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第5章

「……今日も来なかったわね」

「あぁ」

 放課後の教室で、司は暗澹たる溜息をついた。今日も水無月の姿が教室に現れることがなかったのである。

 あの倉庫街での一件から、既に数日が経っていた。水無月への連絡は一向に付かず、彼女の様子を知ることができないのが現状だ。

 司はそれがとても不安だった。あんな凄惨な出来事に遭遇してしまったのだから、平静にはいられないだろう。もしかして大きなトラウマを作ってしまったのかもしれない。そう思うと、身震いすらする思いだ。

「直接お家にお見舞いでも行ってみる?」

「……そうしたいけど、僕が行くのはまずい気がする」

 愛音の提案に司は首を振る。自分が原因であることの後ろめたさのみならず、自分の存在が彼女を脅かすのではないかという危惧もあったからだ。

「……そう」

 そんな彼の心中を察してか、愛音はもう何も言ってこなくなった。

 二人はそのまま無言で身支度を整えて教室を出ようとすると、担任の教師が声を掛けて来た。

「あぁ竜胆君。今から帰りかね」

「はい。何か用ですか?」

「ここ最近溜まってた配布物を水無月へ持ってってくれんか。ホントは俺が行かにゃならんのだが、色々仕事があって直接家に行けんのだ」

「……委員長に任せればいいじゃないですか」

「あいつは水無月とは家が正反対だろう。それとも竜胆は行きたくないのか」

「そういうわけ、じゃないですけど……」

 そう言い淀んでいると、担任は何を勘違いしたのか、「あぁすまん」などと謝り始めた。

「お前には三嶋がいたんだよな。なのに水無月ん家に行けとは俺も無粋なことを言った。これは他の奴に頼……」

「先生。それ以上くだらないこと言ったらひどいですからね」

 担任の口上が愛音の視線を受けて止まった。さながら蛙を睨む蛇の如くである。そして愛音は硬直している担任の手から書類を奪い取る。

「それと先生。これは私たちがちゃんと届けますので、ご安心を。では」

 担任の脇をすり抜け、愛音は司の手をむんずと掴んですり抜ける。しばし呆然とした司が自失から醒めたのは、校門を出てからだった。

「な、なぁ愛音。そこまで露骨に反応することないじゃないか」

「……そうよね」

 そう答えつつも、愛音の表情は固い。相当頭に来ているらしい。それにしても、自分たちは(色々な意味で)教師側にも有名だったらしい。とはいえ、茶々を入れてくるのは少々大人気ないような気がする。

「あれ。携帯鳴ってる」

 誰からだろう、と司が鞄から取り出してみると、液晶には水無月の名前が書かれていた。一瞬、司の動きが止まる。

「どうしたの?」

「水無月さんからの着信だ……」

「……出ないの?」

 案じるような目つきで愛音がこちらを見た。司は逡巡する。

 正直言えば、彼女と話をしたい。あれから逃げ出すように去ってしまい、その安否さえ分からない。自分が招いてしまったことなだけに、彼女への懺悔の念は深い。

 だが、そう思うならば彼女に関わってはいけないとも考えた。既に自分という存在は災厄を招く危険極まりないものだ。彼女を案じるならば、離れなければならないだろう。

「……もしもし」

 そう思いながらも、司は通話ボタンを押し応答した。結局は、彼女の安否を知りたいという気持ちが上回ったのだ。

『……あ、あの、お久しぶりです』

 水無月のか細い声が返ってきた。わずかに声が震えているように聞こえるのは、やはり自分に恐怖心を抱いているからだろう。

 しかし、それでも自分へ連絡を寄越してきたということは、何かを伝えたい、または聞きたいということだろう。司はその彼女の意志を嬉しく思った。

『その、直接会ってお話がしたいので、少しお時間をいただけませんか?』

 消え入りそうな声で言われたその言葉を、司はしっかりと聞いた。



+ + + +



 夕陽で辺りが茜色に染まる公園に、水無月は一人でいた。

 数日続いた欝は、今朝になって落ち着いてきた。やっとまともに頭が働くようになって彼女が真っ先に思いついたことは、司への謝罪だった。

 数日前に起きた不可解な出来事。今でも思い出すと恐怖に身が竦むが、それでも司が身を呈して自分を助けてくれたのは事実なのだ。

 それだというのに、自分は逃げ出してしまっていた。ひどい話である。

 だが正直言えば、今もまだ逃げ出したい気持ちでいる。何故なら、水無月は彼にも恐怖を抱いていたからだ。

 あの場で繰り広げられていた不可解な事象。それは司の手でも行なわれていた。彼女が恐怖を抱いてしまうのも無理ない。

「お待たせ、水無月さん」

「あっ……。い、いえ」

 司は、彼女が連絡してほどなくやって来た。水無月の姿を認め、彼は相好を崩す。

「具合は……、大丈夫そうだな」

「すみません。心配をおかけしました」

「いや、別にそんなことはない。それより……僕の方も、変なことに君を巻き込んですまなかった」

 深々と頭を下げてきた。水無月は焦る。そんなことをしてもらうために彼を呼んだのではない。

「や、止めてくださいそんなことっ! 私はただ……」

 言いよどむ。やはり迷いはあった。

 真実を知る。それは決して良い結果をもたらすことばかりではない。むしろそれを知ってしまうことで、今後彼と今までのように接することができなくなるかもしれない。

 だがそれでも、何も知らないままではいたくない。その気持ちが何よりも恐怖心を上回っていた。

「私は、本当のことを聞きたいんです!」

 そう告げられた司は、わずかだが顔を背けた。彼女の知りたい事が、彼には触れられたくない心の暗部なのかもしれない。

「……悪いけど、それには答えられない」

 そう告げる表情は苦渋に満ちている。だが、口調は明瞭で真摯である。

「あれだけ事態に足を突っ込ませておいて言うのもなんだけど、水無月さんまでこっちの世界に来る必要はないよ。だから、何も聞かないでくれ」

 その言葉を聞き、彼女の中の知的探究心は竦んだ。

 正直、自分があの状況に説明を求めたのは、ただ単に納得がしたかったこと、そして彼のことを知りたいという利己的な感情によるものだった。だが、それが浅慮だったことを思い知る。

 司の口調から、事態は自分が思っている以上に深刻で危険を孕んでいるものなのだろう。そもそも、平然と人を殺すような人間に出くわすような状況だったのだ。自分が彼の立場であれば、他人を立ち入らせたくないだろう。

「……すみません。我侭を言ってしまって」

「いや、別に水無月さんは悪くない。僕がいるからだ……」

 彼はそう言うと、水無月へ背を向けて公園を立ち去ろうとする。

「僕は災いの種らしい。僕に関わるとまた、あんなことが起きると思う。だから、これからは他人のふりをしたほうがいい」

「り、竜胆君。何を言ってるんですか?」

 理解できない。いや、正確には理解できる。だがそれを納得することができない。つまり、司は自分とは距離を取れという風に言っているのだ。

「僕は水無月さんが元気そうで安心した。だから、もう関わり合いを持つのは──」

「冗談は止めてください! そんなこと、できるわけないじゃないですか!?」

 自分にとって竜胆司という人物は、その他大勢に分類できるような人間ではない。相手がどう思っているかまでは分からないが、それでも見知らぬ他人になれなど、自分にとってこれ以上の拷問はないであろう。少なくとも、水無月のとってはそうなのだ。

「水無月さん、でも……」

「竜胆君がどう言っても嫌です。私は……」

 反射的に大切なことを口走りそうになり、慌てて水無月は口を噤んだ。こんな風に、勢いに任せて言っていいものではない。だが司は彼なりに何かを感じ取ったのか、改めて彼は水無月へ向き合う。

「ちょっと言いすぎだったかもしれない。でも、僕といればあぁいうことがまた起きるかもしれないということだけは、忘れないでくれ」

 あぁいうこと──人肉を焦がす不快臭と雷が脳裏ではじける。だが水無月はかぶりを振り、それらの脳裏から追いやった。

 確かに、あんなことを御免だ。だが、もしまたあのような場面に出くわすことになれば、また司は助けてくれるだろう。水無月にはそんな確信があった。

「分かってます。でもだからって、人を遠ざけるようなことはしないでください。私たち、友達なんですから」

「……そうだな、すまなかった」

 ようやく安堵の笑みを浮かべた司を見て、水無月は胸の中にあたたかい何を感じた。



+ + + +



 公園の入り口から二人の会話を立ち聞きしていた愛音は、音も無くその場を立ち去った。

「……ふん。何よっ」

 不平の言葉が漏れ出た。表情も憮然としたものとなり、歩調も若干荒くなる。

 先ほど二人の会話を立ち聞きして感じたものは、不快感だった。もやもやとしたものが胸の中に巣食い、息苦しさを感じてしまう。

「……気持ち悪い」

 苛立つが募る。なぜ自分がこんな気分になるのだろう。恐らく理由は分かっている。

 これは、嫉妬だ。

 そう気づき、愛音は愕然とする。

「なんで、私がそんなこと……」

 自分が水無月に嫉妬しているということは、司とそういうな関係になりたいという意志の現れ以外に他ならない。そう自分が思っていることに、愕然とする。何故なら、自分は未だに司へ後ろめたさを感じていたからだ。

 数週間前の『眠り病』の魔禍で犯した罪は、司によって許された。だが彼女自身は、どうしても許せずにいた。むしろ司に許されたという事実が、かえって愛音を苦しめている。

 良くも悪くも自己犠牲的な愛音の性格が、明らかにマイナスへ傾いた結果起こった感情だ。素直に彼の言葉を聞き入れていれば、余計な葛藤をすることもないのだが、彼女の性格がそれを許さない。

「嫌だな、私。なに考えてるんだろう」

 思わず自嘲的な笑みが浮かんでしまう。周囲に人がいなくて良かったな、と冷静な自分が心中で囁く。今自分の顔は、とても気味が悪いに違いない。

「……止めよ、こんなこと考えるの」

 どうせ考えても自分の心境は晴れることはないのだ。自分の性格からして有り得ない。軽くかぶりを振り、余計な思索を脳から追い出す。

 だがそれでも、鬱屈とした想いだけは晴れずに愛音の中にわだかまり続けた。

次回、また戦闘入りますので興味ある方はお付き合いお願いします。……クオリティーの程は保証できる自信はありませんが。

※次回の更新は6月15日の予定です。

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