表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪魔の道具は今日も真摯に絶望させる  作者: 紫苑
1章 悪魔の道具は今日も真摯に絶望させる
15/201

15話 本日は、本当にありがとうございました。またのご来場はお待ちしておりません

 小柄な青年がおびただしい血の海に沈んだのを確認してロックを解除すると、大柄な男が倒れ込んだ青年のもとに駆け寄った。

 よほど心配なのだろう。顔が真っ青だ。


『エグモント! しっかりしろ、おい!』


 倒れ込んだ青年の身体が何度も揺さぶられるのを見て、鐘を鳴らす。

 さすがに死ぬのは嫌だったのか、彼は少し迷ってから『すまん』と呟いて次の部屋へ行ってくれた。

 よかった。私みたいに、死体を持ち帰ろうとされたらどうしようかと思ったよ。


「よくここまでたどり着いたね、おめでとう。

 君は本当にすごいね」

『……っ、ふざけるな!』


 今度は出来るだけ淡々とした声でねぎらってみたら、さっきよりも更に怒られた。

 理不尽だと思わないかい? 私はただ、褒めているだけなのに。


 それとも、彼は褒められたくない人間なのかな。

 たまに、褒められるよりも罵られたい人間がいるそうだからね。

 私の感性はいたって平凡だから、そんな倒錯的な振舞いを求められても困るのだけど。


「実に楽しませてもらったよ。まさか、殺し合いという発想が出てくるとは思わなかった」

『お前が、俺達にそう言ったんだろうが!』

「心外だな。私はただ「この先へ進めるのは一人だけ」だと言ったんだよ。

 別に、戻ることは出来たのに」


 うん、そうなんだ。

 先へ進む扉は施錠したけれど、戻る扉には鍵を掛けていなかったんだよね。

 それまでは先へ進むことも後に戻ることも出来ないようにどちらの扉も施錠していたから、今回も同じだと思い込んでしまったのかもしれない。

 でも、自分と仲間の生命がかかっているのだから早とちりはいけないと思うよ。


 彼は私と同じで少し理解が遅いようだから、出来る限り丁寧に説明してあげた。

 今度から気をつけてね、と言い添えた後、そういえば彼に今度はなかったことを思い出す。


『う、そだ……そんな、じゃあ、おれらはなんの……あ、ああああぁぁ!』


 すると、突然青年が叫び始めた。

 絶望したかな。そろそろいいかな。

 期待に胸を躍らせながら拡声と変声の魔法を解除して、変化の魔法を発動させる。


 トレーラントのように性別までは変えられないけれど、多少顔を変えるくらいなら私にも可能だ。

 今回は、その辺を通りがかった悪魔を装ってみることにした。


 姿を偽る理由は簡単で、今回から侵入者のうち一人か二人は逃がすことにしたからだ。

 その時にうっかり、私が契約に誘っているところを見られるとめんどうだからね。

 逃がす予定の相手にはなるべく姿を見られないようにするつもりだけど、自分の要領の悪さは私が一番よく知っている。

 変化の魔法の練習にもなるから、今回から契約に誘う時はなるべく姿を変えることにした。

 さて、上手くいくだろうか。


 君が好きだと言ってくれた髪の色は変えないまま、髪の長さや顔の作り、目の色を少し変える。

 仕上げに、背中に蝙蝠の羽を生やしてみた。


 うん、悪魔っぽい。

 もっとも、この悪魔というのは人間が想像する悪魔のことだけど。


 一般的に悪魔と言えば、暗い色の髪に赤い瞳の人型で、頭や背には山羊の角や蝙蝠の翼などが生えているとされている。

 聖書や物語に登場する悪魔の多くはそのように描かれているからね。

 けれど、トレーラントが言うには悪魔特有の外見的特徴というものはあまりないらしい。


 角や翼は必要にならない限り生やさないし、髪の色も金や銀、はたまた桃色やオレンジまでいろいろだと言っていた。

 聖書って、案外あてにならないんだね。

 ただ、目の色だけは赤系統と決まっているそうなので、そこだけは言い伝え通りらしいけど。


 だから、本物の悪魔から見れば私の変装は失笑ものだろう。

 けれど、私が騙すのは人間であって悪魔ではない。

 完璧な悪魔に寄せる必要はないし、羽のような人間らしくない要素があったほうが悪魔と思い込ませやすいはずだ。


 ああ、ちなみに羽は幻影魔法を使った偽物だから飛べないよ。

 私の魔法の腕だと、そこまではちょっと難しい。


 それに、目の色も元の色に少々赤みを加えるくらいしか変化させられなかった。

 あまり大きく変化させると視力に影響が出てしまうから、そんなに思い切ったことは出来ないんだ。

 まあ、葡萄酒色だと考えればなかなかいいのではないかな。一応、赤ではあるし。


 準備を整えてから青年のいる部屋に向かうと、ちょうど頭を抱えてうずくまっているところだった。

 これほど絶望を体現されると、鈍い私にも分かりやすくていいね。

 ……ところで、悪魔っぽい声の掛け方ってどうすればいいのかな。


「どうやら、苦しんでいるようだね」


 悩んだ挙げ句、普通に声を掛けることにした。

 人間としてすらまともに話し掛けられない私が、悪魔として振る舞えるわけがない。

 青年が勢いよく顔を上げて私を睨み付ける。


「誰だ!」

「私は……」


 あ、しまった。名前を考えていなかった。

 領主である私の名前はよく知られている……はずだ。本名を言えば、さすがに正体がばれるだろう。

 ばれなかったら、それはそれで悲しいからどちらにしても却下だ。


 となると、偽名を使うしかない。

 トレーラント……は、ばれたら怒られそうだから止めておこう。

 君の名前を使うのも気が引けるし……。


「……ディートフリート。悪魔だよ」


 思いつかなかったから、弟の名前を使うことにした。

 耳にすることはあっても口にすることはなかったから、なんだか慣れないね。

 私が弟の名を口にすると、母はひどく怒ったから。


「相応の対価と引き替えに、君の願いを一つ叶えてあげよう」

「なんでも、いいのか」


 彼の言葉に曖昧に微笑むと、青年はそれを了承の意味だと受け取ったらしい。


「なら、エグモントを助けてくれ!

 俺はどうなったっていい。だから、頼む」

「いいだろう」


 男の言葉に頷いて、睡眠魔法を掛けた。

 トレーラントが戻ってくるまで、適当な部屋に寝かせておこう。


 あとの二人も簡単に契約に誘い込めた。

 言い忘れていたけれど、二人とも生きているよ。

 小柄な青年が自ら命を絶とうとした時は刃と首の間に薄く魔法障壁を張って傷が深くならないようにしておいたし、年配の男はただ頭を打ち付けて気絶していただけだ。

 仲間が死んでいないことを見破られないか不安だったけれど、時間制限を設けたのが功を奏したらしい。

 人間、焦っているといろいろ見落としがちになるからね。

 私も何かと見落としがちだから、気をつけるようにしよう。


 二人とも、契約に同意するまでさほど時間はかからなかった。

 小柄な青年は自分が生きていると知ると錯乱して「なんでもするからホルガーだけは助けてくれ」と縋ってきたし、年配の男は動かない身体に怯えたのか「死にたくない、死にたくないんだ。頼む」と向こうから頼み込んできた。

 おかげで、一気に三つも契約が取れたよ。私にしてはすごいと思わないかい。


 一仕事終えた喜びを君と分かち合ってから、迷路のほうに意識を戻した。

 魔術師はまだ迷っているようだ。そもそもゴールなど存在しないから、私が何かしないと延々と彷徨う羽目になるのだけど。


 そろそろお腹が空いてきたから食事にしようと思ったけれど、警備ギルドの副長を絶望させるには時間がかかりそうだ。

 だから、その前に下準備を終わらせておくことにした。

 いくらトレーラントと契約して半永久的に生きられるようになったとはいえ、君と過ごす時間はいくらあっても足りない。それ以外の時間は効率的に使いたいからね。


 魔術師が適当な行き止まりに足を踏み入れたのを見計らって、全身に茨を巻き付ける。

 その時に少し抵抗されたけれど、魔術を使われないよう口と手を封じて麻痺性の毒を流し込んだら大人しくなった。

 弱い毒だから、死にはしないはずだ。遠目から見たら、死んでいるようにしか見えないだろうけどね。


 ええと、迷路を抜けたら白い炎を上げるのだったかな。

 彼らが迷路の前で合図を決めてくれて助かったよ。事前に決められていたら困っていた。


 あとはほとんど前回と変わらなかった。男を迷路から引きずり出す際に生け垣に開けた穴を、すぐには閉じないように調整しておいたくらいかな。

 男について迷路を出てきてくれた警備ギルドの副長が屋敷に入ったのを見て、床を開く。


 優秀な者が揃ったエテールの警備ギルド。その副長ともなれば、落とし穴も回避されるかもしれない……と、思っていたのだけど、彼女はあっさりと嵌まってくれた。

 親しい仲間が二人も傷つけられたことへの怒りで、注意力が散漫になっていたらしい。

 怒りは時に力を湧かせる燃料にもなるけれど、視野を狭くすることも多々あるからね。


 彼女は君に少し似ているから、考えていることを想像するのは楽しかったよ。

 君も、侍女がミスをした時にフォローしたり、失敗続きで落ち込む見習いの子を慰めたりと、優しい人間だったから。

 もっとも、君はどんなに怒っていても冷静だったけどね。


 さて、彼女に関してはここでいったん終わり。しばらく地下で大人しくしていてもらおう。

 地面に叩きつけられる直前に風の魔法で衝撃を和らげておいたから、そう簡単には死なないはずだ。

 だいぶ苦しみはするだろうけどね。


 先に、もう一人のほうを片付けるとしようか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
伯爵が悪魔と契約するきっかけとなった話
日陰で真実の愛を育んでいた子爵令嬢は神様に愛されていると信じていた

匿名で感想を投げたい場合はどうぞ
マシュマロ
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ