第84話 勇者ケイン=ズパーシャVS女王ロレッタ=フォルツァート
「場所変えようか」
そう提案したのはケインであった。
結集させた魔力に中てられ、ゴアたち仲間やデュナミク王国の兵士たちが今にも吹き飛ばされそうになっていることに気付いたのだ。
戦闘にも至っていない現在でさえそうなのだから、ここで戦えば確実に犠牲者が出る。
それを避けたいのはロレッタも同じであり、彼女も無言で頷くとそのまま再び浮上していった。
ケインもそれに続く。
先程とほぼ同じシチュエーションだが、違ったのはその速度。
何かが破裂したような轟音と共に、二人は瞬く間に雲の上まで来ていた。
地上と同じく向かい合う両者は、更に魔力を高めて範囲を広げる。
双方の魔力が触れ合い、バチバチと凄まじい音がこだまする。
その音が激しくなるにつれ、互いに初撃の準備が整っていった。
単純な右ストレートに過ぎないが、計り知れない力を携えた二人の攻撃は、その単純さが故にかつてない破壊力を有しているであろうことを、ケインは確信していた。
力を持つ者特有の高揚感に駆られ、不謹慎だと一瞬苦笑した後、勇者は吼えた。
「勝負だロレッタァ!!!」
体内の魔力に突き動かされるようにケインは拳を振るい、同じように突撃してくる『アラルガンドの右腕』にぶつけた。
その時、ケインたちの姿も視認できない遠く離れた地上では、上空でふたつ目の太陽が出現したかのように見えた。
それはケインとロレッタの激突によって生じた光によるものであることは言うまでもないが、あまりに次元の違う力を目の当たりにしてその事実を受け止められる者はほんの一握りであった。
肝心の激突の方はといえば、打ち合いを制し、拳を完全に振り抜いたのはロレッタだった。
打ち負けたケインはすっ飛び、デュナミク王国の遥か外まで追いやられてしまった。
なんとか体勢を立て直そうとするが、これまで飛んだことのない速度で飛ばされているせいか、思うように身動きを取るのもままならない。
どうにか首だけは前を向けられるようになった時、ロレッタが追撃に来ているのが見えた。
「ぐくっ!!」
「仲間の力を得てその程度なのですね。ならばこのまま死になさい」
今度は『ストリジェンドの左腕』が振り下ろされようとしている。
ケインは吹き飛ばされている現状を無理に打開することを諦め、その態勢のまま両脚による防御を試みた。
両脚に強い衝撃を受け、更に加速して飛ばされるケインだったが、ダメージは大して受けていない。
仲間たちから受け取った魔力は、確かにケインをロレッタと同じ境地で戦わせてくれている。
しかし、その急激な変化に肉体がまだ追いついていないのだ。
先程打ち負けたのも、半ば暴走状態にあった魔力を肉体がコントロールし切れなかったからである。
死闘の最中ではあるが、この変化に慣れることが重要と考えたケインの行く手を、正確には吹き飛ばされ手を阻む物があった。
「げっ!!」
巨大な岩山である。
雲を突き破って聳え立つその山の名を、『ドアリーチ山』と呼び、ケインも世界地図を見て知っている。
デュナミク王国から遠く離れたこの岩山まで、たった二発の攻撃で飛ばされた事実と、それを受けて平然としていられる自分に驚きつつ、ケインはそのまま岩山に激突した。
激突のおかげでどうにか体勢を立て直すことはできたが、ロレッタは更なる追撃に入ろうとしていた。
両の『腕』から魔力の弾丸を無数に生み出し、それを撃ち出したのだ。
「『悪鬼殲滅恵雨』」
ごく小さな魔弾の一発一発が、とてつもない破壊力を有していることは容易に想像できた。
ケインは岩山を飛び回りながらそれを躱し、反撃に移るため右手に魔力を集中させる。
魔弾は着弾する毎に岩山を大きく削り、飛び散る破片がケインにも当たったが、それで傷がつくようなことはなかった。
むしろ破片と共に立ち籠める土煙が身をロレッタから隠してくれているとケインは思っていたが、甘い考えだったと直後に反省した。
土煙が上がって視覚が遮られるのは、ケインも同じ。
ロレッタの放つ魔弾を視認できなくなったケインは、ついにその餌食となった。
「ぐぁっ!!」
一発でも当たってしまえば、そこからある程度の位置を掴まれて連続で攻撃が襲ってくる。
容赦なく降り注ぐ魔弾に、ケインは右手に込めていた魔力を防御に使わざるを得なくなった。
だが、自身の魔力の流れを徐々に掴みつつあるケインは、別の策を編み出していた。
ケインの全身をすっぽりと覆い隠してなお広がる一方の土煙と同じだけ、魔力を展開した。
「『氣界念操・土ノ陣』!!!」
ただ舞っていただけの土煙がケインによって操られ、勢いよく吹き荒れる。
それはケインの盾となり、魔弾を寄せ付けないほどの防御力を誇っていた。
「……くっ」
痺れを切らし、ロレッタは接近戦に持ち込もうと『アラルガンドの右腕』を振おうと迫る。
ケインの操る土煙が攻撃に転じるのは、まさにその時だった。
「それぇ!!!」
合図と共に、土煙は岩の破片を巻き込みながら、より強力強大な嵐となりロレッタへと向かう。
ロレッタはそれを『アラルガンドの右腕』を回転させ、ドリルのようにして殴りつけることで消滅させた。
辺りに残ったものはケインとロレッタ、そして削りに削られたドアリーチ山だけ。
なお、ドアリーチ山は世界最大の岩山とされているのだが、この時を以ってその順位を大きく落とすこととなった。
欠けてしまったことで今後新たに山頂と呼ばれるようになってしまう部分に立つケインを見て、ロレッタは笑う。
「少しは強くなったのかもしれませんが、所詮はわたくしに届くものではありませんね」
「……気付かなかったか?」
不意にケインに指差され、ロレッタは自身の肩に目を向けた。
羽織っていたマントがなくなっている。
黒魔女クラリの『黒き禁断』によって生み出された、デュナミク王国の危機を察知し、すぐに帰国できるよう瞬間移動の能力を持つ特別なマントが、なくなっている。
普段は全身の魔力によって押さえられており、敵からの攻撃や風によって飛ばされることは決してないはずのものである。
先程の土煙によって飛ばされてしまったのだろう、ロレッタはそう推察した。
「……で、だからどうだと言うのですか?」
「わからないか?あんたがどれだけ戦っても失くすことなんてなかったマントが、俺の手で、あんたの気付かない内に、なくなったんだぜ?」
「それがそれほど誇れることでしょうか?たかだかマントがなくなっただけ。わたくしがあなたの仲間とやらを殺しに帰る時間が少し延びただけ」
「いや、撤退できなくなったの間違いだろう」
そう言ったケインの左手に、赤いマントが握られていた。
戦闘において、初めてロレッタの顔に焦りの色が浮かんだ。
「いつの間に……!?」
「土煙で吹き飛ばされたんだとでも思ったのかもしれないけど、そうじゃない。その土煙とあんたの『アラルガンドの右腕』が激突した瞬間、回り込んで掠め取らせてもらったのさ。攻撃に出ていたら『ストリジェンドの左腕』が察知して防御していただろうから、これを取るだけで精一杯だったけどね」
言いながら、ケインは左手から火炎魔法を出してマントを燃やした。
ロレッタはケインの接近に気付かなかったという焦りと自身への憤りから歯軋りし、両『腕』の魔力を一層高めた。
「そこの山のように徐々に削り殺して差し上げるつもりでしたが、気が変わりました。一撃一撃に全力を尽くし、誠心誠意、殺しにかかるとしましょう」
「それは無理だね」
ケインが再び全身から魔力を解放させた時、先程ロレッタに見せたものより更に強大となっていた。
「みんな個性的すぎるからさ、纏めるのって中々大変だったけど……もう慣れた!!」
ついに本領発揮となるケイン=ズパーシャとロレッタ=フォルツァート。
両者の持つ魔力は、ほぼ互角であった。




