第77話 天守五影VS参謀長ニコラ=ヴィーヴォ
ライモンドに全ての魔力を託して気を失ったグイドが次に目覚めたのは、そのライモンドが倒された直後のことだった。
普段はナルシスト気味に容姿を自慢しているライモンドが、見る影もない顔貌で隣で横たわっていた。
人の気配に気付き顔を向けると、ライガとシーノが睨み付けていた。
かつて女王ロレッタの名の下に国を滅ぼし、全てを奪った相手が今、自分を打ち倒し見下ろしている。
とうとう因果が回ってきたのだと、グイドは覚悟を決めた。
「……殺せ」
そう言って目を閉じたが、いつまで待ってもライガもシーノも何もしてこなかった。
考えてみれば、自分たちと戦う前に倒した兵士たちも、ライガたちは命を奪うようなことはしなかった。
ましてや、彼らはまだ15にも満たない少年少女なのだ。
そんな彼らに命を奪わせることの無責任さを恥じ、グイドは自らの手で幕を引く道を選んだ。
女王が持つ『腕』へ祈りと命を捧げる呪文を唱えることで、彼らが自分の命という重荷を背負わせないようにしようと考えた。
「『フェダウ……」
だが、呪文を唱えようとした時、顎に凄まじい衝撃を受けた。
余りの痛みに目を開けると、ライガが先程よりも鋭い視線で睨んでいた。
握っている拳から、彼が顎を殴ったのだとわかった。
「あ……ぁが……!?」
抗議しようとしたグイドだが、顎が砕かれてまともに話すことはできなかった。
それでは呪文を唱えることもできないが、それがライガの狙いだった。
「俺たちはお前らに何もかも奪われた。家族も、国も、時間も、何もかもだ。そんなお前らを、俺たちは一生許さない。自己満足で死ぬなんて絶対させない。一生かけて償わせてやる。一生な」
ライガの手は小刻みに震えている。
本当なら今すぐにでも憎い仇を殺してやりたい気持ちを堪え、あえて生かす道を選んだのは、彼が人を殺したことがないからではない。
そもそも、グイドは外見的イメージから決めつけていたが、ライガは殺人未経験者ではない。
デュナミク王国からの追手や、スコットを助け出した際の看守等、ライモンドたち偵察部隊の調書に残っているだけでライガが殺害した人数は二桁に達する。
それはシーノも同様であり、そんな二人がグイドとライモンドも、他の兵士たちも殺さなかった理由は、ここへ来る途中、ケインと交わした約束にある。
「この戦い、ロレッタ以外の人間はなるべく殺さないでおこう」
不意にそう言ったケインに対し、ライガとシーノは強く反発した。
自分たちの家族を、国を、時間を、何もかもを奪った仇は女王一人ではない。
憎悪すべき敵は多く、それらを許すことはとてもできないと主張した。
しかし、ケインは懸命に彼らを宥め、自制の意味も込めて言った。
「もしもデュナミク王国にいる戦える者を全員殺してしまったら、国に残された人たちを守れる人間がいなくなってしまう。ライガもシーノも、おまえらと同じような境遇の人を増やしてしまっても、それでもいいのかい?」
言葉を受けたライガとシーノはそれに対して答えなかったが、心の中で誓いを立てていた。
ロレッタ以外の人間を手にかけない。
それはデュナミク王国に住む一般人のためである以上に、自分たちと同様に憎しみを抱きながらも慈悲の心を持とうと努めている、ケインのためであった。
「やったね、ライガ」
再び意識を失ったグイドとライモンドを見下ろしながらもライガの心に残ったモヤモヤは、隣からかかったシーノの一言で吹き飛んだ。
愛する者と二人で掴んだ勝利こそ、今この時においては最も重要なことだったからだ。
ライガは右の拳をシーノへと差し出した。
「スコットは超えたな」
「まーだそれ言ってる。はいはいスコットは超えたわよ。二人で、ね」
グータッチを交わし、二人は喜びを分かち合ったのだった。
天守五影と参謀長ニコラが戦う最中、ライガたちの戦いを窺っていた青影は声を張り上げた。
「青影から天守五影全員へ、元グラブ国の戦士二名が偵察部隊長ライモンド及び侵略隊総隊長グイドを撃破!!!」
「よっしゃー!!……ちゃうねん!!よそ見してんと戦わんかいボケェ!!!」
緑影に怒鳴られ、青影も慌てて戦線に復帰する。
女王から授かった魔力を大量の麻薬によって体内で爆発的に高めたニコラの肉体は、ひび割れだけでは収まらず、五人同時に相手取るというシチュエーションに相応しいサイズにまで膨張していた。
参謀長という地位にありながら、ニコラの攻撃手段はただ闘争本能のままに腕を振るうだけの粗末なもの。
それでも巨大化した彼から繰り出されるそれは脅威に他ならず、速度自体は大したことはないために避けることは難しくないものの、天守五影にとっては当たっただけで致命傷となるほどの代物であった。
しかも、高められた魔力はニコラ本人が意識せずとも頑強な鎧と化し、理性を失った彼の頭からは疲れるという概念すら抜け落ちたのか、どれだけ暴れようとも止まる気配がない。
黒影が治療したことで赤影と桃影は無事回復し、五対一の形となったが、それでも天守五影には勝ち筋が見えなかった。
「ギィィガアアアアア!!!!!」
ニコラは口から涎を垂れ流し、獣同然の雄たけびを上げる。
目は焦点が定まらず、5人もいる敵を誰一人捉えられていないが、皮膚が裂けていてもも感覚は残っているらしく、彼らの存在を認識しているようであった。
迷いなく向けられた拳を紙一重で避けながら、桃影や黒影が叫ぶ。
「消耗戦ではこちらが不利だぞ!!向こうはどうやらいくらでも戦えるようだからな!!」
「トーリョー!!早く次の手を考えてくだサーイ!!ハリアーップ!!!」
仲間が回復したことで冷静さを取り戻し、口調まで元に戻ってしまっている黒影だが、そこに言及する余力は棟梁赤影にも、普段ノリ良くツッコミを入れる緑影にさえなかった。
赤影は必死に頭を働かせ、この状況から脱却する術を考える。
「ぬぬぬぬ……」
「ヌヌヌヌなんて言ってる暇ありまセーン!!!」
「思いつかぬのなら……俺たちでできることをやるまでだ!!」
桃影と黒影が走り出して仕掛ける。
先行は速さで優る黒影、ニコラはそれを感知すると、すぐさま腕を振り上げて迎え撃つ。
「『土遁・曇無頼湖』!!!」
黒影は足先から氣を放出し、地面を柔らかな泥沼へと変えて攻撃を間一髪で躱しながら潜り込むと、ニコラが立っている地面も泥沼に変えてそのまま引きずり込んだ。
「ガァッ!!?」
足の自由を奪われたニコラは、地中の黒影を叩けば泥から出られると直感したのか、再び腕を振り上げる。
「させるかァ!!!」
その背後から、青影がありったけのクナイを投げつけ、注意を引きつける。
下と背後に気を取られたニコラは、正面で跳びかかる桃影に気付くことができていなかった。
気付いた時には、既に桃影の射程に入ってしまっていたのだ。
桃影の両手に握りしめられ、高く振り上げられた刀が、ぎらりと光る。
「『秘剣・神樹裂き』ィイイ!!!!!」
縦に一刀両断する『侍衛衆』時代からの桃影の奥義が炸裂する、そのはずだった。
だが、刀はニコラの額で止まり、傷一つつけることさえできなかった。
「えっ嘘ぉ。ちょっ……」
余りに無慈悲な現実を突きつけられた桃影は、直後、ニコラの反撃が迫っているという更なる残酷なる事実を突きつけられることとなった。
先程瀕死の重傷を負わされた身だが、それから更にパワーアップしたニコラの攻撃が直撃すれば、今度こそ命はない。
それが今まさに迫っている。
桃影の頭を走馬燈のように記憶が駆け巡ったが、またしても現実に引き戻したのは、今度は味方からの一手だった。
普段は通信用に使われている『忍法・意思伝糸』が、緑影から伸びて桃影の小指に巻かれていた。
小指に巻かれた糸が何を意味しているのか、瞬時に察した桃影は青ざめた。
どうやら自分は助かるらしい。
だが、それに伴うのは、
「おぉりゃあああ!!!」
「いででででででででででで!!!!!」
思い切り糸を引っ張られることによる小指の尋常ならざる苦痛だった。
千切れるのではと思うほどの激痛に絶叫しながらも、ともあれ桃影は赤影と緑影の元まで無事帰参した。
「お礼は?」
「か……かたじけない……」
素っ気なく言う緑影を思わず殴りたい衝動を堪え、桃影は一応の礼を述べた。
「せやけど、あれがショーザンはんとかザクロはんなら決まっとったのになあ」
「ぐぬぬぬ……!!!」
付け加えられた嫌味にも、桃影はなんとか堪えた。
しかし、緑影もただねちっこい嫌味を言うだけではなく、打開策を考えていた。
逃げるように戻ってきた青影と黒影を迎え、それを明かした。
「ニコラは麻薬の力であないなっとるんや。クスリの成分さえ体から取り出すことができたら、わしらの勝ちやで」
「薬を体から取り出すだと!?そんなことができるのか?」
口を挟む桃影に、緑影は指を振りながら返す。
「オマエは何のために『氣界念操』を教えてもろたんや?あれは周囲のモンやったらなんでも支配して操る術や。わしらぐらい高い精度で使えるんが5人も揃っとったら、でけへんわけあらへんわい!!」
胸を張ってそう言う緑影に、青影と黒影は頷いた。
赤影もその案は考えついていた。
すぐに打ち明けなかったのは、それを実行するには、ニコラの動きを一時的にでも止めなければならないからである。
黒影によって泥沼に足の動きは封じたが、それも長くはもたない。
しかも、足だけでなく、振り回している腕の動きまでも、薬の成分を取り出すだけの時間は完全に封じておかなければならないのだ。
それをどうすべきか頭を悩ませている時、ニコラが唸り声を上げた。
「ぐるるるぅぅぅぅぅぅうう……!!!」
「なんだ?」
腹を押さえるようにして俯き、唸り声は更に大きく響き渡る。
「ぐるるるるるるるるぅぅぅぅううう……!!!」
「吐き気?吐くんデスかネ?」
「薬を?ほんならそっちのが楽でありがた……」
「カァッッッ!!!!!」
不意にニコラは顔を上げ、何かを吐き出した。
咄嗟に左右に跳び退いた天守五影の判断は正しかった。
ニコラが吐き出したものは、体内から漏れ出た魔力そのもの。
それは真っ直ぐに放たれ、天守五影の脇を掠めた後、彼らの背後にそびえ立つ宮殿に直撃した。
振り向いた彼らの額に汗がじわりと滲む。
ヒノデ国のヨリミツ城ほどの大きさではないにせよ、かなりのサイズと絢爛さを誇っていたはずのデュナミク王国自慢の宮殿が、音を立てて崩れていく。
もしも今の攻撃が自分たちに当たっていたらと思うと、恐ろしくて声も出なかった。
天守五影は知る由もないが、宮殿が破壊されたことで彼ら以上に心にダメージを負ったのは、他の兵士たちである。
守るべきシンボルとしてモチベーションを保つ役も担っていた宮殿を見た兵士の動きが露骨に鈍ったおかげで、図らずも海賊たちは有利に立ち回れるようになっていた。
「ウガアアァァアアアアアア!!!!」
そんなことは露知らず、ニコラは再び暴れ出し、泥沼から抜け出そうと足を動かしてもがく。
どうにか次の手を打とうと他の4人が身構える中、ただ一人赤影だけが、崩れゆく宮殿へと走っていた。
「棟梁!?」
驚きの声を上げる青影たちは、それぞれの小指に赤影が糸を巻き付けていることに気付いた。
口に出すよりも確実だろうと思ったのか、赤影は糸を引いて彼らを宮殿に向かうよう促したのだ。
「痛いたいたいたいたいたいたいたいたああい!!」
「WOW!!」
妙にリズミカルな悲鳴にも耳を貸さず、赤影は彼らを連れて宮殿内部へと突入し、そこでようやく声を発した。
「この宮殿を使う」
「は?」
「は?」
「は?」
「HA?」
「貴様ら、ギガライコーを見ておいて今更その反応はおかしいだろ。この宮殿をギガライコーのように操り、奴を押さえ込むと言っているのだ」
「いや棟梁、しかし……」
「急げ!!!!!」
棟梁赤影が本気の一喝を浴びせた時、普段はとぼけたような言動が多い天守五影の面々であっても、迅速に行動する。
ヒノデ国を背負う者として、国王ヨリミツの忠臣として以上に、彼らは赤影の命令こそが絶対なのだ。
『急げ』の一言で、彼らはどう動くべきかを瞬時に理解し、赤影の考えている通りに動いた。
5人を中心として、宮殿全体に氣が満ちていく。
「『氣界念操・宮殿ノ陣』!!!!!」
宮殿の崩れた部分が、外側に手足のような形で歪に重なっていく。
足となる部分が積み上がる度、宮殿はまるで巨人が立ち上がるように縦へと伸びていく。
急ごしらえの一発勝負故に、ギガライコーと比べひどく不格好な姿で組み上がっていたが、天守五影は誰もそんなことは気にしていなかった。
後々外に出て観賞するならともかく、内部から見ることなどないから別にどうでもよかったのである。
「完成!!!アドリブ・メガパレス!!!!!」
「カァッッッ!!!!!」
完成した直後、ニコラが再び放った魔力弾が、メガパレスの右脚部に直撃した。
「あっ」
メガパレスの右脚は無残に崩壊し、バランスを失ったメガパレスはそのまま前のめりに倒壊を始めた。
この時天守五影の面々の胸中には、とてつもない虚しさが漂っていた。
格好つけて迅速に行動して、せっかく完成させ、しかも棟梁が嬉々として名付けたメガパレスが、まさか秒で破壊されてしまうのか。
多量の氣を消費してまで組み立てたというのに、秒で苦労をふいにされてしまうのか。
桃影に至っては『このクソ棟梁』という言葉が出てきそうになっていたが、赤影はこの状況を利用する策が浮かんでいた。
ニコラの動きを一時的に封じることさえできればいい。
であるならば、倒壊するメガパレスがそのままニコラに圧し掛かるだけでも十分この策に価値はあるのだ。
「『メガパレス・クラッシャー』!!!」
「ムグァァアアアア!!?」
ニコラはメガパレスの倒壊に巻き込まれ、身動きが取れなくなった。
更には、メガパレスには天守五影たちの氣が流れており、それを伝ってニコラへ新たな術を浴びせることも可能な状況となっていた。
偶然の産物と言うべき状況ではあるが、あたかも狙い通りだと言わんばかりにどや顔を見せる赤影に、4人は何となく丸め込まれてしまっていた。
「さて、仕上げだ。『氣界念操・全開』!!!!!」
5人の氣がメガパレスを伝い、ニコラへと流れていく。
「『因果・赤裸々・穏やかに』!!!」
赤影が印を結びながら呪文を唱える。
「『ザリガニ・雑炊・賑やかに』!!!」
続いて青影も印を結ぶ。
なお、これらの呪文自体に意味は全くない。
5人同時にひとつの対象に術を発動する際、『なんとなく』で行っているルーティンである。
「『がめつく・アツく・したたかに』!!!」
続いて緑影が、
「『ドゥルルン・ドゥルン・密やかに』!!!」
黒影が、
「『極端・雑踏・健やかに』!!!」
最後に桃影が印を結び、呪文を唱えた。
天守五影ら全員の体から氣が猛烈に噴出し、それら全てがニコラへと向かう。
「『忍者究極融合術』!!!!!ニコラの体から薬を取り出して!!!!!」
彼らの想いは口にするまでもなくひとつであるが、言葉に出すことでより一層強固なものとなり、術として実行された。
「ゴァ……!?ア……アアァァ……!!」
メガパレスに押さえ込まれていたニコラの口から、麻薬の成分が霧状に吹き出し、魔力が弱まっていくにつれて肉体も萎んでいく。
ニコラに寄りかかる形でかろうじて倒れずにいたメガパレスだが、やがて完全に倒壊し、崩れたことで天守五影も外に投げ出された。
「ニコラ参謀長……ええ人やったんやけどな」
寂し気に緑影がそう呟いた。
直後、黒影は瓦礫の山と化した宮殿の下に何かを発見すると、わき目もふらずに飛び込んだ。
しばらくして現れた黒影が抱えていたのは、衰弱しているがまだ息のあるニコラであった。
「生きとる!?」
「ワターシがさっき泥沼に変えたトコロにー、たまたまハマっちゃってたみたいデースネー。ラッキーな人デース」
黒影はそう言いながらニコラの頬をぺちぺちと叩いたが、赤影に止められた。
「今の内にせいぜい寝かせておけばいい。我々の大将が勝った後、寝る暇などないくらい忙しくなるだろうからな」
この時点で、デュナミク側の残存戦力はおよそ300。
ケインたちからは未だリタイアした者は出ておらず、流れは完全にケインたちにあると言える。
そして、またひとつ戦況が動こうとしていた。
ショーザンの娘ザクロと、警備兵長ジェラルドとの戦いである。




