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第76話 二人が紡ぐ無限の力

「あんたたちは二人で戦えばいい。多分一人一人で戦うより、その方がずっと強いよ」


 ケインがレイブ村やオーロの所へ向かっている間、ウェルダンシティにて修行していたライガとシーノに、突如サラミ婆さんはそう言った。


「二人で?連携とかそういうこと?」


「連携……まあそうだね。でもあたしがこれから教えるのは、あんたたちが今思ってるよりも難しいことだと思う。覚悟して聞きな」


 サラミ婆さんから提案された戦法は、ライガとシーノを驚かせると同時に、二人を高揚させた。

 それが完成した時どれほど強くなれているのか、その期待感に二人は胸がいっぱいだったのである。


「昔姉さんがあたしと一緒にやろうって編み出してくれたものだけどね、これをやるには姉さんとあたしじゃあ強さも、その質も違い過ぎたし、背格好も……姉さんちっちゃかったからね」


「婆さんがデカいんじゃね?」


「ウルルルッサァァーーーーイ!!!!!」





 かくして、サラミ婆さんが二人に伝授した戦法、それを披露する時がやってきたのだった。


「合体!!!!!」


 そう叫んだライガとシーノは、互いに背中合わせになり、ライガがライモンドとグイドの正面、シーノがその後ろの位置についた。

 密着した背中は互いのオーラが絡み合い、固定して離れないようになっている。

 勝ち誇った笑みを見せるライガとは対照的に、ライモンドとグイドはただ困惑するばかりだった。


「……え?それが……新技ッスか?」


「うん」


「うんって」


 ライガとシーノの佇まいからは、ライモンドとグイドはどうしても脅威を感じ取れない。

 合体と称してただ背中合わせになっただけのその体勢、戦闘においては単純な重りを背負うよりも動きづらいその体勢で、ライガとシーノは戦おうとしている。

 しかもライモンドとグイドがその気にならなければライガたちは動きそうにない。

 一体これをどうしたものかとライモンドは真剣に考えたが、グイドはいち早く結論を出した。


「余計なことは考えなくて良さそうだな。あれはただの欺瞞作戦だ」


「……そうなんッスかね?」


「身動きの取りづらい体勢でこちら側の油断を誘い、攻撃を仕掛けさせる、或いは自ら仕掛ける。我々に隙が生じたところであの『合体』とやらを解き、一方を攻撃して弱らせ二対一に持ち込み、もう一方を確実に仕留めた後で、残った一方にトドメを刺す、といったところだろう」


「ナルホド、おちょくってんのかと思ったんスけどホントにおちょくってんッスねあれは。そんなら……」


 グイドの考えに背を押され、ライモンドは魔力を放ちながら二人に迫った。

 再びばらけた所を一気に叩くべく、それに最適な蛇繰拳の動きで。


「もう遠慮も情けも舐めプも無用ッスねェ!!!」


 そう叫んだ時、ライモンドはいつの間にか目の前に拳が迫ってきていることに気付いた。

 誰の拳?

 決まっている。

 先程から何度も見ている、ライガの右拳だ。


「しゃぉらァアッ!!!!」


 首や上半身を捻るような暇はなく、ライモンドは完璧に顎を打ち抜かれた。

 危うく首の骨まで持っていかれそうになるのを自ら顎を外すことで威力を逃がし、飛びそうな意識の中で真っ先に疑問が浮かんだ。

 何が起きた?

 無論、自分の身ではなく、ライガの身に、である。

 自分が接近するのに合わせてライガも走ったのだとしても、想定していた倍以上は速い。

 威力も、不意を突かれたとは言え明らかに先程のそれを上回っている。

 先程まで手加減をしていたのだとしたら合点がいくが、そんなことをする意味はなかったはず。

 奴は確実に『たった今』、それも『倍以上』強くなったのだ。

 だが一体何故。

 その答えは、吹き飛ばされて仰向けに倒れたことで見えた。


「……ばらけて……ねェ」


 ライガの足元に見えるもう二本の足。

 つまり、未だライガはシーノと背中合わせのままである。

 ライガたちのすぐ横にいるグイドも、驚愕しつつ冷静に二人を見ていた。

 背中合わせのまま、ライモンドが反応できない速度と威力で攻撃した。

 そこから導き出される答えは、ライモンドにもグイドにも到底信じ難いものだった。


「上乗せされているのか……!!?パワーもスピードもそっくりそのまま……!!」


 グイドはライガたちの口から答えを聞くより先に、ジェノハンマーを振って早めの決着を試みた。

 すかさずライガがハンマーを右脚で蹴り込むような構えを取ったことで、グイドはハンマーとの同士討ちを狙っているのだと考えた。

 だが、ハンマーを蹴ったのはライガの足ではなかった。

 ライガの足は蹴るためでなく回転するために使われ、そして高速回転の勢いに後押しされたシーノの右脚が、ハンマーと激突した。


「む……がぁ……っ!!」


 蹴りとハンマー、押し勝ったのはシーノの蹴りであった。

 後退させられたグイドに代わり、再びライモンドが接近する。

 回復魔法の精度はライガたちに及ばないまでも、外れた顎の治療は終えていた。


「『竜鱗・唖悪死掌(アオダイショウ)』!!!」


 例の如く風の刃を全身に纏い、変則的な動きから繰り出される両手の掌底打ちは、ライガとの攻防では見せたものの、シーノはまだ一度も見たことのない攻撃だった。

 本来ならば反応できるはずもない。

 だが、シーノは両腕にオーラを纏い、掌底打ちのことごとくを捌く。

 打ち込み続けながら、ライモンドの脳は混乱を極めた。

 拳を正面からではなく横から払うような動作であれば、確かに受ける衝撃を最小限に抑えて捌くことができるだろう。

 それにしても、である。

 歯軋りの暗号でライガとシーノがお互いの情報を共有していたことはライモンドも知っている。

 動きの癖はある程度までは伝わっているのだろう。

 それにしても、である。

 それにしても余りに正確にシーノは攻撃を捌いている。

 直接見たわけでもない攻撃が、伝え聞いただけの情報でここまで防げるわけがない。

 更には、ライガ一人では風の刃で切り裂かれていたはずだったのが、今度のシーノは傷一つ負わずに捌いている。

 防御力の高さと正確さ、これがライモンドの頭を混乱させていた。


「背中合わせでこんなに強くなってるなんておかしいって顔してるわね!!」


「おかしいっしょ!!なんでてめえら、背中合わせで動きにくいハズなのに、こんな……!!」


「動きにくい?私はさっきより断然動きやすいわよ!!ライガがいるから……ねっ!!!」


 ライモンドの攻撃を捌きながら、シーノは反撃の突きを見舞う。

 それを予測してピンポイントで風魔法を胸部に集中させたライモンドだったが、あっさりとシーノの拳は防御を貫通した。


「がぉ……!!!」


 折れた胸骨に纏った風魔法を回復魔法に変換しつつ退き、ライモンドはまたグイドと交代しようとした。

 しかし、グイドはライモンドの胸に右手を当て、回復魔法を使いながら共に行くべく手を引いた。


「分断されたらまずいのは承知しているだろう。俺が回り込んで挟むから、休まず戦え」


「ウィッス……しっかし、あの強さ……納得いかねェ……!背中合わせでくっつくことで一時的に魔力を一方に与えてるってわけっしょ?そんだけであんな……」


「魔力だけじゃない……!!」


 その言葉を最後に、グイドはライモンドから離れ、シーノの真後ろにしてライガの正面に回り込みに向かった。

 グイドは先程のライモンドとシーノの攻防を冷静に観察し、ライガたちの急激なパワーアップの謎を解いていた。

 ライモンドの攻撃をシーノが捌いている間、その後ろではライガが常に魔力、ライガたちで言うオーラをシーノに送り、シーノが最も動きやすい足運びで支えていた。

 それを見ただけで、グイドにはライガとシーノがただの背中合わせを合体、新技と呼ぶ理由がわかった。

 一見すると正面の敵と戦うには不向きな背中合わせという体勢にこそ、パワーアップのための鍵がある。

 背中を通じて送られるオーラは、パートナーが最も必要とする部位に瞬時に到達し、肉体的補助もパートナーが動こうとする都度、事前に示し合わせたわけでもなく最適な動きで行う。

 常時両者の間をオーラが流れることによって、感覚の共鳴まで起きている。

 先程のライモンドの攻撃をシーノが捌いていたのも、後ろにいたライガがシーノの視覚と共鳴して支えるために動き、その動きに共鳴したシーノが支えられるための最適な動きを取っていたからに他ならない。

 ライガがシーノを抱えた状態で後ろからのライモンドの攻撃から逃げられたのも同じである。

 ライモンドを見ていたシーノを通してライガはその接近に気付き、更にシーノはライガの足にオーラを与えていたのだった。

 それも、ライガが動こうとするまさにその瞬間に、である。

 密着していない状態では必要としていたサインすらなく行えるのは、連携の域をも凌駕している。

 力量に始まり、呼吸、筋肉や関節の可動域、オーラや血の流れ、果ては自覚できていない細かな癖までも、互いに完全に把握できているからこそ行えるこの連携は、最早二人ではなく新たな一人の戦士の誕生と呼べるものであった。

 グイドとライモンドの心には焦りが芽生えかけていた。

 個人での力量は自分たちが勝っているはずなのに、二対二になった途端に形勢が逆転し、更に相手はまだ余力十分ときている。

 対する自分たちは女王から得た魔力をどうにか制御しながら戦っているため、そう長くはもたない。

 一刻も早く状況を打破する必要があると感じ、グイドは行動を起こした。

 シーノとライモンドが再度攻防を繰り広げる中、ライガの正面に回り込んだグイドは、拳や蹴りが届かないように少し距離を取った。

 ジェノハンマーも届かない距離まで離れたグイドを不自然に思ったライガは、すぐにグイドの意図に気付いた。


「俺らを分断して、もっぺんお前らが有利な状況を作りたい……だろ?」


 看破されようともグイドの行動は変わらない。

 ライガがシーノから離れてこちらに接近するよう誘いをかけても乗ってはこないことを確認し、ハンマーを持っていない左手から魔法を放った。


「『バ・ビル・ブルル』!!!」


 ライガもその威力を知る衝撃波。

 シーノにオーラを回してサポートに徹しているライガでは防げないと考えてのグイドの攻撃は、直撃すれば確実に勝利を呼び込めるものだった。

 だが、一瞬早くシーノがライモンドを後退させたことで余裕が生まれ、ライガは自分とシーノの分のオーラを受け取り、それら全てを左の掌に集中させ、衝撃波を防いだ。

 普段のように全身に分散させたオーラではとても防ぐことはできないが、一部分に集中させた上、シーノのオーラも上乗せさせたこの防御は、衝撃波による影響をライガに一切与えなかった。

 自慢の衝撃波を防がれたことで打つ手なしと思いきや、グイドは口元を歪めて厭らしい笑みを浮かべた。

 ライガにシーノのオーラを使わせ、防御し続けなければならない状況を作り上げることこそが、グイドの狙いだったのだ。

 衝撃波は防がれつつもグイドの手から放たれ続けている。

 それを防御するライガの後ろで、ライモンドがシーノに反撃を仕掛けようと迫る。

 オーラ全てをライガに回してしまったシーノは、体は自由に動かせても無防備に等しい。

 ライガからオーラを返却されたとしても、今度はライガが衝撃波の餌食となってしまう。

 勝利は再び自分たちの手中に収まったと、グイドとライモンドは確信した。

 ライモンドの拳がオーラを一切纏わないシーノに到達しようという、その時である。


「ほいっ」


 振り返りながら、ライガは防いでいた衝撃波をライモンドのいる方へと受け流した。

 ライモンドの拳はライガが振り返ったことで逸れ、代わりに舞い込んできたのは、グイドによって放たれ、ライガによって受け流された衝撃波であった。


「ずっぎぎぇぇぁあああああああああああ!!!!!」


「な……!!?」


 全身に流れる衝撃波が容赦なくライモンドの筋肉を、骨を、細胞を破壊する。

 ライガにしてやられたことに気付いてすぐさまグイドは攻撃を中断したが、それでもライモンドに致命的なダメージを与えてしまっていた。

 取り返しのつかないミスを犯してしまった場合、人は冷静さを完全に失いパニックになる者と、却って冷静さを取り戻し、正常な判断ができるようになる者の二種類に分かれる。

 グイドの場合、後者であった。

 隙を突こうと接近してくるライガとシーノを迎撃しようと、ジェノハンマーを正確に狙いを定めて振ることができていたのだった。


「うおおおおっ!!!!」


 だが、その判断ができていようともいなくとも、結果は変わらなかった。

 ライガとシーノを分断するより先にライモンドと分断されてしまったグイドには、どれだけの力でハンマーを振ろうとも、勝ち目などなかったのである。


「ぅりゃあああ!!!」


 ライガは振り下ろされたハンマーを真っ向から左拳で打ち砕き、右の拳でグイドの顔面を打ち抜いた。

 鼻が顔面の奥へとめり込む音を聞きながら、グイドは地面に何度も全身を打ち付け、転がるように吹き飛ばされた。

 それを見届けたライガは、シーノとの合体は解かずに後ろで気絶しているはずのライモンドが気にかかった。


「いない……」


 背後でシーノがそう呟くまでもなく、シーノと視覚を共有しているライガは、いつの間にかライモンドがいなくなっていることに気付き、周囲を見回した。

 ライモンドはあっさりと見つかったが、それは倒れているグイドのすぐそばであった。

 意識ははっきりしているようだが、鼻や口や耳、目からも血を流し、手足が小刻みに震えている。

 ライガもシーノもその状態には見覚えがある。

 ケインと戦った際、同じように衝撃波を受けたショーザンが、まさにその状態であった。


「グイドさん……」


 掛けられた声は掠れていて上手く発せられていなかったが、グイドは目を開けてそちらに顔を向けた。

 グイドも意識は残っており、ライモンドが駆け寄ってきたことに気付いて話す余裕もまだあった。


「すまんライモンド……俺が足を引っ張ってしまった……」


「すまねえって思ってんなら、あんたの残ってる魔力、全部俺にください」


 長い沈黙が流れた。

 ライガとシーノは、その間一切手出ししようとはしなかった。

 新技で正面から堂々と相手の策を全て叩き潰そうと意気込むライガ。

 ライガに呆れつつも同調し、策以上に相手の心を砕こうと企むシーノ。

 二人の心は決して反発することなく、安定したオーラとなって互いの全身を駆け巡っていた。


「体力はともかく魔力は十分すぎるほど残ってるっしょ?その魔力があんたを蝕む前に、全部、残らずくださいよ」


「……正気か?陛下が下さった魔力だけでも我々にかかる負担は相当なもの……それを俺の分まで引き受けるとなれば、最早猛毒を打ち込むのと同じだぞ……?」


「だからどうだってんスか。このまま負けりゃあ、俺らは女王陛下が与えてくださったものを無駄に食い潰すだけの役立たず。そんなんグイドさんだって嫌っしょ?役立たずで終わるくらいなら……」


「……そうだな」


 決心したグイドは、残った力で精一杯手を伸ばし、ライモンドの手を握った。

 握ると同時に、体内に貯蔵されていた魔力を全て、最後の一滴まで残らず、ライモンドへと流し込んだ。


「役立たずで終わるくらいなら……!!死んだ方がっ……!!」


「マシ……っしょぉッ!!!」


 グイドの魔力を全て受け取ったライモンドは、先程とは別人のように凄まじい魔力を全身に滾らせ、ライガたちを睨み付けた。

 体中の所々で皮膚が裂け、血が天へと昇っていく。


「オーラ貰い過ぎだろ。皮膚裂けちゃってんじゃん」


「なんでオーラが許容量超えると皮膚裂けるのかな、ライガ知ってる?」


「知らねー。けど多分アレだろ、風船膨らませ過ぎると割れる、みたいな。そんなんだよ」


「そっか」


 直前の行いを後悔している時、ライガとシーノは呑気な会話に浸る傾向にある。

 ライモンドのパワーアップを黙って見過ごしてしまったことを、二人は少しばかり後悔していた。

 それでも、見過ごしてしまった以上はそのパワーアップしたライモンドを相手に戦わなければならない。

 覚悟を決め、ライガが前、シーノが後ろで、互いを支えた。


「さっさと来やがれ!!!てめえも早く勝負つけねーと死んじまうんだろ!?」


「言われ……なくっ、てもォオア!!!」


 雄叫びを上げ、ライモンドが凄まじいスピードで迫る。

 シーノからオーラを受け取り、ライガもそれに応える。

 拳と拳の激しい激突が、再び繰り広げられた。

 ライモンドの動きは先程と同様に蛇繰拳の型を使ったものだが、精度は大幅に落ちている。

 急激なパワーアップに体がついていけず、気力だけで無理やり動かしている状態だからだ。

 ライガとシーノもそれに気付いており、故に決着を急いでいた。

 長期戦はライモンドにとっても不都合だが、逆に体を慣らして精度を上げてしまう危険があると考えた。

 ライガたちの意図には気付かず、ライモンドは敵も焦っているのならばと、一気に勝負に出た。

 両腕をうねらせ、しならせ、蛇の頭が無数に蠢いているかのような動きから繰り出される技は、ライガも良く知る、蛇繰拳最大の奥義であった。


「いくぜェエア!!!『竜鱗・八手金剛壊蛇弾(ヤマタノオロチ)』!!!!!」


 放たれる直前、ライモンドの動きは極めて高い精度に戻りつつあった。

 もしもライガ一人でこの局面に立たされたのならば、真っ向から拳で挑み、そして敗北していただろう。

 シーノが後ろにいるから。

 シーノの考えがわかったから。

 シーノの考えを尊重したから、ライガは普段では決してしない行動を取ることができた。

 ライモンドに技を放たれる前に、ライガはシーノに背負われることで持ち上げられ、両足でライモンドの両肩を抑える形で止めた。


「なにィ!!?」


 驚きの余り、ライモンドはシーノが潜り込んでいることに気付かなかった。

 シーノの渾身のアッパーカットが、炸裂した。


「りゃあっ!!!!!」


「げべぇっ!!!」


 一度外された顎が今度は粉々に砕けたが、ライモンドは意識を保っていた。

 僅かに後退すると、今度もライガとシーノが良く知る構えを取った。

 ただし、今度の構えは蛇繰拳のそれではない。

 両腕を顔の位置まで上げて、肘まで真っ直ぐに伸ばし切り、左足を前にした極端な前傾姿勢。

 突撃する以外の攻撃選択肢が一切ないこの構え、これはまさしく、


「スコットの……『スピア』……!!!」


 ライガとシーノの胸がざわついた。

 ライモンドがスコットの技を最後の手段として選んだのは、これが理由である。

 尊敬するスコットの技を見せられて、二人が憤らないはずはない。

 闇雲に攻撃を仕掛けるだけの猪になるしかない。

 思った通り、ライガとシーノは背中合わせをやめ、二人ともが正面を向いたまま突撃してきた。

 そこを二本の『槍』で仕留めるのが、ライモンドの最後の作戦である。

 ばらばらになって走るライガとシーノには、最早先程までの強さも速さもない。

 ほっと溜息を一瞬漏らしつつ、ライモンドは思い切り踏み込んだ。

 気付かなかった。

 気付けなかった。

 最後の最後まで、ライモンドは二人が一度として冷静さを失っていなかったことを、見抜けなかった。

 ライガとシーノは確かに正面を向いて走ってきている。

 だが、体は密着したままである。

 シーノの背に、ライガが胸を当て、その体勢で走っている。

 そのことにライモンドが気付いた時には、手遅れだった。


「『二人が紡ぐ無限の力(ツインフィニティ)』!!!!!」


 ライガたちは急加速し、二本の『槍』はライガの右手とシーノの左手によって止められ、代わりにライガの左手とシーノの右手が、ライモンドの顔面に叩き込まれた。




 ライガとシーノを育てた師匠と呼ぶべき二人、スコットとサラミ婆さん。

 サラミ婆さんがライガたちの師として過ごした時間はスコットに比べてごくわずかなものだったが、彼らは二人に同じ言葉を遺していた。

 怒ってもいい。

 悲しんでもいい。

 だが、それに心が振り回されてはならない。

 感情は心を染める絵具ではない。

 心に火を点けるための燃料だ、と。

 彼らはこの戦いにおいて、サラミ婆さんとスコットから受け取ったその言葉を決して忘れることなく、教えられた戦い方を自分たちなりに昇華し、そうして勝利を収めたのだった。

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