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第8章

「ウル、こいつがお前の言ってたガキなのか?」

 深夜の倉庫街のひとつに、エイルとの戦闘から逃れていたデリングの姿があった。彼女は床で倒れ伏せている司を一瞥しながら呟く。その口調には蔑みと不信感が込められている。

「えぇ、デリング。ですから丁重に扱ってくださいな」

「フン」

 同じく司を拉致して戻ってきたウルも、そこに姿があった。彼女の要望にデリングは鼻を鳴らすことで答えるも、ウルは気を悪くした風もなく、そのままもう一人の仲間であるフノスへ振り返った。

「フノス、あとどのくらいで長距離空間跳躍の魔方陣は完成しますか?」

「……15分」

「分かりました。でも、なるべく急いでください」

 フノスは無言で頷く。その足元では、燐光を放ちつつある魔方陣を描かれていた。魔方陣は砕かれた魔石ジュエルが使われており、魔石自身も淡く明滅している。

 空間跳躍は、ある程度の距離であれば単独で行使可能であるのだが、一度に大人数かつ長距離を移動するとなると、専用の術式と魔方陣、そして発動までの時間が必要とされる。

 フノスはこの三人の中で、長距離空間跳躍専門の役割を担っていた。

「こいつがあの方を真に目覚めさせる"鍵"だといいんだがな」

 ふと、デリングがそんなことを呟く。ウルがその彼女の横顔を見てみると、珍しいことに憂いを帯びていた。

「もしアタリなら、どうですか?」

「これほど歓喜に値することはないだろうさっ! あの方が真に目覚めれば、本当に力を持った私たち魔女がこの淀んでいた世界を正常にすることができるんだ……!」

「えぇ、そうですね」

 そう答えるウルの口調は淡々としていた。

 かつて魔女の血筋ということで世界から疎まれ、迫害された過去を持っているらしいデリングは人間を憎悪している。その経緯から、彼女は魔女こそが人間より上位の存在であると妄信していた。

 だが、ウルにとっては人間など憎悪以前の存在であった。ただ自らの知的好奇心を満たすためのモノでしかなく、別段感情を抱くものでもなかった。ただ、彼女たちと同じ組織に入れば好都合で、魔女会議では不都合だった。彼女が魔女会議を嫌っているのは、そうした理由であることに他ならない。

 フノスに関してはよく分からないが、ウルは全く気にしなかった。単に任務遂行上のパートナーとしか思っていないし、向こうもそれで構わない素振りだ。

 何を興奮しているのだか──と、ウルは冷めた気持ちでデリングを見やる。勿論口には出さない。無駄ないざこざは起こしても益がない。

「……んっ」

 ふと、倉庫の入り口に複数の人影があった。月明かりを背にしたその姿は、護衣を身に纏った二人の魔女と一人の従者だ。

「ちっ、もう見つかったってのか」

「あらあら」

 デリングは舌打ちし、ウルは苦笑しつつも楽しげな表情を作る。ふと、デリングは気づく。

「あっ? 一人増えてるな、仲間か?」

「仲間じゃないわ! 私は魔女会議じゃないもの! ただ司を返してほしいだけよ!」

 デリングが知らない一人の魔女が叫ぶ。それを聞き、デリングは間の抜けた表情になった。

「魔女会議じゃないだと……。だったら何故、私たちに敵対する?」

「司を返してほしいだけよ! それ以上のことなんて望んでいないわ!」

「貴様……。ただそれだけの理由で、同胞の私たちと敵対するというのか?」

「文句あるっていうの!?」

「……全く。貴様といい、魔女会議の連中といい、何故こうも愚かな奴ばかりなんだ!」

 デリングが激昂する。それに呼応するように、彼女の手の内で魔弾が練られ、収束していく。

「ならば消えろ! 人間の肩を担ぐなら全て敵だ!」

 その言葉を皮切りに魔弾が解き放たれる。それを受け止めたのはデリングが先ほど交戦した魔術師──エイルだった。

「また貴様か……。さっきは不覚を取ったが、今度こそ仕留めてやる」

「そうですか。ならば頑張ってみてください」

 エイルの淡々とした返しに苛立ったのか、デリングは更に激昂する。

「飄々としやがって! 今に貴様から苦痛の叫びを上げさせてやる!」

 魔弾の驟雨が激しさを増した。エイルはそれをいなしつつ、従者ともう一人の魔女──シグムドと愛音へ指示を飛ばす。

「シグムドはあのリーダー格の魔女を押さえてください! その間にミシマはリンドウを!」

「合点承知の助!」

「言われなくたって!」

 二人は各々で応えを返し、それぞれの相手に向かった。



+ + + +



 愛音は司が倒れている魔法陣へ駆けた。他の魔女は魔女会議の二人が抑えている。ならば背後を気にする必要はない。自分は司を取り戻すことだけに専念すればいいのだ。

 憎んでいるはずの二人に背を預けることは不本意なはずなのに、何故なこの時の愛音は──ほんのわずかであるが──感謝の意を抱かずにはいられなかった。

(気に喰わない。……けど今はそんなことに拘ってる場合じゃないわ!)

 魔法陣を維持している魔女──フノスは目の前だ。彼女は一心に魔法陣を維持しているためか、愛音が近くに来ても動揺している様子はない。

「随分と余裕みたいね……。でも司は返してもらうわ!」

 愛音はフノスの正面に立ち、『カーバンクルの泪』を掲げた。ペンダント状の魔宝具に魔力が収束し、魔弾を形成していく。

「司を攫おうって奴には容赦はしないわよ。火傷くらいで済むといいわね!」

 相手を倒すことも辞さない気迫で、愛音は魔弾を放とうとする。だがその刹那、彼女の頭上から漆黒の影が飛来してきた。

「痛っ! な、何……カラス!?」

 頭上を見上げ、彼女は驚愕する。倉庫の天井一面に、黒い影が蠢いていた。カラスだった。

 彼女の動揺を突くかのように、カラスの造魔は一斉に愛音へ襲い掛かった。彼女は慌てて障壁を張り突進を防ぐが、何匹かは間に合わずに彼女の肩や腹部をクチバシで掠める。

「あぁっ! うぅ、痛い!」

 苦痛に顔が歪む。掠り具合が悪かったのか、傷口を押さえた手には血がついていた。

 だが造魔はそんなことに斟酌するはずもない。障壁をこじ開けようとするかの如く、津波のように障壁へぶつかってくる。

「くっ。たかが造魔なんかに……」

 強がるものの、その顔には苦痛が漂っていた。目の前では、着々と魔法陣を構築しているフノスの姿がある。この倉庫内に満ちている不穏な魔力の動きが、あと間もなくに魔法陣が完成することを感じさせる

 そうなれば、あの魔女たちとともに司は何処と知れぬ異邦の地へ連れ去られる。彼との別れだ。

「そんなの……嫌よ」

 絶望が胸にこみ上げてくる。それは自分が望まぬ未来であり、自分が動かなければ変えることができないものだ。しかし、身体が既に竦んで動ける状態でない。歯痒くてならない。

「くっ、動いてよ私の身体……!」

 愛音は苦痛に身を捩じらせつつ、歯を食い縛っていた。



+ + + +



『司、起きて』

 暗闇に漂っていた司の意識は、その言葉によって覚醒した。

『……ツカサか?』

 辺りは果てしなく続く暗闇。上下左右奥行きの感覚すらない、虚無。だがその空間の一点に、暖かな光が漂っていた。

『司、寝ている場合じゃないよ』

 明瞭な言葉だった。あの魔禍以来、彼女の声を聞くことはできなかったが、片言しか話せなかったあの時と比べると随分と人間らしくなっていた。

『僕はどうしてたんだ? ……たしか、ウルって魔女に連れて行かれて』

『愛音ちゃんが、また大変なの』

『愛音が? また……またなのか!?』

 司は苦悶する。愛音には苦しい出来事が多すぎる。なぜ彼女はこうも苦痛を味わなければならないのだろう。奇しくも、愛音と同じようなことを彼も思う。

『司を助けようとして、あの魔女たちと戦ってる。でも、もう無理みたい。早く司が助けてあげないと殺されちゃう』

『……ツカサ、また力を貸してくれるか?』

『私はどんなことがあっても、司を護るって言った』

 司の四肢に力がみなぎり、暖かな感覚が心を満たしていく。ツカサの力が、司に流れ込んでいた。

『だから司を護って、司の護りたいものも護る。心配しないで、司は存分に戦って』

『分かった。ありがとう、ツカサ』

 ツカサはくすっとわずかに笑うと、その気配を徐々に消していく。同時に虚無が光に浸食され、意識が現実へと戻っていく。



+ + + +



 瞼をそうっと開けると、燐光が司を取り巻いていた。

 自分が頬をつけている床に描かれている魔法陣から現れているものらしい。彼はその魔法陣を無意識に探知し、それが遠距離空間跳躍のものであると知ると、戦慄する。

 どうやら術者は、気を失っていた自分をそのまま異邦の地へと連れ去ろうとしていたらしい。

「そうはいくかよ……っ!」

 司はその魔法陣を瞬時に解析し、構成部分に改竄を加える。現在、特定のベクトルを向いている空間跳躍の着地点を、この世界とは別の異界へ変更する。おまけにその魔法陣の発動シークエンスを強制的に最終段階まで引き上げ、発動させた。

「あっ……えっ!?」

 司のすぐそばにいた、魔法陣の術者──フノスが困惑の表情を浮かべ、次いで司が施した改竄を知り戦慄の表情を浮かべた。

「悪いっ!」

 魔法陣が光輝を放つその直前、司は寝転びながら魔法陣の範囲内からまろび出る。刹那、魔法陣の周囲を光の壁が覆い、その中にいたフノスを異界の地へと跳躍させる。

 ここではない異界──それは人間も魔女も存在できない、全く次元の異なる世界だ。勿論、そんなところへ跳躍させられるということは、生身のままで宇宙空間へ放り出されることと同じだ。

 恐怖に彩られたフノスが跳躍中断を試みているが、先ほどの改竄の際にロックを掛けてある。もはや止めることはできない。

 ほどなくして死へと向かう魔法陣は奈落への口を開け、フノスを飲み込んで空間を歪ませつつ消え失せた。

「愛音!」

 フノスが完全に消えたことを確認すると、司はすぐさま愛音へと駆け寄った。カラスの造魔に嬲られている彼女は既に満身創痍の様相であり、傍目から見ても危険な状態だった。

 司は燃えさかる蒼炎を放射状に群がる造魔へ放った。黒き羽は炎に呑まれ、その身を焼き焦がし果てていく。瞬く間に愛音を襲っていた造魔はその姿を灰に変えていた。

「愛音、大丈夫か!?」

「つ、司……?」

 満身創痍の愛音に、司は駆け寄る。もはや身を起こすことも辛いのか、彼女はかろうじて首だけを動かし、司を見やる。

「なんで君は、そうやって無茶ばっかりするんだ!? 自分一人だけで苦しまないでくれって、僕は言ったじゃないか!?」

「そ、その……ごめんなさい」

「…………でも、何とかなって良かった」

 司は安堵の溜息をつく。

「司。私より他の二人のとこに行ってあげて」

「二人? エイルさんとシグムドか?」

 司は改めて周囲を見渡す。エイルはデリング、シグムドはウルと交戦中だ。状況は端から見ているこちらからでも拮抗しているように見える。

「お願い、司」

 その哀願に、司は内心驚いていた。魔女会議の二人を毛嫌いしていた彼女が、この状況とはいえ彼女らの身を案じたのである。

「分かった」

 勿論、司は愛音の心情を汲み取り、二人のもとへ向かった。

 まだ戦闘の途中ですが、それなりに長くなったので数章に分割することにしました。テンポが悪くなると思いましたが、一章だけ丸々長いのも体裁が良くないと思ったので……。

 一章分の長さも適度かどうか、読者さんの意見が聞きたいところです。

※次回の更新は6月24日の予定です。

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