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第2章

 昼休みを告げるチャイムが校舎中に鳴り響いた。

 空腹を覚えた生徒たちはわらわらと教室を這い出て行く。今日も学食や購買は激戦区だな、と思いつつ、司は通学鞄から弁当を取り出す。

 魔女会議の二人の姿はない。気がかりではあるが、空腹のほうが先に立ったのでそのまま食事をとることにした。ちなみに愛音は、他の友人たちとともに別所で食事中である。

「あ、あのぅ、竜胆君……。今、忙しいですか?」

 いざ、弁当を口にしようとした瞬間。おどおどとした声が司の耳に届いた。水無月である。

 目線だけで彼女を見ると、何やら彼女はそわそわした様子だった。

「今、食事を摂るのに忙しい」

「そ、そうでしたよね。そうですよね。すいませんすいません、お邪魔しちゃって」

「別に邪魔じゃないさ。それで、何か用?」

「えーっと……ですね。その、ですね」

 何やら言いづらそうな雰囲気を察し、司は箸から手を離し、彼女の言葉に耳を傾ける。しばし曖昧に言葉を濁すも、意を決したかのように彼女は言った。

「これっ! 食べてくださいっ!」

 水無月が差し出してきたものは、袋に包まれた菓子だった。

「……くれるのかい?」

「はいっ。あの病院でくれたクッキーのお礼ですっ!」

 別にお礼なんていいのに、と司は心中で思ったが、素直に水無月からの好意を受け取ることにした。包みを開け、ひとつ頬張ってみた。

 サクッとした触感は、固すぎず柔らかすぎず、程よい歯応えだ。甘さはわずかなもので、味の大半は小麦粉の風味が活かされている。

「おいしいな、これ」

 すっと、賞賛の言葉が漏れ出た。それを聞き、水無月は安堵の表情を浮かべる。

「よ、良かったです。竜胆君が作ったのってとってもおいしかったですから、てっきりダメ出しとか来るんじゃないかって、心配してたんですよ」

「文句が出るような出来じゃないさ。充分いけるよ」

 二つ目を頬張りつつ司が言う。

「ありがとう、水無月さん」

「い……いえいえいえいえそんなそんな滅相もないですよホントホント大したことなんてないんですからそんなそんな感謝されることでもないけど少しは嬉しいなって思ってしまった正直な自分が歯痒くも愛しいと感じられる次第ですけどでもでもでも」

 突然饒舌になった水無月に、司は戸惑いの目を向ける。他のクラスメイトも同様な視線を向け、いつの間にやら教室に戻ってきていた愛音とエイル、シグムドも水無月の様子に眉をひそめる。

「司、何かあったの?」

「いや……。よく分からない」

 司は曖昧な表情のまま、愛音へそう返した。



+ + + +



 町の中心から離れた倉庫街の一角に、一人の男が佇んでいた。

 みすぼらしい身なりにぼさぼさの長髪と髭をしており、陰気な雰囲気を醸し出している。世間の良識からあぶれた、ならず者である。

「……あぁ、あぁ。おぅ。それでいい」

 男は携帯電話片手に、誰かと会話をしていた。

「……ホントだっつぅの。じゃあ、頼んだぜ」

 通話を終える。それを見計らったかのように、背後から一人の女性が姿を現した。

 整った顔立ちと美貌、そして妖艶さを醸し出しているこの女性は、明らかに日本人の容貌ではなかった。だが、彼女は日本語で男に尋ねる。

「準備はできたみたいですね」

「あぁ。言われた通り何人か仲間を誘った。ガキ一人攫って来るなんざ、わけねぇよ」

 下卑た笑みを浮かべつつ男は誇らしげに言う。

「しかしアンタも変な女だぜ。いきなり声かけてきたかと思ったら、『人攫いをしてくれ』だなんてよ」

「正確には、その人攫いをした少女を使ってある少年を呼ぶことが、最大の目的ですわ」

「だったら、そのガキをさっさと攫っちまえば済む話じゃねぇか」

「いいえ。少女を餌にする必要性があるのです」

「へぇ、そうかい。まぁ俺らは貰えるもんだけ貰えりゃ、文句はねえけどよ」

 そう言いながら、男はズボンのポケットを弄った。そこには万札が無造作に突っ込まれている。しかしそれらは古ぼけた札ではなく、今し方まで新札だったことが一目で分かった。

「残りの分も、無事目的が果たせたらお渡ししますわ」

 女性は手にしているアタッシュケースを地面に置き、開いた。ぎっしりと詰め込まれた万札は、男がポケットに突っ込んでいる額のおよそ数百倍はあるだろう。

「でもよぉ、なんで俺らを選んだよ? こういう悪どいことをする専門職ってのも、日本にゃたくさんあるんだぜ?」

「別に誰でも良かったのですわ。私の要求を聞いて、それを受けてくる方でしたら」

「へっ。そうかい。……ちっ、ライター切れてやがる。アンタ、火ぃ持ってねぇか?」

 口に煙草を咥えたまま男が女性へ問う。彼女は男に歩み寄ると、指先から小さな炎を出してそれをライターの先端に押し付けた。

 男は驚きの余り、煙草を取り落とす。女性はそれを宙でキャッチし、男に再び咥えさせた。

「アンタ……。何モンだ」

「魔女ですわ」

 何ともなしに、女性──ウル・バルティヴァン──は微笑みながら言った。



+ + + +



 退屈な授業がチャイムとともに終わった。

 生徒たちは教師たちの説教を右から左へ聞き流し、挨拶もそこそこに教室を後にする。

「それでは竜胆君と三嶋さん。また明日ですっ!」

「あぁ、また明日」

「うん、また明日」

 クラスメイトたちに別れの挨拶を残し、水無月は教室を後にした。

 昼の一件から、彼女はとても機嫌が良い。周りの友人から心配されるほどの浮かれっぷりなのだが、当の本人には自覚がないらしい。

 彼女は部活動に所属していない。そのため、授業が終われば学校にいる用がないので、大体彼女はそのまままっすぐ帰宅することが多い。

 時たま友人たちに誘われて遊びに出かけることもあるが、彼女はどちらかというと大勢と戯れていることより、少ない人数で穏やかに過ごすことのほうが好きな性格であった。

 なのでこの日も、彼女は友人たちからの誘いを丁寧に断り一人で家路に着いた。

 その選択が誤りだったことを、彼女は気づくことがなかった。


 水無月が自分の後をつけている人間に気づいたのは、学校を出てから10分後のことであった。

「ど、どうしましょう……」

 当惑が脳内を占める。こんな経験などないので、どう対処すれば良いか彼女には分からない。

 この場から走り去るか、それとも大声を出すか。だが大袈裟かもしれない、という遠慮がそれらの行動を思いとどまらせる。かろうじて早足になっている程度であった。

 背後の気配を振り切るべく、人ごみの多い大通りへ向かおうと歩を進める。だがその矢先に、柄の悪そうな大男がのっそりと現れた。

 陰気な笑みを浮かべるその大男に嫌悪感を抱いた水無月は、その男を避けるように自然と大通り手前の細い路地へ足を踏み入れた。

 閑静で薄暗い路地だった。彼女はそこを急いで抜けようと足早になるが、路地の終わりからまたしても大男が姿を現した。

「何なんですか、これ……!」

 彼女は焦燥と恐怖がない交ぜになる。偶然にしては出来すぎている。まるで自分を追い詰めるようなタイミングではないか。

 背後を振り返ると、自分を追ってきたであろう男の姿が遠くに見えた。だが一人ではなかった。ニ、三人はいる。

「だ、誰か……」

 もはやなりふりなど構っていられない。彼女は助けを求めようと声を上げようとしたが、喉かカラカラになってしまい声を出せない。余計に恐怖心が膨れ上がった。

 そうこうしているうちに男たちは、水無月に触れられる距離にまで近づいてきた。そして彼らは、出し抜けに水無月の両手首を拘束してきた。

「えっ……、あっ! 何をす」

 そう叫ぶも、急に意識が遠くような気だるさに襲われる。鳩尾の辺りがじんじんと痛い。

 恐怖に涙が滲み出るが、それが瞳から零れ落ちる前に、彼女の意識は暗闇へと落ちていった。


「おい、ぶん殴っちまって良かったのかよ」

「ガキを連れて来いってしか言われてねぇ。何しようと構わねぇだろうが」

 水無月を昏倒させた男たちは、路地の出口に停めていたバンに彼女を乱暴に乗せた。

 周囲の人は駐車違反の場所に停めてあるバンに迷惑そうな視線を向けるが、水無月の姿は男たちの身体によって巧妙に隠され、見えていない。

 バンは乱暴な発進で道路へ出ると、町の中心から離れた倉庫街へと向かった。全く同じ倉庫が立ち並び、そのほとんどが閉ざされている中、一つだけシャッターが開いている倉庫があった。車はその倉庫へと進む。

 車は倉庫に到着すると、男は車中に連れ込んでいた水無月を引きずり降ろす。先ほどの鳩尾が効いているのか、大した抵抗もできず為すがままにされるだけである。

「この娘でいいのかよ」

「えぇ」

 男がウル──先ほど携帯をかけていた男とともにいた外国人の女性──へ確認する。彼女は頷くと、水無月へ近づき、その頬に軽く触れた。水無月は弾かれたかのように身体を一瞬ビクッとさせ、瞳を開いた。

 ウルは前置きなしに、彼女へこう訊ねた。

「貴方、竜胆司って男の子知ってるわよね?」



+ + + +



「学校って、おもしれぇとこだな!」

「そうかしら」

 シグムドの無垢な感想をすっぱりと斬り捨てる愛音の言葉に、司は冷や冷やするものを感じる。今日一日、彼女は彼らに対してこんな感じだ。

「こーいう人で活気付いてるとこって、なんか心が躍るっつぅかワクワクするっつうか」

「単純でお気楽なのね」

 愛音の魔女会議関係者へ対する嫌悪感は理解している。それをすぐさま矯正しろとは言わない。だが、それでも目の前でいがみ合って(彼女が一方的なだけだが)いられてはこちらの心情は穏やかになれない。

「飯もうめぇし、ここの奴らって気のいい奴多いし、楽しいとこだぜ全く」

「そりゃどうも」

 事情はともかく、クラスメイトとなったのだ。穏便に、仲良くしたいと思うのが司の気持ちだった。

「……ところでリンドウ。……身体の具合は、どうですか?」

「ん。あぁ、ずっと調子がいい。エイルさんのお陰だ」

 エイルからの問いに、司はリストバントに包まれた左手首を見せながら笑む。愛音に施された『結魂の法』を補強している術式は、彼女から提供されたものである。

 本来、彼の立場は非常に微妙なものである。本来は死ぬべき人間だったものが魔法により蘇生させられたことは、世界の理に反することとされている。しかし、だからといってその者の命を奪うことは人道的に躊躇われる。こうした問題は魔女会議においても常に議論されているが、その結論が出たことは今までない。

 そんな情勢の中、エイルは先の魔禍が収束した折、現場監督官の権限として司へ不完全な『法』の補強を行なった。確かに彼の蘇生は理に反したものであるが、生きている人間であることに変わりは無い。そうした存在が苦しむ様を目の当たりにして、無視できるほど彼女は非人間ではないつもりだった。自身の手で助けられる存在がいて、それが自分の権限で可能かつ規則に反しないものであれば、それを行使することに躊躇いなどなかった。

「それは……、ありがとうございます」

 眠気にまどろむ瞳をしながらも、司からの感謝を受け取る。それを愛音が面白くなさそうに見ているが、彼女は気にしていない様子だ。

「ところでついでってわけじゃないんだが、その……」

 司はしばしの逡巡の後、思い切って尋ねる。

「魔女会議では、僕らはどう見られてるんだ?」

 エイルの目つきが鋭さを帯びた。シグムドの表情も引き締まり、愛音も彼らの答えを聞くかのように耳を傍立てている。

「……正直、こちらまで情報は伝わってきていません。ケースがケースなだけに、前例もほとんどなかったことですし、どう対処して良いか戸惑っている、……というところでしょう」

「……そうか」

 正直、司は落ち着かない気持ちでいた。

 自分が目に見えない大きなうねりのようなものに捕らわれている感覚に陥っている。魔法的な力も、今は自分の身体の奥底で眠っているツカサのことも、自分が望んだことでも欲したものでもない。

 だが、自分の個人的な事情などを無視して、自分の持っている力というものが目に見えない大きなうねりを動かしていることだけは、はっきりと分かった。

 怖いと問われれば、それは確かだ。しかし、今自分に出来ることなど何もない。今はただ、うねりの流れに身を任せることしかないのかもしれない……。

 ──突如、携帯が鳴り出した。

「!! はい、もしもし」

 物思いに耽っていた彼は、慌てたように通話に出る。相手は水無月だった。

『あ、あの竜胆君……』

「どうしたんだ、水無月さん?」

 司は疑問を抱いた。彼女の口調が強張っている。何かに怯えているような、気圧されているような感覚を小さな通話口から感じる。

 果たして、それは正解だった。

『あっ』という声とともに、別の声が耳に届いたのだ。

『貴方が竜胆司ですか?』

「……誰ですか?」

 知らない女性の声だ。司はその声の質問には直接答えず、逆に問いただす。

『今質問をしているのは私です。貴方は竜胆司で間違いないですか?』

「あぁ、そうだ」

『今から言う場所に一人で来てください。30分後に来なければ、この少女の身の保障はできません』

 その声の後ろから、微かだが男の声が聞こえてくる。品のない、下卑た不快な笑みが耳に飛び込んでくる。司は憤怒を覚えた。

「おいアンタ! 一体何の真似だ!?」

『場所は──────』

 女性は司に怒号にも一切関わらず、一方的に場所を伝えるとそのまま通話を断ち切った。

 ツーツー、という空しい電子音が耳を突く。どうするかなどという自問すら、思いつかなかった。あの女の指示に従うしかない。

「司、どうかしたの?」

 愛音が心配そうに顔を覗き込んでくるが、それに答える余裕は司にはもうなかった。

「悪い。先に帰る」

 彼はそれだけを告げると、すぐさま教室を出た。

 平穏な日常生活へ徐々に翳りが……。

 次回、バトルシーン有ります。あまり自信はないですがよろしければお付き合いください。

※次回の更新は6月6日の予定です。

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