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悪魔の道具は今日も真摯に絶望させる  作者: 紫苑
1章 悪魔の道具は今日も真摯に絶望させる
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10話 悪魔と契約して綺麗になろうよ

 早速だけど、契約しないかい?


 ……と続けたかったけど、その言葉は飲み込んでおくことにした。

 彼女の大切なものがまだ分からない以上、契約に応じてくれるほど絶望していない可能性がある。

 さっきの青年は、こちらが聞くよりも先に大切なものを答えてくれたから楽だったのだけどね。

 おかげで手間が省けた。屋敷に来る人間全員がそうだったらいいのに。


 ここへ来る間ずっと茨に包まれていたせいか、彼女の身体も顔も無事なところがないほど傷だらけだった。ただ、締めつけ具合を調整したから中身は無事なはずだ。

 人の心のことはよく分からないけれど、身体のことならある程度知識がある。

 君を蘇らせる為に多くの本を……特に、医学書を重点的に読み込んだからね。


「この、嘘つき!」


 私の予想通り、彼女はそこそこ元気なようだった。私を睨みつけて怒鳴りつけるくらいにはね。

 私は嘘なんてついていないのに。

 そもそも、仮に嘘をついていたとしても何が悪いのだろう。

 私は別に「絶対に嘘をつきません」と彼らに誓ったわけではないのに。


 考えている間にも、彼女の口からは次々に私を罵倒する言葉が飛んできた。

 よくあれだけ矢継ぎ早に話せるものだ。感心してしまうよ。


「だまし討ちしか出来ない卑怯者! 臆病者!

 私を捕まえたって、イザークがそのうち団長や仲間を連れて、助けに来てくれるわ!

 そうしたら、卑怯な手しか使えないあなたなんてすぐに倒せるんだから!」

「それは出来ないと思うよ。彼はもう、トレーラントのものだから」


 団長という男も、彼女と一緒に来た青年も、既にトレーラントと契約しているから助けには来られない。仮に来られたとしても私を倒すことは出来ないはずだ。

 魔法も魔術も使えない平民がいくら束になったところで、動く的になるだけだからね。


 彼女は魔術が使えるようだけど、彼女よりも優れた魔術師はエテールにも大勢いる。

 それこそ、悪魔と契約でもしない限り私には勝てないだろうね。


 そもそも、彼女の腕は既に身体から離れている。

 基本的に、魔術を使うには陣と詠唱が必要だ。腕がない状態で魔術を使うことは難しいだろう。

 それらを省略出来るほどの加護を精霊から受けている様子もないから、今の彼女では魔術師として認定されるかどうかも怪しいと思う。


「トレーラントの、もの? それ、誰? 誰なの?」

「見るかい」


 それならちょうどいい。私も、彼が今どうしているか知りたかったところだ。

 魔力を流すだけで遠くを映すことの出来る大鏡に触れて、トレーラントと青年の姿を映し出す。

 魔法と使った時より映像は荒いけれど、庭園の様子を見るだけならこれで十分だ。声が聞こえないのは欠点だけどね。


『彼女は、本当に助かるんだよね』


 鏡の中の青年が口を動かして少しした後で言葉が耳に届いた。鏡とは別の魔法で声だけを取得しているせいだ。私の腕が未熟なのか、いつもこうなるんだ。

 まあ、この声が聞こえているのは術者たる私だけだから、気にしなければいいだけなのだけど。


『疑っているのですか?』

『当たり前だ! だって、悪魔は狡猾で……』

『それは心外だ。この目が嘘をついているように見えますか?』


 ご覧なさい、と言われたとおり、青年がトレーラントの目をのぞき込んだ。

 角度のせいか、顔が重なって見えるから表情が分かりづらい。

 大体、悪魔の目を見て嘘をついているついていないなんて判断出来るのだろうか。


「……うそ」


 トレーラントと青年の会話に被さって、女性の声が聞こえてきた。

 声が混ざらないよう、魔法で拾っていた音声を切る。

 あの調子なら、きっと順調に契約してくれるだろう。


「うそ、うそよ。だってイザークはわたしが好きだって言ってくれたのに……」

「仕方ないと思うよ。君がそうなったからね」


 まあ、彼女の手足をばらばらにしたのは私なのだけど。

 私の言葉に、女性が驚いた様子で瞬いた。


「そうなった……って、どうなったの?

 ねえ、どうしてわたしのうで、動かないの? わたし、今どうなってるの? ねえ!」


 よほど自分の姿が気になるのか、興奮のあまり彼女の全身から血が滲み出てきていた。

 元気なことだ。でも、興奮しすぎて血を失いすぎると死にかねないから、もう少し落ち着いて欲しいのだけど。

 暴れられても困るから、早く見せてあげよう。


 魔力の供給を止めて、元の鏡へと戻す。

 彼女は先ほどと打って変わって黙り込み、大鏡に映し出された自分の姿に見入っていた。


「……あ」


 食い入るように鏡を見つめていた女性の口から、声が漏れた。

 「ああ、ああぁ」と奇妙な音の羅列が次々にあふれ出す。

 やがてそれが部屋中に響く絶叫へ変わるまで、時間はかからなかった。


 わたしの顔、とか、腕、とかそんな言葉が聞こえた。

 手足はともかく、顔はそんなに深い傷を負っていないはずなのだけどね。表面はずたずただけど、神経に支障はない。

 ただ、傷が塞がってもその跡は残るだろうけど。


「これ、イザーク見たの? だから……!」

「ああ、見ていたね。だから契約したのではないかな」


 私の言葉はあまりうまく彼女に伝わらなかったみたいで、彼女はただ「いや」と叫ぶばかりだった。

 そんなことを言っても、彼の目の前で茨に引き裂かれたのだから見てしまうのは仕方ないと思うのだけど……。


「いや、こんなのいや!

 もどして、わたしの顔も腕も、返してよ!」


 もしかして彼女は今、絶望しているのではないかな。

 今まで契約に導いてきた人々の反応を思い出して気がついた。

 彼女が一番大切にしているものはまだ分からないけど、何かが彼女を絶望に追いやったらしい。


 トレーラントが帰ってくるのがいつかは分からないけど、どうしようか。

 ちょっと誘ってみたら、契約してくれたりしないかな。

 契約へ誘う文句も今までとは違うものを試してみたいし……。


 よし、決めた。一度誘ってみよう。

 どきどきしながら声をかけてみる。


「相応の報酬を払うと約束するなら、君の願いを叶えてあげるよ」

「ほんとう? ほんとうに、治してくれるの?」

「もちろんだよ。悪魔と契約して、報酬さえ払えばね」


 まあ、実際に治すのはトレーラントだけどね。

 心の中でそう呟きながら、彼女の言葉に頷く。


 治癒魔法も治癒魔術も、使える人間は限られている。治癒魔法は王族のみ、治癒魔術は適性のある人しか使えない。私はどちらも使えないよ。

 トレーラントは悪魔だから、人間が使う魔法は基本的になんでも使えるらしい。

 彼女の傷も簡単に治せるはずだ。


「……わかったわ。お願いだから、もとにもどして!

 なにをはらえばいいの? なにをしたらもどしてくれるの?」

「え? ええと……」


 ……そういえば、トレーラントは普段何を報酬にしていたのだろう。

 毎回「報酬」としか聞いてなかったから、私にも分からないんだ。

 そんな私を急かすように、彼女は更に言葉を重ねてきた。


「おねがい! なんでもするから、早くもどして!

 イザークに嫌われたくない! だから……」

「簡単なことですよ。僕が合図した時に、僕以外の悪魔を召喚しさえすればいいんです」


 さっきの聞いた少し高めの声とは異なるいつも通りの声に振り向くと、普段と同じ中性的な青年の姿をしたトレーラントが佇んでいた。

 青年はいないから、どこかに置いてきたのだろうか。


「……それだけ?」

「ええ。契約内容はお任せしましょう」

「……それ、なら……」


 拍子抜けしてしまうほど簡単な報酬に、女性が頷くのは早かった。

 青年にした時と同じやりとりを繰り返した後、女性との間にも契約が結ばれる。


「では、治療しましょうか」


 トレーラントが指を鳴らすと、女性の全身にあった傷もちぎれた手足もすっかり元通りになった。

 鏡で自分の姿を確認した女性は満面の笑みを浮かべている。よほど嬉しかったのだろう。

 その姿は次第に薄れ、かき消えた。以前の男性と同じように、どこかへ送ったのだろうか。


「魂を得られましたし、手駒も増えた。

 伯爵にしては、なかなかいい成果でしたね」

「お褒めにあずかり光栄だよ。

 ところで、どうして他の悪魔と契約させるんだい?

 わざわざ君を経由しなくとも、他の悪魔と直接契約させてしまえばいいのに」


 私の問いかけに、トレーラントにしては珍しく答えるべきか否かを迷ったようだった。

 「そうですねえ……」と小さく呟く。


「……伯爵があと九十七人、僕と契約したい人間を自力で捕まえてくれば話してあげますよ」

「努力するよ」

「ええ。せいぜい頑張って下さい。伯爵は、僕に選ばれたのですから」


 そう言って、トレーラントがくるりと背を向けた。

 「一眠りします」と言って立ち去っていく。

 ……あれ。そういえば、何か大切なことを忘れているような……。


「ああ、トレーラント」

「なんです?」

「レーベンという死神が待っているよ」

「もう話は済んでいますよ。

 この僕が、いくら死神相手とはいえ一度交わした約束を忘れるとでもお思いで?」

「それならいいんだ」


 私の言葉に、トレーラントは何も言わずに肩をすくめて、今度こそ部屋を出て行った。

 その表情がなんだか拍子抜けしたもののように思えたのは気のせいだろうか。

 まあいい。ひとまず、レーベンに会いに行こう。


 先生に、今回の評価を聞かないとね。

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伯爵が悪魔と契約するきっかけとなった話
日陰で真実の愛を育んでいた子爵令嬢は神様に愛されていると信じていた

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マシュマロ
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