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第85話 願いは彼らの中に

 戦いが始まって既に三時間、ケインとロレッタは世界中を飛び回りながら互角の攻防を繰り広げていた。

 何の遠慮もなしに戦うロレッタとは対照的に、人のいる場所で戦うわけにはいかず、更に被害が拡大し過ぎることを恐れて一点に留まり続けることもできず、ケインは苦心しながらの戦いを強いられた。

 だが、形勢そのものはケインに傾きつつあった。

 戦い方を常に模索し、格上との勝負を乗り越えてきたケイン。

『腕』の魔力に任せて相手を蹂躙するのみだったロレッタ。

 そんな二人の有する魔力が互角とあれば、ケインに分があるのはごく自然なことなのだ。

 世界の最北端と呼ばれる氷河において、ケインの拳とロレッタの『アラルガンドの右腕』がまた激突した時、二人は互いの力関係を理解した。

 ここにきて初めてケインが拳を完全に振り抜き、打ち負けたロレッタは氷河に叩きつけられ、砕けた氷の山に埋め尽くされた。

 氷の下敷きにされながら、ロレッタの顔には激しい怒りと焦りの色が浮かんでいた。

 勇者という存在そのものと自身の不甲斐なさから来る怒り、そして敗北してしまった場合にデュナミク王国に降りかかる悲劇を思っての焦り。

 無理やり振り払うように、ロレッタは『アラルガンドの右腕』から魔法を繰り出した。


「『バ……」


「『ビル……」


 奇しくもそれは、ケインも同時に行っていた。


「ブルル』!!!!!」


 両者の放つ振動波の威力は互角。

 しかし精神面で勢いに乗るケインは、押し返してしまおうと言わんばかりにそのまま前進する。


「ひ……!」


 この時、ロレッタは人生で初めて敵に対して恐れを抱いた。

 生まれて初めて己の死を予感し、恐怖したのだ。

 恐怖は背を押し、彼女を氷から脱出、前進させた。

 振動波を放ちながら両者は接近する。


「うおおあ……!!」


「ぬううう……!!」


 二人が狙っているのは、己の拳の届く距離。

 振動波が押し込まれるのに合わせたカウンターだ。

 しかし、ロレッタが同じ手段を用いようとしていることに気付いたケインは土壇場で作戦を変えた。

『アラルガンドの右腕』『ストリジェンドの左腕』がリーチで勝る以上、単純な殴り合いだけでロレッタに勝つことは難しいのはここまでの戦いでケインは重々承知している。

 だからこその作戦変更であり、その柔軟さも格上との戦いを乗り越えてきたケインの強みでもあった。


「『テテレポ』!!」


『ストリジェンドの左腕』が届く距離まで近づいたところで呪文を唱えると、ケインは振動波諸共姿を消した。

 ロレッタはすかさず『アラルガンドの右腕』から放たれる振動波を中断させ、真上に防御を固めた。

 先程の呪文の正体が黒魔女クラリの瞬間移動だということはロレッタも知っている。

 奇襲を仕掛けにきたのだと理解し、真上から迫るケインの気配に気付いて防御の体勢を取ったのだ。


「『ドラゴンミンサークロー』!!!」


 読み通り、ケインは右手の爪を魔力で覆い強化させ、急降下して来る。

 あっさりと『アラルガンドの右腕』でそれを受け止めると、ロレッタは『ストリジェンドの左腕』を振って迎撃した。

 はずだった。


「何!?」


 ケインの身体は『腕』に触れた瞬間、跡形もなく消滅した。

 ロレッタの知らない魔王ゴアの技、『魔王パワーマリオネット』をケインは使ったのだ。

 魔力で分身を作る高度なこの技、ロレッタにはそもそも発想さえない。

 動揺の最中、ロレッタは背に強い衝撃を受けた。

 分身が攻撃するタイミングを見計らったケイン本体の、真後ろからの剣による奇襲を受けたのだ。

 しかし、ロレッタ自身に隙があっても『腕』は違った。

 突き立てられた剣から、『アラルガンドの右腕』は主人の身を守っていた。


「うおおおおおお!!!」


 ロレッタが後ろを振り返る隙も与えず、ケインは『腕』の防御を破らんと連撃を浴びせる。

 氷河地帯を抜け、数々の大陸を飛び越えようとも、勢いを衰えさせることなく剣を振るう。

『腕』が防御しか取れない今こそケインの好機であった。

 一方、ロレッタはここに来て己の弱点に気付いた。

 防御だけならば『腕』は自動的に守ってくれるが、攻撃に転じる際は、自分の目で相手を捕捉できていなければならない。

 いくら『腕』が強くとも、本体の自分がケインの動きについていけなければ意味がない。

 怒りと焦り、恐怖がより一層彼女の心を突き刺した。


「負けられない……わたくしは負けられない……!」


『腕』に守られながら、うわ言のように呟く。


「わたくしが負けたら、わたくしが死んだら、わたくしの正義が崩れてしまう……!なくなってしまう!わたくしの愛する国民たちが……悪として扱われる……!歴史がデュナミクを!悪と定める!守る手段もなくなり……また国の財産が奪われ……!!そんな……!!!」


「そんなことはさせない!!」


 攻撃の手は緩めず、ケインはロレッタへ言葉を投げかける。


「俺が、俺たちがいる限り、デュナミク王国に危害は及ぼさない!!奪った人や土地は残った人々に返してもらう!犯してきた罪は償ってもらう!だけど、それ以上のことはさせない!!」


「信用できるものか……!!勇者など……!!長年にわたってデュナミク王国を無視し続け、デュナミク王国の平和と繁栄に何ら寄与しなかった勇者など!!」


 ロレッタの心のように、『腕』は交差し、固い守りでケインの手を阻む。

 それでもケインはめげずに、防御の隙間を探りながら攻撃と説得を続けた。

 勝利を得るだけでなく、女王とも分かり合いたかった。

 これまで戦ってきたどの敵とも、最期には通じ合うものあったのだから。


「何故そんなにデュナミク王国以外の全部を拒むんだ!!勇者がデュナミクに何をした!?俺たちがデュナミクに何をした!!」


「なにもしなかったじゃないかッ!!!!!」


 荒げた語気に一瞬怯まされつつも、ケインは攻撃を続ける。

 ロレッタの肩は小刻みに震えていた。


「世界中で英雄として知られる勇者ドーズも、結局はデュナミクに対してなにひとつ齎したものはなかった……!!勇者というのは所詮、敵と見做した相手を討ち滅ぼすことで充足感を得るだけの愚物!!そんな相手に……いいえ、勇者だけではない……デュナミクに生まれなかった、デュナミクのことを考えられない者に……わたくしは……!!!」


 ロレッタが懐から何かを取り出した。

 それの正体にケインが気付いた時には、もう遅かった。


「負けることは許されないのです!!!!!」


 瞬間、ロレッタの全身から爆発的に魔力が溢れ出し、ケインを退かせた。

 ケインの顔にも焦りが浮かぶ。

 ロレッタが何をしたのか、見ずとも理解しているからだ。


「隠し持ってたのか……『黒き禁断』を!!」


 強烈な想いにより願いを叶える果実『黒き禁断』、それをロレッタは口にしたのだ。

 ロレッタが万一に備えて常に隠し持っていたこの果実の脅威は、ケインも勿論よく知るところである。

 黒色の魔力が『腕』を覆い、重なり合った魔力はより高みへと昇華する。

 ケインは隙を突こうにも、溢れ出す魔力に阻まれてロレッタ本人の姿さえ見ることができない。

 攻めあぐむケインに、突如『アラルガンドの右腕』が牙を剥き、襲い掛かった。


「『テテレポ』!!」


 咄嗟に瞬間移動でロレッタの前に回ったケインが見たものは、『黒き禁断』による代償の跡だった。


「ロレッタ……あんた……!」


 ロレッタ本人の両腕が、欠片も残さず消失していた。

 更には、ロレッタは左目を閉じたまま開けようとしなかった。

 血は出ていないが、恐らく左目も消失しているのだろうとケインは推測した。

 痛ましい姿に反して、ロレッタの口元には笑みが浮かんでいた。


「今のあなたより強ければそれで良い。『アラルガンドの右腕』と『ストリジェンドの左腕』があなたを倒せるまで強くなれるのなら、わたくし自身の腕もあなたを捉えられない目も不要。果実ごときに与えるのは些か不服ですが、これは足りぬ想いへの代償でなく、わたくし自身への戒めと決意なのです」


「……ずぁりゃあああ!!!」



 闇雲に繰り出したケインの左拳は、『ストリジェンドの左腕』と激突。

 空中にいながらも大地を捲り上げるほどの衝撃と共に、ケインはのけぞった。


「しまっ…………!」


 言い終わらない内に『アラルガンドの右腕』による一振りがケインの全身に炸裂した。

 声もなく真っ直ぐにどんどん遠ざかる敵の姿にほくそ笑みながら、勝利を確信したロレッタは『アラルガンドの右腕』の掌に魔力を集中させる。

 掌の中に赤黒い光が妖しく輝き、勇者抹殺のための準備が整った。


「これで終わりです。『紅蓮戒煌波(アジタート・ソーレ)』」


 周囲に稲妻を走らせながら、極太の光線がケインへと放たれた。

 あまりの眩しさにロレッタも目を細めたが、光線は間違いなく真っ直ぐ伸び、遥か彼方まで全てを消滅させながら進んだ。

 勇者を消し去るため、全力を尽くした一撃だった。


「……ふう」


 やがて光線を撃ち終えたロレッタは、一息つきながら目を開けた。

 自らを遮るものなど何もない、晴れやかな光景が広がっている、そう思っていた。

 ところが、彼女の目に飛び込んできたのは予想だにしないものだった。


「は……?」


 気を失ったケインの手を掴み、絨毯に乗ったまま飛ぶ一人の男。

 男は絨毯にケインを乗せ、ロレッタを見るや顔を引き攣らせて更に遠ざかる。

 ロレッタは男の顔に見覚えが一切なかった。

 デュナミク王国に来ていたケインの仲間にも、あの男はいなかった。

 しかし、ロレッタはすぐにそれについて考えることをやめた。

 あの男が何者かはさしたる問題ではないが、勇者をここで逃してはまずい。

 勇者を逃してしまったら、今より更に力をつけてしまう可能性がある。

 そうなれば勝てるかどうか、もうロレッタも自信が持てなかった。

 なんとしても勇者はここで殺しておかねばならないと、追跡を優先したのだった。


「『悪鬼殲(グランツィオーソ)滅恵雨(・テンポラーレ)』!!」


 ロレッタの容赦のない魔弾攻撃が降り注ぎ、男は必死で絨毯を操ってそれを躱す。

 その衝撃で揺さぶられたケインは目を覚ますと、男の顔を見て驚いた。


「え……ブンさん!!?」


「よう、間に合って良かったぜケイン」


 余裕ぶった挨拶とは裏腹に、ブンの形相は険しく、全身にひび割れを起こし、鼻血を流していた。


「ど、どうして……?」


「あの魔女に嵌められちまってよ……!」


 言いながらブンが差し出した左手を握ると、ケインの中に魔力と共に、ブンの記憶が流れ込んできた。

 黒魔女クラリがデュナミク王国に赴く際、水晶玉を置いていったこと。

 その水晶玉によって、これまでのケインたちの戦いを見ていたこと。

 ケインが仲間たちから魔力を受け取る策を思いついたのを見て、自分たちも助けになりたいと思ったその時、クラリが予め魔法をかけていた絨毯が動き出したこと。

 父スカーから魔力を受け取り、ケインとロレッタが戦っている間、絨毯を操り他国を飛び回って人々に頼み込み、魔力を集めていたこと。

 いよいよ限界というところまで集めた時、奇跡的にケインを見つけ、助け出せたこと。

 記憶を読まれたことを悟ったか、ブンは自嘲気味に笑った。


「意外だろ?俺みたいなヘタレ野郎がこんな局面で現れるなんてよ」


 ブンは既に絨毯を操ることもできず、代わりにケインが操りながらロレッタの攻撃を凌いでいた。

 口調だけは平静を装っているが、もう息も絶え絶えで、顔から血の色を失っているブンにケインは回復魔法を使おうとしたが、ブンは拒絶した。


「俺のことはいい」


「だけど、ブンさんその身体……!」


「これくらいで死にゃしねえよ。ちょっと休ませてくれりゃ……」


 ブンが強がっていられるような状態ではないことは、ブンが何百人もの人間から魔力を受け取ったと知るケインにはもちろんわかっていた。

 ついにブンは座っていることもままならなくなり、絨毯の上で突っ伏した。


「ちくしょう……おまえが集めた魔力より全然少ねえってのに、このザマだ。やっぱカッコ悪いなあ俺……けどよう、どんなにカッコ悪くたって、俺だって勇者だったんだ。世界救おうと後輩のおまえがカッコいい姿ばっかり見せてんだし、俺も少しくらい、カッコつけたっていいだろう……?」


 そう言ったのを最後にブンは意識を失った。

 後ろに敵が迫っている時なのはわかっている。

 それでもケインは涙せずにはいられなかった。

 恩人である先輩勇者に、敬意を払わずにはいられなかった。


「……カッコいいですよ。あなた、今一番カッコいい勇者ですよ……!!」


 魔弾が数発、ケインの真後ろまで迫る。

 右腕で涙を拭うと、ケインはそのまま振り向きざまに魔弾を全て弾き飛ばし、左手でブンに呪文をかけた。


「『アディオ』。デュナミク王国で待っててください。俺たちの勝利を祝うためには、あなたは外せない人になりましたから」


 絨毯に乗せられたまま、ブンはデュナミク王国へと飛び去った。

 ケインとロレッタは再び二人きりになった。

 ロレッタはため息をつくと、両『腕』を肥大化させて構える。


「あの男からも魔力を受け取ったのですね。ですが、あれはあなたよりも遥かに格下の木端でしょう。そのような者から魔力を受け取ったところで何になると……」


「……こうなるのさ」


 ケインの全身から金色の魔力が溢れ出し、『腕』が放つ黒色の魔力とぶつかり合う。

 台風にも似た激しい魔力の激突に、両者は一歩も譲らない。

 ロレッタにはそれは驚嘆に値することだった。

『黒き禁断』によって得たものと同等のパワーアップをケインもしたことになる。

 それも、先程の男如きが持てるだけの魔力量で。


「何故……!?あの男にそれほどの力が……!!」


「力だけじゃない。これはあんたを倒そうというみんなの願いだ。あんたが甘く見てる偉大な先輩勇者が集めてくれた、みんなの願いだ」


「あの男も勇者……!!」


「あの人だけじゃない。俺に宿る一人一人が、あんたを倒し、世界を救う勇者だ。俺たちみんなが勇者だ!!!」


 ケインの雄叫びに合わせ、金色の魔力は彼の体内へと戻る。

 最後の攻防に向けて。


「もう終わりにしよう、ロレッタ」


「わたくしは負けません。あなたに宿る魔力の持ち主全てが勇者だと言うのであれば、わたくしは全ての勇者を滅ぼしてみせましょう……!!」


 高まりに高まった魔力の影響か、ケインに魔力を与えた人間全てが、ケインと視界を共有し、同じ景色を見ている。

 彼らはこの時、ほぼ同時に同じことを呟いた。


「頑張れ、ケイン」

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