14話 ご足労いただき、誠にありがとうございます
正門から侵入した三人は、迷路に挑戦する側と外で待つ側に別れることにしたらしい。
挑戦するのは魔術師一人のようで、きちんと事前に合図を決めてから挑戦していた。
うん、普通ならいい案だと思うよ。私に探知されていなければね。
順調に彷徨っている魔術師とその合図を待っている彼らから裏口へと意識を向けると、ちょうど警備ギルドの残り三人が裏口を見つけたところだった。
すぐには入ろうとせず、慎重に様子を伺っているのはさすがプロといったところか。
大丈夫、そこには何も仕掛けていないよ。
トラップは獲物が中に入ってから発動させるものだからね。
『……罠らしきものは、なさそうだな』
『なら、とっとと入ろうぜ』
『し、慎重にね。ホルガーは、いつも突っ走るんだから……』
『ぐずぐず悩んで動けないエグモントを、引っ張っていってやってるんだろう』
『お、大きなお世話だよ』
『なんだとお』
ため息を吐いた小柄な青年を、大柄な青年が軽く小突いた。
きっと、あの二人はとても仲がいいのだろう。私と君みたいだね。
年配の男性が二人のほうを振り向いて、呆れた口調で止めに入る。
『エグモント、ホルガー。二人とも、無駄口は叩かず静かに入れ。
伯爵に気がつかれたらどうする』
それに従って、二人は大人しく口をつぐんだようだった。
でもあいにく、君たちが騒ごうと騒ぐまいと私にはあまり関係ないんだよね。
だから別に、会話を楽しんでくれて構わないよ。どうせ、話せるのは今日が最後だから。
中に入った彼らは、辺りを慎重に見回しながら通路を進んでいった。
どうやら、暗闇でもある程度は夜目が効くらしい。
さすが、王都の警備ギルドでも特に優秀な者が派遣されているだけのことはあるね。
彼らが次の部屋へ足を踏み入れると、中で待機させていた庭師のゴーレムが立ち上がった。
私の「この部屋にいる生きた人間の四肢を全て破壊しろ」と命令を守るためだ。
訓練された人間にゴーレムがどこまで通用するか試してみたかったから、ちょうどよかったよ。
『なんだ……屋敷の使用人か? 怪我はしてねえみたいだな。
俺たちは警備ギルドの者だ! もう安心していいぞ』
魔法のおかげで生前と変わらない姿を保っている庭師を、彼らは被害者として認識したようだった。
心配そうに尋ねる大柄な青年を無視して近づく庭師に、小柄な青年が眉をひそめる。
『ホルガー、よ、よけて!』
その小さな身体からは想像もつかないほど大きな声が室内に響いた瞬間、庭師の鍛え抜かれた腕が勢いよく振り抜かれた。
とっさに避けたものの間に合わなかったのか、大柄な青年が打たれた肩を押さえてうずくまる。
不意打ちは成功したようだ。
でも、知能がないせいかやはり大ぶりだ。
不意打ちこそ掠ったものの、あとは簡単に避けられてしまっている。
これではあっさりやられてしまうかな。
そんな私の予想とは裏腹に、彼らはなかなか手を出そうとはしなかった。
身構えて一定の距離を保ちながら、庭師の攻撃をかわしていく。
『くそっ……こいつ、犯人の一味か!』
『ち、ちがう。あの濁った目を見て。きっと、せ、洗脳されているんだ』
彼らはゴーレムを生きている者として認識してくれたらしい。
よく観察すれば生気のない目や腐った肉の匂いに気付くだろうから、案外余裕がないのかもしれない。
洗脳された人間を攻撃することに躊躇して、本来の実力が出せていないようだ。
わざわざ死体を使ってゴーレムを作ったのはこれが狙いでもあったから、苦労した甲斐があったよ。
さて、彼らがこの状況に順応してしまう前に次へ進もうかな。
正体がばれないよう魔法で声を変えて、口を開く。
「ようこそ、伯爵家へ」
突然響いた私の声に、彼らは大層驚いたようだった。
『どこにいる?!』等と言い合って、周囲を見回している。
彼らからは魔術師独特の気配がしないから、別の場所から魔法で声を届けているという発想にはたどり着きにくいのかもしれないね。
「その部屋を出ることが出来るのは、三人だけだ。この意味が分かるかい」
『なんだと……!』
『室内にいるのは我々とこの男で四人。
つまり……一人を排除する必要があるということか』
『殺せってことかよ!』
あまりにあっさりとその答えにたどり着いてくれた彼らに、つい笑ってしまった。
声には出さなかったから、ばれなかったと思うけどね。
「どう考えるかは、君らの自由だ。
このままここで戦い続けて私を楽しませるのもよし。早々に決断を下して、先へ進むもよし。
ただし、君たちの仲間は君たちを悠長に待ってはいられないと思うけどね」
私の言葉に彼らが息を呑んだのを確認して、喉に掛けた魔法を解いた。
さて、どうするかな。
ゆっくり考えたり相談したりする暇はないはずだ。庭師がいるからね。
彼らはしばらくの間、攻撃を避けながら扉を開けようと試みたり、庭師に呼びかけたりしていた。
でも部屋の扉は私が魔法で施錠したし、庭師の洗脳が解けることもあり得ない。そもそも、洗脳なんてされていないからね。
『……仕方がない。殺そう』
『ゲルト! 正気かよ』
『時間を浪費するわけにはいかないし、このままではいずれ体力が切れて追い詰められることになる。
……あの男は、仕方がない。我々は何度か警告した。
規則上、二回以上警告を無視した者や生命の危険を感じるほどの危害を加えてきた者に対しては、強硬策を取っても咎められないようになっている』
『そんなことを言ってるんじゃ……』
『ゲルト、お、落ち着いて。おれたちの生命が優先だよ。
そ、それに、副長たちに合流できなくなったら作戦が台無しになる』
声を荒げた大柄な男は、他の二人に宥められてどうにか納得したようだった。大ぶりな槍を振るって、庭師の胸を突き刺す。
もちろん、核を破壊されていないゴーレムはそのくらいでは死なない。
だけど庭師の正体がばれては困るから「その場で倒れて動かない」ように命令を与えておいた。
糸が切れたように崩れ落ちてぴくりともしない庭師を前に、槍を振るった大柄な青年の顔色がみるみるうちに悪くなっていく。
わざとらしく鍵の開いた音を響かせると、彼らは慌てて部屋を出て行った。
あとは、同じことを残りのゴーレムの数……つまり、三体分繰り返すだけだ。
初めは躊躇していた彼らも、四体目のコックの時にはあっさりと手を下していた。
慣れって怖いね。
私も、絶対に慣れないと思っていた君がいない生活にこの十年ですっかり慣れてしまっていたよ。
今ではもう元通り、君がいないと不安で夜も眠れないようになったけどね。
殺した(と、彼らが思い込んでいる)コックの脇を通り過ぎた彼らが、次の部屋へと続く扉を開けた。
死に慣れてしまった彼らがコックをまじまじと観察しないか不安だったけれど、それどころか一瞥もしなかったから安心したよ。
観察されたところで、たぶん大丈夫だと思うけどね。彼ら、もう死んでいるし。
次の部屋には何も用意していなかった。
中央まで進んだ彼らが不安げに辺りを見回す。
『これで終わり……なのか?』
「やあ、よくここまでたどり着いたね。おめでとう!」
『おめでとうって……馬鹿にしてんのか!』
彼らを労おうと出来るだけ明るく言ってみたら、怒られてしまった。
声を荒げられるのは昔を思い出すから好きではないんだ。君の首を抱えていなかったら、怖くて数秒くらい声が出せなかったかもしれない。
やっぱり、君が傍にいてくれると落ち着くね。
「最後の試練だ。
先へ進めるのは、一人だけ。この意味が分かるかい?」
『……それは……まさか……』
黙りこくっていた小柄な青年が、おそるおそるといった様子で口を開く。
年配の男性も、口には出さないが理解はしているようだ。
勘がいいね。
「ここまで来られた君たちなら突破は簡単だろう。
そうそう。今までとは違って今回は制限時間があるよ。
今から鐘が三回鳴ったら時間切れ。部屋に毒の霧が充満する。
それまでに、誰が先に進むか決めて欲しい」
一方的にそれだけ告げて、言葉を切った。
ちなみに鐘を鳴らす時間や間隔は私の気分次第だ。要は、状況に応じて好きな時に鳴らせる。
適当に様子を見ながら、タイミングよく鳴らしていくとしよう。
『お、おい。どうしたんだよいきなり黙って……。
毒の霧で全員死んじまう前に、さっさとここから出る方法を考えようぜ。
あの野郎、一々遠回しすぎて言いたいことがさっぱり分からねえ』
『か、考える必要は、ないよ。
あ、あの声の主が、言いたいのは……』
小柄な青年が話している途中、その背に突如ナイフが突き立てられた。
とっさに彼の背に薄い魔法障壁を張ったから致命傷にはなっていないはずだけど、気絶する程度の威力ではあったらしい。
こういうことは止めてもらいたいな。死んでいないかひやひやしてしまう。
刺す時には刺すと、ちゃんと言ってほしい。
『エグモント!
ゲルト、お前どうしちまったんだよ!』
『た、頼む。許してくれ。
俺には……俺には、家族がいるんだ。知ってるだろう、去年、やっと娘が生まれたんだ。
二人を遺して死ぬわけにはいかない。だから許してくれ。生かしてくれ』
なるほど。彼は死にたくないのか。これは手軽そうだ。
じゃあ、彼にはこの勝負、負けてもらおう。
大丈夫、最終的にはちゃんと願いが叶うから。
私が考えている間にも、年配の男はずっと『殺さないでくれ』と繰り返していた。
その間に小柄な男がなんとか立ち上がり、大柄な男を背後へ押しやる。
痛みで気絶したかと思っていたけれど、見た目のわりに結構体力があるね。羨ましいよ。
『どうなってんだよ。死にたくないなら、協力すりゃあいいじゃねえか!』
『だ、だめだよ、ホルガー。あの声は言ってた。
先に進めるのは、ひ、一人だけ。時間切れになったら、部屋に毒の霧が充満する。
こ、これまでどうやって進んできたか、思い出して』
その言葉にようやく結論にたどり着いたのか、大柄な男の顔が真っ青になった。
小柄な男が、腰から剣を抜いて身構える。
『まだ、方法があるはずだ!
だいたい、敵のいうことを信用するってのかよ!』
そうだね。私への信用なんて彼らにはないだろうし、考える時間があったら他の方法にもたどり着けるかもしれない。
大柄な青年の言葉に同意しながら、鐘を鳴らした。
それを耳にした小柄な青年と年輩の男の顔色が、更に悪くなる。
『考える時間がない』
『だが……』
仲間の言葉など、二人とももう聞く気はないようだった。
訓練を受けた者同士、隙のない動きで互いに攻撃し合っている。
まあ、私が見たところでよく分からないんだけどね。ただ「ああ、すごいなあ」と思うだけだ。
争いの末、勝利したのは小柄な青年のほうだった。
床に頭を打ち付けてぴくぴくと痙攣する男を見下ろして、荒く呼吸を繰り返している。
やがて動かなくなった男を見て、小柄な青年が大きく息を吐いた。
怪我をしていたというのに、ずいぶん強いね。
まあ、年配の男が優勢になる度に転ばせたり動きを止めたりと、私がさりげなく助力したのもあるだろうけど。
二回目の鐘を鳴らして、様子を伺う。
『エグモント……なんでお前……』
『……ご、ごめん。
で、でも、ホルガーには生き残って欲しかったんだ』
そう言って、小柄な青年が自分の首に剣を当てた。
おや、意外な展開だ。私はてっきり、自分が生き残りたいから戦っていたのだと思っていたけれど。
それは大柄な青年も同じだったようで、その場に佇んだまま顔をくしゃくしゃにしていた。
『どういうことだよ!』
『む、むかし、おれが吃音でみんなにからかわれてたとき、ホルガーは助けてくれた。
警備ギルドに、は、入った時も、おなじだった。
だ、だから……』
ありがとう。
その言葉と同時に、首に当てられた剣が引かれた。




