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水の都サウレスは夜の顔もまた、華々しいものだった。
多種多様な人間、魔族が生活を営むこの街は、月が昇ろうが明るさはいささかも衰えない。
太陽が落ちてから開く店も数多く、通りも人々で賑わっていた。
ビリヤードやダーツなどの娯楽施設、そしてカジノ。だが、それらはほんの添え物にすぎない。サウレスの経済、主力である酒場は、小洒落たバーやクラブなどを筆頭に、街の煌めきに一役買っている。
余はフラフラっとその辺の店に吸い込まれそうになるのを、グッと堪えていた。
時間は有限である。あてもなく散策しようものなら、あっという間に朝日がお出ましじゃ。
宿から真っ直ぐに歩くと、中央広場に到着する。
そこも夜の支配からは逃れているかのように、ライトが周囲を照らし出しており、人々は解放された自由に笑顔を咲かせていた。
踊り子やら、大道芸やら、露天商やら、昼間と何ら変わらぬ光景がそこにはある。
そんな夜のサウレス、中央広場から南西の区画に余は足を運んでいた。風を切って歩くその姿には、数多の視線が突き刺さる。
月光に煌めくような白の髪は、くるぶし近くまでたなびき。ロングのフレアスカートを揺らしながら歩く様は、最上級の令嬢を想起せずにはいられないだろう。
実際、魔界の王女ではあるんじゃがの。
だが、目を引く理由には、また別のものがあった。
中央からやや遠のいたここは、サウレスの中でも傷物のような区画。街の左下にある地区は、少しばかり怪しげな店や、物乞い、浮浪者、等々が集う、いわゆるスラムに近い場所だ。
大通りに構える店とは打って変わって、安物の酒場から飛んでくる喧嘩の騒ぎをBGMに、余は闊歩する。
これが普通の人間だったならば、すぐにでもナンパに声をかけられるか、強姦されてしまうことだろう。
しかし余は魔界ナンバースリー、本来の姿。全ての生物はなにかしらの力を感じ取り、怯え、視線を向けることしかできない。
女の子になら、いくらでも誘われたいものじゃがの。
そこからさらに細い路地裏に入り込み、裏通りを歩くと、いかがわしいピンク色の建物がやたらと目につくようになった。
目的の場所に到着した余は、顔を上げて、看板を確認する。
そこは女性専門の、いやらしいお店だった。
この建物の周りは清潔に保たれており、街灯も明るく、女性が通いやすいように配慮されているようだ。送り迎えのサービスもあるらしい。
スラムのような危険な道を、女の子一人で歩かせるわけにはいかないので、屈強なガードが用意されているみたいだ。もちろん、レズ風俗を利用したいお客を考慮してか、女性のボディガードらしいが。無論、魔界最強の余には必要のないものである。
「ふむふむ、いい感じじゃのう。滾ってしまうわい♪」
余は店の壁に貼り付けられたキャストの写真を眺め、独りごちる。
どの女の子を指名しようか、一晩中悩んでしまいそうだった。
何せ、夢にまで見たレズ風俗。
風俗店で遊ぶよりも先に、ソフィアと出会ってしまった余である。彼女が常に傍にいたのだ。いくら余といえども、彼女連れで堂々と店には行けなかった。ソフィアは浮気にも厳しいしの。
じゃが、これは浮気ではない! 断じて!
女の子と身体を触れ合うだけじゃ♪
そんな言い訳はソフィアに通用しないので、今日まで縁のないレズ風俗だった。それもラウナのお陰で、問題が解決じゃ。
余は早速、店内に踏み入った。
中は、待合室のようになっていた。
受付のカウンター、それとソファが数台。そしてカーテンに隠された通路が何本か目につく。
余を眼に映した受付嬢は、石像のように立ち尽くしていた。挨拶も忘れ、手にしていたペンをテーブルに落としている。
まさか、余のような美女が風俗に来るとは、想定していなかったに違いない。
「空いている子を、見せてもらってもいいかのう?」
「は、はいっ! こちらの子からお選びに……」
受付の女の子は、声を裏返しながら、名簿のようなものを渡してくれる。その際、ガシャンと音を立てて、机の周りのペン立てやらが床に身を投げていた。
その騒がしさを聞きつけてか、カーテンの奥から、お店のキャストと思われる子たちが顔を覗かせてくる。
そこからはもう、人が人を呼び。
余の周囲には、女の子が集ってきていた。
モテる女は、罪じゃのう♪
彼女たちは、誰が余に選ばれるのか、まるで神の御使いかのように祈っていた。
「うーむ、どの娘も捨て難いのぉ。全員、と言いたいところじゃが。時間は限られておる。今日は一番高い娘にするかのぅ」
「あ、あのっ、お客様っ。お代は、タダでいいそうです……。ぜひ、うちのお店でお楽しみになっていただきたく……」
「おぉ、それは悪いのぅ♪ 今後はこの店、贔屓にさせてもらうぞい」
きゃあきゃあ、と黄色い歓声が店内を包み込む。
どうやら、余があまりにも美女すぎるが故、向こうのほうから抱いてもらいたくなってしまったらしい。
これだから、女の子は可愛くてたまらんのう。
余に指名された女は、慇懃に頭を垂れ、手を引いて奥に連れて行ってくれるのだた。
「……ふぅ。最高の時間じゃったな」
性サービス店を初利用した余の感想は、素晴らしい、の一言に尽きた。
ここは高級店らしく、室内はそれなりに豪華だ。大きめのベッドには天蓋がついているし、ぼんやりとした薄暗いピンク色の照明も部屋全体に行き届いており、雰囲気満点。
そして、女の子の質もテクニックも最高級じゃった。
ソフィアは顔と身体は至高であるが、性的なことに関しての知識が皆無だったのだ。それはそれで、余の色に染め上げることができたので、文句のつけようもない女ではある。
しかしながら、たまには慣れた女とまぐわうのもまた、至福のひとときであった。
「あら、フレデリカさん、もう行っちゃうの?」
余に抱かれた女――リースは、まるでお客さん側になったかのような台詞を発してきた。
それも仕方があるまい。夢のような時間を過ごしたのは余だけではなく、彼女もまた、そうなのだから。
余は上半身だけを起こした格好で、酒を呷っていた。当然、お互い全裸である。額には軽く汗が流れ、行為後の気だるさの中、喉に流し込むアルコールは得も言われぬ快感じゃ。
隣で横になっているリースは、余の攻めを受け続けたにもかかわらず、疲れた様子も見せない。プロは一味違うのう。
「朝まで楽しみたいところじゃがの。連れがうるさくてかなわんのじゃ」
「まあ、恋人でもいるの?」
「当然じゃ。ま、お主を抱きに、またここへ来るのは約束するがのぅ」
「お上手ね。フレデリカさんがここで働いたら、お城でも建てられそうなくらい稼げそうだわ」
激しい情事の後にするトークとは、なんとも久しい感覚じゃ。
ソフィアはセックスに体力を全て捧げてしまうほど、必死に抱かれる女。それはもう燃え上がるものなのじゃが、代償としてか、行為後、すぐにぐっすりしてしまう。
余は酒を飲み干すと、立ち上がり、衣類を身に纏い始めた。
夜明けまでは、まだ数時間ほど余裕がある。
だが、早めに切り上げたほうがいいじゃろう。もたもたしていたら、子どもの姿に戻ってしまうからの。チビっこがお店の女の子と遊ぶわけにもいかんじゃろう。
ロリコンのキャストがいてもおかしくはないが、店の利用は許してもらえぬはずじゃ。
「そうそう、フレデリカさん。知ってる?」
リースは裸のまま、慎重に切り出してきた。その声音には一抹の不安が乗せられているのか、海底に沈んでしまいそうな重みが秘められてある。それは余との別れを惜しんでいるようには聞こえない。また別の思惑があるようだった。
余は訝しがり、半身だけ振り返って、応じた。
「なんじゃ、藪から棒に」
「あのね……最近、この辺りで怖い事件が多発しているの……聞いたことある?」
「事件……? はて、さっぱり聞かんがの」
どうやらそれは深刻な事態のようで、接客をメインとするサービス業の彼女が笑顔すらも忘れて、顔面を蒼白にしていた。
余は民を守る王族の資質を発揮して、彼女の横へ腰を降ろし、髪を撫で付ける。
女の子を安心させるのは、得意中の得意じゃ。
リースは余を頼るように面をあげ、続きを紡ぐ。
「うちのお店じゃないんだけどね、行方不明者がちょこちょこ出ているんだって」
「ほぅ。行方不明か。その言い方からすると、娼婦目当ての事件とでもいったところかえ?」
「……半分は当たりかな。行方不明になっているのは、女の子だけみたいだし……」
どうやら、事件はそれだけではないらしく、彼女は唇を震わせながら縮こまっている。
こんなにも怯えるくらいだ、華やかな街サウレスの裏には、何やら厄介ごとの匂いが充満しているらしい。
「猟奇殺人事件が……同時に発生しているのよ」
「殺人事件じゃと? それはまた不穏じゃの。自治体は動いておらんのか?」
余が彼女の目を真っ直ぐに捉えて、頭を撫で付け、安心させるように聞き返す。しかし彼女は、首を力なく横に振るった。
「この区画は、それほど力を入れて捜査しないみたいで。酔っぱらい同士の喧嘩みたいな扱いをされやすいのよね」
「しかし妙じゃの。行方不明者と殺人の被害者は同一ではないということかえ?」
「……そうなの。行方をくらませているのは女の子が数人で……。それを捜索していた警備隊の男性複数がね、鎧だけを残した姿で発見されているんだって」
彼女はそれを口に出すのも悍ましかったのか、寒気でもしているように両腕を抱き合わせていた。
「その鎧の中はね、なにかに食べられちゃったみたいに、肉体の断片と、血がべっとり、付着していたらしいのよ」
「ふぅむ。それはホラーじゃのう。じゃが、行方不明の女の子も、同じ命運を辿っておる可能性はあるわけじゃろ?」
「……うん。だけど、発見された遺体は全部男性のもので。女の子は誰一人見つかっていないのよ。おかしな話でしょ?」
「確かにな。女の子がまだ無事だと良いんじゃがの……」
「事件はこの地区近辺にだけ起こっているみたいだから。フレデリカさん、気をつけて帰ってね? 綺麗な女の子だから、巻き込まれちゃうんじゃないか、って心配だったのよ」
「余のことは心配いらぬよ。にしても、教団の支部は何をやっておるんじゃ」
「もともと、ここの区は調査とか、放置されやすかったから。それに、教団だって人手不足って噂じゃない」
彼女の言うことはもっともだった。
ソフィアも度々、悔しげに漏らしておったな。
世界中に点在するポータルのせいで、魔物の驚異が無くならないのだ、と。人間界には魔界から餌を求めてやってくる下級の魔物が、わんさか現れるのだ。
だからソフィアのような下っ端騎士にも、魔物討伐の依頼は山のようにやってくる。
そんな世界情勢の中、街の掃き溜めのようなスラム街に貴重な人員は割けない、といったところじゃろう。
余は少しばかり、責任を感じていた。
魔族の王族として。犯罪を犯しているのが魔物ならば、魔界側の過失でもあるわけだ。そして、余がこの街に滞在しているからこそ、ラウナのように呼び寄せてしまった者もいるのかもしれない。
――それに。
行方不明者が女の子だというのならば、放っておくわけにはいかんじゃろう。
男はどうでもよいがの。
「余には教団の知り合いがおる。すぐに事件解決、といこうではないか」
「本当……? 毎晩毎晩、怖くって、正直、お店から出たくても出られないのよ。皆そう言っているわ」
「女の子を怖がらせる輩は、お灸を据えねばなるまい。任せておいてくれ。余は女の子のためなら、一肌でも二肌でも脱ぐぞい♪」
「あはは。フレデリカさんがどうこうするわけじゃないでしょ? でも、こんな暗い話しちゃって、ごめんね。帰る時は本当に気をつけるのよ?」
リースは、そんな的はずれな心配を投げかけてくれるのだった。
魔界第三位の実力者である余が、闇討ちだろうがなんだろうが、遅れを取るわけもない。むしろおびき寄せることができて、返り討ちにできれば、事件解決も速やかなんじゃがのう。
そう上手くもいかんとは思うが。
猟奇殺人と行方不明、二つの事件を土産話に、余は宿へ帰宅するのだった。