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第83話 勇者の器

 女王ロレッタを倒すためにケインとゴアが共に考え付いた打開策、それは自分たちの魔力を全てケイン一人に結集させることであった。

 カウダーがロレッタと対峙する最中、早速それを実行に移す二人だが、話を聞いていたライガとシーノは不安を隠せない。

 つい先ほど、他者から魔力を貰って自滅寸前に追い込まれた人間を目の当たりにしたばかりなのだ。


「お、おいケイン、ゴア……!」


「おまえたちも早くやれ。ケインの肩にでも手を置いて、そこから魔力……おまえたちで言うオーラを流し込むのだ」


 今のままではどうあっても勝ち目がない。

 ロレッタを倒すにはもうこれしかない。

 そんなことはライガたちにもわかっていた。

 わかってはいたが、それでも実行に踏み切れないのは、ゴアの魔力を流し込まれているケインが今まさに苦痛に顔を歪めていたからだった。


「か……ぁ……!!」


 ケインの目はゴアに同調して訴えかけているようだったが、流し込まれる魔力を制御するのに必死でとても声に出して喋る余裕など見られない。

 ライモンドのようなひび割れは起こしていないものの、僅かでも集中力を乱せばケインもそうなってしまうであろうことはライガたちには容易に想像できた。

 現状でも苦しんでいるケインに自分たちの魔力まで上乗せしてしまえば、女王と戦うより前に果ててしまうのではという不安が、ライガとシーノの行動を縛っていた。

 だが、ライガもシーノも知っていた。

 ケイン=ズパーシャが、これまでどれだけの奇跡を起こしてきた勇者なのかを。

 数多の苦難を乗り越え、剣狂ショーザン=アケチを倒し、海賊キャプテン・オーロを倒したこの勇者が、信頼を裏切るようなことは決してないことを。

 期待を込めた眼差しを向ければ、必ず応える存在だということを。


「頼むよ、ライガ、シーノ」


 つい今の今まで言葉を発する余裕もなかったケインは、やはり二人からの期待と不安を感じ取り、確かな声を掛けた。

 ライガとシーノにはそれだけで十分だった。

 他人から魔力を受け取るのは人間では耐えられない。

 だが、ケインは違う。

 必ず皆の力と想いを受け継ぎ、女王を打ち倒す。

 たった一言で、二人はそう信じられた。


「んじゃ、任すぜケイン」


「私たちの力全部あげるんだから、負けるわけないけど、負けないでよケイン」


 ケインの両肩にそれぞれ手を乗せ、二人は魔力を送り始めた。

 またしてもケインの表情が僅かに強張るのを二人は見逃さなかったが、すぐに元の凛々しさを見せたことで不安に駆られることもなかった。

 ところが、


「では、我々も」


「勝ちやぁケインはん」


「頑張ってクダサーイ」


「頼むぞケイン殿」


「ヒノデの未来、託した」


「父上に勝ったあの奇跡、もう一度見せてもらうわよ」


「うちの船長とヤり合って生き残った奇跡もな」


「あんたが負けたら世界も終わりだ」


「俺らはそんなのゴメンだぜ、勝ってもらわなきゃな」


「みんな集まりすぎて手ェ置くとこねーんだけどどっか空いてねーか?」


 そんな二人の心境やケインの体など知ったことかと言わんばかりに、彼らを覆って天守五影とザクロ、海賊たちが一斉にケインへ魔力を与える暴挙に出た。


「うげあがががががが」


「こらこらこらこら!!!」


「何してんのよ!!!」


 精悍な顔つきから一転、滝のような汗を流しながら耐えるケインを見て、当然ライガとシーノは激昂する。

 しかし誰一人として悪びれた様子を見せる者はおらず、代表して赤影がけろりとした表情で言った。


「炎の怪物殿が女王を引き受けてくれている間に済まさねばならぬのだから、一人ひとり順番にやるわけにもいかんだろう?ケイン殿なら耐えると、ここにいる誰もが信じているからやっているのだ」


「そ、そりゃそうだけどよ……ぉ……?」


 反論しようとしたライガだが、不意に強烈な疲労感に襲われ、その場にへたり込んでしまった。

 シーノも同様である。

 自身の魔力を全て与えるということの意味を、二人はようやく身をもって思い知った。

 同時に、それを与えられた上で更に10人分の魔力を背負おうとしているケインの凄さも。


「ケイン殿、女王に気付かれてはまずい。氣を送る速度を上げさせてもらうぞ」


 一応の気遣いを見せた赤影に対し、ケインは下唇を噛んで耐えながら無言で頷いた。

 だが、


「わりィ、もうバレた」


「え」


 驚いて顔を上げたケインの目の前には、カウダーが立っていた。

 後ろでは未だ魔力十分といった様子の女王ロレッタが両の『腕』を広げて浮かんでいる。

 意外だったのは、カウダーにもダメージを受けた様子が見られなかったことだった。


「カウダーよ、バレてしまったのは仕方ないことだが、それで何故おまえは奴に殺されておらんのだ?」


 ケインの背中越しにゴアが問う。

 ゴアでなくとも、誰もが疑問に思っていることだった。


「ンなこと俺が知るかよォ。けど見逃してくれるってンなら甘えさせてもらおうじゃねェか。オイ、ゼブラもクラリも、とっととケインに魔力与えンぞ」


 呑気にそんなことを言っているカウダーを尻目に、ケインは拭いきれない疑問をロレッタへ投げかけた。


「……何故、今襲って来ない?」


 カウダーを生かしておくだけではない。

 自身を打ち倒さんと魔力を集結させているケインたちに、襲撃をかけて妨害しないのはあまりに不自然。

 ケインがもしロレッタの立場だったなら、まずカウダーを殺した後、今ケインに魔力を与えている者を順番に殺していき、最後にケインを殺すだろう。

 ロレッタがそうしない理由が見つからなかった。

 当のロレッタ本人はというと、既に勝利を確信したように余裕の笑みを見せていた。


「炎の怪物にわたくしの相手をさせて一体何をしようとしているのか、少しばかり警戒していましたが、あなた方の力を勇者一人に結集させるのが最後の秘策というわけですか。それなら、わたくしがそれを止める理由こそありません。勇者一人を迎え撃ってしまえばそれでおしまいになるのですから。むしろあなた方一人ひとりに中途半端に魔力が残っている方がよほど厄介です。特にそこの、炎の怪物は」


「あァ?」


 不機嫌そうに振り返ったカウダーには目もくれず、ロレッタの視線はケインのみに向けられている。


「それがあなたに魔力を与えるというのなら好都合。そもそも、そこにいる全員分の魔力をあなたが背負い切れるかどうかが疑わしいのです。自滅する可能性が高い秘策とやらを、何故私が止める必要があるのでしょう。成功したとしてもわたくしの勝利は揺るぎませんし、それならば、わたくしはここで待ちます。勇者が自滅して死ぬか、わたくしに殺されるかした後で、あなた方は一人残らず消し炭にして差し上げますよ」


「ふっ、言われたい放題だな……おっと」


 魔力を失った赤影はふらつき、天守五影と共にケインたちの邪魔にならないよう、既に気を失ってしまった海賊たちを抱えてその場を離れた。

 交替に現れたシマシマとクラリだったが、シマシマは先程のライガとシーノと同様、不安そうな表情を見せていた。


「ケイン、奴の言った通りだ。今でさえおまえはいっぱいいっぱいなのに、更に俺とクラリ、カウダーの魔力まで受け取るなんて無茶が過ぎる。ゴア様の魔力だってまだ全部流し込まれていないんだぞ。ここは今すぐ、俺たちがまた連携して……」


「駄目だ」


 ケインとゴアが同時に言った。


「シマ……ゼブラ」


「え?」


「ゼブラよ」


 一度言い間違えかけたゴアはわざとらしく咳払いする。


「女王を倒すには数ではなく、結集させた圧倒的なパワーだというのがおまえにはまだわからんのか?今のケインでも女王に通用するような魔力ではないことはおまえならわかるはずだろうが」


「しかし……!」


「奴が言った『魔力が中途半端に残った者がおる方が厄介』というのは戦力としての話ではない。カウダーのような者に戦闘能力が残っておれば、デュナミク王国そのものに危険が及ぶ可能性が高まり、数が多いほど奴一人では捌き切れんから厄介だというだけの話だ。奴がこの作戦を妨害せんのもそういうリスクを避けておるからだ」


「そういう……リスク?」


「もし奴が真っ先にケインを殺そうとするならば、俺たちはどう動く?」


「ケインを守りながら……女王を引きつけ、戦う」


「そう、バトンのようにケインを運びながらな。そして恐らく俺たちは結局全滅する。ケインに与える魔力も不十分なまま、自分たちに残った魔力も中途半端なまま、誰一人生き残れぬ」


「……女王がそれをしないのは……」


「やっと気づいたか馬鹿め。女王がそれをせぬのは、まず間違いなく犠牲を伴うからだ。少なくともここにおる兵士ども、そして俺たちがケインを運んで飛び回る範囲におる国民、それらは確実に死ぬ」


 もしもこの場に総司令官ヴァンピロ=ビスが生き残っていたのなら、女王に今攻撃するよう進言していたであろう。

 シマシマとゴアが言っているのは、あくまでも女王がそう思っていることの代弁に過ぎない。

 ケインがいる限り、二人は決してデュナミク王国の者を人質に取るような戦法はとらない。

 それによって得られる勝利をケインは喜ばないことを知っているからだ。

 そして、それが勇者という存在だということをヴァンピロも知っていた。

 今この時こそが勝ちをもぎ取る最大の好機だと、女王に強く進言していたであろう。

 だが、ヴァンピロ=ビスは既にいない。

 彼を喪ったことが単なる戦力の喪失だけでないことを、女王ロレッタはまだ知らない。


「俺が駄目って言ったのはそんなことじゃないよ、シマシマ」


 ザクロも場を離れ、現在流し込まれている魔力がゴア一人になったことで少し楽になったケインは、顔を上げてシマシマに言った。


「ロレッタが待つって言ったんだ。国を治める王が人前で言ったことを曲げるはずがない。だったら、それを俺たちが先に裏切るなんて許されない。俺が皆の魔力を背負うのを待つってロレッタが言ったんだから、俺たちはそれを果たさなきゃいけない。だからシマシマ、早く俺に魔力を……」


「ケイン、だけどおまえが……!」


「だーもううっせェなァ!!!あン頃のミスター傲慢ゼブラはどこ行ったンだ!?アァ!!?」


 喚き散らしながら、カウダーは拳を優しくケインの胸元に当て、魔力を流し込み始めた。


「トモダチならよォ、そいつ信じてさっさと魔力送りやがれってンだよ!!なァケイン?」


「か、カウダー……」


「……丸くなったよなぁ、本当」


「うっせェ!!言っとくがな、トモダチのトモダチだからって、俺とてめえがトモダチになったワケじゃねえぞ!?俺のトモダチはケインとライガとシーノと……だけだからな!!!」


「結構いるわね」


 クラリは素っ気なく言うと、ケインの右肩に手を置いて魔力を流し込んだ。


「集中なさい、ケイン=ズパーシャ。あなたが今から受け取る魔力はさっきまでとは別次元、魔王と最上級魔獣の力なのよ」


「っ……!!」


 正面からカウダー、右からクラリ、背後からゴアの魔力を受け、ケインの中にはもうほとんど他人の魔力がごうごうと渦を巻き、今すぐにでも発揮したいとばかりに暴発寸前の状態となっている。

 まだ彼らから全ての魔力を受け取ったわけではないが、それでもケインは左手をシマシマに伸ばし、催促した。

 力強く握った左拳は、生還と必勝を約束するというメッセージ。

 過酷な状況下で自分を安堵させようという勇者の優しさに触れ、シマシマもとうとう観念した。


「……わかったよ。俺だけワガママ言っててもしょうがないもんな」


 シマシマは竜人化を解き、元の竜の姿となって髭でケインの左拳を包むと、魔力を送り始めた。

 彼らの様子をじっと眺めながら、ロレッタは一言だけ感想を漏らした。


「珍妙ですね」


 勇者を囲って、本来は宿敵と呼ばれるべき存在であろう魔王とその部下が手助けをしている。

 珍妙と言われるに値する光景ではあっただろう。

 だが、当の本人たちは真剣そのもので、女王と打倒するための準備を着々と進めている。

 魔力の減少に伴って見た目に変化が現れたのは、ケインから見て前後の二人。

 炎王カウダーも魔王ゴアも、みるみるうちに体が縮んでいった。

 それは即ちケインの中に二人の魔力がほとんど収まっている証であり、それ以上のペースで流し込んでいるシマシマとクラリの魔力もまた、その大部分が今はケインの中にある。

 ケインは今、自分が受け取っているのが魔力だけでないことを実感していた。

 彼らの想いも受け取っているのだと、実感していた。

 ケインの味方として集結したが、彼らの目的は各勢力毎に全く異なっている。

 仇のため。

 自国のため。

 己の矜持のため。

 世界のため。

 ケインのため。

 それぞれ目的は異なるが、見ているものは同じだった。

 打倒女王ロレッタ=フォルツァート。

 それを成そうという想いは誰もが同じであり、だからこそ魔力と共に背負うことはできるのだと、ケインは思った。

 無論、想いがひとつになったからといって全員の魔力を背負うというのは簡単な話ではない。

 この奇跡をあたかも当然のようにやってのけようとしているのは、ひとえにケイン自身の勇者としての器。

 ドーズ=ズパーシャから受け継いだ最強の勇者という称号は、今まさに不動のものとなっていた。

 目の前にいるカウダーが掌サイズまで縮小している。

 背中に触れているゴアの手が、またしても少年の手に戻っている。

 ケインは笑って、軽口を叩いた。


「また魔力を溜める旅に出ないといけないな?」


「ふん、おまえが奴を倒してくれれば済む話だ」


「うん……それじゃあ」


 勇者は立ち上がり、仲間たちに見送られる。


「勝てよ、ケイン」


 シマシマに。


「勝ちなさい、ケイン」


 クラリに。


「負けンなよ、ケイン」


 カウダーに。


「行ってこいケイン」


 そして、ゴアに。


「……勝とう、皆」


 振り向かずに一言応え、女王を睨み付けたケインは、ここでようやく魔力を闘気と共に纏った。


「……そう、それで良いのです。これが一番手っ取り早い」


 女王も臨戦態勢となり、険しい表情で魔力を解き放つ。


「決着つけようぜ、ロレッタ」


 勇者ケイン=ズパーシャと女王ロレッタ=フォルツァート。

 最後の戦いがついに始まろうとしていた。

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