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第81話 「俺はトモダチのために勝つ」

 ケインとの戦いに敗れ、魔力切れを起こして体が消滅する直前、カウダーは彼と様々なことを話した。

 これはその一部である。


「ククのために戦ったンだよな?てめえら人間は、自分じゃねえ何かのために戦えば、普段より力出せるってワケなのか?」


「少なくとも俺はそう。いつもより心が強くなれるんだ。心が強くなると、力も強くなる。ならないって人もいるかもだけど、俺はなるよ」


「ヒヒッ、魔獣じゃああり得ねえことだな。氷王ロズって馬鹿がその証拠だ。ゴアへの忠誠心が具現化したみてえな奴だったが、結局ゴアのために戦おうが、ブッ殺されちまいやがった。自分じゃねえ何かのためにってのは、俺たち魔獣には働かねえ力ってワケだ」


「そうかな?」


「あン?」


「氷王ロズを倒したのは俺のご先祖様だ。その人は常に世界を救うために戦ってたはずだ。その人の世界を救うという想いと、氷王ロズのゴアを護ろうという想い、それがぶつかり合った結果なのだとしたら、魔獣は自分じゃない何かのために強くはならないとは限らないんじゃないかな?」


「……今となっちゃあ、確かめる術もねえ。ロズは死ンだンだからな。だがもし、魔獣でも自分じゃねえ何かのために強くなれるってンなら……」


 カウダーはそこまで言いかけて、話題を変えた。

 何が言いたかったのか、ケインも追及はせず、この会話は思い出の一部分として互いの心に大切に仕舞われている。





 ヴァンピロからの猛攻に耐えながら、カウダーの頭にはケインとの会話が何度も巡っていた。

 飛んでくる氷の剣に炎の拳を打ち付け、致命傷を避けているものの、反撃には中々移れない。

 国のために戦い、その想いが募る毎に勢いを増すヴァンピロ=ビスの攻撃は、カウダーにとってまさに脅威であった。


「てめえが戦うのはこの国のためか……だったら俺ァ……!!ケイン……!!!」


 胸にある熱い想いを表面化させるように、カウダーは全身の炎を燃え滾らせる。


「俺に力ァ貸しやがれ!!!」


 そんなカウダーの様子を、ヴァンピロはせせら笑った。


「無駄だというのがまだわからんのか。貴様は魔獣、私は人間。私が今発揮している想いの力というのは人間独自のものだ。魔獣ではこの力は使えん……まして、マキシマムサンストーンという明確な弱点を抱えたまま、それを克服できないでいる貴様ではな……!」


 氷の剣は揺らめく炎に晒されながらも僅かに形を崩すこともなく、カウダーの右目の奥、マキシマムサンストーンに狙いを定める。

 更に氷結魔法の出力を高め、トドメを刺すべくヴァンピロが剣を突き立てようとした時、カウダーは言った。


「そンなに悔しかったのか?」


 その問いかけに、ヴァンピロから表情が消えた。

 逆鱗に触れたことを察しながらも、カウダーは続ける。


「氷王の名を貰って、他の最上級魔獣(エクストラ)に並ぼうと必死に頑張って、それでも追いつけなかった。てめえより強い竜王ゼブラも黒魔女クラリも、てめえと互角だった俺だって、てめえほどゴアに対して忠誠心なンざ持ってなかったってのに」


「……黙れ」


「てめえは誰よりもゴアに忠誠心を持ってたのに、ゴアのために頑張ったのに、それでも奴らのような強さを手に入れられなかった、それが何より悔しいから、氷王ロズの名が憎くって仕方ねえのか?」


「黙れ」


「魔獣は強さの上限が生まれた時点で定められてるって、ゴアもてめえもよく言ってたがよう、結局てめえの言ってるそれは、悔しさからの当てつけってやつじゃねえのかよ?」


「黙れええええええええええ!!!」


 ヴァンピロは氷結魔法の出力を最大にし、力任せに氷の剣を突き立てた。

 カウダーが如何に炎の威力を強めようとも、それを止める手立てはない、はずだった。

 激しく全身の炎を燃え滾らせたところからが、カウダーの作戦だった。

 ヴァンピロが剣を突き立てたその瞬間、カウダーは逆に、これ以上ないほどに炎の威力を弱めた。

 氷の剣から放たれる氷結魔法は、カウダーの体を再び凍らせた。

 剣が氷に邪魔され、突き進められないほどの硬さまで。


「っ!?」


 冷静さを欠いたヴァンピロは、想定外の出来事に一瞬混乱し、剣から放たれる氷結魔法の威力を咄嗟に弱めてしまった。

 その隙を見逃さず、カウダーは氷から脱出し、ヴァンピロの後ろに回った。

 全身の炎は、先程と同様にケインへの想いで燃え滾っている。


()ったァ!!!」


「させるかァ!!『ダダンズヴェリオ』!!!」


 崩れた体勢から苦し紛れに放たれた氷結魔法だったが、それでもカウダーを追い払うだけの威力を発揮してみせた。

 体中のあちこちにある凍りついた部位を溶かすカウダーの息は荒い。

 興奮と焦りでこれまでにないほど乱れているヴァンピロの息遣いよりも、である。

 度重なる氷結魔法を受けてのダメージと、それから逃れるために消費し続けた魔力。

 更に、無理にケインのためにと自らを鼓舞した結果、魔力の消耗は加速していた。

 それを見抜いていたヴァンピロは、口元を歪めて言った。


「だから言ったのだ。魔獣では実力以上の力など発揮できはせぬ。勇者にどれほど入れ込んだかは知らんが、そのためになら強くなれるなどという妄想を抱いた己の愚かさを嘆きながら死ぬが良い」


 氷の剣を向け、ヴァンピロは突きの構えを取った。


「さっきのような失態は期待せぬことだ。もう無意味に氷結魔法の範囲を広げたりはせぬ」


 言葉通り、氷の剣は内側からの氷結魔法により洗練され、外側には一切魔力を漏らさず、鋼を優に超える強度となっていた。

 一方のカウダーは、ヴァンピロの言葉を受け、残る魔力が非常に少なくなっていることを自覚した。

 十分な威力を持つ技を放てるのは、せいぜいあと一発。

 それも、ヴァンピロに通用するものとは到底思えない。

 ケインを想って、己を鼓舞し、戦ったが、結局はそれも通用しなかった。

 諦めかけたその時、カウダーはケインの言葉を思い出した。

 黒魔女クラリに預かってもらっていたマキシマムサンストーンをケインが受け取りに行った際の言葉。

 自分に対して言ったわけではないが、妙に胸に残る言葉だった。


「オーロにだって俺は勝つよ。自分が一番力を発揮できる時、それが『相手のために』戦う時だってことを、ドーズ様に教えてもらったからね。オーロのために、俺は勝つ」


『相手のために』戦う。

 その言葉を何度も反芻するような時間は、カウダーに残されていなかった。

 氷の剣を先頭に、ヴァンピロが突進して来ていたのだ。


「これで終わりだカウダー!!!私はヴァンピロ=ビス!!!この勝利は我が国のために!!!デュナミク王国のために私は勝つ!!!!!」


「ロズ……」


 ヴァンピロの狙いは明白、カウダーの右目の奥にあるマキシマムサンストーン。

 さっきまでのカウダーならば、避ける術も防ぐ術も持ち合わせてはいない。

 だが。

 この時。

 炎王カウダーの胸中には、これまで灯したどの炎よりも熱い想いがあった。

 敵が迫る一瞬だけ与えられた間で、それを口に出した。




「俺は()()()()のために勝つ」




 その言葉と共に、カウダーは炎を吐き出した。

 威力も精度もこれまで以上のものであることから、ヴァンピロはこれがカウダーの放つ玉砕覚悟の最後の一撃なのだと判断した。

 発せられた言葉には微塵も怯む様子を見せず、冷静にヴァンピロは迫る炎を躱し、氷の剣を突き刺した。

 刺した箇所はカウダーの右目の奥、マキシマムサンストーンがある個所である。

 否。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 刺した感触で、ヴァンピロはマキシマムサンストーンがそこにない事実に気付いた。

 気付いたものの、理解は追いついていない。

 当然である。

 ヴァンピロが今刺している炎は、紛れもなくカウダーの肉体を構成する『器の炎』。

 器がどのように形を変えようとも、必ず右目の奥にはマキシマムサンストーンが存在するというのが決まりである、はずだった。

 だが、器の中に収まっているはずのマキシマムサンストーンが、一切感知できない。

 今しがたまで確かにあったはずのマキシマムサンストーンが、そこにはない。

 絶対に起こり得ない現象に、ヴァンピロは後ろを振り返ることさえできなかった。

 カウダーが炎を吐き出したのは攻撃のためでなく、マキシマムサンストーンを紛れ込ませて攻撃を回避するために吐き出したという事実と、向き合うことができなかった。

 剥き出しとなったマキシマムサンストーンから新たに『器の炎』で肉体を再構築したカウダーが、後ろから本当の最後の一撃を繰り出そうとしていることを、受け容れることができなかった。

 背に炸裂した炎の拳が腹を突き破る、その時まで。


「バ……カ……な…………!!」


 意識の外から繰り出された拳は、臓腑を焼き尽くし、血液を蒸発させていく。

 鋼を超える硬度を保っていたはずの氷の剣は溶け、刺さっていた抜け殻の『器の炎』に呑まれると、『器の炎』は主人の元へと還った。

 この瞬間、周囲を覆っていた冷気と熱気は消え失せ、中央に立つ二人の戦士は互いに決着を認めた。


「……不覚。貴様の友を想う心が、よもや奇跡さえ呼び起こしたか……勇者という存在は、それほどのものだというのか……」


 敗北したヴァンピロだが、その表情に曇りはなかった。

 魔獣が己の限界を超えたという事実。

 それがかつての自分ではなく嫌悪していた炎王カウダーだというのは悔しさも確かにあったが、むしろ心にあったしこりが取れ、人間として生を受けて以来の晴れやかな顔になれた。

 勝者となったカウダーは、拳の炎を弱めたが、腹から引き抜こうとはしなかった。

 ヴァンピロの死は最早確定し、あとはそれが早いか遅いかの違いでしかないが、彼はなるべく死を遅らせることを選んだ。

 最期に話しておきたいことが山ほどあったのである。


「ロズ、俺は……」


 だが、ヴァンピロの方はそうではなかった。


「『フェダウト・アラルガンド・ストリジェンド』」


 ヴァンピロの体は、カウダーに貫かれた腹部からビリビリに引き裂かれ、それによって胸から上の部分だけがずるりとその場で崩れ落ちた。

 血は冷気を伴って、断面から少しずつ削り取られ白い雪へと変化し、天へと昇っていく。

 ロレッタの持つ『腕』に祈りを捧げ、ヴァンピロは最期の務めを果たしたのだ。

 そんなことは知る由もなく、驚愕したカウダーは声を荒げた。


「な……ンだよ……これはァ!!?ロズゥ!!!なンの真似だよオイ!!コラァ!!!」


 ヴァンピロは自身の生命力の高さを呪った。

 本来ならば即死できたはずの『腕』への祈りだが、まだカウダーとの会話ができるだけの時間が少しだけ残されてしまった。

 それも自分が完全に消滅するまでの僅かな間に過ぎないが、ヴァンピロにはそれが苦痛でならなかった。

 話せるということは、未練が生まれることになる。

 カウダーに対してこれまで存在しなかった未練が残るというのが、何より苦痛だったのだ。


「……生者に勝る死者なし」


 氷王ロズであった頃からの口癖を言ってから、観念したようにヴァンピロはカウダーに目を合わせた。


「女王陛下が負けるようなことがあるはずはない……が、私に勝った貴様が勇者や魔王……たちと、合流するのならば……万が一があるかもしれぬ。私の魂は……女王陛下に宿る至宝『アラルガンドの右腕』と『ストリジェンドの左腕』に……捧げさせてもらった」


「ロズ……!!!」


「勇者とは、つくづく……厄介なものだ。氷王ロズだった……私を、殺し……貴様を友とし、魔獣の理すら超越する強さを……身に着けさせた。勇者に……私は……二度、殺されたのだ」


「違う、ロズ。俺は……!」


「言うな……!!」


 既に肺をも失った肉体で、絞り出すようにヴァンピロは怒鳴った。


「私はデュナミク王国のヴァンピロ=ビスだ……その私が……私がヴァンピロである内は…………それを言うことは許さぬ。例え貴様が、私より強くともだ……」


 ヴァンピロはこの時、カウダーに指差したつもりだったが、彼の肉体は最早首を残すのみとなっていた。


「カウダー……ひとつだけ、答えてくれ。もし私がまた……生まれ変わって……今度こそ、今度こそ魔獣として生まれ変われたとしたら……その時は……」


「バーカ」


 カウダーがヴァンピロに向けた声色は、ケインに向けるそれと同等のものだった。


「そン時ゃもっぺン喧嘩からだ」


「……フフ…………ハハハハハハ……」


 それを聞けたことで、ヴァンピロの心には未練と共に、新たな願いが生まれていた。

 今度こそ魔獣として生まれ変わるという、強い願いだった。

 もうすぐ喋ることもままならなくなると悟り、ヴァンピロは最期の別れを告げた。


「さらばだ、カウダー……私の最も嫌いな魔獣よ……!!」


 この時カウダーの周りでは、デュナミクの兵士たちがヴァンピロの敗北によって狼狽し、騒ぎ立てていたのだが、その声は一切彼の耳には入っていなかった。

 ヴァンピロの体が全て雪となり、天へと昇るのを眺めながら、カウダーは小さな火を打ち上げた。

 それは一粒の雪に当たると、雫となってカウダーの頭へと落ち、そのまま蒸発した。


「……またな、()()()()

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