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序章

序章



「ソフィ、手を貸そうかえ?」


「フレデリカ様のお手を煩わせるわけにはいきません、平気ですわっ!」


 教会の遥か上空に、その叫びは吸い込まれるようにこだました。


 我が最愛の恋人、ソフィア・ルクレールは黒の修道服をはためかせ、旋回する。と同時に、銀光が翻った。

 ソフィアが手にした十字架のような剣が、暗黒の影を横に切り裂いたのだ。


 彼女の周囲には、およそ十ほどの魔物。それらは人の影をそのまま引きずり出したかのような、黒くのっぺりとした生命体だ。

 奴らは低級の魔族であり、知性の欠片もありはしない。そんな雑魚どもだ。教団の巡礼騎士であるソフィアが、遅れを取るはずはないだろう。


 ソフィアは踊るように回転をして、二体の影を纏めて斬りつける。

 断末魔の低い声が、天井のステンドグラスにまで響き渡った。

 虹色のガラス窓から差し込む光が、奴らの魂を成仏させているかのように、キラキラと舞い込んでいる。


 教会に似つかわしくない光景だ。

 しかしながら、魔界と人間界を繋ぐポータルがそこに出来てしまった以上、こうなることは必然だった。

 魔界、そして人間界が交流を持ってはや数年。それらを往来できるポータルは時空の歪によって、どこに出現するかは特定できないのだ。

 このように、低俗な魔物が人間の生活圏内に溢れることも、稀ではなかった。

 そのために、ソフィアのような騎士が派遣されている。


 余は礼拝堂の端に転がっている棚に座り、足をブラブラとさせながら、恋人の戦闘を家庭教師のように見守っていた。


「ほれほれ、残り半分じゃぞ。頑張れば今夜はご褒美にしてやろうかのう」


「フレデリカ様、気を散らせないでください!」


「余のことは気にするな。いけいけソフィー、そこじゃそこー!」


 教会内に、余の声がやけに反響していた。

 余とソフィア、それに魔物しかいないのだ、じっとしていれば辺りは静寂に支配されるだろう。

 だが、ソフィアの剣が風を裂く烈風音を巻き起こし、愚かな化け物の穢らわしい今際の叫びが、それを阻んでいる。


 ソフィアは慣れた剣捌きで次々と魔物を屠っていく。

 それが続くと、数分後には元の寂寥とした教会に姿を戻していた。

 ……魔物の血臭と、屍が転がるこの惨状は、邪教徒のそれに見えなくもないが。


 ソフィアは剣を鞘に収めると、腕で額を拭う。激しい運動量によって、軽い湯気も立ち込めている。彼女の周囲は、全て息絶えた魔物で埋め尽くされていた。


 体力にはまだまだ余裕があるのか、ソフィアは余の元へ小走りで寄ってくる。ゆったりとした修道服に包まれてなお、視線を引き寄せるような胸元は、ぶるんぶるんと激しく主張していた。

 ……この光景を拝めるだけで、頬が緩むのう。こんなにも巨乳で、戦いの邪魔にならんものかと不思議でしょうがない。


「ご苦労じゃったな、ソフィ。ほれ、チューはいるかえ?」


「……今はいりませんわ。わたくしはポータルの調査を纏めないといけないので、もう少しそのままお待ち下さい」


 余が唇を尖らせた格好でソフィアを待ち受けていたのに、彼女は無情にもくるり、と背を向けてしまう。

 じゃが、"今は"、という台詞が、彼女の本心を鏡のように映し出しており、ニヤニヤとしてしまう。


 それに、ソフィアが余の元へ駆け寄ってきた理由は、労いの言葉が欲しかったであろうことも、筒抜けじゃった。彼女とは恋人同士、以心伝心なのである。

 本音を直球で打ち出せる余とは違って、ソフィアにはまだまだ照れ、が存在するようじゃ。そこも愛らしくはあるがの。


「つれないのぅ。昨晩もあんなに愛し合ったというのに」


「…………。こちらのポータルは小規模のようですね」


「なんじゃ、声が震えておるぞよ? 昨日のがそんなに良かったのか、そうかそうか。今日もまた激しくしてやるからの」


「今日もあんなにされたら、身体がもちませんっ!」


「かかかっ、元気なことじゃの、ソフィ」


 余の軽口に、ソフィアは振り返って、柳眉を逆立てていた。

 怒った顔も美しいものじゃ、さすが余の恋人である。


 だが、その瞬間。余たちは二人揃って緊張の表情を作った。

 魔界と人間界の架け橋であるポータル。それが急に起動したのだ。

 つまり、魔界からの来訪者が出現するということ。


 そして、その気配は先ほどのような低級な魔物のものではない。肌に突き刺さる、刺々しいまでのオーラだ。


 礼拝堂中央。楕円形の、青白い光をしたポータルが口を開け、暗黒の世界を映し出す。

 緊迫した空気がビリビリと震えているかのようだ。


 ……魔界と人間界は協定により、諍いは禁じられている。

 駆逐が必要なのは、知能をもたない下等な魔物だけなのだ。


 だが、そこから漂ってくるのは、上級の魔族が有するオーラ。それならば、知的な頭脳を持ち合わせているのが相場であるが……。

 用心するに越したことはない。上位魔獣の中には、知性はないが、とてつもない力を持つものも存在するのだから。それらが迷い込んで来る可能性も、ゼロではない。

 

 だけど、そんな予想を裏切り、才知を感じさせる人影がのっそりと、漆黒のモヤのような扉から顔を出した。


 現れたのは、悠然とした所作で、気品にすら満ちた雰囲気の女性。浅黒い肌に、肩口付近で揃えられたミディアムショートの銀髪。そして、つり眼の双眸。

 キツい見た目の印象を受ける女は、それを中和するかのように、可愛らしいメイド服に身を包んでいた。


 ソフィアと女が視線を交わすと、ごくり、と生唾を飲む音がこちらまで聞こえたような気がした。

 しかし、余は――。


「お主……。もしかして、ラウナではないか?」


「……何故、私の名を?」


 答えたメイド服の女――ラウナは、余の見知った顔だった。

 久々の再会に胸が踊り、余は棚からぴょんっと飛び降りて、彼女に走り寄る。


「おお、久しいのう。相変わらずメイド服が似合わん女じゃ」


「申し訳ありませんが、どこかでお会いしましたでしょうか?」


 ラウナは眉根を寄せて、余をまじまじと見つめている。彼女は記憶の底を掘り返しているようだが、発掘は叶わんようだった。黙念と、余の顔を覗き込んだままである。


「ふむ、わからんか。お主ならわかるとも思ったんじゃが……まあ、よい。余はフレデリカ・ウル・レヴィアンサス。魔界の主、ヴァルドの娘……とまでは言わんでもよかったか」


「ふ、フレデリカ様!? ……いえ、そんなわけあるはずが、ないでしょう。私にそのような馬鹿げた嘘は、通用しませんよ。……もし、次にその名を騙るというのならば――容赦は致しません」


 ラウナはすっと目を細めて、その台詞に偽りがないというかのように、戦闘の態勢を示した。

 銀髪メイドの圧倒的な力を肌で感じ取ったソフィアは……それでも、余を庇うようにして前進する。

 足が震えておるのに、無茶をしよって。


「これ、よさぬか。そうじゃな、信じてもらえんのも無理はない。じゃが、ラウナ……お主は、十三の時、お漏らしを余に見つかってしまっていたのぉ? それを隠したくって、おしっこまみれのパンツを一緒に、庭園にまで捨てに行った仲ではないか」


 過去の痴態を突きつけると、ラウナはあわあわと慌てだして、口をパクパクさせていた。

 かかか。怜悧とした普段の表情とは打って変わって、可愛い反応じゃ。

 何せラウナは、余の専用侍女だったのだから。幼き頃から生活を共にしていた、家族のような存在である。彼女のことは全てお見通しじゃ。


「ほ、本当にフレデリカ様なのですか……? どうして、そのようなお姿に……」


「ふむ。そうじゃの……まあ、ここではあれじゃ。宿に帰ってゆっくり話でもせんか?」


「は、はぁ……」


「と、いうわけじゃ♪ 帰るぞ、ソフィ」


「……あの、フレデリカ様。わたくしは、ポータルの調査が、まだ……」


「んなもん後にせい。ラウナとお喋りが先じゃ」


 ソフィアはポータルをしきりに気にしていたが、ラウナと余の関係のほうが、より興味があったらしい。黙って従うようだった。


 ……さて、宿に帰るとしようか。


 余――フレデリカ・ウル・レヴィアンサスは、二人の視線をつむじに受けながら、ウキウキと前を歩き始めた。


 齢百を越える魔界の王女……それが余の正体である。しかし今の余は、人間にして十ほどの童女の姿をしていた。

 ラウナが気づかなかったのも無理はない。


 余は元来の年齢など忘れ、十歳の気分でスキップをしながら、宿を目指すのだった。

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