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第0.9話 ロレッタ=フォルツァートが女王になるまで

『アラルガンドの右腕』と『ストリジェンドの左腕』が作られたのは、ドーズ=ズパーシャが魔王ゴアを倒すよりも更に2年前に遡る。

 この頃、デュナミク王国における歴史上最も凄惨なる事件が起きた。

 炎王カウダーの襲来である。

 一夜にして王国の半分を焼き尽くしたとされるこの事件は、生き残った国民により忌まわしき記録として残され、次なる脅威への対抗策としての巨大な戦力が欲された。

 それを生み出す任に当たったのが、呪術師の家系であったアラルガンド、ストリジェンドの両家である。

 両家の代表二名が試案を重ねた結果、両家全員の命と引き換えにある『まじない』が生み出された。

 その『まじない』とは、デュナミク王国においてその時最も王となるに相応しい資質を持った人物にのみ発現し、王としての力を授けるというものだった。

 もしも『まじない』の恩恵を受けている人物以上の王の資質を持った人物が現れた場合、『まじない』はその人物へと移動する。

『まじない』が別の人物に移ったと同時に王位も継承させ、以後それを繰り返すよう、代表二名は当時の国王に求めた。

 国王はそれを快諾し、その場で誓約書に署名した数日後に法律として定め、両家への誠意を示した。

 これまで血縁による相続で王位を継いできた彼に、自分たち以外の家系から王の資質を持つ人物が存在するという発想はなかったのである。

 ところが、いざアラルガンド家とストリジェンド家による『まじない』が実行されると、その恩恵を授かったのは当時の国王ではなく、国王の秘書を務めていた男だった。

 それまで忠実に国王の下で働いていた彼から突然半透明の『腕』が生えてきたことで、デュナミク王国は一変した。

 新たな国王の座についた彼はそれまでのデュナミク王家に不満を抱えており、最大級の実力と権限を手に入れたのをいいことにそれらを存分に振るって王家の粛清を行ったのだ。

 逆らおうにも強力な呪術師数十名が生み出した『アラルガンドの右腕』と『ストリジェンドの左腕』を持つ彼に太刀打ちできる者は存在せず、それまでデュナミク王国の王となっていた一族は、僅か十日足らずで滅亡した。

 彼の暴走はそれだけに留まらず、ついには守るべき国民からも食糧を巻き上げて贅を貪るようになってしまった。

 しかし、国王が代わってから36日後の朝、『腕』は突如彼を握り潰し、別の人物へと移動していた。

 移動した『腕』は以前より僅かに大きくなっており、国民たちは王に相応しくない存在となった彼に罰を与えた上で、力を取り込んだのだと悟った。

 その騒動は教訓となり、以後王として選ばれた人物は決して驕ることなく国のために働き、『腕』もそれきり別の人物に移動する際、元の王に罰を下すこともなくなった。

 代わりに王座を退いた者やその従者だった者は、祈りと命を捧げることで『腕』をより強力なものにし、200年経つ頃には1000人を超える祈りが『腕』に宿り、海賊キャプテン・オーロとさえ並ぶ強さになっていた。






 ロレッタ=フォルツァートの前に国王の座に就いていたのは、彼女の伯父ベルトランド=フォルツァートであった。

 フォルツァート・ファミリーというマフィアの首領だった彼が国王となったことで、国民たちの不安を誘ったが、ベルトランドは国王に選ばれると同時にファミリーを解散し、宮殿に肉親を含めたマフィアの元幹部を一部住まわせる以外に大した贅沢もせず、世界中で巻き起こる争いから自国を守り、海賊キャプテン・オーロとも勇敢に戦うなどして、徐々に信頼を勝ち得ていった。

 そのベルトランドの弟こそ、ロレッタの父マリオ=フォルツァートである。

 古いアマビレ訛りで話す粗暴で思慮に欠けた父だったが、少なくともロレッタへの深い愛情を持ち、母親を早くに亡くしたロレッタを気にかけ、兄が王座を退いた後もロレッタが幸せに暮らしていけるように一生懸命考えられる男だった。

 国王の姪に生まれたことでロレッタは高いレベルの教育を受けられたが、当時は王座に女が就いたという前例がなく、そのためマリオはロレッタは王ではなく、ベルトランドの息子でありロレッタより8つ年上のディエゴが王となった際にその妃となれるように教育を受けさせていた。

 元々レイブ村で生まれた勇者ブシヤの末裔ということもありディエゴもロレッタも高い魔力と知恵を有し、更に国内屈指の教育を受けられたことで、誰もが次の王はディエゴであり、ロレッタはその妃となるのだと信じて疑わなかった。

 ディエゴもそれを自覚してそうなろうと努め、ディエゴに憧れを抱いていたロレッタもそのつもりで勉学に励んでいた。

 変化が訪れたのは、ロレッタが7歳になったある日のことだった。

 ロレッタはみすぼらしい身なりの男が街を歩くのを見つけ、父へと尋ねた。


「お父様、あの人はもっとちゃんとした服を持っているのにあんな格好なの?それとも、あんな格好しかまともな服がないの?」


 父マリオはいつもロレッタの疑問には真っ直ぐに答えた。


「ああいう服しか持っとらんのや。貧しい人なんやな」


「あの人に服をあげたいわ。いいえ、服がないのならきっと他にも色んなものが足りていないはずだわ。お父様、あの人に足りていないものを与えてさしあげましょう」


「おまえはホンマに優しい子やな。せやけどな、それはアカンねや」


「どうして?」


「貧しい人はあの人以外にもぎょうさんおるんや。この国は貧乏や。国が貧乏やねんから、贅沢できる人間は少のうて、貧しい人はぎょうさんおる。当たり前のことや」


「だったら、私たちは贅沢をやめるべきだわ。私たちが贅沢できる分のお金は、他の貧しい人に分け与えるべきだわ」


「それもアカン」


「どうして?」


「おまえも、お父ちゃんも、今のこの国ではごっつ偉い立場におるんや。この国で一番偉いベルトランド国王陛下がお父ちゃんのお兄ちゃんやからな。偉い人が贅沢せえへんかったら、その次に偉い人が贅沢でけへん。贅沢言うてそない大層なこともこの国じゃあでけへんしな。それにロレッタが心配しとるように、ベルトランド国王陛下もちゃんと働いてはるから、今は貧しい人はぎょうさんおっても、飢え死ぬ人はそうそうおらんようになったんやで」


 マリオは答えられる限りの答えを示したが、ロレッタの心を納得させることはできなかった。

 やがて歴史に関心を持つようになったロレッタは、あることに気が付いた。

 約200年の間、デュナミク王国は国としてほとんど発展していない。

 外敵から自国を守ることしかせず、他国との交流もろくに行っていないのだ。

 魔王がこの世から姿を消した後、海賊のような悪党が蔓延るようになった世の中では、デュナミクのような小国家が発展する道など残されていなかった。

 その事実を知ったロレッタの胸中に湧き起ったのは、歴代国王に対する激しい怒りだった。

 小国が大国と対等な交渉に出るには、相応の力を所有していることが絶対条件となる。

 その力を既に持っているはずの歴代国王が行動に出なかったことに、ロレッタは憤ったのだ。

 更には、他国がデュナミクに対して攻撃こそすれ、一切の施しをしてこなかったという事実も、ロレッタの怒りを掻き立てた。

 国を守るという名目で生み出された『腕』は、他国を侵略して財を奪い、自国を潤すためにこそ存在する。

 これまで争いしかしなかった他国に、最早和睦する価値さえありはしない。

 デュナミク王国以外の全てが下郎。

 7歳にしてロレッタの思考は危険領域に至った。





 ディエゴが16歳、ロレッタが8歳の誕生日を迎えてすぐのこと、夕食を終えた二人はベルトランドに呼び出され、玉座の前で跪いていた。


「頭は下げなくていい。おまえたちに訊きたいことがあるんだ」


 二人が顔を上げた時、ベルトランドは穏やかな笑顔を向けていた。


「それが終わったら、きっと俺はもう国王じゃなくなってる。ここに座るべき人間じゃなくなってるはずだ」


 ロレッタはこの時、何故自分も呼び出されたのかわからないでいたが、ベルトランドはロレッタにも王の資質があることを見抜いていた。

 ディエゴかロレッタか、どちらがより王として相応しいのか、それを『腕』ではなく、己の目で見極めるために呼び出したのだ。


「おまえたち、もしも自分がこの国の王になったら、その時はどうする?この国で一番の力を得たら、何がしたい?」


 先にディエゴが答えた。


「俺はまず、度々やって来る海賊オーロを退治します。二度と来ることがないよう、奴の息の根を止めることになろうとも容赦しません。海賊だけでなく、あらゆる敵からこの国を守ります。皆が平和に暮らしていけるように……」


「お兄様は国を守るだけで皆の平和が保てると思っているの?」


 ディエゴは言葉を失い、ロレッタの方を見た。

 これまでロレッタが誰かに厳しい言葉をかけるのを聞いたことがなかった。

 ベルトランドも驚きはあったが、ディエゴがそれ以上答えるのは難しいと判断し、今度はロレッタに問うた。


「じゃあ、ロレッタは他にやりたいことがあるのか?」


「あなたや、あなた以前に国王だった人たちが行わなかったことを、行おうとしなかったことをやります」


 強い口調でロレッタは続けた。


「この小さな国を、世界のどこよりも大きな国にしてみせます。いいえ、世界の全てをデュナミク王国のものにしてみせます。他の国に住む者は、この国の役に立つ者を除いて生きることを許しません。他の国、他の土地にある財源を全てこの国のものにするのです。国民を飢えさせないために。守るだけでは平和を保つことはできないのですから」


 そこまで聞いたベルトランドは、玉座を立ち、ロレッタに自身の王冠を被せていた。

 自分を責めているようなロレッタを肯定こそしなかったが、きっと今の時代に必要な王とは自分やディエゴではなく、ロレッタのような人物なのだろう、そう思った。

 同時に、ベルトランドに宿っていた『腕』もまた、ロレッタの背にそれぞれ出現し、それが王冠以上に、王座が入れ替わったことを証明していた。


「今この時より、あなたが国王です。ロレッタ=フォルツァート女王陛下」


 ベルトランドと共にディエゴもロレッタへ跪き、彼女への忠誠を形の上で示した。

 しかし、ディエゴの胸中は、過激な思想を持つロレッタへの反感で満ちていた。

 それが限界を迎えるのは、その20日後である。






 ベルトランドは退位直後に『腕』に祈りを捧げ、その生涯を終えた。

 国王となったロレッタは、すぐに行動を起こした。

 先王の側近であったニコラ=ヴィーヴォを参謀に据え、彼の意見を基に軍を再編成し、それらを率いて周辺の国への攻撃を仕掛けたのだ。

 その攻撃は苛烈を極めた。

 4つの国を滅亡させ、それによる死者は延べ9千万人。

 生存者はおよそ600人程度で、奴隷として拘束、収容された。

 これによって、ロレッタは4つの国の広大な土地と財源を丸々奪い取り、自らの国民へと分け与えた。

 国民は喜び、特に貧困層の者たちはロレッタへの感謝の言葉を届けようと自ら宮殿へと赴くほどだった。

 宮殿前で衛兵に止められたが、ロレッタはそれを制して彼らの前に立ち、二度と彼らが貧しい暮らしに戻ることはないと宣言した。

 反感を抱く者は誰もいない。

 いたとしても、それはデュナミク王国以外の者であり、それらの意見に耳を貸す必要はない。

 しかし、ロレッタの思いはその日の晩に裏切られることとなった。

 宮殿内の寝室で眠りについていたロレッタは、不意に揺さぶられるような衝撃を受けて目覚めた。

 目の前には、自身から伸びた『アラルガンドの右腕』によって首を掴まれて宙に浮かぶディエゴの姿があった。

 ディエゴの手には短剣が握られており、すぐに夜襲をかけてきたのだとわかった。

『腕』が無防備な主人を守ってくれたのだ。

 ディエゴが自身を殺そうとしたことについては、悲しみはあったが驚きはなかった。

 歴代の国王と同じ考えをディエゴが持っているのならば、国の外から何かを奪い取ることを良しとするはずがないのだから。

 それに目を背けていたという事実を反省しつつ、ロレッタは声をかけた。

 女王として。


「お兄様、あなたのしたことは許されることではありません。しかし、わたくしは女王として、慈悲を与えようと思います。すぐにこの『腕』に祈りを捧げてください。そうすればあなたの罪を死後問うことはありません。元国王の息子として、そして現女王の従兄としての名誉を残したまま、死なせてさしあげます」


 それが彼女にできる最大限の譲歩だった。

『腕』の握る力は徐々に強まり、ディエゴが呼吸をするのも難しそうだったので、ロレッタは一度彼を下ろし、喋る余力を残させた。


「ねえ、言って?お兄様、呪文は知っているはずでしょう?この『腕』の一部となる名誉を与えてさしあげるのですから、この国の役に立てるのですから、言って?」


「ロ……レッタ……」


 ディエゴが口を開いたことで、ロレッタは『腕』の力を更に少し弱めた。

 謝罪と、祈りのための呪文が聞けると、そう期待した。


「他の国や、人を……命を、踏み固めて作った平和に……幸せはない。おまえのやり方で、この国の人々を幸せにはできない。父さんはそれでもおまえのやり方が必要なんだと思ったようだが、俺はおまえを認めない」


「あなたが今どう思うかを聞いているのではないのです。わたくしはお兄様に言っていただきたいのです。あの呪文を!さあ、早く!」


「くぁ……っ」


『腕』がディエゴの首を絞める力が強くなった。

 それでもディエゴは笑顔で、ロレッタを非難した。


「……俺のことも踏んでいくならそうしろよ。この国のために、世界を滅ぼそうと言うのなら、俺はそんな国のために祈りは捧げない」


『腕』が肥大し、ディエゴの頭を包み込む。

 半透明な『腕』のおかげで、ロレッタとディエゴは最期の瞬間まで目を合わせたままだった。


「牛や豚を食うのと同じように、外の人々を食い物にしていくがいい!!それがおまえの作る平和なら!!俺とおまえ、どちらが正しいか……!!」


 それより先の言葉はなかった。

 ディエゴの頭は『腕』によって破壊され、頭の無い死体が力なく横たわった。


「どちらが正しいか……」


 ディエゴが何を言いたかったのか、ロレッタはわかっていた。

 慌てて駆け付けた当時衛兵の一人であったジェラルドが、それを聞いていた。


「どちらが正しいか、それは歴史が決める。わかっていますわ、お兄様。だからわたくしは作らねばならないのです。わたくしが正しいと証明するための歴史を」


 強い意志と共に語る彼女の顔は、涙に濡れていた。

 兄と慕う人間を手にかけたことで、幼いロレッタの心はひどく弱っていたのだ。

 事情は呑み込めないまま、しかしこのまま立ち直れないのでは国が傾きかねないと考えたジェラルドは、


「失礼いたします」


 そう言ってロレッタを抱き寄せた。

 その瞬間ロレッタは年相応の少女に戻り、声を上げて泣いた。

 少女の頭を撫でながら、ジェラルドは言った。


「陛下、どうか先におっしゃった、その力強いお言葉のままに事をお進めください。これから先、陛下のお考えを否定する者に出くわすことは多々ございましょう。我々は陛下のなさる全てを肯定し、そして否定する者を全て排除いたします。どうか、迷われることのないよう」


 しばらくして、ジェラルドから離れたロレッタの顔つきは見違えるほどに変わっていた。

 鉄面皮とも呼べるほど、冷たいものだった。


「わたくしは良い従者を持ちました」


 それから19年、ロレッタはデュナミク王国を拡大するため、各国を襲撃、制圧して回った。

 国内には最早ロレッタを否定する者はいない。

 誰もが彼女の恩恵を受け、豊かな生活を送れるようになっていた。

 人から奪って得た豊かさであることはもちろん理解しているが、誰も離れることはできない。

 貧しい暮らしに戻りたくないという以上に、8歳という若さで背負った少女の覚悟を否定することは、誰にもできなかった。

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