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1.



 水の都サウレスは、大陸中央付近に位置する大きな街だ。

 その景観は、計算されたような理知的な美しさを誇る。広々とした円形の中央広場からは、蜘蛛の巣のようにして路地が広がり、各地区を形成しているのだ。


 余たちは石畳の道を歩きながら、入り組んだ街並みに目を向けていた。

 道路の両脇には所狭しと家屋が建ち並んでいる。

 "水の都"と銘打つ割には、その存在は鳴りを潜めていた。せいぜい、川や噴水が他の街よりも多いくらいかな、程度のものである。


 だが、余たちの足の下――地下には水脈が毛細血管のように流れているのだ。一度地面に潜ったならば、迷宮のような水路が顔を覗かせる。

 そのため、周囲に気を配れば、至る所にマンホールが点在していることがわかるだろう。この街にいる限り、いつ、いかなる時でも地下に降り立つことが可能となっている。だが、専用の地図なしには迷子になること必至。


 そんな地下道は、犯罪者や魔物の温床だった。複雑に絡み合った地下の薄暗い水路は、身を隠すにはもってこい、というわけだ。

 それを取り締まるために、教団の支部が置かれ、ソフィアのような巡礼騎士が派遣されることも珍しいものではない。

 

 仕事には困らず、土地も広く、資源豊かなこの土地は、様々な人種、そして魔族が幅広く暮らす色とりどりの街だった。


 そのような人間の暮らす文化を、銀髪のメイド、ラウナは物珍しげに見渡している。

 ここは住宅街。家と家の隙間なんてほとんど無いような間隔で、ギッシリと縦長の家屋が並んでいる。それがしきたりであるかのように、大多数の玄関には花壇が置かれ、二階の扉は開けっ放しの住宅が連なる、奔放な街並みだ。


「ここはずいぶん長閑で綺麗な街ですね」


「そうじゃろう、そうじゃろう」


 余は自分のことのように、鼻を高くして誇らしげに振る舞っていた。

 人はなぜ、自らが好いているものを自慢したくなるのか、それは魔族の王女である余にも通用しているが、理屈は不明だ。


「特に……花が綺麗だと感じます」


「うむ。何せ、そこいらから新鮮な水が汲み取れるからのぉ。ほれ、そこにも地下に根を張り付かせた草花が元気良く顔を出しておるわ」


 ラウナはしゃがみ込んで、道の端に咲かせる花を覗き込んだ。

 それは、地面から必死になって顔を突き出し、生存競争に闘争心を剥き出しているかのような、ひたむきさだった。

 石畳を突き破ってまでピンク色の花弁を広げ、陽の光を意地でも浴びようという気概が感じられる。

 サウレスにはそんな草花が多く見受けられ、街の景観をより際立てていた。


「魔界でも、これと良く似た花を見たことがあります。懐かしいですね、フレデリカ様」


「……そうかえ? あっちの花は色が好きではないからのう。あまり覚えがないわい」


 余はそれに興味を無くして、手を頭の後ろで組んで、さっさと宿を目指して歩みだした。

 

 魔界の空気は毒気にも似た瘴気。そのような鬱屈とした空間で育つ花の色は、禍々しいことこの上ない。

 人間界のそれとは似ても似つかぬものだ。花弁の形がそっくりだったとか、ラウナはそう言いたいのじゃろうが。


「あら、ソフィアちゃん。今日もお仕事? お疲れ様ねえ」


「いえいえ、この街が平和にあるためですから。巡礼は苦ではありませんわ」


 余に歩幅を合わせ、隣を歩くソフィアを見上げる。

 彼女は人柄も良い巡礼騎士なので、洗濯物を干している主婦に見られては、挨拶をされていた。

 

 それにちょっとばかり嫉妬をする余は、彼女の手を握ってカップルぶりをアピールする。

 ……だが悲しいことに、十の見た目である余と、二十歳にも近いソフィアが並ぶ姿は、よくて姉妹に見られるのが関の山だ。実に嘆かわしいことじゃ。人前でチューでもしてやれば、少しは違うものかのう? しかしながら、ソフィアに拒否される光景が目に浮かぶようなので、無理な話ではあるが。


 坂になった住宅街の路地を登り、飲食店やホテルが立ち並ぶ一角に辿り着く。

 足を向けたのは、両開きのガラス戸が開け放たれた、誰でも歓迎、といわんばかりに出入り自由な宿。


 ロビーの向こうにはカウンターがあり、余たちに目を向けた従業員は、軽く会釈だけをしてくる。

 この宿は一ヶ月ほど利用しているので、顔パスだ。

 余たちは右手の階段を上がり、部屋に向かうのだった。





「それで……ああ、もうっ、何から聞けばいいのかっ……」


「なんでも聞くがよいぞ♪」


 テーブルの上で、ラウナが眉間に指を当て、懊悩するように吐息をついていた。


 室内は一ヶ月の生活によって、余たちの私物が積み重なり始めている。

 木で造られたタンスには衣類が詰まっているし、ベッドにはお気に入りの枕とシーツ。当然シングルのベッドなので、ソフィアと暮らしている余がどうやって睡眠を取っているかは、一つの解答しかないのである。


 それを推察したのか、ラウナはしきりに、余の隣に座るソフィアを気にしていた。

 ソフィアはソフィアで、おっとりとした目つきでラウナを眺めている。そしてその胸は、テーブルにはみ出すようにして乗せられており、ボリューム感を遺憾なく発揮させていた。

 

 彼女たちに面識はないので、お互いどう切り出せばいいのか、牽制しあっているようにも見える。


 余はそんな二人を、椅子の上で足をブラつかせながら、ニコニコと見比べていた。


「フレデリカ様、そちらの女性は、どなたなのですか?」


 ラウナにとって、山積みとなった質問。その中から、記念すべき第一に任命されたのは、ソフィアについてだった。

 確かに、魔族である余と、修道服に身を包むソフィアとの関係が気になるのは道理である。

 余はソフィアをちらと見やり、自己紹介を促した。


 ソフィアは肩にかかるブロンドのウェーブヘアを払い、エメラルドの柔和な瞳をラウナに向ける。


「わたくしは、ソフィア・ルクレールと申します。フェルキス教団所属の巡礼騎士を務めております、よろしくお願いいたしますわ」


「……私はラウナ。フレデリカ様の付き人をさせていただいておりました。……フレデリカ様とソフィア様の関係は、どういったものですか?」


「え、えっと……。縁あって、助けていただきまして……そのお礼にと、生活のお世話を……」


 ソフィアは言葉を慎重に選ぶようにして、どもりながら答えていた。

 余はじとっとした目つきで彼女を睨み、はーっと息をつく。


「これこれ、何をそんなに隠す必要がある。余とソフィアは、ラブラブカップルの恋人なんじゃよ♪」


「こ、恋人ですって!?」


 ラウナはテーブルをばんっ、と叩き、瞳を赫怒の炎に燃やしていそうなほど興奮させ、立ち上がった。

 うむうむ、良い反応が見れたもんじゃ。

 ラウナは、普段は表情があまり動かない、仕事熱心な生真面目女である。そんなメイドを驚かせたくて、昔は事あるごとに悪戯をしていたものじゃ。この感覚も、懐かしいものだった。


「そうじゃ。付き合って一年の、身も心も許した仲じゃよ」


「……人間界に旅立たれて一年で……。さすが、奔放ですね、フレデリカ様」


 ラウナは観念したように呟いた。

 彼女とも付き合いが長い。余の性格は熟知しているはずだが、それでもショックがあったらしい。

 ラウナの預かり知らぬところで、余が女性とよろしくやっていたのだから、責任を感じているところもあるのだろう。


 一方でソフィアは、自分たちの仲を紹介され、気恥ずかしそうに頬を染め、俯いていた。


「フレデリカ様、もしや、その小さなお姿は……ソフィア様が関係していらっしゃるのですか?」


「うむ。やはりお主は鋭いのぉ。……おっと、勘違いするでないぞ。ソフィアがロリコンじゃとか、そういうことではないからの」


 余がジョークを放つと、二人から冷たい視線を浴びせかけられた。

 冗談が通じない空気は、苦手じゃ。


「私は真面目に聞いているんですよ。そんなお姿、フレデリカ様のお父上になんて報告をすれば……」


「仕方がなかろう。こうする他なかったのじゃ」


「……ご説明、願えますか?」


「うむ、始めからそのつもりじゃ。――あれは、一年前のことじゃった」


 余は目を瞑り、あの日のことを思い返した。

 隣に座るソフィアの体臭がふわっと漂ってきて、鼻腔をくすぐる。彼女もまた、当時のことを記憶から呼び覚ましているのだろう。

 

 そう。あれは一年前のあの日。

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