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第3章

「随分とお早いご到着だぜ」

 司を出迎えたのは、そんな台詞だった。声の主は薄暗い倉庫の中に立っている複数の男である。

「遅刻無欠席が取り得だからな」

 司は目を眇める。男たちに囲まれているように、水無月の姿があった。

 身体には戒めのように縄で縛られ、口元にはガムテープが貼ってある。気を失っているのかぐったりしているものの、乱暴をされた跡はないようだ。

「……水無月さんを返してもらおうか」

「あぁいいぜ。こっちに来な」

 男はあっさりそう言った。司は若干拍子抜けしながらも、警戒の面持ちで男たちに歩み寄る。

 カツ、カツ、カツ、と倉庫内に司の足音が響く。男たちとの距離があと数歩までと来たその時、司は背後に人の気配を感じた。

「なっ──」

 ガツッ、と脳天を鈍器で殴られたかのような痛みが走った。堪らず倒れる。後ろを振り返る間もなかった。男たちのゲラゲラとした下卑た笑い声が聞こえる。

 それを皮切りに、男たちが動いた。

 無防備な司に殺到し、蹴りや拳の雨を降らせる。彼に抗う術などあるはずもなく、ただただ苦痛に顔を歪めるしかなかった。

「おい、起きな」

 リンチに加わっていないリーダー格の男が水無月のガムテープを剥がし、肩を乱暴に揺する。

「ぅう……」

「見てみな、お前さんのお友達の姿を」

 覚醒し切っていないとろんとした目つきの水無月は、男の声に従い顔を上げる。

「り、竜胆君っ!? なんで、こんな、止めてください!」

 彼女は一気に目覚めた。目の前では、自分の友人が一方的な暴力に打ちのめされていたのだ。

「そりゃできねぇな。頼まれてっからよ」

「ひどいっ、ひどいですっ」

 水無月はぐすぐすと泣き始めた。彼女の泣く声と、司の苦悶、そして男たちの罵声が倉庫内でない交ぜになり、大音響となって空気を振動させている。

「おいおい嬢ちゃん。人様のために泣いてる場合かよ」

「ぐすっ、どういう、意味で」

 突如、胸倉が掴まれる。その行動に水無月は泣くことすら止め、目を見開く。

「俺が頼まれたのは、あのガキをボコってからお前にもしてやれってことだ」

「……う、あぁ」

 止まっていた涙が、再び溢れ出す。今度は自身に迫る恐怖のためである。男は叫んだ。

「お前ら、ガキをこっちに向けろ!」

「うぃ。オラてめぇ、こっち見ろ!」

 男たちに蹂躙され抵抗する気力のなくなった司は、そのまま向きを変えられる。

「ガキ、今からこの女を俺のモンにする。お前に見せ付けてやるぜ」

 ヒューッ! と歓喜の声が上がる。司は苦渋に顔を歪めた。身体の節々は苦痛に苦悶を上げており、身じろぎするどころかこうして呼吸をすることすら辛い。

 だが動かなければならない。放っておけば水無月に何をされるのか、嫌でも分かる。

(畜生……。動け、動けよ僕の身体……!)

 この無気力感は以前も味わった。数週間前に起きたイドゥンとの戦闘の時と同じものだ。

 あの時、司はイドゥンによって悪魔ルカヴィに憑依され愛音を死の淵に追い詰めてしまった。だがツカサの力で悪魔からの呪縛を破り、どうにか事態を打破できた。ならば、今回も……!

(頼む、頼むよツカサ……!)



 切に、そう願った。


 切に、そう祈った。


 それが聞き届けられたのだろう。司は身体の奥底から力が湧き出るのを感じた。


 脳裏に浮かぶのは、ツカサの存在。 これも、あのイドゥンとの戦闘の時に感じたものと同じだ。



 身体は痛む。だが、それを我慢できる気力は戻っていた。

 彼は顔を上げる。ならず者の無骨な指が今にも水無月へ触れそうになり、司の感情が嫌悪で塗りつぶされた。憎悪の炎がちろちろと脳裏を焦がし、彼は激情の命じるがままに魔力を解き放った。

「うおぉっ!?」

 彼の指と水無月の間を、燃えさかる炎が駆け抜けた。ならず者は驚愕に目を見開き、司を取り押さえる輩もその光景に呆然とする。

 司はその隙を逃さず、取り押さえている連中を振り払うと立ち上がった。リーダー格と思しき男が、こちらを怯えた目で見つめてくる。

「な、なんだお前……。ただのガキじゃねぇのかよ?」

「そんなことどうでもいいだろっ! アンタらって奴は、女の子一人攫って縛って脅して、下劣だなっ!」

 自分が殴られた痛みより、水無月に恐怖を与えられたことのほうが許せなかった。更なる激情が身体中を駆け巡り、自身を満たす魔力が鼓動する感触を覚える。

 司はその暴れ狂う魔力を一気に解き放った。蒼炎が倉庫内を暴れ狂い、例外なくならず者たちを追い立てていく。男たちは恐怖に慄き、ただただ炎から逃れようと滅茶苦茶に走り回る。

 ならず者たちに戦意がないのを悟ると、司は水無月を戒めている縄や手錠を外す。彼女は当惑の表情で自分を見ていた。

「あ……っ。えと」

「話をここを出てからだ。早くっ!」

 司は水無月の手を強引に引いて出口へ走る。だが、突如入り口から大勢のカラスが津波のようになだれ込んできた。

「なっ!?」

 戸惑う司へ殺到したカラスたちは、次々とぶつかるように彼へ体当たりをかます。連続パンチをまともに喰らったかのようなダメージに、彼は咳き込み堪らず膝をつく。

「だ、大丈夫ですか竜胆君!?」

「へ、平気だ」

 体当たりをかましたカラスたちは入り口へ降り立ち、司たちをその鋭い目で睨みつけている。まるでこの入り口から出ることを阻止しているかのようである。

「てめぇ……。どんな手品を使ったか知らねぇが、こりゃマヂで生かして帰せねぇぜ……」

 そして背後からは、先程まで戦意を失くしていたはずのならず者たちがいた。彼らを追い立てていた蒼炎は、司がダメージを受けたことで消失してしまったらしい。男たちの目には、一様に殺意の色が浮かんでいた。

 散々味合わされた恐怖が転じたものなだけに、ただならぬものがある。彼らは間違いなく、自分たちを殺すだろう。

「くそっ、あいつら……」

 司は彼らへと向き直る。もはやお互い傷つかずにこの場を脱出することは無理らしい。司は水無月を背後に庇いながら、威嚇ではなく攻撃のための蒼炎を掌に顕現させる。

 それを放つ直前、突如雷鳴が倉庫内を襲った。

「うわぁぁぁぁっ!!!」

 男たちの一人が、その雷に焼かれて倒れた。服は焦げ、肌は爛れた。動き出す様子もない。

 司は確かめるまでもなく悟った。この男は死んだと。

「な、なんだこれっ」

「やめろっ、来るなぁ!」

 しかもその雷鳴は止むことなく、男たちへと降り注いでいる。その雷は先ほど自分が放った蒼白い炎とは違い、確実に男たちを焼き焦がしている。今し方まで司を殺意の眼差しで睨み付けていた彼らは、再び恐怖に慄き慌てふためいている。

 司はそんな様を、ただ眺めていた。傍らでは水無月が、震える手で彼の服の袖を掴んでいる。

「うひぃ、がぁっ」

 十何人もいた男たちは瞬く間に倒れ、そして最後の一人も倒れた。倉庫内は屍の山で溢れ、肉が焼ける不快な臭いが立ち込め始める。

「うっ……」

 彼はたまらず鼻を押さえた。無理もない。何せ人が焼けている臭いなのだから。

 司と水無月が目の前の光景と異臭に戦々恐々としていると、


 パチパチパチパチ


 場違いの拍手が鳴り響いた。

「お見事です、竜胆司。貴方の能力、見せてもらいましたわ」

 倉庫の暗がりから、一人の女性が歩み寄ってきた。司は彼女──ウル・バルティヴァン──の容姿を見て驚愕する。彼女は三角帽子に黒衣という、紛うことなき魔女の格好だったのである。

 そして彼が魔女と知って連想されることはひとつ。

「……魔女会議の魔術師か?」

「魔女が全て魔女会議にいると思ったら大間違いですわ。そもそも私、あんな組織嫌いでしてよ」

「嫌い……?」

「貴女に言っても詮無いことですわ」

 司は警戒を強めた。ならず者の襲撃から救ってくれたとはいえ、抵抗する術のない人間を一方的に虐殺したような魔女だ。するに越したことはない。

「目的は何だ?」

「今仰ったとおり、貴方の力を見せて頂いただけですわ」

「本当にそれだけなのか? だったら何でこんなことまでやる必要がある!?」

 司は炭化した死体を指しながら叫ぶ。ウルは面倒くさそうに答えた。

「貴方を極度の緊張状態に陥らせるための仕掛けですわ。恐らく貴方一人だけでは、本気にはなれなかったでしょう?」

「…………アンタ、そんなに僕に興味があるのか?」

「えぇ、とても」

 妖艶な笑みを浮かべ、魔女はそう言った。

 これがもし、不快臭が立ち込め死体が転がる倉庫というシチュエーションでなければ、司の胸はときめいていたかもしれない。

 だがこの異常な空間で笑みを浮かべるなど、正気の沙汰とは到底思えない。無論、ときめきなど皆無である。

「さて、いいものを見せて貰いましたし。今日のところは退散いたしましょう」

 彼女は自身がもたらした惨禍など目にも入らない様子で、司と水無月へ背を向ける。

「それでは、またの機会にお会いしましょう。私の名前は、ウル・バルティヴァンですわ。以後、お見知りおきを」

 その台詞を皮切りに、彼女の周囲の空間が歪曲し出した。その歪曲空間はウルを飲み込み、瞬く間に戻ってしまった。もう彼女の姿はどこにもない。

 後に残ったのは、人肉を焦がした悪臭と、呆然と立ち尽くす司たち二人だけだった。



+ + + +



「ウル、首尾はどうだった?」

 惨劇が行なわれた倉庫からいくつか離れている閉鎖された倉庫にて、眦の強いツリ目な魔女──デリング・ザウルトが、空間跳躍して戻って来たウルに尋ねていた。

 同じくこの場に居た、三角帽子を目深に被った小柄なもう一人の魔女──フノス・フリスも、無言のままだがウルの答えを聞くため耳を傍立てる。

「えぇ、概ね資料通りというところです。さすが魔女会議の資料ですわね」

 感嘆とわずかな侮蔑を混ぜ込んだ口調でウルが答える。

 彼女が手にしている資料は、本来ならば魔女会議にしか存在しえない極秘資料である。しかも、魔女会議にて実際に用いている資料のコピーであり、詳細なデータまでもが添付されている。それが平然と彼女の手にあるのは、魔女会議に入り込んでいる内通者のお陰だ。しかし内通者がいるからとはいえ、こうもむざむざと情報が漏洩されるようでは、魔女会議もふぬけのようだ。

「あの少年に宿っている魂、非常に興味深いものがあります。魔女会議と事を構える価値は充分と思いますが、お二人はどう思っていますか?」

 ウルが笑みを浮かべつつ、他の二人へ意見を求めてくる。

「私はアイツらを殺せるならなんだっていい。人間とよしみを組むなんざ、虫唾が走る……っ」

 デリングは苛立ちを隠さないぶっきらぼうな口調で答え、

「…………ウルさんに、従います」

 か細い、だがしっかりとした口調で答えた。

 三人の意志を確認し、ウルは決意を固める。

「それでは、彼の確保に入ります。宜しいですね?」

 ウルがデリングとフノスへ確認の意を問いかける。デリングとフノスは各々に賛同の意を示した。

 戦闘の展開とか描写とか、色々気になるところがあったりします。もし良かったら感想をお願いします。次回は箸休め的な、繋ぎのお話です。

※次回の更新は6月9日の予定です。

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