眺める世界
私は、この世界の住人じゃない。
いや、少し語弊のある言い方かもしれない。
私は、確かにこの世界に生まれて、育った。
だけれども、私の立ち位置というのは、
林や花の、それらに似た、彩り飾り付けるための存在だ。
私は、曰く歯車のパーツだったのだ。
何処にでも当てはめる事ができる、
都合の良い存在。
どうしてこんなことになってしまったのか。
品行方正に、清く正しくあろう。
勉学にに励み、不純異性交遊は慎みましょう。
時が過ぎるのは早い、勉学に励め。
大人は正しい、正義を信じよ。
私の何がいけなかったのだろう。
思えば私は、
正義として掲げられた規則を、
頑なに順守した。
私は誰からも誘われた。
飲食、娯楽、交友。
私は、それらを全て断った。
私は、良い子であり続けた。
私は愚直なまでに正義を信じ、
悪とされるものを忌み嫌った。
悪に浸る連中は腐っている。
正義こそが何よりも正しい。
信じていた、私は。
みなに褒められた。
それは社会的立場にいる人間に。
例えば、お父さん、お母さん。
例えば、校長、担任。
例えば、近所のおっさん。
例えば、親戚のおじさん。
私よりも身分の高い人間の、
言うことに従った。
素敵な、大人になるために。
私は道化を演じ続けていた。
彼らの善いとされることを。
私はひたむきに。
最初は、お父さんからだった。
土曜日。
お母さんは買い物へ。
お父さんはお酒が大好きだ。
お父さんは少女が大好きだ。
お父さんは私が大好きだ。
コトが終わった後に、
私に、
このことは内緒に。
私は秘密を、契った。
日曜日。
担任の先生が部屋にいた。
体育の授業を請け負っている彼は。
私は父と同じ様に、
秘密を契った。
月曜日。
校長先生に呼び出された。
私は父と同じ様に、
契った。
火曜日。
学校から帰宅しようとした。
私が家の扉を開けた瞬間に、
突き飛ばされて床を転がった。
何かかが覆いかぶさって、
仰向けにされる。
夕日が差して、
顔は見えないけれど。
毎朝通学途中にお話をしてくれた、
面白いおっさんだった。
私は彼とも、契った。
水曜日。
親戚のおじさんがきた。
新車を購入した自慢をしたかったらしい。
お父さんとお酒を楽しんでいた。
その後。
私はその新車の中で。
また秘密を増やしてしまった。
私は同じ曜日に、
また同じ人間に、
正義を施され続けた。
私に拒否する権利はなくて。
私は道化を演じるのが上手くて。
それらに比べて、彼らの契りはただ痛くて。
下手くそだった。
日に日に増す契りと、
お母さんの悲痛な視線。
近所の噂話。
盛った雄の、無能さ。
私は毎日を、
まるで首縄を巻かれ、
時間に引き摺り回されている様だった。
だから今、
私は麻の向こうから世界を見ている。
契りの度に免罪符を渡されて、
その免罪符で、
私にふさわしい聖地へ訪れた。
案外、子どもひとりでも来れる場所だった。
服装も、必要な品物も免罪符と交換した。
なんだか罪が軽くなる様な気がした。
傷は消えないけれど、
これでいいのだ。
私という悪は、
滅されなければならない。
正義の名の下に。
揺れる視界と、
煌々と映る世界。
最後に、
見つめる世界は、
私が生きたひとの社会で、
もっとも美しい世界のようにおもえた。
鴉が私を歓迎してくれている。
この森にふさわしい人形になれただろうか。
ああ、頬に伝う雫。
ぎりぎりと締まり食い込むのと比例する様に、
視界が狭くなる。
死の抱擁。
甘くて安心する、
許された様な気がした。
正義。
清く。
正しく。
私は、
生きられただろうか。