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第80話 魔獣の力、人間の力

「ふっ……凍る炎を見られるのはそうあることではないだろうな。礼を言うぞ炎王カウダー、貴様のおかげで面白いものを……」


 喋る最中、ヴァンピロはカウダーに纏わりつく氷が少しずつ割れていくのを感じていた。

 追撃の氷結魔法を放たれる直前に、カウダーは内側から炎を全開にし、氷の剣が刺さった自らの体を爆発させた。


「ぬっ」


 ヴァンピロは爆炎に巻き込まれまいと防御を固めたことで、カウダーの脱出を許す形となってしまった。

 息切れ代わりに体中の炎を激しく揺らめかせながら、カウダーはヴァンピロから距離を取る。

 炎であるが故にカウダーの表情は読み取りにくいが、焦りの色が浮かんでいることをヴァンピロは悟っていた。

 200年前、確かに互角だった両者の力量。

 それが今は大きく差がついている。

 カウダーは以前ケインに敗れた時とは違い、クラリの魔力によって全盛期の力を取り戻した。

 だが、それでも今のヴァンピロには及ばないという現実。

 ヴァンピロが氷王ロズだった頃をよく知るカウダーが焦るのも無理はない。

 対照的にヴァンピロは落ち着き払った様子を見せつつ、内心では炎王カウダーを上回る力を手にしている喜びと、それが氷王ロズ由来の喜びであるという後ろめたさとで複雑な高揚感に見舞われていた。


「ふん、いつまでも凍らせたままにしておけるほど甘くもない、か。だがこれで私と貴様、どちらの魔力が上か、流石の貴様でも理解はできただろう」


「……氷と炎の出力勝負になったら勝ち目がねえってとこだけは素直に認めてやるよ。あくまでそこだけだがな」


「そう。真っ向からであれば貴様は私に勝てない。となれば、次に貴様はこう考える。『俺の火は野郎の氷なンざ目じゃねえほどバリエーションに富ンでる。野郎が勝ち誇ってる間にその隙突いてブッ殺す策ぐらい、この炎王カウダー様はいくらでも考え付くぜ』とな。違うか?」


「ヒヒッ、てめえが勝ち誇ってンのは事実だな。浮かれてる時、妙に饒舌になンのは昔からだ」


 カウダーの右手には、既に反撃のための魔力が練り込められている。

 腕を回転させながら魔力を解放することで、それは大きな火の輪となり、更に回転速度を高める。


「勝ち誇れンのは今の内だ!!せいぜい顔に出して笑っとけよ!!!『秘緋燈(ヒヒヒ)巨大炎輪(ジャイアントヒリング)』!!!!!」


 高速回転する火の輪が撃ち出され、ヴァンピロへと迫る。

 ヴァンピロは両手に魔力を込めると、前に突き出して火の輪を受け止めた。


「ぎぃぃぃ……!!」


「ヒヒャッハ!!実体のある炎だぜェ!?切り刻まれちまいなァ!!!」


 カウダーの言葉通り、火の輪は回転により斬撃とも言える攻撃となっており、単なる炎であれば受け切れるヴァンピロの手を少しずつ鮮血に染めていった。

 両手の血を眺めながら、ヴァンピロはそこからバンパパイヤ特有の甘い匂いがしないことに笑みを浮かべ、呪文を唱えた。


「『ダダンズヴェリオ・銀の(シルバー)反射鏡(リフレクション)』!!!」


 氷結魔法が火の輪を包み、氷の輪と変貌を遂げてカウダーの元へと跳ね返っていく。

 いち早く跳ね返されることを予見したカウダーは背中から炎の翼を出現させて飛び上がり、それを躱した。

 だが、氷の輪は地面に激突して飛散すると、今度は氷の弾丸と化して追跡を始めた。


「『ダダンズヴェリオ・銀の追跡者(シルバートレーサー)』!!逃がしはせん!!」


「そうかよッ!!」


 無数に襲い来る氷の弾丸を、カウダーは自慢の炎で全て包み込み、今度は炎の弾丸へと変化させた。


「手元から離れりゃァ魔法の精度がガクンと落ちる!これも昔と変わンねえなァ!!」


「だからどうだと言うのだ!貴様がその火炎弾をいくら私に撃ち込もうとも、私に致命的なダメージを与えることはできん!」


「やってみなきゃァ……!!」


 弾丸はカウダーの周囲でより燃え盛り、火の輪と同様に回転して威力を高めていく。


「わかンねえだろうがァ!!!『秘火・火霰(ヒナアラレ)』!!!」


 上空から撃ち出された炎の弾丸に対し、ヴァンピロは防御体勢を取ったが、弾丸はヴァンピロの体を掠めることすらなく、全て地面に着弾した。

 一瞬疑問に思ったヴァンピロだが、すぐにその意図に気付いた。

 炎の弾丸は全て、ヴァンピロの氷の弾丸を包んで作られたものである。

 氷を解かさずに内包したまま撃ち出すことで、着弾と同時に炎と氷が混ざり、水蒸気となってヴァンピロを取り囲んだのだ。

 つまり、カウダーが放ったのは攻撃ではなく、その予備段階の目くらましである。

 そのことにヴァンピロが気付いた時には、ヴァンピロの周囲は足元すら見えないほどの水蒸気が覆っていた。


「成程……ここで生まれる隙を突くのが貴様の策か」


 だが、この目くらましには致命的な欠陥がある。

 水蒸気は炎の化身たるカウダーが突入した場合、その熱気によって消え失せてしまう。

 無論、そのことをカウダーが気付いていないはずはないとヴァンピロも承知しており、故に攻撃が来るとすれば、地中を掘り進んで足元から来るに違いないと読んだ。

 迎撃のため、無言のまま氷の剣を右手に作り出し、足元に注意を向ける。

 カウダーが位置を特定しやすいよう、わざと地面を擦るように足を動かし、周到な準備を整えた。

 地面が僅かに振動するのを感じ、ヴァンピロはカウダーの策を読み切ったと確信し、氷の剣に力を込めた。


「そこだ!!」


 地面が盛り上がり、攻撃が飛び出るという直前、氷の剣が突き立てられた。

 剣に突き刺さった炎が瞬時に凍る様を見て、ヴァンピロは痛恨のミスを犯したことに気付いた。

 地中を掘ってきたのはカウダー本体ではなく、ただの火炎弾に過ぎなかった。

 更に、ヴァンピロが犯していたミスはそれだけではなかった。

 水蒸気は単なる目くらましではない。

 ヴァンピロの体を覆うことで、彼の思考を読み、それをカウダーに伝えていたのだ。

 炎から水蒸気に変換されたために、ヴァンピロはそこに気付くことができなかった。


「そこじゃねーよ」


 かけられた声は、ヴァンピロの真後ろからであった。

 既に水蒸気は晴れていた。

 炎王カウダーの熱気によって。


「隙突かせてもらうぜェア!!!『秘緋燈(ヒヒヒ)狂想炎舞曲(シャル・ヒィ・ダンス)』!!!!!」


 ヴァンピロが振り向いたと同時にカウダーの拳が顔面に炸裂し、怒涛の連続攻撃が始まった。

 殴られた衝撃を踏ん張って耐えようというところに蹴りが舞い込み、膝が崩れ倒れ込む顎に更に拳がぶち込まれる。

 体勢を立て直そうとする初動を押さえるように与えられるその攻撃は、ヴァンピロの肌を容赦なく焦がし、肉体に深刻なダメージを与え続ける。

 氷の剣を振って反撃しようとするが、体勢を崩したまま手だけ振ろうとも、カウダーの動きを止めるには至らない。

 何度も攻撃を加え、トドメの一撃をカウダーが与えようというその時、氷の剣がカウダーの眼前に迫った。


「ちぃッ!」


 拳で剣を弾いたことで、カウダーはヴァンピロが体勢を整える隙を作ってしまった。

 しかし、カウダーにはわかっていた。

 今の反撃は、偶然でなくヴァンピロが狙って行ったものだったということを。


「炎王カウダー……貴様を倒す手段は……ふたつ、ある……」


 ヴァンピロは呼吸を整え、回復魔法で全身の火傷を癒す。


「ひとつは、貴様が炎を出せなくなるまで……攻撃を与え続け、魔力切れを起こさせることだ。そして、もうひとつ……貴様のその、右目……その奥にある……」


 氷の剣でヴァンピロが狙っていたのは、まさにそこだった。


「マキシマムサンストーン……貴様の核、心臓とも呼べる部位を……破壊することだ」


「……今のてめえが、それやれンのかよ?そのボロボロの体治すだけで、魔力残らねえンじゃねえか?」


 カウダーがそう言い終わる頃には、ヴァンピロの体は元通りに回復していた。


「言っただろう?私は氷王ロズを凌駕したと。貴様はあの頃のまま、何も変わらぬ。マキシマムサンストーンという重大な弱点を克服することもできぬ。先程の攻撃もそうだ。あの頃と威力も精度も、何ひとつ変わってはおらぬ。だが私は違う!!」


 ヴァンピロは再び全身に魔力を漲らせる。

 それは最初にカウダーを凍らせた時をも上回る勢いだった。


「てめえ……そンな力……どこから……!!」


「生まれた時から全てを定められた魔獣では持ち得ぬ力だ!!自分ではない何かのために、実力以上の力を発揮できる!!それが人間の力!!私はヴァンピロ=ビス!!デュナミク王国永遠の繁栄のため、炎王カウダー!!貴様を倒す者だ!!!」


 ヴァンピロが言葉を発する毎に、魔力はより高まり、溢れる。


「自分じゃねえ、何かのために……!」


 カウダーの頭に浮かんだのは、かつて同じことを言った親友の姿。

 自分ではない何かのために実力以上の力を発揮できるのが人間の強さだと、そう最初に教えてくれたのが、彼の最初にして最大の友、ケイン=ズパーシャだった。


「ケイン……!!」


 魔獣の力と人間の力。

 生き方という意味ではまるで違う存在ではあるが、感情を持ち、それに従って動くという意味で、それらにさしたる違いはないはずである。

 ならば、と。

 炎王カウダーは、生まれて初めて、自分ではない何かのために戦う決意を固めた。

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