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3.



 蛇口を捻り、シャワーを止める。

 ガラス戸を開け、手近にあったバスタオルで髪をワシャワシャっと無造作に拭う。

 洗面台の鏡をちら、と覗くと、そこには長身の美女が余と同じアクションを取っていた。


 肌は血が通っていないのかと思うほど、青白く。色素が抜け落ちているかのような白髪は、腰元よりも伸びている。

 胸は大きいほうじゃが、自分のモノには興味が持てん。スタイルには自信があるがの。


 余は頭を左右に振って、髪の毛から水分を飛ばした。湿り気を帯びた余の美麗な白髪は、聖なる水差しの如く水玉を滴らせている。


 ……これが、余の本来の姿。

 見目麗しき美女である。


 余は、とある条件を満たすと、この身体に戻ることが可能なのだ。

 それは――ソフィアの体液を余の体内に取り入れること。


 彼女の身体には、余の魔力がありありと流れているのだ。そんなソフィアの細胞を口に含むことで、一定時間、余は元に戻ることが出来る。

 ……何の体液を嗜んだかは、秘密にしておこうかのう。


 シャワールームから全裸のまま抜け出て、冷蔵庫から缶を取り出す。

 プシュっとした音と共にプルタブを引いて、果実酒を喉に流し込んだ。


「ぷはぁ。風呂上がりはやっぱりこれじゃのう♪」


 タオルを肩にかけ、腰に手を当て、炭酸のよく効いた酒をゴクゴクと飲み干す。

 水の都であるサウレスで醸造されるアルコールは、名産品として知られ、格別に美味なのである。酒といわず、飲料は最高級の味を誇り、新鮮な水を使用される料理もまた、一級品ばかりだった。

 ここで暮らす限り、飲食物は贅沢を尽くせるというわけだ。


 一人酒を嗜む余の視界には、ベッドで精根尽き果てたかのような全裸のソフィアが、ちらちらと映り込む。彼女は安らかな寝顔とともに、安定した寝息を立てていた。

 少々、激しくしてしまったかの。あの調子では、朝まで起きてくることはないじゃろう。


 余はソフィアの傍らにそっと寄り添い、風邪でも引かないように、毛布を深くかけてあげる。

 その際に愛しの恋人は、んぅ、と艶っぽい寝言を漏らした。

 くう、よさぬか。そんな甘やかな声、寝込みを襲いたくなるではないか。じゃが、どうにか猛る気持ちを抑え込んだ。


 しかし、ラウナの奴は遅いのう。彼女にとって、地理も知らぬ人間界。多少の迷子は致し方ないか。

 そもそも、あやつは人間の通貨を持っておるのか。

 ラウナは優秀な侍女だったから、心配するまでもないとは思うが。


 噂をすればなんとやら。

 余が三本目の果実酒を開けるときに、件のメイドが帰還をしてきた。


 彼女の目は裂けてしまうのではないか、と言わんばかりに見開かれている。

 余の全裸に釘付けだった。

 ラウナの手から買い物袋が解き放たれ、ドサドサっとした音を伴い、重力に従って地面にこぼれ落ちる。紙袋からは野菜が転がり、床にアートを描くかのように散らばっていた。


「……フレデリカ様!? そのお姿に戻れるならば、そうおっしゃってください! ああっ、それよりも、服をお召しに……!」


 ラウナはてんやわんや、一人盛り上がり、室内を右往左往していた。相変わらず反応が面白い奴じゃ。いつもは冷静としたラウナではあるが、それが崩壊するときを見るのが、余の楽しみだ。何度やっても、やめられんの、これは。

 じゃが、今はそうも言ってられんな。余は手を伸ばして、ラウナの動きを制する。


「落ち着け、ソフィが起きてしまうではないか。夕飯でも食べながら説明してやるから、早く飯を作ってくれんかえ」


「は、はぁ……。ですが、これだけは先に申しておきます。私をからかうのは、金輪際おやめください、フレデリカ様」


「からかってはおらん。面倒くさい女じゃのう、お主も」


 余はソフィアの服を拝借して、シャツに袖を通しながら答えた。

 下着は面倒じゃから、いらぬか。

 どうせ大人の身体でいられるのも、一晩が限界じゃ。それを過ぎれば、また一日の"クールタイム"が必要である。

 ま、そんな生活も慣れっこじゃがの。


 ラウナは余に文句でも言いたげな視線をぶつけつつも、キッチンへ向かっていった。

 その目が、余の裸を網膜に焼き付けようとしていたのは、お見通しだった。





「やっぱり、お主の飯は美味じゃのう。人間界の食材もよく熟知しておる」


「もったいないお言葉です。……しかし、時間の制限つきではありますけど、元の身体には戻れるのですね」


「うむ」


 ラウナお手製トマトソースパスタを胃に収めながら、余の身体について説明を終えたところだった。

 彼女は、余専門の侍女。ラウナの他にも、少数の専用メイドを雇っておったが、ラウナとの付き合いが最も長い。

 

 それ故に、食事の好みは当然のごとく把握されている。だからこそ、料理が口に合うのも当たり前なのだった。

 我が家に住んでいた頃は、毎日のように食事を作らせておったのも、今や良い思い出である。


 室内は明かりを絞った照明が灯っており、やや薄暗い。陽はすでに落ちていた。

 ベッドからは、単調なリズムを刻むソフィアの寝息が流れてくる。

 スープの香りで起きてくるかとも思ったが、杞憂だったようだ。


 ソフィアは一度寝たら最後、揺すっても目が覚めることは稀。余のセックスが激しい、って理由もあるじゃろうが……朝も苦手みたいなので、単に寝付きが良いというのもある。


 余はオニオンスープの香りを楽しみながら、ラウナに目線を向けた。


「ところでお主、どうしてこの街に訪れたんじゃ? 偶然にしてはできすぎではないかの」


 魔界と人間界を繋ぐポータルは、世界中、無数というほど存在している。

 ラウナがたまたまこの街の、そして余のいる場所に出現したのは、偶然というには天文学的な数字だ。

 

「フレデリカ様の魔力の痕跡を辿ったところ、この街に色濃い反応があったんですよ。まさか、出口にいらっしゃるとは思いもしませんでしたが」


「余の匂いを辿ってきたのか。犬のように鼻のきく女じゃ」


 なるほど、と納得して頷く。

 この街に滞在して一ヶ月。ソフィアと旅を始めてから、これほどの期間、一つの街に留まることはなかった。

 そして、夜になれば激しく愛し合って、毎晩毎晩、元の姿に戻っているのだから、魔力反応が出てもおかしくはないか。


 それを嗅覚だけで探し当てるのだから、ラウナは余を盲信的に好いておるだけのことはあるのう。しかも、家に連れ戻すとか、そういうわけではなくて、ただ単に会いに来たような言い草でもある。

 まあ、ラウナは我が家にいたところで、雇用主の余がいないのであるから、仕事が無くなった、と言えなくもないか。


 久々の侍女との会話。余は聞きたいことも聞けて満足し、パスタ最後の一口を咀嚼しながら、席を立った。


「どれ。ちと、出かけてくる。ソフィを頼んだぞ、ラウナ」


「どこに行くおつもりですか、こんな時間に。それに、私とソフィア様を置いていくだなんて……」


 銀髪のメイドラウナは、胡乱げな眼差しを送ってくる。いちいち余の行動に口を挟む性格は、変わっていないようだ。彼女は優秀な侍女ではあったが、真面目すぎるために、鬱陶しいと思うことも数多くあった。じゃが、そこは主従の関係。余がわがままを突き通すだけである。

 

「なに、ちょっとした野暮用じゃよ。ソフィが寝てしまうと、余も傍を離れるわけにはいかんかったからのう。ラウナがいてくれて、助かったわい」


 かかか、と笑って、部屋から出ようとする。

 ラウナが余を呼び止めようと慌てていたが、ソフィアを放置するわけにもいかず、扉がパタンと閉められるまで、邪魔は入らなかった。

 背にはラウナの怒号が叩きつけられている。その罵声だけでドアが開いてしまうのではないか、と思えるほどの非難だ。


 小うるさいが、ソフィアのお守りをしてくれるのは、ありがたい使いみちじゃ。

 余はこの一年、彼女から付かず離れず過ごしていたお陰で、人間界を堪能できなかった。

 なにせ、ソフィアとは命を共有しているのだから。目を離した隙に……といった万が一を防ぎたかったのである。

 だがそれも、ラウナがいれば、お目付け役に任命できるのだ。一晩くらいは遊び歩いていられるだろう。


 余はウキウキとした足取りで、夜の街サウレスに飛び込むのだった。

 今夜は今までの鬱憤、全てを晴らすべく、思う存分遊ぶぞい♪

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