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第78話 剣狂の娘ザクロ=アケチVS警備兵長ジェラルド=エレジャーコ

 ニコラを倒した天守五影の面々は、ザクロ=アケチの助太刀へと向かった。

 ショーザンに敗れたとはいえ、ザクロは彼の遺伝子と技を受け継いだ剣士である。

 他者に後れを取ることはそうそうないと思いながらも、漠然とした不安が天守五影を走らせていた。

 小国の国土にも匹敵する広場ではあるが、たかが一広場の端から端の距離、彼らの脚力を以て時間がかかるということはない。

 途中すれ違う兵士にはすれ違いざまに攻撃を与えつつ、ザクロの元へと馳せ参じた彼らが目にしたものは、思いもよらない光景だった。


「……どないなっとんねん」


 ザクロと対峙しているのは警備兵長のジェラルド=エレジャーコたった一人。

 後ろにいる兵士たちは武器を構えてはいるが見ているだけで、特に手出ししたような様子もない。

 にもかかわらず、天守五影から見て、ザクロは劣勢に立たされていた。

 互いの息遣いは荒れ、違いはほぼ見られない。

 ジェラルドの体には数か所の刀傷があるが、いずれも浅く、致命傷とは程遠い。

 対するザクロの体にもほぼ同じ数だけの傷に加え、火炎魔法で焼かれたような火傷の痕、それだけならばまだ劣勢と断ずるには早計だっただろう。

 決定的な違いは、ザクロの右目がジェラルドの剣によって奪われていたことである。

 緑影の潜入調査によれば、ジェラルドは女王ロレッタと総司令官ヴァンピロに次ぐ実力を持つ、言うなれば三番手の男。

 ショーザン=アケチの遺伝子と剣術を受け継いだザクロが、デュナミク王国における地位は高く、更に女王ロレッタから魔力を授かっているであろうとはいえ、敵の大将でもない相手に後れを取っているという事実は、天守五影にとって衝撃であった。

 青影は思わず口走った。


「確か奴はジェラルドと言ったか……奴は、ショーザン殿よりも格上だというのか……!?」


「それはない」


 冷静に首を振ったのは桃影だった。


「ショーザンとザクロ殿が対峙した際、ショーザンは無傷で完勝している。ザクロ殿は確かに人斬りの遺伝子と技を持つが、奴の領域には達してはいないのだ。我々よりも遥か格上の、限りなく奴に近いところにはいるはずだが、な……」


「解説している場合ではないぞ。ザクロ殿がやられてしまう前に、助太刀に入らねば……!」


 赤影の言葉に呼応し、助太刀をせんと天守五影が身を乗り出した時、ザクロは背後からの彼らの気配を察し、左手だけを突き出してそれを制止する構えを取った。


「父上ならこういう場面、あなたたちに攻撃していたかしら?」


 言葉は強気だが、潰された右目の痛みで、ザクロの語気は非常に弱っている。

 決して気圧されたわけではないが、天守五影は一時的にその場で待機することにした。

 無論、赤影はザクロが本当に危なくなった時のために備えを怠りはしなかった。


「ショーザンサンだったらドーしてマシタかネ?オ()ラはドー思う?」


「いやオ()ラやけど。流石に攻撃はしてけえへんかったんちゃうか?その場の勢いでヤってもうてもおかしない人やったけどな」


 後ろから聞こえる能天気なやり取りに、赤影は若干苛立っていた。

 天守五影が助太刀には入らないことを確認したザクロは再度刀を構え直し、それを見たジェラルドもまた、戦闘を再開した。


「『バ・ビル・ブルル』!!!」


 ジェラルドの右手から発する衝撃波がザクロに迫る。

 まともに当たればそれだけで勝負が決まりかねないこの攻撃を、ザクロは刀を振ることで対処に打って出た。


「『剣技・糠雨霧惨(ヌカアメムザン)』」


 衝撃波に対し上下左右あらゆる角度から無数に斬りつけることで、衝撃波そのものを掻き消すこの技をザクロが使うことは、先程までの戦いでジェラルドは織り込み済み。

 あえてこの技を使わせることで、剣で斬りつけるための隙を作るというジェラルドの狙い通りであった。

 一方のザクロは、ジェラルドが接近することに気付くことはできていたものの、片目になったことで距離感を掴みかねていた。

 襲い来る衝撃波を掻き消すのとほぼ同時に、ジェラルドの剣がザクロの右肩を捉えた。


「くっ」


 間一髪、足を退くことで致命傷を免れたザクロは、反撃に刀を振るも、ジェラルドには僅かに届かない。

 ザクロが追撃に前進すると、すぐさまジェラルドは距離を取る。

 この短い攻防だけで、天守五影はザクロが苦戦している理由を察した。

 剣術のみで見た場合、僅かにザクロに軍配が上がる。

 しかし、中距離戦向きな攻撃魔法を持つジェラルドを相手に剣術のみで僅かに有利ということは、剣術のみの勝負にジェラルドが打って出ない限り、ザクロの勝ち目は薄いということである。

 更には、ジェラルドが攻撃魔法一辺倒ではなく剣術も交えたバランスの良い戦法を取っていることも、ザクロの対応力を鈍らせる要因となっていた。

 駄目押しとばかりに、今のザクロは片目を潰されている。

 言うまでもなく、片目を潰されれば距離感が狂い、接近戦でもまともに機能しなくなる。

 既に勝敗は決しているようにさえ天守五影には見えた。

 ジェラルドが腰を落とし、両手でしっかりと剣を握る。


「そろそろ勝負をつけさせてもらおうか、人斬りの娘よ」


 一方のザクロも、刀を握りしめて応じる。


「つけられるものならね」


 余裕ぶったような言葉だが、ザクロの顔に余裕などない。

 反対にジェラルドからは笑みが零れていた。

 先程ザクロが反撃に出た際、踏み込みが明らかに甘くなっているのを、ジェラルドは見逃さなかった。

 勝利を確信している様子で、ジェラルドは強気な攻めに出た。

 両手で剣を持つというのは、即ち魔法による攻撃は捨て、剣だけの勝負に出たということ。

 周囲を巻き込まず、且つ自身の負担を減らすという意味でも、ジェラルドにとってそれが最善の手でもあった。


「……っ!」


 ジェラルドの猛攻を、ザクロは刀でどうにか防ぐ。

 しかし、次第に体勢が崩れ、少しずつだが傷を負っていく。

 右腕、脇腹、頬、またしても右肩。

 致命傷は避けているが、いつまでもつかわからない。

 反撃しようにも、その隙が見当たらない。

 このまま殺されるか、天守五影に助けられるかの二択を迫られていることに気付いた時、ザクロは自分でも思ってもみなかった行動に出ていた。


「何を……!」


 ジェラルドに言われて初めて気付いた。

 ザクロは、左目をも瞑り、完全な暗闇の中にいた。

 それはかつて、あの男がいた場所でもある。






「父上は目を開けずとも、ものを見ることができるのですか?」


 勇者ケインとの決着をつける直前、ザクロは父にそう尋ねた。

 戦う時以外、父は目を閉じたまま行動していたが、ザクロにはそれが不思議でならなかった。

 盲目ではなく、戦闘時にも閉じているわけでもない。

 ザクロでなくとも理解しがたいことだが、父は答えを持ち合わせていた。


「興味のないものなんてねぇ、見る必要ないんですよ。私が見たいものは私が殺すに値する存在、ただそれだけ。それが見えていてくれた方が楽しいってだけで、別に見たくなければ見なくていいんです」


 目を閉じたまま父は笑顔を向けた。

 父と殺し合い、結果敗北を喫したにもかかわらず、父は自分を殺さなかった。

 そして、自分に対して目を開かない。

 つまりは、父にとって自分は殺すに値しない存在。

 その事実が無性に悔しくなり、ザクロは震えた。

 父は目を開けずともそれを察し、問いかけた。


「おまえは何故、私に勝てなかったと思います?」


「力が、経験が足りず……」


「そんなことよりもね、もっと根本的なところです」


 ザクロが答えに詰まると、父は口を開いた。


「人を殺したいという意志、おまえにはそれが決定的に足りていません」


 父は抜き身の刀を雑に地面に擦りつけながら続けた。


「他の人から学んだならともかく、私に剣を学んだ以上、一番必要なものがそれです。おまえは斬るのを使命や義務だと思ってやってるんでしょうがぁ、私はそんなものをクソだと思ってます。誰かに言われるから斬るんじゃない、斬らなければならないから斬るんじゃない、斬りたいから斬る。そんな心を持たなきゃぁ、おまえには何度戦っても負ける気がしませんよ」


 殺したいという意思、そんなことは考えたこともなかった。

 主に命じられたままに刀を振る、そのために生まれてきたのだから。

 誰に言われるでもなく自由気ままに人を殺すことを生きがいとする父に並び立てるはずはないと、この時ザクロは思った。

 同時に、殺したいという意志の代わりとなる意志がザクロに芽生えた。

 それをすぐに伝えねばならないと、面と向かってザクロは父に言った。


「父上、私は父上を超えたい。父上のような心を持たねば父上と並べないのなら、父上とは違う生き方で父上を超えたい」


 父は目を開け、ザクロを見た。

 それはいずれ殺すに値する敵に成長する期待か、純粋な娘への愛かは定かではない。

 だが、確かに父はザクロを見た。


「だったらまず、おまえが斬りたい斬り方を見つけなさい。私は以前、師匠に怒られました。斬るべき斬り方を考えず、斬りたいようにしかやっていない、とねぇ。ですが、私とは違うおまえなら、そっちのが新しい道を拓けるかもしれません。斬りたい斬り方を見つけた時、斬るべき斬り方でもあったなら、それはきっとこの上ない幸せでしょう」






「ザクロ殿!!?」


 赤影が驚きの声を上げたのも無理はない。

 ザクロが目を閉じていることには気付いていないが、それ以上に無謀な行動をザクロは取っていたのだ。

 ジェラルドの剣に対抗するためにも構えておくべき刀を、あろうことかザクロは鞘に収め、斬撃を身体能力のみで躱していた。

 両目を閉じることで逆に集中力を増し、一度相手の隙を狙うことを止めて回避のみに徹したザクロの体に、ジェラルドの剣は触れることもできない。

 目を閉じて刀を鞘に収め、回避のみに専念するというのは、やろうと思えばザクロの父ショーザン=アケチでも同様のことはできる。

 だが彼がそんな選択をすることは決してないのだと、彼を知る誰もが知っている。

 常に反撃の隙を剥き出しの刀で窺う彼が回避に専念するなど、あり得ないことなのだ。

 ショーザン=アケチにその選択はない。

 だがザクロ=アケチにはある。

 父とは違う道を、少しずつ娘は切り拓いていた。


「ちぃっ!」


 痺れを切らしたジェラルドは距離を置き、またしても剣を左手一本に持ち替える。

 右手に魔力を込め、斬撃と攻撃魔法の両方で攻めることで確実に仕留めることにしたのだった。

 一方でザクロは、刀を鞘に収めたままそれを左腰で帯刀し、右手で柄に手をかけて深く腰を落とし、左脚を大きく後ろに下げた。

 ショーザン=アケチの剣術を知る天守五影は困惑するばかりである。

 ザクロが学んだ剣術は、全てショーザンのもの。

 だがその構えは、ショーザンが教えたものとは全く異なる。

 居合斬り。

 鞘から抜く動作で一撃を加えるこの剣術を、ショーザンが教えるはずはない。

 即ち、この居合はザクロが我流で磨いたものであり、全く未知の領域に他ならない。

 そしてこれこそが、ザクロが今最も斬りたい斬り方であった。


「父上……見つけましたよ」


 左脚を更に後ろへ退き、右脚に力を溜める。

 未だ目を開けないザクロに苛立ち、ジェラルドは声を荒げた。


「目を閉じたままここまで来て斬れるものか!!スイカ割りとはわけが違うのだぞ!!」


「目を開いていては見えないものがある。目を閉じていても見えるものがある。私が今見ているものを、あなたにも見せてあげる」


 右脚に溜めた力が解放され、第一歩が踏み出される。

 瞬間、ジェラルドの目に飛び込んだひとつの光景。


「――――――――――!!?」


 それはザクロが放つ居合の一閃によってジェラルドが斬り裂かれるというものだった。

 見えていたのはジェラルドだけではない。

 天守五影やジェラルドの後方にいる兵士たちも、それは同様に見えていた。

 この現象を天守五影は以前にも体験したことがある。

 ザクロの父ショーザンとケインとの戦いにおいて、ショーザンが見せたものだ。

 その場にいた全員に見せた光景は、これから起こる未来そのもの。

 直感的にジェラルドは今見えたものがそうであることを確信し、それを振り払うべく行動に出た。


「『バ・ビル・ブルル』!!!」


 右手から放つ振動波は、ザクロを殺すことが目的ではない。

 居合によって斬られるのであれば、居合をさせなければ良い。

 振動波を掻き消すための防御術を取らせるための、ジェラルドの策であった。

 だが、元々見えない振動波を、ザクロは空気の僅かな震えから感じ取り、躱しながら距離を詰める。

 そこまでがジェラルドの読み通り。

 逆にジェラルドも距離を詰め、左手の剣を掬い上げるように振った。

 渾身の力を込めて突進するザクロでは、後退するのはまず不可能。

 左右どちらかに動くにしても、せいぜい一瞬の内に一歩分だけずらすのが限度。

 その一歩を使わせたというだけでも、振動波は十分な働きをしたのだ。

 最早ザクロは自らの足で剣に斬られに来るのみと、勝ち誇ろうとした。

 脳裏に焼き付いた自身が斬られる光景が、消え去っていたのなら。

 忌まわしき死のビジョンが消えるのは、ザクロを殺してからだろうと、半ば焦りに身を任せながら、ジェラルドは完全に剣を振り抜いた。

 直前までは確かに剣の真ん前にザクロがいた。

 確かにそこで勝負がつくはずだった。

 そのはずだった。

 にもかかわらず、剣はザクロの体をすり抜け、鞘から覗かせた刀身がぎらりと輝いた。


「『剣技・無明(ムミョウ)万象斬(バンショーザン)』」


 一瞬の煌めきの後、ジェラルドとすれ違ったザクロは立ち止まり、刀は再び鞘へと収まっていた。

 ジェラルドは胴体に激しい痛みを覚え、うずくまる。

 胴体を真横に斬られたのでは、激痛だけで済むはずがない。

 そのことに気付いたジェラルドは、思わず腹を触って確かめていた。

 血が一滴も出ていない。

 どころか、痛みはあるものの損傷の類は一切見られない。

 峰打ちだったとしても不可解な現象に困惑するジェラルドは、ザクロへと振り向こうとした。

 その時だった。


「はぐっ!?かっ……むぐわぁあぁああ!!?」


 背中から先程よりも激しい痛みと共に、魔力が噴出していく。

 ジェラルドは立つこともままならなくなり、その場で突っ伏してしまった。


「なんだ……!?何が起こっている……!?」


「私の剣術は確実に相手を死に至らしめるため、父上から伝授されたもの」


 背中越しにザクロが声をかけた。


「確実に相手を死に至らしめることができるのなら、確実に相手を生かすことのできる剣術もあるはずだと、そう思って編み出したのが今の技、『無明万象斬』」


「確実に生かす……!?」


「ええ。私が今斬ったのはあなたの肉体じゃない。あなたの全身に流れる魔力そのもの。言うなれば今のあなたは胴を斬られて出血する代わりに氣を放出している状態。その内止まるけど、しばらくは空っぽになって動けないでしょうね」


「女王陛下から授かった魔力までも、根こそぎ奪うというのか……!だが、何故あの時、貴様を斬ろうとしたあの時……剣をすり抜けて……!」


「すり抜けたように見えた?私はただ躱しただけよ。どうやってかは私自身よくわからないけど」


「ふざけ……」


 言葉と共に、ジェラルドの意識はそこで途切れた。

 ザクロが目を開けると、倒れた敵がそこにいた。

 倒しはしたが、生きている。

 剣狂ショーザン=アケチではあり得ない決着に、ザクロは全身で喜びを噛みしめた。


「『極めた者の剣は構えた瞬間に一撃を確約する』……父上、私はまだ父上のように極めたとは思っていません。父上を超えたと確信できるその時まで、私の剣は……極まることはありません。ですが……」


 天守五影の面々は、ジェラルドが倒されたことでザクロに襲い掛かる兵士たちを蹴散らしながら、ザクロの顔を見た。

 父に語り掛ける少女は、可愛らしい笑顔を見せていた。


「勝利というのは、嬉しいものなのですね、父上」

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