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第4章

「魔女に襲われたっ!?」

「……本当ですか?」

「ちっ、なんてぇこった」

 顔中に痣を作った司の話に、三者三様それぞれのリアクションが返ってきた。

 倉庫街での出来事から30分後。司はツカサの覚醒が解けて疲労困憊になったままの足取りで、自宅へと戻ってきた。

 水無月とは倉庫街で別れた。というより、彼の超人的能力を目の当たりにして恐怖を感じてしまっただろう彼女の方が、逃げるように走り去ってしまったのだが。

 その後、先に竜胆家に戻ってきていた愛音による追及を受け、魔女会議の二人も交えて先ほどの出来事を報告している最中だ。

 愛音に顔の手当てをされながら、司は話を続ける。

「相手は僕の力を見るためだと言っていた。そして魔女会議を揶揄するようなことも言っていた。……彼女は一体何者なんだ?」

「……私たち魔女会議の理念に同調しない魔女も、事実存在します。彼女らは自侭に己の力を振るい、世界を無意味に歪ませています。……そんな存在を、私たちは『異端者グノーシス』と呼んでいます」

「そいつらはなんで、司を襲ったりしたのよ」

「……リンドウの持っている能力は、私たち魔女の世界でも相当稀有なものです。何らかの手段でその情報を得た彼女らが、それを実際に見極めたかったのでしょう」

「動物園の珍獣扱いか、僕は」

 溜息混じりに司が呟く。軽い冗談のつもりだったのだが、エイルはその言葉を引き取り、話を続ける。

「……珍獣だったらまだ良いのですが」

「ん?」

「最悪の場合、モルモットも有り得ます」

「モル……っ」

「ちょっと、どういうことよ!?」

 その言葉に、司は絶句し、愛音は激昂した。彼女の気性の荒さにうんざりしたのか、シグムドは面倒臭そうにに言う。

「ミシマ。お前もうちっと落ち着いたほうがいいぜ。うちのお嬢くらいとは言わねぇけど」

「余計なお世話よ!」

「……モルモットというのは、そのままの意味ですが」

 あくまで淡々と、エイルは言葉を紡ぐ。

「リンドウの能力に興味を抱いた魔女が、貴方自身を確保しようとする可能性は充分に考えられます」

 司は身が強張るのを感じた。

「……それを、防ぐことはできないのか?」

 司はそう尋ねる。先の一件は、深く彼の中に楔として打ち込まれていた。

 自分と行動をともにする人間が、不幸になる。それが分かっていながら何も手を打たないわけにはいかない。今の自分に出来ることをしなければ。司はそう考えていた。

「具体的なことを言ってください。それだけでは、分かりません」

「僕の身柄を、魔女会議の本部に移すとか……って痛っ!」

「司……。アンタ何言ってるの?」

 消毒液を多分に吸った脱脂綿に傷が染み、思わず悲鳴を上げてしまう。だがその脱脂綿をピンセットで持っている愛音は呆然自失といった具合で、司へと瞳を向けている。

「ここにいれば、被害が増える可能性がある。エイルさんみたいな魔術師に保護されていた方が、僕自身も周りの人間も安全だろう」

「馬鹿なこと言わないで! こいつらは司の力に興味があるのよ! 奴らの本拠地なんて行ったら、それこそモルモットにされるわ!」

「まさか。……そんなことはないよな?」

 エイルとシグムドへ司は視線を巡らす。二人も、それはない、と肯定するかのように頷く。

「信用できるわけっ!?」

「少なくとも、僕は」

「っ……」

 愛音は歯を食い縛り、魔女会議の二人を睨みつける。

 彼女の魔女会議への怨恨は、司も知るところである。だがその感情ばかりが先走りすぎて、周囲が見えていないのではないか。司はそう危惧している。

「だけどよリンドウ。悪ぃがお前の頼みは聞けそうにねぇ」

「どうしてだ?」

「魔女会議の本部も、絶対に安全じゃねぇってことだ」

 事もなげに、シグムドが言ってのける。

「……先ほど言ったとおり、私たち魔女会議に同調しない、魔女や勢力が存在します。彼女らにとって、私たちの存在は、厄介者でしかありません。そんな相手の、情報はいくらでも欲しいと思うのは、自然な発想だと、思います」

「よーするにだ、スパイがうろついてるってこった。それにそもそも、そういう奴らがいなけりゃ、リンドウの秘密だって知られなかっただろ?」

「確かに……そうだ」

 司は納得した。自分のことを知る魔女の存在。それは本来魔女会議に関わった者しか知りえないものだ。

 しかしウルは、自分は魔女会議の手の者ではないと言った。それはつまり、何者かが流した情報を得たものだろう。

 スパイは、確かに存在している。

「結局はアンタらの問題じゃない! アンタら魔女会議が情報をしっかり管理してれば、司のことが知られることもなかったのにっ!」

 ここぞとばかりに、愛音は二人に怒号を飛ばす。もっともな意見ではあるが、相手の欠点をあげつらい攻撃するその物言いに、さすがの司も口を出した。

「愛音。もういいよ、その辺にしてくれ」

「何でよっ!?」

 彼女が自分のために義憤してくれているのは、痛いほど分かる。だがこれ以上は司のための糾弾ではなく、自分の憂さを晴らすためにしかならない。だから司は彼女を止めた。

「これ以上は僕のためにならない。頼むから止めてくれ」

「っ……」

 再び愛音は歯を噛み締めるも、激昂して椅子から上げかけていた腰を下ろし、着席した。

「……話を纏めると、魔女会議の本拠地も危険な可能性があるってことなのか?」

「そーいうこった」

 シグムドが首肯する。

「ここに居続けて周囲の人間に被害を広げるのと、どっちが被害は少なくて済む?」

「……後者です。仮に魔女会議へ居たがために、リンドウが拉致され、その力を解明されれば、被害は更にひどくなるでしょう」

「……そうか」

 司はかすかに頷くのみだった。結局どこに居ようとも、絶対に安全な場所というものは存在しないらしい。

 彼は目の見えない大きなうねりが自分を呑み込もうとしているのを、確実に感じていた。



+ + + +



「議長!」

 ミーミルの執務室に、普段は見られない慌てたヴェオルフが駆け込んできた。いつにない彼の取り乱しように、だが彼女は眉ひとつ動かすことなく、訊ねた。

「どうした。何事か」

「我が機関のデータベースにハッキングされた形跡が発見されました! 紙媒体の資料もいくつか紛失しています!」

 一瞬だが、かすかにミーミルの眉が跳ねた。だが従者は気づいた風もなく、ミーミルへと事態の状況を説明する。

「現在は一時的にデータベースの電源を落とし、全てのアクセスを拒否させています。しかしハッキングの犯人はいまだ特定できていません。外部からの犯行か、また内部でのスパイの犯行かも判明していません」

「そうか」

 ミーミルは鷹揚に頷く。やってくれるものだ──彼女は冷静に思う。

 現在の魔女会議の人員は、末端の人間も含めれば千桁の規模にもなる。それだけの人数がいれば、確かにスパイの一人や二人はいるだろう。だがセキュリティーを掻い潜り、情報を持っていかれるとまでは考えていなかった。

 自分の浅慮さを呪う。このところの自分はどうかしている。やはり衰えが来ているのだろう。これを使い続けている弊害が……。

「報告ご苦労じゃ。貴殿は引き続き事態の収拾に当たってくれ」

「了解です。では」

 幾分落ち着きを取り戻したヴェオルフは、踵を返し執務室を後にした。一人残されたミーミルは眉間に皺を寄せ、ため息をつく。

「妾も歳なのかのぉ……」

 幼い外見をして言う台詞ではないが、彼女の年齢は外見そのままではない。彼女が幼い容姿であるのも、当然ながら理由がある。恐らくは、"パンドラの瞳"を酷使し続けている弊害だろう。

「むぅ……」

 机に鎮座しているデスクトップパソコンが、メール受信を知らせた。差出人はエイル・フォースミリアの従者からだった。

 開いてみて、またしてもその内容が自分を滅入らせるものであることに愕然とし、舌打ちをした。

「これほどまでに手が早く回るとは……。余裕を持っているわけにはいかぬ」

 ミーミルはそう、独りごちた。



+ + +  +



「由紀乃ー、ご飯よー。降りてきなさいー」

 水無月は階下から母が呼んで来るのを、布団の中でぼんやりと聞いていた。だが返事をする気力がない。

 億劫そうに布団の中で寝返りを打つと、母が部屋にまでやってきた。

「どうしたのよ、由紀乃……。また、具合でも悪いの?」

 ちらっと布団の隙間から様子を覗くと、暗がりの中でも分かるほど母の表情は曇っていた。以前の『眠り病』の件もあり、娘の体調に敏感になっているためである。

「……ちょっと食欲ないだけです。そんなに心配いらないです」

「でも……」

「大丈夫ですから」

 少しばかり語気を強める。それで渋々ながら、母は部屋を後にする。階段を降りていく音を聞きながら、彼女は心の中で謝罪した。

(すみません、お母さん)

 だが、今はとても食欲など出る気分ではないのは本当のことである。

 ──脳裏をよぎるのは、燃えさかる炎と人肉を焦がす腐臭。

 反射的に胃液がこみ上げてくるのを必死に押さえる。不快感が身体中に纏わりつき、彼女を苛む。

 夕刻に遭遇した一件。それは彼女に大きな傷を作ってしまっていた。

『眠り病』という魔禍に遭遇したとはいえ、普通の世界に生きていた彼女には、男性に暴行をされる機会などなかった。それだけに留まらず、自分に害をなそうとした人間ではあったにしろ、人の死ぬ場面を直視することとなってしまった。

 そんな彼女の負った精神的ダメージは計り知れない。出来れば、全て忘れてしまいたかった。

 だが人間は、良い記憶よりも悪い記憶を留めてしまうという悪癖がある。水無月は自分を苦しめる記憶を追いやろうと足掻くが、どうあっても記憶は消えず、むしろ時間が経つごとにその鮮明さを増しているように感じられる。

 それほどまで、彼女にとってあの光景は衝撃だった。

「……竜胆君」

 ふいに、その名前を呟いた。

 彼は自分を助けてくれた恩人だ。しかし、彼は妙な力を使っていた。

 自分を助けてくれたとはいえ、目の前で焼死体とそれを焦がす雷を見て錯乱していた彼女には、彼も恐怖の対象となっていた。

 気がつけば、水無月は司から逃げるように倉庫街を後にしていた。悪いことをしたと思っている。

 だが、彼への恐怖心は和らがない。素直に礼を言える気持ちになれない。

「……私は、ひどい娘です」

 暗闇の部屋の中で、水無月はぽつりと呟いた。

 司への干渉は、様々な組織や人へ波紋を広げたようです。果たして、この波紋はどのような波を引き起こすのでしょうか……?

※次回の更新は6月12日の予定です。

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