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悪魔の道具は今日も真摯に絶望させる  作者: 紫苑
5章 悪魔の道具は今日も真摯に天使へ捧ぐ
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8話 勇者の世界

 俺は、兄貴の搾りかすだった。


 二つ上の兄貴は全国模試で一位を取れる位の天才で、運動神経も抜群。おまけに顔も性格もいいからいつもクラスの人気者で、バレンタインには数えきれないほどのチョコをもらう超人だ。

 対して俺は、どこにでもいる根暗で無口な高校生。

 中学までは一緒の学校に通ってたから、いつも比較ばかりされていた。


 お兄さんは出来たのに。同じ兄弟なのに。お兄さんと違って要領が悪いのね。

 言われるのはいつもそればかりだ。そんなの、俺が一番分かってるっての。


 だから俺はたくさん勉強した。運動は苦手だったけど、勉強はまあまあ得意だったから。

 いつか必ず努力は報われる。今はダメでも、そのうちきっと。

 本でもドラマでもそうじゃないか。苦労した主人公は、最後には必ず認められるんだ。


 ――そんなのは全部嘘だ。どんなに努力したって、才能には叶わない。

 それを理解したのは、一年間死に物狂いで勉強したのに本命の高校に落ちた時だった。


 腹が痛かったとか、電車が事故で遅れて会場に着くのが遅れたせいで動揺してたとか、そういう事情は全くない。ただ純粋に、俺の学力が足りなかっただけだった。

 俺より勉強していなかったクラスの奴は、同じ高校に普通に受かってたのに。

 授業を聞く以外勉強なんてしたことないって言ってた兄貴は、東大進学率一位とかいうすごい高校に行ったのに。


 それから俺は、家に引きこもるようになった。

 滑り止めで受けた、名前さえ書けば入れるような馬鹿高校になんて行く気はしなかったから。

 兄貴や両親は「高校でたくさん勉強して、大学受験で取り返せばいい」なんて言ってたけど、取り返せるわけない。だって、俺には才能がないんだから。


 いいよな、才能のある奴は。何の努力もしないでちやほやされて、好きなように生きられて。

 俺だって、何か才能があったらもっと違う人生を歩めたのに。


 自室でだらだらと時間を潰すうち、俺はネット小説に嵌るようになった。

 よく読むのは、冴えない学生がチート能力をもらって異世界で大活躍する王道展開の奴だ。特別な努力なんてせず、才能だけで成り上がっていく展開が一番好きだった。

 盛り上がりがないとか展開がワンパターンとかよく言われるけど、主人公に自分を重ねてる間は才能のない俺のことを忘れられるから。


「あーあ。いっそ異世界転移とかできたらなあ」


 不遇な主人公が神様からチートをもらって大活躍して持て囃されて、みんなから認められる。

 もちろん作り物だってわかってるけど、本当にそんな展開になったら楽しいだろうなあ。

 今日発売される新刊を買いに行くために青信号が点滅してる道路を急いで渡ってる最中、俺はずっとそんなことを考えていた。


『みつけた』

「え?」


 今思えば、それは幻聴か何かだったんだと思う。

 気が付けば信号は赤になっていて、トラックが猛スピードでこっちに向かって来ていた。


「ユウ!」


 兄貴が俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。

 それに反応してすぐに逃げていれば、もしかしたら助かったかもしれない。


 でも俺は逃げなかった。

 なんかもう、どうでもいいやって思ったから。


 この先ずっと引きこもって暮らしていくことが出来ないことくらい、俺にも分かってる。

 だけど、いまさらあの高校に行く気もなければ高校卒業の資格(だっけ? そんなのがあるって母さんが言ってた)を取って、大学受験する気もない。

 だって、俺には兄貴みたいな――いや、普通の人みたいな才能はないんだから。

 努力しろ? はいはい、努力して報われる人間はいいよなあ。


 このまま生きてたって、どうせ碌な将来にはならない。

 交通事故で俺が死んだら保険金とか慰謝料とか出るし、学費も一人分減る。

 穀潰しが減って、父さんたちも嬉しいだろ。優秀な兄貴に金を回せるんだからさ。


 それにこういう展開って、今まさに俺が考えてた異世界転移ものの始まりだ。


 俺は異世界転移できて、家族は金が手に入る。

 なんかもう、それでいいんじゃないかって思った。みんな丸く収まるし。


 それが、あの世界にいた俺の最期だった。


 気が付けば、俺は真っ白な世界にいた。

 天から聞こえる神様っぽい声が、俺はこれから異世界に召喚されるって教えてくれた。

 これって、まさに異世界転移じゃん!


『あなたには勇者として相応しい能力とスキルを一つ差し上げましょう』

「え、本当か?! やった! スキルってどんなの? 選べんの?」

『勇者の管理者であるわたくしが、あなたに最も似合う能力を授けます』


 空から降り注ぐ白い光に触れた途端、それまでの悩みが一気に消えた。身体もめちゃくちゃ軽い。

 今の俺は魔力も身体能力も異世界人とは比べ物にならないくらい高くなってて、異世界の言語も全部わかるらしい。

 やった。これで俺も才能が手に入った! 兄貴みたいになれる!


 あと、スキルは「サーチ」っていうのをもらった。探し物が必ず見つかる能力……らしい。

 めずらしいけど、なんか地味じゃないか? 貰えるもんはもらうけどさ。


『さあ、勇者。これから先はあなただけの物語が始まります。

 強大な力を手に入れた今、なにも悩むことはありません。ただ、その心に従いなさい。

 あなたは勇者なのですから、その権利があります』


 神様の優しい声が頭に染み込んだ。

 そっか。俺はもうどこにでもいるモブじゃなくて、主人公なんだ。

 チート能力にスキルまでもらった今なら、周りから認められる理想の人生が歩める。

 その権利が俺にはあるんだ。


 次に目を開けたら、全然知らない場所で大勢の人に囲まれて立ってた。

 目の前には金髪で赤い瞳の超美少女がいて、ちょっと離れたところではいかにもファンタジー風の服装をした人たちが地面にひれ伏したり、こっちを見たりしてる。


「ようこそおいでくださいました、勇者様。

 私はベルティーア・レーア・ルビーノ。ヴェンディミアの聖女です」


 思っていた通りの展開に、俺は思わず心の中でガッツポーズした。

 かわいい美少女に、神様からもらったチートに、中世ヨーロッパ風の世界観!

 まさに王道って感じのこの世界は、俺の理想だった。この先の展開も王道ならいいなあ。


 それから俺は豪華な部屋に案内されて、カンネリーノって奴から勇者について説明を受けた。

 っていっても、大体想像通りだったけど。


 要するに、今この世界は悪魔に支配されてて、人間側はすごく困ってるらしい。

 だから勇者として強い力を持ってる俺に悪魔を出来るだけ多く退治してもらいたいってことだった。

 悪魔は人に紛れてることが多いから見つけにくいし、めちゃくちゃ強いからこの世界の人間じゃなかなか勝てないんだってさ。

 へえ。じゃあ俺の「サーチ」ってすげえ役に立つじゃん。あの神様、分かってるな。


「最後に勇者様の導き手となる者たちをご紹介いたします」

「導き手?」

「ただいま連れて参りますので、少々お待ちください」


 深々と頭を下げて、カンネリーノが部屋を出て行った。

 導き手って、言葉の響き的に家庭教師とか剣の師匠のことか?

 だったら嫌だな。せっかく異世界に来たのに、前の世界みたいに指図されたくない。

 第一、俺はチートをもらったんだから必要ないだろ。


「お待たせいたしました」


 そんなことを考えてたら、カンネリーノが戻ってきた。

 せめて、導き手が女の子だったらまだやる気は出るんだけどなあ。

 ベルとか、色っぽい大人のお姉さんとか。


「お初にお目に掛かります、勇者様」


 うわ、最悪。


 カンネリーノが連れてきた導き手を見て、俺は思わず顔をしかめた。

 だってこいつら、どうみても男だ。しかも二人。その上……。


「マクシミリアン・グレゴール・エアトベーレと申します。

 以後、お見知りおきを」


 目の前で微笑んだ男は、俳優かよってくらいすごいイケメンで背が高かった。

 しかも、カンネリーノの話によると国王らしい。なんだよそれ超勝ち組じゃん。

 声や雰囲気に自信が満ち溢れてて、いかにも「生まれた時から才能に恵まれてます」って感じ。


「ウィルフリート・フォン・アーチェディアと申します」


 つい黙り込んだ俺を無視して、もう一人の男が口を開いた。

 こっちはマクシミリアンみたいな恵まれてますオーラはないからまだマシだった。

 いかにも清廉潔白に生きていますって感じの綺麗な顔は普段の俺なら関わらないタイプだけど、同じ黒髪ってだけでこの異世界ではちょっと親近感が湧く。教えてもらうなら、こっちがいいな。


「勇者様。我々は勇者様にこの世界の知識をお教えすると同時に、心をお慰めする存在でもあります。

 悩みや不安等がありましたら、どちらでもよいのでどうかお話しください。

 無論、気軽なお話でも構いませんので」


 穏やかな声で親切なことを言うマクシミリアンから視線をそらして、俺はただ無言で頷いた。

 薄々感づいてたけど、やっぱりこいつ兄貴に似てる。

 明らかに才能ありそうなところも、自信にあふれてるところも、それを鼻に掛けないところも。

 ……俺が一番苦手なタイプ。


 今の話を聞いた感じ、導き手は家庭教師ってよりもカウンセラーみたいなものらしい。

 あと、小説で言うところの解説役。だったら別に、こいつに関わる必要はないよな。

 だって俺は前の世界に帰りたいとか全然思わないし、世界の文化や風習も大体予想が付く。


 雰囲気や文化は中世ヨーロッパ風で、だけど魔法があるから現実の中世より清潔感があったり文化が進んでる側面もあって、エルフや獣人がいて……とかそんな感じだろ?

 せっかく異世界に来たわけだし、一度くらいは記念に聞いてやってもいいけど。


 それからしばらく、俺は主にウィルフリートからこの世界や勇者について説明を聞いた。

 この世界では定期的に異世界から勇者が召喚されてること。

 勇者はこの世界の希望で、神と天使を貶めなければ何をしても罪に問われないこと。

 あと、勇者はこの世界の人間とは比べものにならない位の身体能力や魔力を持ってること。


「魔法って、どうやって使うんだ?」


 たぶん定番の「想像力が~」ってやつなんだろうけど、一応確認しとこう。


「魔力の存在を意識して、どのような魔法を使用するかを明確に思い浮かべることで発動いたします。

 細かな操作方法や魔法の扱いに関しては、後ほどウィルフリート殿がお教えしますので」


 マクシミリアン曰く、ウィルフリートは探知魔法みたいな繊細な魔法が得意らしい。

 いかにも難しい魔法が扱えるみたいな言い方してるけど、探知魔法って要するに俺のスキルの下位互換だろ? 俺より実力が下の奴に教わることなんてないと思うけどな。

 ボタンがいっぱいあって一見操作が難しそうな家電ですら、説明書を読まなくても使えるんだ。

 魔力もそれと同じだって。


「ウィルフリート殿は優れた魔法使いなのですよ」


 さすがに口には出さなかったけど心の中で思ってたことが伝わったらしい。

 マクシミリアンが穏やかな笑みを浮かべて付け加えた。


「この世界で、ウィルフリート殿ほど魔力の制御に優れた魔法使いはおりません。

 そもそも魔法でもっとも重要な要素は……」

「私のことなど聞いても、退屈でしょう。

 それに、私の探知魔法では勇者様のスキルのように悪魔を索敵することは出来ません。

 さすがは勇者様。その称号にふさわしい力をお持ちのようで安心いたしました」


 求めていた褒め言葉に、下がり気味だったテンションがちょっとだけ持ち直した。

 言ってくれるのが女の子じゃないのは少し残念だけど、相手が男だろうと褒められればうれしい。

 でも、一人だけじゃ全然足りない。もっともっと、いろんな人から認められて褒められたい。出来ればかわいい女の子から。


 ウィルフリートはまだこの世界の常識についてとかいろいろ話してるけど、この辺は特に聞かなくても問題ないだろうから聞き流しておこう。

 日本にいた時と同じように行動してれば問題ないだろ。


 それよりも悪魔だ。

 マクシミリアンやウィルフリートは「まずは基礎を学んで~」とか悠長なこと言ってるけど、それじゃせっかく異世界に来た意味がない。

 明日からさっそく、がんがん倒してやろう。

 悪魔は人に紛れるのが上手いとか言ってたけど、俺にはサーチがあるから簡単に見つけられるはずだ。


 前の世界と違って才能(チート)がある俺はこの世界で誰よりも認められて、褒められて、愛されるんだ。

 兄貴みたいに。いや、兄貴よりももっと、ずっと。

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伯爵が悪魔と契約するきっかけとなった話
日陰で真実の愛を育んでいた子爵令嬢は神様に愛されていると信じていた

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マシュマロ
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