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第72話 女王の逆鱗

「懐かしいわね。昔はゼブラとロズ、そして私の三人が揃って世界を見下ろす時、こういう不穏な闇が空を覆ったものよ」


「強すぎる魔獣が集まるとこうなるんだよな、おかげで魔界はいつも夜だった」


 雲のすぐ下で、女王ロレッタの前方にケインが、後方にゴアが、右にシマシマが、左にクラリが構える。

 感慨深そうに語るクラリとシマシマをよそに、ケインはロレッタを挟んで向こう側にいるゴアへと言った。


「何笑ってんだ?」


「いや、懐かしいのがもうひとつあってな。ここまで聞こえおるわ」


「カウダーと……ヴァンピロの声か」


「ああ……今はヴァンピ……」


「感傷に浸るのは、これから死ぬということに対しての現実逃避と解釈してよろしいのですか?」


 ロレッタが言葉と共に放った重圧は、彼らを現実に引き戻してなお余りあるものだった。

 今にも地に叩き落とされそうなほどにひりついた緊張感を持ち直し、ゴアはケインたちへそれぞれ目配せする。

 敵に聞こえるように作戦を伝えるわけにもいかないからと、苦し紛れに目だけで伝えようとしたのだが、幸運なことにそれは極めて正確にケインたちへと伝わった。

 四方向からそれぞれに攻め、ロレッタが持つ『腕』が本体を防御していない隙を狙い撃つ。

 ここまではケインたち全員も同じ考えを持った上で行動していたが、それを基本として、更にゴアが強調したのが、絶対に死なないことである。

 一人が戦線を離れると、たちまち総崩れに遭うであろうことは、ロレッタと『腕』の魔力を肌で感じたことでここにいる全員が理解している。

 皆のためにも絶対に死なないようにとゴアは目線を送り、それを受けて三人も頷いた。


「さて」


 そう言ったロレッタには、或いはその作戦内容すら筒抜けだったのかもしれない。

 把握しているのかいないのか、ともあれゴアが全員に向けて何かを伝えようとしていることは理解し、あえて三人に伝わるのを待っていたことだけは、少なくとも間違いない。

 さしてそれについて気にした様子はなく、ロレッタはケインを指差した。


「勇者よ」


「ん……?」


「わたくしは寛大なる女王です。そのわたくしが、あなたに交渉の場を設けてさしあげましょう」


 意外な提案だった。

 問答無用で殺しに来るほど野蛮でもないとは思っていたが、まだ交渉の、和解の余地があるのかと、淡い期待を抱いた。

 それが幻想に過ぎないと気付かされたのは、直後のことだった。


「今すぐこの場で自らの首を刎ねなさい。そうすれば許してさしあげます」


「は?」


 ケインには言われた言葉の意味が理解できない。

 この場を退けば許すならば、まだ拒否はすれども納得はできた。

 首を刎ねれば許すというのは、この状況において適した提案とは思えない。

 ケインの混乱を察したか、ロレッタは続ける。


「このまま戦った場合、あなたたちが犯した罪はあなたたちの死だけで贖えるものではなくなります。より多くの命で以て、清算せねばならなくなります」


「より多く……」


 ケインが思い浮かべたのは、ウェルダンシティにいる人々の顔。

 自分たちがこのまま戦い、そして敗北したのなら、彼らも皆殺しにされるのだと、そうロレッタは言っているのだと思った。


「勇者、あなたがレイブ村の出身であることは知っているのですよ」


「っ!!」


 ケインの表情が強張った。

 ロレッタが勇者について多少の知識を持っているという事実、そのことにこの時までケインは目を逸らしていたのだ。

 歴代勇者の記憶を見た際、二十五代目の勇者にブシヤ=ズパーシャという者がいた。

 そのブシヤはデュナミク王国に移住した際、名をブジーア=フォルツァートと改めた。

 つまり、フォルツァートの名を持つロレッタもまた、勇者の子孫でもあるのだ。

 であるならば、勇者が輩出される村、レイブ村についても知っていても何らおかしなことはなかったのだ。

 そこをケインはなるべく考えないようにしていた。

 母やザックの命までもこの女王に握られているのではと思いたくなかったからだ。

 戦いにおいて迷いは禁物であることを、ケインは経験上知っている。

 その意味で、今のケインは最悪の精神状態と言えた。

 ちらりと、ゴアに目を向ける。

 いつもの子供の姿ではなく本来の魔王らしい禍々しい姿だが、その目はいつもと変わらない仲間の、ケインを心配するゴアの目だった。

 ケインの中にある迷いを断ち切るための大剣が、まさにそれだった。


「……だったらどうしたよ」


 迷いを振り払うように、大剣を振り回すように、腹の底から声を絞り出す。


「どうせお前に負けたら全員終わりなんだ!!!今更そんなことにビビってられるかよ!!!」


 剣を抜いてロレッタへと向け、闘志は魔力に乗せて全身から溢れさせる。

 ゴア、シマシマ、クラリがそれに続いて完全な戦闘態勢に入る。


「そうですか……それでは」


 初めから期待などしていなかったが、最早これ以上の交渉は不可能と悟り、ロレッタも『腕』を左右に広げて構えた。


「死になさい、4()纏めて」


「勝ってみせるさ、この4()で!!」


 最初に動いたのはクラリだった。

 風、炎、雷の三種の魔法を右手から一度に放った。


「『バビュボボビーボ』!!!」


 それを『ストリジェンドの左腕』が受け止めた。

 クラリはめげずに技を放ち続けているがロレッタには一切のダメージはなく、そんなことはケインたちも百も承知だった。

 続けてシマシマが鋭く尖らせた爪を振り上げてロレッタへ接近し、攻撃を仕掛ける。


「『ドラゴンミンサークロー』!!!!」


 その攻撃は『アラルガンドの右腕』に受け止められたが、これもまたケインたちの想定内の動きであった。

 両方の『腕』が防御に使われ、ロレッタ本体が無防備になった瞬間。

 一切間髪入れずケインとゴアはそこを前後から挟み、決着をつけにかかった。


「『魔王デストロイブロー』!!!!!」


「『勇気ある者の(ブレイバー・ストラ)一撃(イク)』!!!!!」


『腕』は二本共に左右の防御に使われ、前後からの攻撃を防ぐ手立てはないはずだった。

 この攻撃で早くも決着がつく、そのはずだった。


「え……」


「な……」


 反撃を受けるなどは考えずに飛び込んだケインとゴアだったが、目の前にいるロレッタから、更なる半透明の『腕』が前後それぞれに向かって生えてきた。

『腕』に攻撃を止められたケインとゴアは、掴まれる前に距離を置いて息を整える。

 クラリとシマシマも異変に気付き、即座に攻撃を中断して距離を取った。

 4人が目にしたものは、4本の『腕』を出現させたロレッタの姿。

 全くの想定外のことである。

 二方向から攻めれば必ず隙が生まれ、そこを突けば勝利を得られると考えていた4人にとって、更にもう二方向の隙を埋められることは一切想像の余地にない。

『腕』が更に生えるなど予想できようはずもない。

 4人の混乱を嘲笑うように、ロレッタは言った。


「『アラルガンドの右腕』と『ストリジェンドの左腕』はあくまでわたくしの体に宿る魔力の塊。普段その形状はわたくしが作り出しやすい二本腕で具現化していますが、変えようと思えば変えられますし、増やそうと思えば増やせるのですよ」


 絶望的な言葉を投げかけるロレッタだが、ケインたちの心は未だ折れない。

 闘志と魔力がなおも漲る4人を見て、ロレッタは続ける。


「まだあなたたちはどういうわけか希望を抱いているようですね。ではもうひと押し」


 そう言うとまた『腕』は二本に戻ったが、先程よりも力は増していた。

 どころか、時間が経てば経つほどに魔力は急激に高まっていく。


「4人ならなんとか勝てると思える程度の魔力しか出していなかったわたくしが間違っていましたね。お詫びとして今からはきちんと本気で殺してさしあげますので、心置きなく打ちひしがれてください」


 シマシマがサラミ婆さんと戦っていた時に感じたよりも、ロレッタの魔力は更に上を行っていた。

『アラルガンドの右腕』と『ストリジェンドの左腕』は、先程の更に倍もの魔力を有していたのだ。


「……ケイン、ひとつだけ言っておく」


 ゴアの声は小さく、しかもロレッタを挟んで遠い位置からだったが、ケインの耳にはしっかりと届いていた。


「こいつ、全盛期のドーズより強いぞ」


 ゴア、クラリ、シマシマの顔に冷や汗が伝う。

 だがケインは違った。

 強い味方と共に戦うことへの安心感。

 ドーズに最強を託された使命感。

 今自分が折れても、最早後には退けないという覚悟。

 世界を、デュナミク王国さえも含んだ世界全てを救うという情愛。

 何より、それができるのだと信じてくれているククのために。

 ここでケインは退くわけにはいかなかった。

 最悪の精神状態から、今やケインはこれまでで最高の精神状態に持ち込むことができていた。


「……上等!!」


「ほう、折れないのですね。これだけ圧倒的な力の差があるというのに」


 感心したような口ぶりだが、ロレッタの語気にはまるでケインへの関心がない。


「諦めてたまるかよ!お前を倒して、この国にいる人たちも救うんだからよ!」


「……おかしなことを言う」


 普段ならば他国に生まれた者からの言葉など意に介さないロレッタが、このケインの発言には明らかに顔をしかめた。


「我が国の人々はわたくしによって既に救われています。わたくしがいる限り、平和と繁栄が約束されているのですから」


「他の国や人を踏み固めて作った平和のどこに幸せがあるって言うんだ」


「黙れ!!!!!」


 ロレッタは声を荒げ、ケインへと『アラルガンドの右腕』を振り下ろす。

 明らかに動揺した単調な攻撃は容易に躱され、そこを隙と判断したゴアとシマシマに背後から攻撃を受けた。


「ちっ」


 寸でのところで変形した『ストリジェンドの左腕』が攻撃を止めており、ゴアとシマシマは再び離れる。

 これ以上深追いするのは危険だとロレッタも判断したのか、それ以上ケインに追撃はせずに深呼吸し、冷静さを取り戻そうとしていた。


「ふー……ふー……」


 深呼吸の間、ロレッタが頭に浮かべたのは、かつてケインと同じことを言った青年の顔。

 名を、ディエゴ=フォルツァートと言った。

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