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悪魔の道具は今日も真摯に絶望させる  作者: 紫苑
1章 悪魔の道具は今日も真摯に絶望させる
13/201

13話 入り組んだ道ですので、お足元、上下左右、前後と企みにはお気を付けください

 閉ざされた門を破壊するために調べていると、不意に門が開いた。

 だが、投降しようとしているわけではないようで霧が立ちこめた門の中からは誰の気配もしなかった。

 私たちを誘い込むための罠か?


 しばらく待ってみたが、霧が晴れる気配は一向になかった。

 おそらく、伯爵お得意の魔法で私たちの足止めを狙っているんだろう。

 警備ギルドもずいぶんと甘く見られたものだ。


 部下たちに向き直ると、彼らは一斉に背筋を伸ばした。

 彼らはこれまで、私を支え助けてくれた。今回もきっと、任務達成の力になってくれるだろう。

 そのためには、私が適切な指示を出さなければ。


 伯爵を確実に捕らえるにはどうすればいいか、頭の中で様々な想定を巡らせる。

 ここは伯爵の屋敷。向こうにとっては勝手知ったる場所だが、私たちの中で少しでも屋敷についての知識があるのは私だけだ。

 だが、私が全員を率いて中に進むわけにはいかない。


 見知らぬ場所をひとまとまりで進むのは素人のすることだ。

 そのほうがいいこともあるが今はちがう。

 少し考えた後、部下たちを二つのグループに分けることにした。


 一つ目は、私と共に正門から侵入するグループ。

 二つ目は、裏口など別のルートから侵入を試みるグループだ。


「ゲルト、エグモント、ホルガー。

 三人は周囲を探索して、正門以外に屋敷へ侵入出来るルートがないか探せ。

 何かあったら無理をせず退却。出来なければ、閃光弾を打ち上げて仲間に危険を知らせるように」

「はい、副長」


 慎重なエグモントと活気溢れるホルガー、それにこの中でもっとも経験の豊富なゲルトは一緒に探索をさせることにした。

 エグモントの思慮深さは何も分からないこの屋敷を探索するには重要だ。

 そこにホルガーの豊かな発想や鋭い勘が組み合わされば敵無しだろう。

 何かと正反対なこの二人だが、任務をこなす上での相性はばっちりだった。

 そしてなにより、引き際を見定める目と経験を持つゲルトは三人のリーダーとしてふさわしい。


「ダミアンとラウレンツは、私と共に来い」

「かしこまりました!」


 私に臆することなく率直に意見を言えるダミアンと、火の魔術を得意とするラウレンツは私に同行させることにした。

 副長という地位にはあるが、私だって人間だ。判断間違いをする時もある。

 そんな時に指摘してくれる人間というのは、なかなか貴重だった。


 ゲルトたちを見送った後、私とダミアン、そしてラウレンツは敷地内に足を踏み入れた。

 その途端、門が大きな音を立てて閉まった。まるで、こちらの動きを見張っていたかのように。

 何があってもすぐに対処出来るよう、私たちは各々の武器を構えて油断なく辺りを見回した。

 濃霧が少しずつ晴れていく。


「これは……薔薇か?」


 そこにあったのは、思わずため息を漏らしてしまうほど美しい白薔薇の生け垣だった。

 同じく白い薔薇で作られたアーチを通り、複雑に入り組んだ生け垣の間を抜けながら屋敷に向かうよう作られているらしい。

 一直線に進んだほうがよほど早いし楽だと思うんだが、これも貴族らしさというやつなんだろうか。


 しかし、いくら無駄が好きな貴族とはいえ毎回正門から屋敷まで迷路を抜けているわけじゃないだろう。どこかに抜け道があるはずだ。

 だが、辺りを調べたラウレンツは首を横に振った。


「……ないですね」

「ない? じゃあ、伯爵は毎回迷路を通り抜けてるのか?」

「犯人が庭を改造したんじゃないですか? 伯爵を拘束出来るくらいなら、魔法か魔術も得意でしょう。

 この迷路の目的が、侵入者を通さないためなのか脱走者を逃がさないためなのかは、知りませんが……」


 思わず眉をひそめた私に肩をすくめて、ダミアンが呆れた声を出した。

 私の考えを知らせていないダミアンは、行方不明事件を起こしているのは伯爵ではなく屋敷に侵入した伯爵以上の魔法、あるいは魔術の使い手と考えている。

 だからそのような結論に至ったのだろうが「犯人」を伯爵に置き換えれば納得は出来る。

 伯爵ほど魔法に長けていれば、三日もあれば薔薇の迷路くらい作れるだろう。

 その場合、迷路を作った目的は間違いなく侵入者対策だ。この中にも仕掛けが施されていると考えるのが順当だろう。


 出来る限り身を乗り出して中を覗いてみたが、薔薇に囲まれた通路はさほど広くないようだった。

 あまり大勢で入ると、何かあった時に対処しようにも互いの身体が動きを邪魔して自滅してしまうかもしれない。三人一度に迷路に入るのは、止めたほうが良さそうだ。

 一度、誰かが様子を見に行ったほうがいい。


「では、私が様子を見てきましょう」


 迷路周辺の調査結果を報告して以来口を閉じていたラウレンツがおもむろに手を上げた。


「通路を抜けて問題がなければ白い炎を空に打ち上げますから、後に続いて下さい。

 危険が迫っている時には赤い炎を上げるので、その場合は私のことは気にせず逃げて下さい」

「頼んだぞ、ラウレンツ」

「お任せ下さい。

 ああ、ダミアン。私が戻るまで、このロープの端をしっかりと持っていてくれよ。

 文字通り、命綱なんだから」

「はいはい。分かったよ」


 自分の腰に結んだロープの先をダミアンに渡すと、ラウレンツは静かに迷路へ足を踏み入れた。

 穏やかな笑みと物腰の柔らかさから誤解されやすいが、彼は火の精霊から加護を受けるほど優れた魔術師だ。王都でちょっと魔術を学んでいただけの、自警団の素人とはわけが違う。

 この迷路にどんな罠が仕掛けられていようと、ラウレンツなら問題なく突破出来るだろう。


 それからどのくらい待っただろう。

 日も暮れかけて身体の芯まで冷えてきた頃、不意に空が明るくなった。

 夕日で赤く染まり始めた空に白い炎が打ち上がる。どうやら、うまく抜けられたらしい。

 あとは、ダミアンが持っているロープを伝っていけば迷路を抜けられるだろう。


「ラウレンツにしては長くかかりましたね。

 じゃ、副長。早速向かいましょうか」

「ああ。だが、油断はするなよ」

「もちろんですよ」


 迷路は想像以上に複雑だったが、ラウレンツに繋がるロープのおかげで迷うことはなかった。

 もしこの導きがなければ、私もダミアンもとっくに迷っていただろう。

 同じような風景に、同じような構造。どこまで行っても続くそれらに嫌気が差すのは早かった。


「本当に、進んでるんですかねえ。疑わしくなってきましたよ」

「ラウレンツか白い炎を上げたんだ。そのうち着くさ」

「だといいんですけど……」


 ロープを伝って奥へ進むが、景色は一向に変わらなかった。

 体力はまだ十分にあるが、こうも同じ景色ばかり続くと頭がおかしくなりそうだ。


「もう日が沈み始めたか。そろそろ、終わってほしいものだな……」

「全くですよ。見て下さい、副長。俺の手、ロープでいっぱいですよ」


 その言葉通り、ダミアンの手はこれまでたぐり寄せてきたロープでいっぱいになっていた。

 ラウレンツはよくもこんなに長いロープを用意していたものだ。

 そんなことを思いながら、分かれ道を右に曲がった。


 そこにあったのは、薔薇の小部屋だった。つまり、行き止まりだ。

 そして、その中央に横たわっているのは。


「……ラウレンツ?」


 体中を薔薇に覆われてぴくりとも動かない、部下の姿だった。

 おかしい。ラウレンツは確かにここを抜けたはずだ。そうでなければ、合図(白い炎)を打ち上げることは出来ない。

 炎を上げるだけなら伯爵や他の魔術師にも出来るはずだが、どの色の炎を上げるかはラウレンツ自身があの場で決めたものだ。盗み聞きでもしていない限り、分からないはず。

 だが、あの場には誰も……。


 その時、二年前に伯爵が海に転落した者たちを一瞬で救った時のことを思い出した。

 当時の伯爵は、精密な魔力操作が要求される故に使い手が少ない探知魔法を、海中にいる者が波に流される前に位置を特定出来るほどの速度と精密さで操っていた。

 あの時はただ感心し、伯爵が領主であることに安堵さえしてしまったが……今の状況ではどうだろう。


 伯爵は我々に気づいていたようだった。

 広い海域を探せるほどだ。屋敷周辺の様子を探るくらい容易いだろう。

 だとすれば――ラウレンツの代わりに炎を打ち上げたのは……。


「副長!」


 切羽詰まった声に、考えるよりも先に身体が動いた。

 とっさに剣でなぎ払うと、伸ばされていた茨が怯んだようにその先をすくませる。

 動く植物なんて見たことも聞いたこともない。これも、伯爵の魔法なのか。


「くそっ……ダミアン、一時撤退だ!」


 しかし、振り返った先に道はなかった。

 そんなはずはないと辺りを見回してもそれらしきものは見つからない。

 いや……それどころか……。


「副長! この部屋、だんだん狭くなって……」


 迫り来る生け垣に不安げだったダミアンの言葉が、途中で悲鳴に変わった。

 右の足首に絡みついた茨に引きずられるダミアンを追いかけながら、私に伸ばされる茨をなぎ払う。

 頼む、追いついてくれ!


 ダミアンの下半身が生け垣の向こうへ消える前に、なんとかその腕を掴む。

 だが、安堵出来たのはほんのつかの間。殺到した茨によって、私とダミアンはあっという間に迷路の外へ引きずり出されてしまった。


 立ち上がろうにも、止まることなく進み続ける茨のせいで体勢を立て直すことすら出来ない。

 青々とした芝生の上を、私とダミアンはまるで罪人のように引きずられていった。

 あちこちに落ちている小石やざらざらとした砂のせいで、皮膚が削れていく。

 手入れがされているのであまり大きな石や枝がなかったことが、不幸中の幸いか。


 だが、そんな安堵はすぐに崩れ去った。

 屋敷と、その入口前にある小さな石の階段が目に入る。

 普段報告に訪れる時は見栄えがいいとしか思わなかったが、今の速度であの上を引きずられたらたまったものじゃない。下手に頭を打ち付けでもしたら……。


 その時、視界が横転した。

 胸に走る痛みと身体を打ち付けた衝撃で、ダミアンに蹴り飛ばされたのだと気がつく。


「ダミアン!」


 起き上がった時にはもう、ダミアンは屋敷に消えた後だった。

 階段に点々と血の跡が残っている。


 正門から入口にたどり着くだけで、部下が二人消えた。

 私の判断ミスだ。魔法使いの脅威を、ちっとも理解していなかった。

 別ルートから侵入したであろうエグモントたちは、無事なんだろうか。


「……待っていろ」


 無駄に巨大な屋敷の最上階を睨み付ける。

 伯爵の自室はそこにあると聞いた。それならきっと、最上階まで行けば伯爵がいるはずだ。


 もう油断はしない。必ず伯爵に会ってダミアンを取り返し、妹とラウレンツの仇を討ってやる。

 そう心に決めて、玄関ホールへと足を踏み入れた。


「……え?」


 そこに地面がないと気がついたのは、見上げた天井が次第に遠ざかっていくのを見た時。

 私の身体が、固い石畳にしたたかに打ち付けられた後だった。

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伯爵が悪魔と契約するきっかけとなった話
日陰で真実の愛を育んでいた子爵令嬢は神様に愛されていると信じていた

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マシュマロ
― 新着の感想 ―
[一言] 〉これまでたぐり寄せてきたロープでいっぱいになっていた ………∑(・。・; 手繰っちゃ駄目だろう!? どうやって帰る、または逃走するつもりだ_| ̄|○ il||li まぁ、罠でしたけど。
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