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12.

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「お主はどうして、金もないくせに全て女に使っとるんじゃ」


 下水処理施設の管理所の中は、どうやらニーナの住居となっているらしく、彼女の私物が少しばかり見受けられた。とはいっても、せいぜい数週間ほどばかり、こっそりと使っていただけのようだが。

 

 室内は狭く、下水の管理に使うだろうコンピュータなどが多く目立っていた。当然ながら電源は落ちているし、部外者が勝手に起動することはできないらしい。……ニーナは管理室の中に、鍵を壊して侵入したらしいので、それだけで犯罪に思えなくもない。まあ、そこは見て見ぬ振りをしてやった。


 部屋には、ニーナが買った女の子たちが、五名ほどもいた。

 ニーナの言葉通り、彼女たちは思い思いにくつろいでおり、居心地がいいという供述は嘘ではないようだった。狭いながらも、雑誌やら何やら、娯楽すら備えてある。


 そんなお店の女の子を、梯子伝いに地上へ送り返し、一段落したところだった。

 ここはスラム街の直下。上へ登れば、すぐにでも彼女たちの働く店へ帰ることができるようだ。だからこそ、ここに長時間寝泊まりしていた、らしいが。連絡を入れるのを忘れるほど、住心地の良い空間だったのだろうか。


 ニーナはあれでいて、女の子の扱いは上手いので、それが理由の一つでもあるとは思う。特に、メイクやファッションなどは流行を抑えているし、若い女の子からの支持は得られやすいだろう。

 ちなみに、延長料金はラウナが支払いをしていた。


「衣食住よりも、女の子に使うほうが優先なのは、当たり前だろ?」


「それは、わからんでもないが……」


 やはり、ニーナとはどこか馬が合う。

 余がうんうん、と頷いていると、

「さすがに常識に欠けすぎでは?」

 と、ラウナからの冷ややかな突っ込みが入るのだった。


「にしてもおかしいじゃろ。ニーナの家は裕福なのに、どうして金がないんじゃ」


「そりゃー、こんなに長く人間界にいる予定じゃなかったし……」


 そこまで話していて、余は嫌な予感がした。

 ラウナにしろニーナにしろ、余の知人とどうしてこうも、水都で偶然にも再会したのか。もしかしたらニーナも、ラウナのように余の匂いを辿ってきたのだろうか。

 だとしたら、余はもう少し、慎重に行動しないといけないのか……それは嫌じゃのう。


「だったら、帰って金を取ってくればよかろう。余たちが来なかったら、結局は金を払えなくってお縄になってたんじゃないのかえ」


「いやー、この部屋、居心地がよくってさー、ついつい、帰るのが面倒くさくなっちゃって。ま、払えなかったら払えなかったで、そん時は身体で払ってたよ……」


「ったく、人騒がせな女じゃ。お主はなんでこの街にきたんじゃ。しかも、こんな地下に隠れて住みよって」


「どうして、って、フレデリカを探そうと思って家を飛び出したはいいんだけど……宛もなくポータルを渡り歩いていたらさ、この地下に辿り着いて。ここの匂いが気に入っちゃったんだよね」


 匂いが気に入った。

 うーむ、やはり、ラウナと似たようなことを言っておるのう。余が引きつけてしまった、とみて良いのじゃろうか。

 

 そんな考え事をしていると、ラウナが肘で余の脇腹を突いてきた。

 なんじゃ、と目配せすると、彼女はニーナの扱いをどうしようか困っているようだ。

 なぜなら、彼女は未だに腕を縛られたままで、ラウナがその手綱を握っているのだ。


「このメンヘラ、どうするんですか? 縄を外すのも、なんだか危ないような気がするんですけど」


「確かにのう。逆恨みで、ソフィを狙われたら、たまったもんじゃないわ」


 急に話しが飛んできたソフィアは、何事かと首を傾げている。

 自分のことに関してはとんと危機感のない女じゃ。

 ニーナのメンヘラ具合を知らないから無理もないとはいえ、彼女が逆上する可能性は大いにあり得る。

 何せ、ソフィアは余の恋人である、と紹介してしまったのじゃからな。


「フレデリカの彼女か……いいな……。でも、手を出すわけないじゃんか、可愛い女の子だし。いや、性的な意味でなら、出してもいいかもね」


「ラウナ、こいつの縄は解くでないぞ」


「冗談だって!」


 ラウナは余の命令には忠実なので、聞く耳持たず、といった風にニーナの拘束を続けていた。

 かといって、永遠とこうしているわけにもいくまい。

 どこかで解放してやらねばいけなかった。


「おいニーナ。さっきの殺人の話なんじゃが」


「なんだよ、まだあたしを疑ってんのか?」


「そうじゃない。事件はこの近辺で起こっているんじゃ。何か、不審な出来事とか思い当たる節はないか?」


「んー……いきなり、そう言われてもな……」


 ニーナは、うーん、と唸って、記憶を遡っているようだ。

 彼女のことだけが頼りだった。

 なにせ、殺人事件に関しては、手がかりが無しの状態である。一からこの近辺を探索するのは骨が折れるし、成果が得られるとは限らない。


 ニーナの熟考を、全員が沈黙で見守っている。

 室内には機械の作動音だけが響いていた。


「あー、そういえば」


 ニーナは何か思い至ったのか、呑気な口調で話しだした。

 余たちは、全員が彼女に注目する。


「見回りっていうのかな……何日かに一回、人が歩いてたこと、あったんだよね」


「ほう、それで?」


「どうやら男みたいだったからさ、見つかりたくなくって隠れてたんだけど……。この辺をなんか調べた後に、もっと奥に行ったみたいなんだよ」


「うーむ、それだけか……?」


「でもさ、よく考えたら、ちょっとおかしいかなって。だって、見回りなら、帰りにまたここを通るだろ? でもさ、行ったきり、帰ってこなかったんだよ。よく考えたら変じゃないかな。全員が全員だぜ?」


 ニーナの証言に、余たちは顔を見合わせる。

 おかしいと言えばおかしいし、おかしくないと言えばおかしくはない。

 なぜなら、水都サウレスの地下は複雑に絡み合った迷宮である。どこか他の出口から地上へ出ることは、いくらでも可能なのだ。


 ソフィアも同じ考えに至ったのか、彼女は懐から水路の地図を取り出していた。


「この先は、どうなっています?」


「えーっと……下水処理のための、大きなダムのようになっているみたいですわ。そこで行き止まりになっていますわね。地上へ出るためには、管理の鍵が必要みたいですけど……」


 ラウナの質問に、ソフィアが答える。

 スラムの下を通る人間が、果たして鍵を持ち歩くだろうか。しかも、数日起きに、何度も何度も。


「この先、行ってみる必要がありそうじゃの」


 余は、白皙の指先で自身の顎を弄りながら、提案する。

 大人の身体でいられるのは、後何分ばかりだろうか。

 できれば、この身体のうちに事件解決はしておきたいところである。

 じゃが、それも杞憂だとは思う。なぜならニーナが魔族の痕跡を出していたのだから、これ以上の敵はおらぬと見て良いじゃろう。


「では、行ってみましょうか。このメンヘラはどうします?」


「放してやれ。おいニーナ、お主も事件解決を手伝え。ともに行くぞ」


「あ、ああ、任せてよ。お金、払ってもらっちゃったし。……それに、フレデリカと一緒なら、なんだってするから」


 すぐにメスの顔になりよるのう、この女。

 ニーナの見張りはラウナに任せるとしようかの。

 余は見せつけるようにして、ソフィアと腕を組んで、管理所を後にする。


 さて、ここからダムまでは、梯子を使って登ったり降りたりの、少しばかり立体的な移動が必要となるの。

 何か手がかりがあるといいが……。





「そういえばラウナよ。お主、ニーナに負けたのは、何が理由なんじゃ」


 梯子を下って、横に広くなった地下水道を歩きながら、余は思い出していた。

 戦闘訓練をされたラウナが、ニーナに遅れを取るなどとは、絶対にありえないことなのだ。

 ではなぜ、ラウナは敗北を喫したのか。

 そこにはきっと、面白おかしいエピソードが存在すると睨んだのだった。


「……別に、何もありませんけど?」


 努めて平静に答えたつもりなのだろうか。しかしそれは、幼き子どもが出来の悪いテストを隠すかのような口ぶりだ。どうやら、いつもは怜悧なメイドっぷりを発揮しているラウナには、かなりの動揺が走っているらしい。

 これは、大当たりのようじゃな。

 余はお宝を発見した盗賊のような満面の笑みで、ニーナへ顔を向けた。


「ニーナ、何をやったんじゃ?」


「何、って簡単だよ。ハ……もがっ」


 恐ろしいまでの早業だった。

 ラウナは瞬時にニーナの口を抑えると、彼女の両手をも縛り上げている。再び拘束されたニーナは、息をするのも苦しいのか、青白い顔をさらに青く染め上げていた。

 この反応……どれほどの弱みを見せられたというのだろうか。

 何が何でも、聞き出してやるわい♪


「ラウナ、余の命令じゃ。ニーナを放せ」


「断ります! 断固拒否します! 絶対に放しません!」


 あのラウナが、ここまで慌てふためく姿が、すでに笑いのツボを刺激してくる。

 じゃが、まだ笑うわけにはいかんのじゃ。


 余はスススーっと、ラウナの後ろに忍び寄る。

 銀髪のメイドはニーナを抑えるのに必死なので、背中ががら空きじゃった。フリフリのメイド服が視界を埋め尽くす。余はそのスカートをそっと掴んだ。


 ラウナはそれすらも気づいていた。

 彼女は振り向きざまに、拳骨をお見舞いしようとしたのか、拳を振り上げている。

 じゃが、今の余は大人の姿だ。

 ラウナの痛烈な打撃が浴びせられる前に、余は彼女の手首をガッシリと握っている。


「残念じゃったな。この姿にはお主とて手がでまい。さ、ニーナよ、今のうちに教えておくれ」


「くっ……卑怯ですよフレデリカ様っ!」


 ラウナは必死に身を捩るが、余に取り押さえられては、振りほどくことは不可能。

 それでも往生際が悪く、あろうことか、ラウナは膝蹴りを余の腹に叩きつけてきた。

 じゃが、そんなもの、最強の魔族である余には通用しない。ラウナの膝の腹は、手のひらで受け止めている。

 ラウナの奴め、大人の余にはガチの攻撃をしてくるわい。


「このメイドさ、あたしとフレデリカのハメ撮りを見せたら、固まっちまったんだよ。その隙に、ね」


 自由の身となっていたニーナが、お返しとばかりに言い放つ。

 ラウナはそれを聞くと、抵抗も虚しくなったのか、がっくりと項垂れていた。その頬が赤に染まっているのを、余は見逃さない。


「かかかっ、そりゃあ愉快じゃ。ラウナめ、余のこと好きすぎじゃろ」


 ラウナのギャップにたまらなくなり、余はもう大爆笑。周囲の目など気にせず、腹を抱えて地面を転げ回る。

 にしても、ハメ撮りとは、またニーナらしい手段を用いりよったのう。

 彼女とは何度もセックスをした間柄ではあるので、様々なプレイをしたのも、良い思い出じゃ。

 性に免疫のないラウナ、唯一の弱点じゃの。

 

 笑いの発作が止まらない余は、ゲラゲラとした哄笑を地下水路に、永久と思えるほど、反響させていた。

 その脳天に、ゴチン、と不吉な効果音が鳴る。

 衝撃はすぐに走り抜けた。

 頭が爆ぜ割れたのかと思った。

 鋼の耐久力を誇る余の頭部が、痛みに涙を訴えている。

 その頭頂に、今一度、ゴチン、と音が鳴った。女の頭で奏でられることなどあってはならない、地獄のような耳障りだ。


「ぐおぉぉ……ラウナ、お主、主君の頭を蹴りよったな!? 二度も!」


 ラウナはなんと、余が転げ回っているのをいいことに、頭部につま先をめり込ませてきたのである。

 確か彼女の履いている靴は、特殊な金属が埋め込まれてある凶器のスニーカーだ。

 それに加えて、奴の脚力である。ラウナはあろうことか、主君の頭を思いっきり足蹴にしたのだ。

 いくら大人の姿の余とはいえ、やりすぎではなかろうか。


「フレデリカ様にとっては、大したダメージではないでしょう。先ほどの記憶、消去されるまでは蹴らせていただきます」


「待て待て待て、余が悪かった。この話はそれでしまいじゃ。事件解決が先じゃろう!?」


「遊び始めたのは、あなたでしょうフレデリカ様」


 ラウナがまたもキックの態勢に入る。それは球蹴りでもするかの如く、大きく振りかぶったモーションだ。余はどうにか立ち上がり、それが放たれる前に姿勢を正し、三発目を回避する。

 

「そんなに大振りなキックをすると、くまさんパンツが覗けてしまうぞい。はしたないのう」


 軽口を叩くと、ラウナにギロリと睨まれる。その瞳は、まるで剣山である。

 可愛げがあるのか、ないのか、よくわからんメイドじゃ。

 

 しかし、悠長に遊んでいても、チビの姿に戻ってしまうしのう。

 余は残念な気持ちで、ラウナをからかうのをおしまいにした。もう少し、笑っていたかったものじゃ。


 それを見たラウナは、未だに余の背を刺し貫くように、睨めつけている。

 しかし、彼女はニーナの監視にも使命感があるらしく、結局はニーナと隣並んで歩み始めた。


 事態を傍観していたソフィアが、余の傍に寄り添ってくる。


「あのぅ、フレデリカ様。はめどり、とは、なんでしょう?」


「いや~、純粋なソフィには癒やされるのぅ。お主は知らんでいいことじゃ」


「教えて下さい、フレデリカ様。なんだか、今日ははぐらかされてばっかりですわ。……わたくしの知らないことばかりだと……モヤモヤするんです」


「わかったわかった。本当に可愛い奴じゃの♪ 安心せえ、後で教えてやる。ベッドの中でな」


 余が、ソフィアにだけ聞こえるように、耳元でそっと囁く。

 すると、彼女は煙をあげるようにして、急速に顔を赤らめた。


「どうして、ベッドの中なんですか?」


「事件が終わった後、ゆっくりと、布団の中で語り合うのが、いいじゃろう。余ははぐらかさん。約束じゃ」


「約束ですよ?」


「うむ」


 余とソフィアは、指切りを交わす。

 大人の姿だと、ソフィもちょろいものじゃのう♪

 ハメ撮りくらいなら、実直してやらんでもないし、楽しみが増えたわい。


 鼻歌でも口ずさみそうになりながら地下水道を進む。

 すると、ダムへと続く梯子が顔を覗かせていた。

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