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6.



「殺人事件……ですか?」


「うむ、そうじゃ」


 正午になろうという時間、余は宿内のテーブルにて、トーストを頬張りながら答えていた。

 気温は過ごしやすく、半開きになった窓からは緩やかな風が凪いできて、白のカーテンをゆらゆらと踊らせている。

 

 ラウナは余の食事を見守りながら、片眉を持ち上げていた。ソフィアは余に靴下を履かせたり、部屋の掃除をしたり自由に動いている。

 彼女たちは早めに起きていたようで、余だけが遅めの朝食にとりかかっていた。


「しかも、かなーりグロテスクな殺害方法らしいぞぉ。聞きたいかえ?」


 余は怪談話をするかの如く、悪戯めいた笑みを浮かべる。この手の話、ソフィアは苦手なはずだ。

 予想通り、彼女はわざとらしく冷蔵庫を開けたり閉めたり、落ち着きがなくなっている。


「あ、フレデリカ様! またこんなにお酒を飲んで……。もうっ、生活費が足らなくなってしまいますよ……」


「ソフィ、お主……だいぶ所帯じみておるのう。まあ金が足らぬのなら、ちょうどよいではないか。ここいらで事件解決をして、たんまり報酬をもらおうではないか」


「……一理はありますわね」


 ソフィアは猟奇殺人に難色を示しつつも、それから逃げようとはしなかった。金に目がくらんでいるわけではない。それは口実に過ぎなかった。

 彼女は正義感が強い人間。殺人事件を放っておける訳がないのだ。

 悪には立ち向かうくせに、お化けだとかグロテスクなものだとかは苦手な、女の子女の子しているのがソフィアだった。


「私は反対ですよ。わざわざ危険な事件に首を突っ込むなんて、信じられません」


 意外な所から、反論があがった。

 余のメイド、ラウナである。

 彼女はとても侍女とは思えない風格で紅茶を啜りながら、余たちを見据えていた。小指を立ててカップを持つ仕草は、メイド服ではなくて貴婦人のドレスでも違和感はないだろう。


「そもそもですね、ソフィア様、下級とはいえ魔物の討伐も感心いたしません。あなたのお命はフレデリカ様のものでもあるんですよ? わざわざ戦いに身を置くなんて、理解に苦しみます」


 ラウナの言い分も否定はできない。

 余も、ソフィアと出会った当初は何度も彼女を諌めたものだ。

 じゃが、ソフィアは頑固であり、頭よりも先に身体が動くタイプだった。余の目を盗んでまでして、街の平和に携わろうとする。

 それが教団所属の修道女だからなのか、生まれつきの性格なのかはわからぬが。

 

「すみません……。フレデリカ様のお命はとても大切に思っていますわ。ですが……だからといって、力なき人々の命を見捨てていいものでもないと思います」


「わかったじゃろ、ラウナ。ソフィに何を言うても無駄じゃ。じゃから、余たちがソフィの子守をせねばいかんのじゃよ。惚れた側の辛みじゃのう」


 かかか、と砂漠の太陽のように笑い飛ばす。嫁のわがままくらいは聞いてやるのが、伴侶である余の務めでもあるのじゃ。


 ソフィアは決して強い巡礼騎士ではなかった。階級でいえば教団の一番下である。

 子どもの姿にまで成り下がった余のほうが、それでもまだ力には優れるほどだ。

 じゃから、余はいつもソフィアを守れるように動いている。それでもソフィアは自分の成長を信じているので、彼女が懇願したり、窮地に陥るまでは手助けはしない、と二人のルールが決められてあった。


「はぁ……仕方ありませんね。今後は私が護衛しますので、無茶はさせませんからね。それに、生活に困窮しているというのなら、私がお仕事のお手伝いをすれば、多少は潤うとも思いますが……」


「頼もしいですわ、ラウナさん。フレデリカ様のお付き人だったのですよね? 腕に自信があるのでしょうか?」


 ソフィアはラウナについては、ほとんど何も知らないと言っていい。

 ラウナは魔界の王族に、メイドとして仕えている有能な存在だ。戦いはもちろんのこと、全ての雑務を高水準でこなす、頼れる侍女である。


「こやつは相当腕が立つ、安心せい。……それで、殺人事件と行方不明事件、どうする? 教団はまだ動いていないみたいじゃぞ。誰かに横取りされる前に、ソフィが動いたほうがいいんじゃないのかの」


「わたくしは……引き受けたいです。教団が動いていないとのことですが……まずは支部に行って、お話を伺いたいところですわね」


 ソフィアは真剣な表情で椅子を引き、余の隣に腰を下ろす。ふわりとブロンドのヘアがなびき、彼女のかぐわしい体臭が流れてきた。

 余はくんくん、と鼻を動かし、その匂いを愉しむ。ソフィアの全てが愛おしくてたまらんのう。

 そんな余を他所に、ラウナもまた端正な顔つきを真面目に塗って、ソフィアを見つめていた。


「教団のシステムが、私にはわかりませんね。ソフィアさんのお仕事は、教団から請け負っているのでしょうか?」


「……はい、そうですわ。本来は階位が高くなければ、難事件などには関われないのですが……。スラム街の事件、となると話は別かもしれませんわね」


 ソフィアはそれに対して自分が責任を感じているかのように、忸怩たる想いを抱き、下唇を噛み締めていた。


 フェルキス教団は世界各地に支部を置く、有名な宗教団体だ。

 教団の使徒が捧げる聖歌には、特殊な力が付加されることで世界中の民に広く知られている。

 修練を積んだ教団員が神聖なる水の前で歌を詠むと、それは聖水となりて、魔を払うことが可能となるのだ。


 その神の力は、魔族にて絶大な効力を発揮する。下級の中の下級であれば、聖水を振りまくだけで魔族を浄化させることもできるだろう。

 そして、彼ら教団には、戦闘訓練を施された巡礼騎士なるものが所属している。

 彼彼女らの装備する騎士剣は聖水の加護を受けており、退魔の剣となりて、敵なす悪魔を滅ぼしていた。

 つまりは、魔族から民を護るための集団である。


 いくら脆弱な人間といえども、訓練された騎士の、聖なる剣は上流階級の魔族をも脅かす存在であった。戦争が起きたとしたら、双方にとって多大なる被害が予測される。

 魔族側はそれを看過することができず、父上は人間と和平を結んだのだ。

 

 人間界において教団とは、力なき民を悪魔から庇護する憧憬の存在でもある。

 そんな教えを幼き頃から信仰しているソフィアにとっては、スラム街だろうがなんだろうが、殺人事件を見逃せるわけもなかった。


 ソフィアは最下級の巡礼騎士ではあるが、彼女の持つ剣にも聖なる力は宿っている。またソフィア自身、聖歌を詠むことも可能だ。彼女は修行のために、世界各地の支部を巡礼し、放浪の旅をしている。余と出会ったのも、その途中だったようだ。

 そんな下っ端なので、流れてくる仕事はほとんどがポータルの調査であり、収入は贅沢できるほどではない。かといって、困窮するものでもないが。


 ラウナはそんな説明を、目の色も変えずに聞いていた。


「して、お主らはどう思う? 殺人事件と、行方不明事件。余は犯人は同一じゃと思うんじゃがの」


「普通に考えれば、そうでしょうね。……女性だけがさらわれている、となると。犯人はフレデリカ様のような方でしょうか」


 ラウナは表情筋を動かさずに、なんとも失礼な発言をする。

 それを受けた余は、眉をピクピク動かし、澄まし顔のメイドを睨めつけていた。


「なんで余じゃ。余は無理矢理は好かんぞ。正々堂々とナンパがモットーじゃ」


「女性を口説こうとしてさらい、男性に見つかったり声をかけられた場合は、腹いせ、もしくは口封じで殺害……の線が妥当だと思いますけどね。フレデリカ様なら、やりかねませんし」


「確かに」


 言いくるめられたわけでもないのに、なぜだか納得してしまう余じゃった。

 男にナンパでもされようものなら、即八つ裂きにする自信すらある。

 犯人の気持ちはわからんでもないな……。


「と思ったが、それはないの。遺体は、なにかに食べられてしまったかのような惨状じゃった、と聞いたぞ。さすがに余も人肉は食わん。しかも男のなんてな」


 死体の有様を想像してしまったのか、ソフィアは顔を青くしていた。

 そんな恋人が可愛くてたまらんので、余はソフィアの手をニギニギとして、彼女を落ち着かせる。


「男性は食べて、女性は監禁……。犯人像が、少し思い浮かびませんね」


 ラウナは探偵にでもなったつもりなのか、細くしなやかな指を顎に添えて唸っている。


「うむ。やはり事件の解決は、足でするしかないようじゃのう」


「で、では、まずは教団に向かいましょう? 少しは情報もあるかもしれませんわ」


 ソフィアは未だ怪奇話に怯えているのか、声を震わせている。だが、気を取り直し、余の手を握ったまま椅子から立った。

 このままお手々を繋いで、教団にまで向かうとするかの。いや、おぶさってもらうのもアリじゃな。悩ましいわい。


「ソフィア様、教団までの案内よろしくお願いします。人間界での初仕事、腕がなりますね」


 ラウナも席を立ち、大胆不敵に微笑んだ。


「……っと、そうじゃ。聖歌の話をしてな、少し不思議に思っとったんじゃが」


 ソフィアとラウナは、出鼻をくじかれたかのように、余を見つめる。ソフィアが立ち上がった際に、その爆乳がぷるるんと上下に揺れた。余はそれを、餌にありつけた野獣のようにして狙いを定め、ガッシリと鷲掴みした。


「な、何をするんですかっ、フレデリカ様っ! セクハラですわ!」


「よいではないか。してな、ソフィは聖歌を詠えるじゃろう?」


 ソフィアのおっぱいの感触を手のひらで味わう。子どもの余には、到底掴みきれない柔らかな脂肪が、指の間で押し潰れ、はみ出していた。

 彼女は身を捩って逃れようとするが、余はガッチリとソフィアに抱きついて、それを許さない。


「おかしいと思うんじゃよ。ソフィの処女は余が散らしてしまったはずじゃ。純潔ではない修道女が詠う聖歌に、効果はあるのかえ? どうなんじゃ、ソフィ」


 余が何の気なしに聞いた質問に、ソフィは全身を震わせていた。

 胸を揉まれて感じているのかと思ったが、次の瞬間、思い違いだったと知る。


「どーしてフレデリカ様は、そーやっていっつもいっつも、えっちなことばっかりなんですかぁ! ラウナさんの前で、そんな恥ずかしい質問、やめてください!」


「よいではないか~。二人っきりだと、甘々なくせにのう」


「わたくしはフレデリカ様に全てを捧げた後でも、聖歌を詠えますっ! 理屈はわかりません! ラウナさ~ん、変態フレデリカ様の魔の手から、わたくしをお助けくださいっ」


「おい、ソフィ! 子ども相手に二体一をするとは卑怯じゃ!」


「こんな時ばっかり、子どもの姿を盾にしないでください、フレデリカ様~!」


 ぎゃーぎゃーとじゃれ合う余たちを見つめるラウナの視線は、とても白けていた。

 何せソフィアは胸を揉まれ続けているし、何ならのろけているようにも見えるからだ。

 ラウナは頭痛でもしていそうな溜息を吐きながら、先に室内から退出していった。


 ドアの閉まる音で我に返った余とソフィアは、密着しながら彼女を追う。おっぱいを揉んでいた手は、今は恋人繋ぎで握り合っている。

 

 余たち三人は騒がしくしつつも、サウレス北の区画、フェルキス教団支部を目指して出発した。

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