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悪魔の道具は今日も真摯に絶望させる  作者: 紫苑
7章 悪魔の道具は今日も真摯に花を育てる
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4話 君に魔素を渡す方法

 その夜、私はまた君の夢を見た。今度も君は笑っていたよ。

 使用人に手際よく指示を出して、父や母に頼りにされて、当主になった弟と楽しそうに話していた。

 平和で優しい、理想の世界を描いた夢だ。


「……エミール」


 しあわせそうに笑う君に思わず手を伸ばした瞬間、目が覚めてしまった。

 天井に散りばめられた無数の宝石が星のようにきらきらと輝いているのが視界に入る。

 少し視線を動かせば、椅子に掛けている君の姿が目に映った。


 それでようやく、ここがジークに管理させている迷宮に作った君の部屋だと思い出した。

 夜遅くに呼び出された分、朝は遅くまで寝かせてもらえることになったから君に会いに来たんだ。

 私の記憶力が悪いせいか、それとも寝起きだからか、すっかり忘れていたよ。

 ところで、今は何時なのだろう。


 この部屋には窓がないから、外の様子を見ることは出来ない。

 探知魔法で探ってみたけれど、外はまだ暗いようだった。

 今が冬とはいえ、深夜に眠りについて夜明け前に起きたのでは睡眠時間が足りなさすぎる。


 ベッドに横になって目を閉じたけれど、眠気は一向に訪れなかった。

 経験上、こんな時はいくら頑張っても眠れないと分かっている。

 潔く起きて魔法の練習にでも没頭しよう。

 何かに集中して頭を空っぽにすれば、眠気か目覚めの時間のどちらかはやってくるはずだ。


「おはよう、エミール」


 隣で眠っているトレーラントと不死鳥を起こさないよう慎重にベッドから降りて、君に歩み寄る。

 微かに俯いた君を見つめると、どうしてか胸が苦しくなった。

 夢の中でも現実でも、君は何も悪くないのにね。


「朝食のあとで話を聞いておくれ」


 そう言うと、君が微かに頷いてくれた気がした。

 もちろん、私の願望が見せる幻覚だと承知しているけどね。

 静かに扉を開けて、隣の部屋に移る。


「ウィルフリート?」

「おはよう、ジーク。起きていたんだね」

「ああ。俺は睡眠が必要ないからな」


 誰もいないと思っていた部屋には既にジークがいた。

 手には小さな槌を持ち、作業台には黒い炭のような石の欠片が飛び散っている。

 どうやら、作業の途中だったようだ。

 彼が言った通りゴーレムには睡眠が不要だから不思議ではないのだけど、誰かいるとは思っていなかったから驚いてしまったよ。


「眠らなくていいのか? まだ夜明け前だぞ。

 お前が来てからまだ二時間しか経ってない」


 ゴーレムだからか、ジークの体内時計は非常に正確だ。

 彼が言うなら間違いないのだろう。

 心配そうに尋ねる彼を心配させないよう、いつも通りに答える。


「ちょっと、眠れなくてね。

 ところで何をしているんだい?」

「……魔石を作ろうと思ってな」


 一瞬何か言いたげな顔をしたジークは、結局何も尋ねずに私の問いに答えてくれた。

 正直ありがたいよ。私自身、どうして眠れないのかよくわかっていないからね。

 それに、彼の作業に興味もある。

 魔道具は私も作るけれど、彼の作業は見ていて為になるし面白いんだ。


「魔石? それにしては、材料に宝石がないようだけど……」


 魔石は簡潔に説明すると魔力が籠った宝石だ。

 人工的に作るなら、素材となる宝石に魔力を付与するのが一般的だね。


 だけど、ジークの前の作業台に乗っているのは白や灰色の粉だけだった。

 彼は私と違って用意周到だから、忘れたわけではないだろう。


「もちろん、宝石から作る」

「つまり、人工宝石かい?」

「ああ。天然の宝石は用意するのに金も手間もかかるからな。

 冒険者を継続的に引き寄せるだけの量を用意するには、この方がいい」

「今までよくばれなかったね」


 この遺跡で手に入る魔石はどれも天然ものとして知られていた。

 一般的には、いくらでも手に入る人工物より天然物の方が価値が高いからね。

 魔力の補給という実用性のみなら不純物の少ない人工物の方が適しているのだけど、魔石を購入する主な層、つまり貴族にとっては単なる実用品ではない。己の財力と魔力――自分はこれほど大きな魔石を使用するほど、魔力が高いのだという証――を見せつけるための道具でもある。

 見栄を張るための道具に希少性が求められるのは世の常だ。


 そして、宝石が人工か天然かを見分ける魔術は昔から研究されている。

 構成成分や結晶化するときの模様で判別するのが一般的かな。

 大地の精霊に尋ねる人もいるよ。精霊ならそれが大地に由来しているか分かるからね。


 つまり、人工宝石を天然と偽るのはとても難しいんだ。

 私も今まで、この迷宮にある魔石は全て天然ものだと思っていたよ。

 そう言うと、ジークが得意げに片目を瞑った。


「そこが俺の腕と魔法の見せ所だ。

 あまり面白い光景ではないが、見ていくか?」

「特別な技術ではないのかい?」

「ああ。だから同業者に見せるつもりは絶対にないが、お前ならいい。

 お前は軽々しく吹聴しないだろう。

 それに、この魔法を扱うには専門知識が必須だ。

 さすがのお前でもこれを再現できるとは思えんからな」

「それもそうだね」


 魔道具は作れるし知識も多少はあるけれど、専門家には遠く及ばない。

 魔力の動きやその構造は解析できても、実際使えるかは別問題だ。

 料理のレシピを知っていても、おいしく作れるとは限らないのと同じだね。


「そのかわり、出来た宝石を魔石化してくれ。

 この身体の魔力量だと、どうも心もとなくてな」

「わかったよ」


 確かに、ジークの身体から感じられる魔力はかなり少なかった。

 これでは宝石を魔石化するのは難しいだろうね。

 あれは一定以上の魔力を一気に注ぐ必要があるから。


 私にとっては慣れた作業だし、魔力もすでに回復している。

 ジークの技術を特別に見せてもらえるのなら安い授業料だ。


「それで、まずは何をするんだい?」

「これを細かな粉にして、圧力をかける。

 簡単に言えば、やるのはそれだけだ。

 まあ、その圧力の加減が難しいんだがな」


 ジークが手に取ったのは、先ほど砕いていた黒い石の欠片だった。

 乳鉢に入れたそれらを手早くすりつぶし、蓋つきの容器に入れる。

 容器の上にジークが手を置くと、彼の周囲の魔力が微かに動いた。

 これが彼の言っていた「俺の腕と魔法の見せ所」なのだろう。


 魔法使いとしては魔法の内容を分析したいところだけど、これがなかなか難しかった。

 魔力の消費が微量で動きが追いにくいし、何が起きているかも分からないからね。

 私を見たジークが笑って「説明してやるから」と口を開いた。


「人工宝石の作り方は様々だが、俺が今やっているのは素材に圧力を掛ける方法だ。

 自然界で宝石が出来るときの環境を再現してると思ってくれればいい。

 宝石を構成する成分は同じだから、それでばれることはまずない。

 だが、完全に環境を再現してるわけじゃないから結晶の含有物や並びでばれる。

 ここまでは分かるか?」

「なんとかね」


 魔道具にはよく、人工宝石で作られた魔石が使用される。

 魔石として使うには、不純物が少ない方が便利だからね。

 その関係で、人工宝石の作り方も一通りは頭に入れていた。


 ……入れているだけで、普段活用することは滅多になかったのだけどね。

 今もジークの説明を聞いて「そういえば前に読んだかな」と思い出したくらいだ。

 人生、何が役に立つか分からないものだ。


「そこで俺の魔法だ。一口に説明すると、こいつで結晶に干渉してる」

「そんなことが出来るのかい?」

「無条件で干渉できるわけじゃないがな。

 今みたいに結晶の構造が不安定になっているときに、ほんの少し弄れるだけだ。

 だが、人工物を天然物に見紛わせるだけならこれで十分だ」

「なるほど……私には再現できそうにないね」


 ジークの説明は、あまりそちらの知識がない私にも理解しやすかった。

 だけど詳しい原理となると全く分からない。

 宝石の結晶の構造がどんなものか、私に知識がないからね。

 仮に彼の説明を理解出来たとして、使うことは一生ないと思うけれど……。


「これをしばらく続けると不純物のないディアマントになる。

 宝石の中では一番魔石に向いているし、価値も高い。

 冒険者を引き付けるにはぴったりだろう?」


 ディアマントは世界で最も硬いと言われる美しい宝石だ。

 炭素のみで構成されていて余計なものが混ざっていないためか、宝石の状態でも魔力を通しやすい性質を持っていることでも知られている。

 だから、この世界のほとんどの国でディアマントの魔石は高値で取引されていた。

 装飾品としても実用品としても、他の宝石に勝るからね。


「……よし」


 しばらくして、ジークが容器から手を退けた。

 中から取り出されたのは真っ黒な塊……ではなく、手のひら大の透明な宝石だ。

 室内の明かりをきらきらと反射してとても綺麗だった。


「ずいぶん大きいね」

「さすがにこのままでは配置しないさ。

 適当にカットして岩に埋め込むくらいの偽造工作はする。

 だが、その前に魔石化してくれ」

「分かったよ」


 受け取ったディアマントに大量の魔力を籠めると、虹色の輝きが内包された。

 宝石にはない輝きは、魔石化された証でもある。

 あとはここに魔力を注げば、いつでも好きな時に魔力を供給できるように……。


「……あれ?」

「どうした、ウィルフリート」

「ちょっとね……」


 その時、頭の片隅に何かが引っ掛かった。

 なんだろう。とても大切なことを見逃している気がする。

 心配そうに私を見つめるジークに生返事をして、違和感の原因を探す。


 作業台の上に無造作に置かれた小さな金づち……違う。

 白い乳鉢とその中に入った黒い炭素……少し違う。

 手の中にある虹色の輝きを内包する魔石……これだ。


「……魔石は魔力を供給することが出来るけれど、魔力の塊ではないよね」

「子猫……トレーラントの話によると、魔力を塊にした魔石もあるそうだがな。

 だが、人間の基準で言えば魔石は「魔力を保持しておける石」のことだ。

 それくらい、お前も十分知っているだろうが……どうした?」


 心配そうなジークに曖昧な答えを返して、思考をさらに巡らせた。

 ディアマントの主成分は炭素だ。高純度の炭素。

 構成成分を基準として考えれば、炭素の塊と言ってもいい。

 けれど、ディアマントの魔石から供給できるのは炭素ではない。魔力だ。

 それを魔素に置き換えて考えれば……いや、駄目だ。


 そこまで考えて首を横に振った。

 魔石から魔力を供給できるのは魔力を事前に注いでおいたためだ。

 魔力を塊にした場合も同じだね。


 そうなると、今度はどうやって魔素を供給・保持させるのかという問題になる。

 君に魔素を供給する方法を探している現状から全く進歩していない。

 あと一歩を踏み出す方法が見つからない歯痒さに思わずため息を吐いた。


「もう少しで、何かわかりそうなのだけど……」

「なら、ひとまず寝たらどうだ?

 睡眠不足は魔法使い以外にも大敵だ。思考能力が鈍るからな」

「ううん……そうだね、そうするよ……」


 本当はまだ考え足りないけれど、ジークの言うことはもっともだ。

 回転の鈍い頭をいくら働かせても、時間を無駄にするだけだからね。


 それに、私の魔力もまだ半分しか回復していない。

 いざというときに君を守るためにも、大人しく回復に専念するよ。

 さいわい、ジークと話したり実験したりしたおかげで疲労が溜まっている。

 今の状態なら、ベッドに入って目を閉じれば眠れるだろう。

 数時間も眠れば、身体が勝手に魔素を取り込んで魔力に変換してくれるはずだ。


 トレーラントから教えてもらったことを思い出して胸のあたりをさすった時、頭の中で何かが嵌った音がした。

 やや遅れて、その音の正体に気がつく。


 そういえば、彼は言っていた。

 無から有を生成するなど、神でもない限り出来ないと。

 そして、魔素は全ての源だとも。


 全てのものは魔素から出来ている。

 生き物はただ生命を維持するだけで魔素を消費する。

 では、魔素は何から出来ているのだろう。

 消費された魔素はどこから供給されているのだろう。


 もし私の考えが正しいのなら、答えはこの世界にあるはずだ。

 ただ探知しただけでは見つからないよう、巧妙に隠されていると思うけどね。

 さいわい、私は人間としては探知能力が高い上に時間もある。

 根気強く探せば、じきに見つかるはずだ。


「――だから、もう一度この世界を探し直してみるよ」

「そうか。手がかりが見つかりそうでよかったな。

 ……だがな、ウィルフリート」

「なんだい?」

「寝ろ」


 その言葉と同時に肩を掴まれて、身体をくるりと半回転させられた。

 後ろから押されるように自室へ連れていかれて、ベッドに寝かしつけられる。

 見上げれば、普段よりもにこやかな笑みを浮かべたジークと目が合った。


「もう、目は覚めたのだけど……」

「寝ないと疲れが取れないし、魔力も回復しないだろうが。

 それに、今は眠くなくともあと二、三時間もすれば眠くなる。

 寝られるうちに寝ておけ。そのほうが、あとの作業も効率よく進められる」

「寝ている間に、今思いついたことを忘れてしまったら……」

「俺が覚えててやる。だから寝ろ」

「……わかったよ」


 普段は私の意見を尊重してくれるジークだけど、こうなったらもう駄目だ。

 なにを言っても意見を変えてくれないことは今までの付き合いで理解している。

 大人しく眠るとしよう。

 ソファに腰掛けた君の方を向いて、口を開く。


「おやすみ、エミール。それに、ジークも」

「ああ、おやすみ。今度はいい夢を見ろよ」

「そうするよ……」


 ジークの言葉に頷いて目を閉じる。

 彼の言う通り、今度こそはいい夢が見られる気がした。

 少なくとも、先ほど見た夢が気になって眠れないことはもうないだろう。


 私はあまり要領のいい方ではないし、やるべきことはたくさんある。

 現実ではない夢のことで頭を悩ませている暇はない。

 あの夢で私が感じた苦しさは何か考えるのは、すべてが終わった(君が蘇った)後でいい。


 私には、いくらでも時間があるのだから。

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