第8話 海賊キャプテン・オーロVS女王ロレッタ=フォルツァート
『アラルガンドの右腕』に殴りつけられたコンリード・バートン号は、キャプテン・オーロの予測通り、海に向かって吹き飛ばされていた。
大きく傾く船体から振り落とされまいと、全員があちこちで必死にしがみついている中、ただ一人、オーロだけは、船首に立ったまま余裕の笑みを浮かべながら目を閉じていた。
目を閉じたまま、冷静に、ひたすらに船にだけ意識を向け、念じ続ける。
オーロが念じたことで、やがてコンリード・バートン号は、吹き飛ばされながらも、水平に体勢を立て直した。
そのまま海面へ豪快に着水すると、船は凄まじい波しぶきを上げつつも、転覆は免れ、その場に留まった。
殴られた船体に損傷はない。
船が着水した場所は、先程飛び立つ前の地点からはさほど離れてはいなかったようで、周辺には待機していた他の海賊船が6隻停泊していた。
着水の衝撃で、船内に大量の海水が流れ込む。
ケインはうっかり海水を飲み込んでしまい、むせかえる。
「げほっ!げっほ……本当にしょっぱいんだな」
初めての海水に純粋な感想を漏らしていると、船員の一人が叫ぶ。
「じょじょじょじょじょ女王があああああ!!!」
見ると、ロレッタが真っ直ぐにこちらへ飛んできていた。
確実にオーロを仕留めようと言わんばかりに、飛び方に迷いがない。
両方の巨大な『腕』も、女王の両隣で構えられている。
『腕』に重さという概念はないらしく、飛ぶ速度に影響は全く出ていなかった。
もう数分もしない内に、また攻撃が始まる。
船内にいるオーロ以外の全員がそう震え出した時、どこかから声が聞こえた。
「こんな朝早くどこ行ってたんだオーロ船長!!」
声に気が付いたオーロは、辺りの船を見渡すと、何もない空中を見ながら話す。
他の船から、誰かが拡声魔法で話かけてきたのだ。
「その声は…ロッソだな!おはよう。そんでただいま」
「おはよう!じゃねえよ船長!!おかえり!!敵が来てんのか!?」
「すまんすまん。デュナミクの女王が来てたもんでな、話し合いしてたんだ。んで、拗れた」
「拗れた!?ってこたぁ、女王はまた殺しに来てんだろ!!俺らは何したらいい!!」
「よっしゃ、指示出すぞ。ロッソ、それにヴェルデの船もこっちに近いな。女王は目算でだいたいあと180秒後に射程内に入る!おまえらの船は合図したらコンリード・バートン号と同時にありったけの大砲をぶっ放せ!!」
「了解!!」
そのままオーロは他の船の位置を確認すると、そちらに向かっても指示を飛ばす。
「ブルとジャロ!おまえらは俺らの大砲を女王が耐えてそのまま突っ込んできたら、全員で雷撃魔法を撃って動きを止めろ!ぺスカとグリージョの船は全員浮遊魔法を各々の船にかけて待機!合図が出たら同時に飛んで、雷撃に怯む女王を左右から挟み込め!!」
「よしきた!!」
「がってん!!」
他の船の乗組員たちが、拡声魔法で返事を飛ばす。
「よし」
オーロはおもむろにポケットからチーズを取り出すと、それを頬張りながらケインに言った。
「あれらの船に乗る一番偉い奴は『リーダー』って呼ばれてんだ。どんなに海賊としての規模がデカくなって、船がいっぱいあったとしても、『船長』と呼ばれるのはこのキャプテン・オーロだけなのさ」
「悠長なこと言ってますけど、この船の人たちには指示出さなくていいんですか?」
「あん?指示ならさっき出したろ、ロッソとヴェルデの船と同時に大砲をありったけぶっ放せって」
「それ、この船に対しては言ってないですよね?」
「こういうのは文脈で伝わるもんだからいいんだよ」
「でもほら、誰も動いてませんよ」
オーロが船内を見回すと、確かに船員は誰一人として大砲などには目もくれず、それぞれ泣き叫んだり、逃げ惑ったりしている。
中にはもう諦めて楽しい気分のままに死のうと、酒樽に首を突っ込んでラム酒をがぶ飲みしている者までいる始末だ。
その様子を見ながらオーロは咳払いをすると、思い切り叫んだ。
「てめえら!!海と空の支配者のクルーがなんてザマだ!!!」
オーロの声にぎくりとした様子で、一斉に船員は静まり返る。
オーロは滅多なことで声を荒げたりはしない。
ましてや味方に対してなどは年に一度もないほどだ。
それだけに、オーロの一喝は船員たちに対して絶大な効果を持っていた。
チーズをまたひと口かじりながら、オーロは続ける。
「いいか、俺は誰だ?俺は不死身のキャプテン・オーロだ。この船はなんだ?こいつは無敵のコンリード・バートン号だ。それじゃあおまえらは?おまえらは、この海で最も強い男の下で働く、この海でただ一つの船に乗る海賊だ。この船は壊れない。俺は死なない。だったらおまえらだって死ぬわけがない。そうだろ?生きることに貪欲であれ。俺がいつも言ってる言葉だ。だけどな、それは死ぬことに臆病になれってことじゃねえ。生きるってのはな、死ぬことを忘れるってことなんだよ!」
船長からの言葉を一言一句聞きながら、船員たちは全身に力がみなぎるのを感じる。
必ずやり遂げられる、そう信じられるようになってくる。
「女王が射程内に入ったら大砲をぶっ放せ!!おまえらは最強の海賊のクルーなんだ!!!」
「オオォ!!!!!」
気合いに満ちた雄叫びで船員たちが応え、迅速に動き出す。
船長の声に勇気が湧いてくる気がしていたのは、ケインも同じだった。
ケインが恐怖したのは、まさにその時であった。
オーロという海賊が持つ、カリスマ性とでも言うべきか、とにかく何か魅かれるものに対してである。
海賊という存在は悪だ。
それは間違いない。
だが悪人だから恐ろしいというわけではない。
真に恐ろしいのは、ケインはこのオーロを、まるで嫌いにはなれないのだ。
次に会ったら倒すために戦わなければならない存在であるはずなのに。
言っていることにどれだけ真実があるのかも不明瞭な、軽薄な悪党であるはずなのに。
今別れるのが、既に惜しくなってしまっている。
勇者である自分より遥かに強い人間がたった1日の間に3人も現れたという事実は、ケインの中の正義を揺るがすに値する出来事だった。
それでも未だ、根幹の部分において、ケインは勇者で、正義であり続ける意志を持ち続けていた。
オーロはこの後、また船を飛ばす。
船が飛んで、下がまた陸地になったら、そこに降りて逃げよう。
これ以上この男を気に入ってしまう前に。
右腕の勇者の証を眺めながら、ケインはそう決意を固める。
ほぼ同時に、オーロが叫んだ。
飛んできていた女王が、射程内に入ったのだ。
「撃てえ!!!!!」
つい今しがた指示を出したばかりだったにもかかわらず、船員たちの準備は万全だった。
船長からの号令に即座に反応し、次々に大砲を発射させる。
それはロッソ、ヴェルデと呼ばれた者たちの船でも同じだった。
何十発という砲弾が、ロレッタへと放たれる。
ロレッタが自身の腕を交差させると、それと連動するかのように『腕』も同じく動き、ガードの構えをとる。
1発、また1発と着弾し、爆炎が彼女を包み込む。
ロレッタの姿が爆炎で一切見えなくなっても、海賊たちは攻撃の手を緩めることはない。
情け容赦のない砲撃は10分ほどにも及んだ。
ようやく3隻ともに砲弾が底をついた頃、もう女王の影も形も残ってはいない、船員たちはそう確信していた。
だが、オーロだけは違った。
「…あれぐらいで死ぬような『腕』なら、別に要らねえさ」
煙が晴れた時、無傷の『腕』と女王が、先程と同じ姿勢のままでそこにいた。
こんなものでわたくしを倒せるとでも思っていたのか、と言いたげな目を向けて。
だが海賊たちの攻撃は終わらない。
すぐさま後方から、ブルとジャロ、それぞれの船から雷撃魔法が一斉に放たれる。
下から上に向けて雷が飛ぶその光景は、まるで嵐が逆さまになったかのようだった。
ロレッタは『腕』でガードしたまま、その場を動かない。
まるで、あらかじめ来るのを予測できていたかのようだった。
雷撃魔法が直撃したのを確認したか、ペスカの船が左方向、グリージョの船が右方向へとゆっくり浮上する。
女王を挟み込むという、オーロの作戦通りの動きだ。
それに気付いているのかいないのか、ロレッタの表情は読めない。
ただ、無表情で『腕』の中にいる。
一切のダメージを受けている様子は見られない。
雷撃魔法は『腕』には当たっているのだが、中のロレッタには届いていないようだった。
やがて雷撃は勢いを衰えさせ、ついには一切発射されなくなってしまった。
ブルとジャロの船員たちの体力が尽きたのだ。
「なんなんですかあの腕は!!どういう魔術を使えばあんな!!」
自身の理解を遥かに超える強さに苛立ちまで覚え始め、ケインは大声で『腕』を指差しながら叫ぶ。
オーロはなだめるような声色でケインに教えた。
「あれは大昔のデュナミク王家に仕える従者たちが、自分たちの命と引き換えに主君にかけたまじないだ。従者の一族として生まれた人間は、死期を悟ると、死ぬ前にその命を『腕』に捧げて、より強力にするって代物なんだ。両腕という形をした守護霊みたいなもんだな。どういう魔術をと訊かれりゃ、とんでもねえ年月の積み重ねと答えるしかねえな」
「従者たちはどうしてそんなものを…」
「今のあの女王を見てるせいで納得しにくいかもしれねえが、理由は簡単だ。その両腕で魔獣や悪党から国を守れるようにという祈り、ただそれだけだよ」
「国を守るための…?」
「その時点で最も国の王となるに相応しい人間に発現するって性質も持ってるらしくてな。『腕』が発現した人間が次の王、って形で、王位継承は行われてきたらしい。早く言えば『腕』にとってあのロレッタ女王こそが今一番デュナミクの王に相応しいってことなんだそうだ。笑っちまうだろ?国を守るためのものだったはずの『腕』が、戦乱を招く覇を唱える者を王と認めたんだ」
オーロが言い終わるより前から、ケインは足元の大きな揺れを必死に堪えていた。
コンリード・バートン号が、オーロの意思によって浮上し始めていたのだ。
ぺスカとグリージョの船が、ゆっくりとロレッタの両側を挟み込むべく接近しているのを確認しながら、オーロは言った。
「こっちと比べりゃゆっくりな動きだが、船の重さは強烈だ。あいつらの船を女王はそれぞれの『腕』で受け止めるだろう。中央ががら空きになったところを狙う!」
船体が傾き、ロレッタめがけて真っ直ぐ突っ込んでいく。
オーロが言った通り、その速度はただの浮遊魔法で飛んでいるぺスカやグリージョの船とは、比較にならない。
再び舵輪にしがみつくと、ケインは先程のオーロの言葉を思い出し、尋ねる。
「『腕』をコレクションに加えたいって言ってましたよね?あの『腕』が王に相応しい人間に発現するなら、あなたには発現しないんじゃないですか?」
オーロは涼しい顔で答えた。
「かの国で王殺しってのはこれまでの歴史上ないらしい。俺が女王を殺したら、ひょっとしたら『腕』が手に入るかもしれねえと思ってな」
その言葉に、ケインは戦慄する。
やはりこの男は悪人だ。
自分の欲しいもののためにあらゆる他者の犠牲を厭わない、下劣な悪党だと思った。
戦慄したのは、そう思ったにもかかわらず、それでもまだこの男を嫌いになれないでいる自分に対してだった。
ぺスカとグリージョの船が、女王まであと少しというところまで迫っている。
オーロは女王をじっと見据え、叫ぶ。
「これで終わりだあああああ女王ォオオオオオ!!!」
が。
ロレッタは、ペスカとグリージョの船を受け止めはしなかった。
ゆっくり接近する2隻の船を、ただ真っ直ぐ飛んで躱すと、そのまま馬鹿正直に突っ込んでくるコンリード・バートン号を、再び『腕』で殴りつけた。
「うぉおわぁあああ!!」
またしても吹き飛ばされる船上で船員たちが悲鳴をあげる中、オーロはのんきに呟く。
「うーん、雷撃魔法の時といい、どうも作戦が読まれてるなあ」
言いながらロレッタを見ていると、何か喋っているのが見えた。
最初に吹き飛ばされた時点で集音魔法の効果が切れていたので、声は聞こえなかったが、唇の動きで内容は読み取れた。
全部、丸聞こえ。
そう言ったのだと気付くと、豪快に着水しながら、オーロは笑った。
「拡声魔法がずっと残ったままだった!!そういや最初にロッソと話した時も拡声呪文唱えなおしてなかったもんな!!道理でバレバレだったはずだぁ!!ガハハハハハハハ!!!」
「いい加減にしろよ船長!!!」
どこかから、いくつかの怒鳴り声が聞こえてきた。
周囲の船のどれかなのだろうが、誰が言ってもおかしくはなかった。
ロレッタはオーロを見下ろしながらまたしても何かを喋っている。
それに気付いたオーロが集音呪文を唱えながら言った。
「『ホチョチョ』。女王よ、せめてこっちが集音魔法使ってるかどうかぐらい確かめてから喋ってくんねえか?」
「下衆な海の汚物が女王に異議を唱えるとは随分ですね。それにわたくしからの降伏勧告を聞き逃すだなんて」
ロレッタの声色は先程よりかなり落ち着いている。
既に勝利した気分でいるらしいと思いながら、オーロはにやけ顔で言う。
「おいおいこれからが本番だろ。もう作戦丸聞こえなんて大ポカはやらかさねえぜ。それに…」
「あれを見ても、まだそう言えますか?」
ロレッタはオーロの台詞を遮ると、『腕』で真上を指差し、言った。
ペスカとグリージョの船は、空中に留まっている。
ロレッタを挟み込もうとして止まり切れず、船同士で衝突してしまったようで、船体が少し破損してしまっていた。
衝突による反動のせいか、2隻の船はゆっくりとロレッタの真上まで流れてきていたのだ。
オーロは息を呑む。
女王は今、部下たちを人質に降伏を迫っている、そう理解した。
ロレッタは冷淡に言う。
「2隻合わせて50匹ほどはいますか?まあ、あなたにとってそれらが死んでもどうということはないというのなら、まだ戦闘を続けても構わないのですが」
「……そんな台詞が、海賊に対して脅しになるとでも思うか?連中だって死ぬことぐらい覚悟の上で海賊やってんだぜ。殺りてえなら殺れよ。その隙に俺がてめえを殺すぜ」
上空の海賊たちは、先程とは打って変わって、何も言わずただ黙っているようだった。
何かわめいたりすることはなく、黙って成り行きを見守ることで、船長の言葉に嘘はないことを証明するためだとケインは推測した。
しかしロレッタは動じることはない。
「なるほど。確かに彼らは覚悟ができているようですね。ですが、それにしては、あなたが問答無用で攻撃して来ないのは不自然ではありませんか?実はあなた自身が、その覚悟ができていないのではないですか?」
ロレッタからの問いかけに、オーロは何も言わない。
その沈黙こそが、明確な答えを示している、ケインもロレッタもそう思った。
「どうやらようやく、ここで決着のようですね」
ロレッタは完全なる勝利を確信すると、オーロを見下しながら言う。
「上にいる屑どもの命が惜しいのならば、手始めにその赤い船をわたくしによこしなさい、わたくしがその船の新しい所有者となって…」
「この船は俺の誇りだ!!てめえにくれてやる船なんてこれで十分だぜ!!」
不意にオーロが叫んだ。
と同時に、真上から急接近する気配に、ロレッタは気付く。
見上げると、ペスカとグリージョの船が、猛スピードで落ちてきていた。
乗っていたはずの船員は、誰一人として影も形もない。
2隻の船の船員たちは、船長と女王のやり取りが行われる前、船同士が激突した直後に浮遊魔法で脱出し、船の影に隠れていた。
船員たちが脱出したことで、船にかけた浮遊魔法は維持し切れなくなって落ちてきたのだ。
挟み撃ちに失敗したその時点で、ペスカとグリージョはあえてロレッタに狙われるように空中に留まったのだ。
事前にオーロが、二人にだけ個別で拡声魔法をかけ、指示した内容の通りだった。
オーロは作戦をバラしてしまったのではない、この最後の一手を読ませないために、あえてロレッタに聞かせていたのだ。
人質に対して動けなかったのではない、あえて動かなかったのだ。
それにロレッタが気付いた時、既に船は彼女の眼前まで迫っていた。
激突する寸でのところで、ロレッタは『腕』で船を受け止める。
オーロが待ち望んだ、女王の隙だった。
「行けえええええええッ!!!!!」
コンリード・バートン号が再浮上し、オーロの雄叫びに比例するかの如く、これまでにない勢いで突進する。
ロレッタに船体を激突させると、『腕』に支えられていた2隻の船を破壊しながら、更に勢いを増しながら進み続ける。
空中に逃げていたペスカやグリージョ、及びそれぞれの船に乗っていた船員たちも、必死でコンリード・バートン号のマストや網に掴まる。
再び陸地の上を飛び進む船は、やがて広大な森の上で急停止した。
その反動で、先端にいたロレッタが吹き飛ばされる。
反動に襲われたのはロレッタだけではなく、船にいる全員だった。
ただ一人、直立不動のままでいるオーロを除いては。
船の壁面やマストに叩きつけられた船員たちは、その場で悶絶している。
ケインもその一人だったが、陸地の上に出たことに気付くと、すぐに起き上がる。
頭をぶつけた衝撃で、まだちかちかしている目を必死で凝らしながら、恐る恐る下を覗き込む。
森が見える。
逃げ出せるのは今しかない。
そう確信するや否や、ケインは小声で浮遊呪文を唱えると、そのまま船から飛び降りた。
前方へ吹き飛んだロレッタに全員が意識を向けていたために、誰もケインの脱出に気付くことはなかった。
それに関してはオーロも例外ではなく、立場が逆転した現状を、純粋に喜んでいた。
やがて前方の木々から、ロレッタが顔を出し、『腕』を構えて浮上する。
衣服はボロボロで、全身に多少の擦り傷はあるが、致命傷となるほどのダメージは負っていない。
表情は憤怒と憎悪に満ちており、そこには僅かの気品さえ残ってはいない。
また何か言い出しそうだが、意地でも拡声魔法は使わないだろうと考え、オーロは集音魔法を唱えて女王の言葉に備えた。
オーロの読み通り、ロレッタは怒りに声を震わせながら喋り始める。
「やってくれましたね、下衆な海賊如きが、よくも…。よくも……よくも……!!」
「下衆な海賊如きがやってやりましたよ、女王様。これからが本番っつったろうが。狡い真似はこれくらいにしといてやるから、そろそろお互いガチでいこうぜ。その前に、お色直しの時間が必要かな?」
挑発的な言葉をあえて織り交ぜながら、オーロは言う。
狙い通りに、それはロレッタの逆鱗に触れていたようで、『腕』さえも小刻みに震えているのがわかった。
ロレッタは身を屈め、真っ直ぐ突撃にかかる。
オーロがサーベルを抜き、迎撃の構えを見せた時だった。
突如、ロレッタの前進が止まった。
ロレッタは肩にかけていた赤いマントをめくり、裏地を見る。
予想外の行動に驚きを禁じ得ないまま、オーロはその様子をただ見ている。
すると、ロレッタの顔面は唐突に先程とは比較にならないほどの形相に変わり、わめきだした。
「ヒノデの人斬りめが!!!わたくしの留守に!!!よくも!!!下等の分際で!!!」
頭をかきむしりながらひとしきりそんなことを叫ぶと、ロレッタは途端に最初の女王らしい気品ある表情に戻った。
そして冷静な声でオーロに告げる。
「勝負を預けます。次に来るまでに、その首を洗っておくか、その船を明け渡す準備をしておきなさい。それでは」
そう言ってマントを翻すと、たちまちその姿を消した。
女王より遥かに大きい『腕』さえも、同時にまるっきり見えなくなってしまった。
目の前で起きた信じがたい現象に、海賊たちはどよめく。
「せせ船長!!なんですかいアレは!?」
「いやーわからんな。ただわかるのは、デュナミクにまたヒノデの人斬りが出たってことと、あのマントがすげえお宝だってだけだな。ガハハハ」
オーロは笑うと、またポケットからチーズを取り出し、頬張り始めた。
「今回はこれで戦闘終了だな。引き上げよう」
その言葉に呼応し、コンリード・バートン号は向きを180度変え、海へと戻っていく。
戦いが終わったことを実感し、海賊たちは口々に雑談していたが、ペスカとグリージョの二人は、それぞれの船を失った悲しみに暮れていた。
「またどっかの造船所とかから奪ってこようぜ。海賊の掟、『欲しいと思ったのなら奪え』!基本中の基本だ。なあケイン?」
二人に慰めの言葉をかけながらオーロは後ろを振り返る。
しかし、ケインの姿はない。
ほんの数秒考え込んで、チーズを食べ終わると、左腕に巻き付けてある黒い布をさすりながら、いつものにやけ顔とは程遠い冷たい表情で言った。
「まあいいや。勇者なんて乗っけてたら海賊船が汚れちまうしな」