25話 勇者のいわれなき糾弾
その日は雲一つない青空だった。
思い思いに着飾った人々が大勢集まって、勇者たちの登場を待っている。
少し離れた場所にはいろんな屋台が出ていたよ。君とあそこを巡ったらきっと楽しいだろう。
君の蘇生に成功したら王の座は降りるつもりだから、そうしたら一緒に巡ろうね。
「おい、もうそろそろだぞ」
頭の中で君に今日話すことをまとめていると、ジークにこっそりとわき腹をつつかれた。
どうやら、いつの間にかパレードの開催式が終わっていたらしい。
姿勢を正した途端に華やかな音楽が鳴り響き、民の歓声がより一層大きくなった。
勇者達が姿を現したらしい。
「あれが勇者様かい」
「なかなか格好いいじゃないか」
「でも、噂だと魔法がろくに扱えないって聞いたよ。
異世界からお出でになったはずなのに、ウィルフリート様に敵わなかったとか」
「それどころか、エアトベーレの魔力無しにも負けたそうだよ。
そりゃ、あの魔力無しだって勇者だけど……でも魔力無しだろう?
大丈夫なのかねえ、本当に……」
歓声に混ざって、そんな噂話があちらこちらから聞こえてきた。
勇者を称える噂とその力を疑う噂の比率は大体、二対八といったところだろうか。
ハープギーリヒ侯爵が広めたのか、自然と広がったのかは分からないけれど、勇者はかなり失望されているようだった。
けれど、聖女が微笑み教皇が前に進み出ると歓声はより大きくなった。
ヴェンディミアがこれまで築き上げてきた信頼は、それだけ強固だということだろう。
さて、どこで勇者を告発しようかな。
恐らく、ハープギーリヒ侯爵が何かしら合図をくれると思うのだけど……。
そんなことを考えていると、私の肩に何かが止まった。
不死鳥にしては重い感覚にそちらを確認すると、フクロウの黒みを帯びた赤い瞳と視線が合う。
これはもしかして、以前肉を渡した時に来てくれたハープギーリヒ侯爵の使い魔……あるいは、侯爵自身かな。
「こんにちは。アドバイスに来てくれたのですか」
「そうだな。ついでに言えば、お前が約束を遂行するかの見張りだ。
――ところで、お前……」
フクロウが何かを言いかけた時、周囲が急に静かになった。
ちょうど、教皇が話し始めるところのようだ。
パレードを見るためにヴェンディミアやそれ以外の各国から訪れた人々が、期待に満ちた目で彼を見上げる。
「ウィルフリート・フォン・アーチェディア」
けれど、彼の口から出たのは勇者を紹介する言葉でも神に感謝を捧げる言葉でもなく、私の名だった。
「先日、勇者様は主の神託と更なるご加護を授かった。
神託に従ってスキルを使用したところ、そなたが悪魔であると判明したそうだ。
民を騙し、天使の寵愛を騙った不届き者よ。そなたには死を持って償ってもらう」
なんだか面倒な展開になったね。これ、どうやって切り抜けようか。
教皇曰く、勇者は神からお告げを受けたらしい。
天使と神では、どう考えても神の方が信憑性が高い。私は圧倒的に不利な立場だった。
助けてくれないだろうかと思ってフクロウを見つめてみたけれど、血のように赤い瞳は淡々とこちらの様子を伺うだけだった。
見捨てられたのか、あるいはこれも彼の計画通りなのか、どちらなのだろう。
「ウィルフリート。天使の名前を出せ」
考えていると、少し焦った様子でジークが耳打ちしてきた。
そういえば、トレーラントから勇者を告発するときは天使の名を出すようにと……今はそのタイミングなのだろうか。
まあ、どちらにしても他に手段はない。やろうか。
「第七天使フェネアン様に誓って、私は悪魔ではありません」
フェネアンの名前を口にした途端、辺りに強大な魔力が立ちこめた。
同時に真昼の太陽にも勝る眩い光が視界を覆い、肩が少し軽くなる。
この光景を見たのは、もう三度目になるだろうか。
「わたくしは第七天使フェネアン。
誓約に従い、わたくしがこの者の言葉を保証しましょう。
ウィルフリート・フォン・アーチェディア。彼は決して、悪魔ではありません」
現れたのはもちろんフェネアンだった。不思議な姿も、さすがに三回目となると慣れてきたよ。
けれど、慣れたと感じているのは私だけのようだった。
私と勇者以外の人々は皆、跪いたり平伏したりして天使への礼を示していたからね。
ここに集まっているほとんどの人が天使の姿を見るのは初めてだろうし、私よりもよほど敬虔な信仰心を抱いているはずだから、当然の反応かもしれない。
「フェネアン様……しかし、勇者様は主から神託を……」
「主はただ地上を見守られるのみ。
地上に干渉することも、まして人間に言葉を直接賜ることもありません。
異世界の人間よ。あなたが聞いた言葉は主のものではありません」
今の発言が正しければ、勇者は神の言葉を騙ったことになる。
このまま進めば、もともとハープギーリヒ侯爵から言われていた計画通りの展開になりそうだね。
「勇者様! 間違いなく聞かれたのでしょう。主からのお言葉を」
「あ、ああ……俺はずっと、神様から声を聞いてきた!
力だってもらったし、それにウィルフリートが悪魔だって聞いた!」
「先ほど告げた通り、主は見守られるのみで干渉はしません。
異世界の人間、ユウキ・サイト。主を貶める言動は控えなさい」
冷ややかな声と共に、辺りの魔力の濃度が上がった。
平伏していた人々が悲鳴を上げて後ずさる。
どうやら、天使は本当に怒っているらしい。
私もそろそろ、魔力酔いで辛くなってきたよ。
その時、勇者が教皇の手を振り払って前に進み出た。
この世界では滅多に現れることのない黒い瞳には、怒りの色が輝いている。
「なんなんだよお前! 化け物みたいな姿してるくせに、いちゃもんつけやがって!
天使とか言ってるけど、本当は悪魔なんだろ! 俺が殺してやるからな!」
勇者が叫んだ言葉は、どう頑張っても言い訳出来ないほど冒涜的なものだった。
まさか天使を悪魔と間違えるとは思わなかったよ……その気持ちはとてもよく分かるけれど。
その上、彼は腰に下げていた剣を抜いて天使に斬りかかりさえした。
いや、正確には天使の前にいた私を殺そうとしたのかな。
どちらのつもりで攻撃してきたのかは分からない。天使が軽く翼を動かした途端、勇者の動きが止まってしまったからね。
「化け物ですか。久しぶりに聞きましたね。
わたくしは、主から頂いたこの姿が大変気に入っているのですが……」
さいわいにも、天使は勇者の発言を怒ってはいないようだった。
この天使にとっては、神を冒涜される以外はどうでもいいのかもしれない。
ただ、教皇を初めとするこの場にいる人間のほとんどは呆然としていた。
「フェネアン様に、なんという侮辱を……」
真っ先に我に返った聖女が青い顔で唇を震わせる。
「ベル、そいつを浄化してくれ! 悪魔のせいで、身体が動かないんだ!」
「勇者様……いえ、ユウキ・サイト様。
この方は決して、悪魔などという不浄な種族ではありません。
それでもあなたは、フェネアン様を悪魔だと言い張るのですね」
「あ、ああ! だってそいつ、どう見ても化け物だろ! なあ、ベル――」
「黙りなさい」
勇者の言葉を、聖女が凛とした声で遮った。
「主のお言葉を騙り、第七天使フェネアン様を侮辱したのみならず殺そうまでとなさったあなたが、勇者であるはずはありません。
誰か、この男を捕らえなさい!」
「なにすんだ、放せ! おい、放せよ! 俺は勇者だぞ!」
聖女の叫びに、控えていた聖堂騎士達が一斉に彼を取り押さえた。
叫ぶ勇者が魔法を使おうとしたので発動前に解くと、間髪入れずに騎士団長が睡眠の魔法を掛けた。
力の抜けた勇者の身体がその場に崩れ落ちる。
ハープギーリヒ侯爵から聞いていた計画とはだいぶ異なってしまったけれど、これでひとまず私の役割は終わりかな。
たしかに、これは事前に指示を受けていても対応しきれなかったね。
侯爵の「場の流れを見て適当に」という言葉は正しかったわけだ。
……ああそうだ。忘れないうちに、勇者に触れておこう。
容体を見るためと言えば、近づけるかな。
「ウィルフリートよ」
勇者の元へ歩き出そうとしたとき、再び教皇の声が響き渡った。
なにやら険しい顔で私を見下ろしている。
「勇者による、そなたが悪魔であるという告発は虚偽だったようだ。
その件については謝罪しよう」
「いえ、お気になさらず。私は……」
「しかし、そなたにはもう一つ罪がある」
なんだろう。心当たりが多すぎて、すぐには思いつかないな。
考え込む私を一瞥して、教皇が口を開いた。
「勇者に選ばれるのは、導き手の魔力ともっとも相性の良い異世界の人間だという。
つまり、主と天使を侮辱した勇者――いや、勇者の名を騙る大罪人を召喚したのはそなただ。
この責任をどのように取るのか、聞かせてもらおう」
…………それは、私の責任なんだろうか……。




