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第82話 女王の器

 炎王カウダーが総司令官ヴァンピロ=ビスに勝利した直後、デュナミク王国の空における戦況もまた変わりつつあった。

 ケイン、ゴア、シマシマ、クラリの4人を相手に互角以上に渡り合っていたロレッタ=フォルツァートに異変が生じたのである。

 突如苦しむような素振りを見せ、戦闘を中断したロレッタに対し、ケインたちは下の様子を察知したシマシマから朗報を聞いた。


「デュナミク側にはもう強い奴が残ってない!ライガたちは皆生きてるよ!!」


「そっか……!やったんだなライガ、シーノ、カウダー……!!」


 肝心かなめの敵が目の前にいる時ではあるが、シマシマの報告を咎めることは誰もしなかった。

 ケインは胸を躍らせ、クラリも少しばかり表情が和らいだ。

 ゴアだけは、ヴァンピロと名乗っていた男に対し、思うところがあったが。


「……そうか」


 そう言ったきり、ゴアがヴァンピロ、あるいは氷王ロズのことを口にすることはなかった。

 そして、ヴァンピロが死んだことがロレッタに起きた異変と大きな関わりを持っていることを、ケインは察した。

 戦闘を中断する前より、ロレッタに宿る『腕』の魔力が更に増している。

 ロレッタが苦しんでいる原因が、まさにそこだとケインは気付いたのだ。


「『腕』の魔力が膨れ上がり過ぎてるんだ……自分の体内じゃなく、『腕』として発現させていても支えきれないくらい、もう限界なんだ!」


 ケインの言葉に、ゴアもシマシマもクラリもあまりピンときていない様子だった。


「……魔力を受け継いだのであれば、力はそのまま増すのではないのか?俺たち魔に生きる者は、力が増すこともないが、膨れ上がった魔力に潰されるようなこともないぞ?勝手に漏れ出るからな」


「魔獣はそうなのかもしれない……でも、俺たち人間はきっとそうじゃない」


『きっと』、そうじゃない。

 他者から魔力を受け取るという発想をそもそも持ち合わせていなかったケインだが、もし自分が受け取った場合のことを想定し、推察した。

 人間が持てる魔力には限界がある。

 ケインが想像するに、それは自身の最大量のおよそ二倍。

 そこを超過した量の魔力を体内に取り込んだ場合、使用する魔法の威力や精度は著しく劣化し、体にも負担がかかる。

 無論、消費さえしてしまえば問題はないが、一度に消費する魔力量というのは、多くとも自身の最大量のおよそ三割程度といったところ。

 精度が落ちるのであれば、当然消費量の計算も狂い、自身の負担にならない程度の総量まで減らすことさえ難しくなる。

 ケインの推察は概ね正しく、ロレッタが陥っている状況もまさしくその通りであった。

 ロレッタの場合は、体内に収めておけるだけの魔力量はとうの昔に超過しており、体の代わりとして発現させている『腕』が器の役割を担っている。

 その『腕』でさえも支えきれないほどの魔力量に、ロレッタは苦悶しているのだ。


「つまり……こういうことか、ケイン?」


 微笑みながら問いかけるゴアの隣で、クラリとシマシマも高揚した様子で魔力を練り上げていた。


「多分……そういうことだ」


「だったら」


「遠慮は」


「要らんな」


 4人は一斉に攻撃を再開した。


「今がチャンス!!!!!」






 一方地上では、ヴァンピロの死により、戦力と士気が著しく低下したデュナミクの兵士たちが降伏を余儀なくされていた。

 彼らと交戦中で追い込まれつつあったビアンコ率いる海賊たちは安堵し、ジェラルドたち隊長格の拘束に向かった。

 だが、降伏はしたものの、デュナミクの誰もが未だに勝利を確信していた。

 自分たちは敗北したが、女王は決して負けない。

 誰の心にもその想いが根強く残っていたのだ。

 それを代表するかのように、拘束されたジェラルドが言った。


「貴様らが積み上げた勝利は、我らが女王陛下によって脆くも崩れ去るのだ。ここまでの奇跡的な快進撃、せいぜい噛みしめておくがいい。フッハハハハ……」


「気に入らねェなァ」


 そう返したのはカウダーだった。

 ヴァンピロが死んだことにより発生した瘴気で魔力は回復したものの、精神的な傷を癒すには時間を要し、ケインたちとは合流せずライガと行動を共にすることを選び大人しくしていたカウダーだったが、ヴァンピロに次ぐ地位を持ちながら敗北してなお生き延びているジェラルドに対し、怒りの炎がめらめらと燃え上がりつつあった。


「ロズ……てめえらで言うところのヴァンピロはその命を女王に捧げて負けた罪を償いやがったぜ?俺以外の生ぬるい連中は命までは取らねェでおいてやったようだがよォ、てめえらなりのケジメってヤツをつけようとは思わねえのかよ?あァ?」


「……死ねぬのだ」


「あ?」


 カウダーの怒りは、ジェラルドが無念の表情を見せたことで少し鎮まった。


「総司令官閣下が命を捧げたと言ったな。陛下の持っておられる『腕』の魔力は、既に陛下の御体では支え切れぬほど強大なものとなっている。それに気付けたのは私だけだった。だから私は、『腕』が逆に陛下の重荷となってしまわぬよう、我々にその魔力を分け与えてくださるように進言したのだ。総司令官閣下がおらぬところでな」


「あの女は確かにハンパじゃねえ魔力を宿してるみてえだったが、ナルホドな、限界までパツンパツンに無理やり魔力詰め込ンだ状態ってワケか」


 魔獣はいくら魔力を得ても、地力が上がることはないが、それが重荷となることもない。

 カウダーは氷王ロズでは気付くことができなかったとしても無理はないと思った。


「陛下は他の者に気遣わせたくはないご様子だったが、どうにか私の説得に応じてくださった。おかげで陛下の負担は減り、我々は本来の倍近い力を持つことができたのだ。だが、陛下がお困りになっていることを知らぬ総司令官閣下は魔力を受け取るのを固辞した。『弱い兵力を補うために魔力をお与えになるのはよろしいでしょう。ですが、あまり多量に魔力を消費されるのは、来たるべき戦いのことを思うと、感心いたしかねますな』と言ってな。陛下の苦労も知らず、あまつさえ敗北を命で償うことで更に負担を増やす……最期の最期に、総司令官閣下はとんだ無能を晒してくれた」


「ンだとコラァ!!!」


 一度は鎮火した怒りが再度燃え上がり、カウダーは拳をジェラルドに向けようとしたが、ライガがそれを止めた。

 無論、焼かれないように魔力で体を覆うのを忘れない。


「カウダーさん、落ち着いて!殺しちゃ駄目だって!!」


「止めンなライガァ!!一発くれてやるだけだ!!!」


「我々はこれ以上死ぬわけにはいかぬ。女王陛下が勝利してくださった後、出迎える人間がいなくては意味がないと、陛下はそうお考えだからな。死ねぬというのは祈りが重荷になるだけでなく、そういう面でもあるのだ。総司令官閣下にはそこのところがわからなかったようだが」


「テメェ!!!やっぱ500発ぐらいくれてやるァ!!!」


 口の減らないジェラルドに、カウダーの怒りは天井知らずだった。

 ライガはそれを一瞬で鎮める魔法の呪文とも言える言葉を知っていた。


「だーから!!魔力すっからかんになってる奴に一発でもかましたら死んじまうんだよ!!無駄に殺したらケインに怒られちまうぞ!!!」


「……嫌われるかな?」


「……嫌われるかも」


「じゃあやめとく。ヒヒッ」


「そうした方がいいぜ」


「馴染みすぎでしょあんたたち」


 ライガの後ろで見ていたシーノが呟いた。

 ケインだけでなく、ライガとシーノにもヒノデ国で助けられたことから、カウダーは彼らのことも好意的に見ていたのだった。

 ともあれ、どうにか怒りを抑えたカウダーは、燃え滾る炎はそのまま女王と戦うモチベーションとし、ケインたちと合流するため飛び立つ準備を始めた。


「ライガとシーノも来るだろ?他の連中は飛べねえか足手まといになるかだが、てめえらと俺が加わればケインたちの形勢も逆転するはずだしよォ。ロズの最期の祈りが女王にとって負担になったンだとしたら、俺らにはこれ以上ねえチャンスってことでもあるぜ」


「ああ、もちろん……」


 その時。

 カウダーの頭上に何かが凄まじい勢いで落下してきた。

 それを視認したカウダーは受け止めると、優しく地面に下ろした。


「ケイン!!!!!」


 落ちてきたのは満身創痍のケインだった。

 意識はあるものの、全身傷だらけで、手足は本来ならば曲がらない方向に曲がっている。

 ケインの皮膚が冷たくなっているのと傷のつきかたから、カウダーはあることに気付いた。


「この力……ロズの……!!」


「ち、く、しょう……!せっかく、チャンスだと思ったのに……!」


 直後、ケインを追うようにゴア、クラリ、シマシマが降下してきた。

 ケインほどではないが、彼らも全身に夥しい数の傷を負っている。


「クラリ、ケインを治せ。女王が追いつく前に」


 ゴアの命令に従おうとするクラリを、カウダーの怒声が止めた。


「オイ、ナメンなよゴア!!!こンな傷治すぐらいのこと、俺だってできらァ!!!」


 カウダーの掌から小さな火がケインを包み、傷を癒していく。

 ゴアも初めて見るカウダーの治癒魔法に、ケインは笑った。


「本当にできたんだ、ヒーリング……」


「ヒヒッ、言ったろ?俺は炎でなンでもできるってよォ」


「教えたの私」


 クラリの横やりをカウダーは無視した。


「ンなことよりよォ、なンでてめえら揃いも揃って負けてンだよ!?ロズの祈りが負担になってこっちが有利になってチャンスでドーン!!じゃねえのかよ!!!」


「俺たちもチャンスでドーンだと思ったんだけど……」


「この国を想って捧げてくれた従者の祈りが、わたくしにとって何か不都合なものになるとでも思ったのですか?」


 一同が見上げると、ロレッタ=フォルツァートがゆっくりと降下してきていた。

 額に汗が滲んでいる以外は、見た目の変化は戦闘前と何ら変わらない。

 ロレッタは眼下の敵に見せつけるが如く、『腕』を広げた。

 魔力満ち溢れる両方の『腕』は、神々しい光を放ち、微量ながら冷気を帯びている。

 ケインの治療を急ぎながら、カウダーは鋭い視線を『腕』に向けた。


「やっぱ氷結魔法か……!」


 ヴァンピロの祈りによって受け継がれたのは魔力だけではなかった。

 彼が得意としていた氷結魔法までもロレッタは受け継ぎ、その威力は『腕』に宿る魔力によって数倍も増していた。

 受け継いだことによって『腕』の持つ魔力がロレッタの負担になっていることもまた事実だったが、ロレッタは尋常ならざる意志の力でそれを制御していた。

 デュナミク王国永遠の繁栄、この絶対的な大義を果たすために捧げた従者の祈りに潰されるようなことがあってはならないと、女王としての器が制御を可能にしたのだ。


「俺の前であいつの技を見せンじゃねェ!!!」


 激昂したカウダーは治療を終えたケインを下ろすと、ロレッタへと突撃する。

 ケインが戦線離脱したことで躊躇なく降下してしまったゴアたちをどう処理すべきか考えていたロレッタにとって、この展開は好都合であった。

 戦いの場が地に近づくほど、国民に危害が及ぶ可能性が高まるからである。

 向かって来るのならば、対処は容易い。


「『秘緋燈(ヒヒヒ)火's狂喜乱舞(ヒズパニック)ゥ』!!!!!」


 カウダーは全身の炎を拡散させ、無数の火炎弾を発射した。

 ロレッタの『腕』に対抗するための、広範囲攻撃である。

 尤も、それが通用するものかどうかは別問題。

『腕』に届くことさえなく、『腕』が発する魔力だけで火炎弾は次々と消滅していく。

 氷結魔法以上の冷ややかな眼でロレッタはカウダーを睨んだ。


「炎の怪物、この『アラルガンドの右腕』と『ストリジェンドの左腕』はあなたが我が国を襲ったことがきっかけで生まれたものです。かつてあなたが行ったことの報い、残酷な死で以て受けなさい」


「報いを受けンのはてめえの方だ!!ヒヒャハハハハハハ!!!!」


 通用せずとも攻撃を繰り返すカウダーの後ろで、ゴアはケインの背に右手を当てながら言った。


「カウダーは戦闘の天才だ。加えてクラリからあらゆる戦闘術を学んでおる。攻勢に出つつ死なぬよう戦うことにおいて、奴の右に出るものはおらん」


「……つまり何が言いたいんだ?」


「時間が稼げる」


 ケインとゴアは笑った。

 敵の圧倒的な強さを体感し、実感し、痛感してもなお、彼らの心は折れていなかった。

 勇者と魔王は、共に打開策を見出していたのだ。


「で、時間稼ぎの後、どうするつもりなんだ?」


「それはおまえもわかっておることだろう?」


「……やっぱりそれしかないよな」


 ケインとゴアの周囲に、仲間たちが集まってきていた。

 クラリ、シマシマ、ライガ、シーノ、赤影、青影、緑影、黒影、桃影、ザクロ、そして海賊たち。

 ケインは、背中からじんわりと力が流れ込んでくるのを感じた。

 ゴアが自らの魔力を与えていたのである。


「ケイン、女王に出来ておまえに出来ん道理はない。俺たち全員の力を背負って、女王に打ち勝て」

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