

「ほ、本当か?!」

「ああ、構わないよ。何でもしてくれるんだろう?」


 そう言って、悪魔が葡萄酒色の目を細めた。

 酷薄な笑みを浮かべるその顔にぞっとするものを感じて、思わず身震いする。

 俺は、これからどうなるんだろう。


 ……だが、これで副長は助かるんだ。あの人の命さえ助かるならそれでいい。


 生きてさえいれば、いくらでも道はあるんだから。



 +++++



「見てくれ、エミール。やっと君に使えそうな腕を手に入れたよ」


 君と年が近くて、剣が得意な青年のものだ。

 副長さえ助ければなんでも従うと言っていたから、遠慮なくもらってきたよ。

 腕が欲しいと言ったら真っ青になっていたけれど、喜んで差し出してくれた。


 これで、君の腕は用意出来た。

 腐らないように保存の魔法を掛けておいたから、何年経っても大丈夫だよ。

 もっといい腕があったら、そっちに取り替えようね。


 ああ、もちろん契約はしてもらうよ。一つだけとは言われていないからね。

 彼は「え、なんで……?」と呟いていたけれど、最終的には納得してくれた。


「あとは魔術師を契約に誘えば、今日の私の役割は終わるけれど……お腹が空いたね。

 彼の毒が抜けるまで待つついでに、食事にしようか」


 最初に捕らえたあの魔術師はもともと、契約には誘わず帰してあげる予定だった。

 生還者がいないと人が来なくなる可能性があると、この前レーベンと話をした時に指摘されたからね。

 ちなみに魔術師を選んだ理由は特にない。単に、一番最初に捕まえたからだ。


 だけど、副長を助けてあげると約束してしまったから予定を変更しないといけなくなった。

 彼女は精神力が強そうだったから、いい実験台になると思ったのだけど。

 前に「長いこと暗闇に閉じ込められていると気が狂う」という話を本で読んで、どのくらい閉じ込めたら狂うのか気になっていたんだ。

 私は庭の用具倉庫に丸一日閉じ込められたことがあるけれど、この通り正気だからね。


 今回分かったけれど、大人数で攻めてこられた場合に一人一人契約に誘っていくのは結構大変だ。

 前に使用人たちに対してやったように大魔法で死の淵に追い込むのもいいけれど、あれは一か所に固まっていてくれないと効率が落ちるからね。

 私は治癒魔法が使えないから、誘いに時間がかかるとその間に死んでしまう可能性もある。


 その点、暗闇で放置しておくだけなら死ぬ心配はほとんどいらないから簡単だ。

 気が狂う前の精神が弱り切ったところで誘えば、割とあっさり契約してくれるんじゃないかな。

 例えそれで駄目だったとしても、何もしないよりは絶望してくれやすいだろうしね。


 この屋敷にもう少し人が集まるようになったら、死の淵に追い込むほうと暗闇で放置しておくほう、どちらが契約してくれやすいか統計を取ってみるのもいいかもしれない。

 もしかしたら、性格や境遇、社会的地位によって結果が変わってくるかもしれないからね。


 だから暗い地下に放置していたのだけど、約束してしまったから実験は中止だ。あとで部屋に行って、彼女を解放してあげよう。

 まだそれほど時間は経っていないし、狂ってはいないと思う。

 狂っていたら……まあ、死んでないからいいよね。


「この前レーベンが作っていたパン、おいしかったね。

 簡単そうだし、あれを作ろうか」


 パンに具材を挟めば完成するみたいだから、私でも何とかなるだろう。

 何を挟もうかと考えながら部屋を出ようとすると、その前に扉が開いた。


「やあ、トレーラント。お帰り」

「……あ、ああ。伯爵でしたか……」


 いつも通り声を掛けると、トレーラントはどうしてかとても驚いた顔をしていた。

 私の顔に何かついているのかな。顔はきちんと洗ったのだけど……。


「……その目、なんの真似です?」

「え? ……ああ、なるほど」


 そういえば、正体を隠すために変化の魔法を使っていたのをすっかり忘れていたよ。

 それにしても、指摘するのは翼ではなく目なんだね……。


 変化の魔法を解くと、不機嫌そうだったトレーラントの表情がようやく少し和らいだ。

 頬を思い切りつねられる。


「痛いよ」

「伯爵に葡萄酒色は似合いませんよ」

「おや、あの色が好きだったのではないのかい」


 私の問いかけに、トレーラントが眉をひそめた。

 どうやらまずいことを言ってしまったらしい。


「こだわりがあるんです」

「なるほど。私ではその枠から外れてしまうということだね」


 わがままな悪魔だけど仕方がない。今度から、悪魔に化ける時も目の色は変えないでおこう。

 どうせ相手は人間だ。目の色が青紫でも「そういう悪魔だ」と言い張れば納得してもらえるだろう。


 さて、気を取り直して食事にしようか。上手に作れるといいのだけど……。

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伯爵が悪魔と契約するきっかけとなった話
日陰で真実の愛を育んでいた子爵令嬢は神様に愛されていると信じていた

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マシュマロ
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