第70話 集いし戦士たち
ウェルダンシティを発ち、黒魔女クラリが待つデュナミク王国首都アマビレに着くまでにはそう時間はかからなかったが、その間ケインたちは意外なほどに敵と全く遭遇しなかった。
それもそのはず、総司令官ヴァンピロの手回しによるものである。
ヴァンピロは偵察部隊から海賊オーロの敗北及び勇者ケインの勝利の報せを受け、直後にこの事態を予測し、戦力を首都アマビレに集中させたのだ。
手薄になった非戦闘員しかいないような所を勇者はむやみに襲うような真似はしない、むしろその隙を他の勢力が突くようなことがあれば、守ろうとさえするだろう、そう読んだのだった。
結果としてその読みは正しく、ケインたちは邪魔が入ることなく向かえることを素直にありがたいと思いながら、アマビレへとたどり着いた。
宮殿の前にある広場には、デュナミク王国の全戦力が集中していた。
飛来したケインたちから遠のき、兵士たちが口々に叫ぶ。
「何者!?」
「侵入者か!!」
「おい、そこのトカゲ男ってさっきの……!!」
「静まれェェイッ!!!!!」
ヴァンピロの一喝により、兵士たちは一切騒がなくなった。
反抗的な視線を送る者もいたが、それは無視してヴァンピロは女王へと言葉をかける。
「陛下、この者が勇者なる存在、そして海賊オーロを討った者でございます」
「……そのようですね」
女王ロレッタの姿を視認した瞬間、ライガとシーノ、そしてシマシマの全身から闘気が漲った。
一方のケインは周囲を見渡し、敵戦力の分析と把握を冷静に行っていた。
敵は女王ロレッタ一人ではない。
侵略隊総隊長グイド、偵察部隊長ライモンド、警備兵長ジェラルド、総司令官ヴァンピロ、更には彼らがそれぞれに率いる兵隊たちをくぐり抜けた先に、ようやくロレッタへと剣を向けることができるのだ。
ざっと見る限りで、合わせて1500人はいる。
それらを縫うようにして、黒魔女クラリがケインたちへと合流しに来た。
外傷は一切見られず、魔力も大して消費していない。
「遅かったわね」
悪態をつくクラリに、シマシマは鼻を鳴らした。
「急かした割に元気そうじゃないか」
「あの兵士たちに紛れて逃げてたから、女王も手出しできなかったのよ。私、死なないように戦うのは得意だから」
「フフハハハ……そうだったな」
貯蔵していた瘴気を魔力に変換し、体格を変化させながらゴアは笑った。
出し惜しみは一切せず、全ての瘴気を今ここで戦うために使うつもりなのだ。
サラミ婆さんともまた違う異形を目の当たりにしたロレッタは、ヴァンピロへと疑問を投げかける。
「ヴァンピロ総司令官、あの者も魔獣なのですか?」
「魔王ゴアでございます」
「……ほう」
ゴアとロレッタが同時に言った。
ロレッタの視線はゴアへ、ゴアの視線はヴァンピロへと向けられていたが、それ以上は何も言わず、ロレッタはケインへ、ゴアはロレッタへ、再び視線を戻した。
こちらが仕掛けない限りまだ敵側もどう仕掛けるか決めかねていることに気付いたケインは、ここでずっと気にかけていた疑問をクラリへ投げた。
「そういや、子供どうしたんだよ?妊娠中だったはずだろ?」
「もう生まれたわよ。あの二人に子守りは任せたから心配いらない。そんなことより、ここからどうするか、だけど……」
「ふん」
肌を完全に黒く変色させ、すらりと伸びた体格への変化を完了させたゴアが一歩前に出た。
「わかっとると思うが、ケイン。俺、ゼブラ、クラリ、そしておまえの4人は少なくとも女王以外の有象無象に力を使う暇などないぞ。俺たちで協力して倒す他、方法はない」
ロレッタに宿る『腕』の力を肌で感じ取ったゴアの頬に、冷や汗が伝う。
「その有象無象は俺とシーノでなんとかするよ。ちょっと多いけど」
「ちょっとじゃないでしょちょっとじゃ。1000人は超えてんだけど。無理でしょ」
無謀な発言をするライガにシーノはそう言ったが、闘気は些かも萎えておらず、それはライガへの同意を示していた。
できることならケインも二人に女王以外を任せたいところではあるが、ヴァンピロ一人を任せられるかどうかというのが正直な見立てだった。
しかも、それには及ばないまでも次ぐレベルの強さを持った者がまだ数人、更にそれ以下1500人の兵士の強さも、決して雑魚と断ぜられるものでもない。
だが、それらに構うとなると、ケインやゴアも少なからず消耗を強いられることは免れない。
それを承知していたからこそ、クラリも魔力を消費せずに逃げながらの戦法で時間稼ぎしていたのだ。
どうするか悩んでいる内に、先に判断したのはヴァンピロだった。
「ジェラルド、グイド、ライモンド。3人は私と共にあの最も強いと見られる4人を討伐。他の者は早急にグラブの戦士二人を始末した後、負傷した兵士の治療と我々の補助に別れて行動せよ」
静かな声だったが、拡声魔法をその場にいる兵士全員にかけたことで、その命令を聞き逃した者は誰一人としていなかった。
「御意」
「……御意」
「……へーい」
ヴァンピロを嫌う者は多いが、命じられたことに従わない者はいない。
各自それぞれに武器を取り、行動に移ろうとしていた。
敵が動こうとしているのだから、ケインたちも判断に迷っている暇はない。
ひとまずは消耗を余儀なくされても、ヴァンピロたちを先に倒そうと考えた。
その時だった。
「待てーい!!!」
その声に皆が一斉に振り向くや、五つの影が舞い込んできた。
「とおぅ!!」
「せやぁっ!」
「そいや!!」
「えいやっ!」
「Fire!!!」
空中で一回転しながら、その内の一人が懐から何かを取り出して投げつける。
「名乗り演出用爆弾・特盛!!!」
それを避けた兵士たちは、爆弾と聞くやすぐさまその場から離れ、着地した5人は気兼ねなく名乗りとポージングを始めた。
「棟梁赤影!!コタロウ=コーガ!!」
「青影!!ブソン=ヤナギ!!」
「緑影!!マサムネ=オグラ!!」
「桃影!サトル=ハチヤ!」
「ブラァックシャドウ!!!タケシ=ウットゥーギ!!!」
「日昇るところ影があり!天を守るは地這う影!!5人揃って!!!」
その時、彼らの後ろにあった爆弾が爆発した。
彼らが想定していたよりも大幅に上回る火力で。
「天守いつつか……ぎゃああああああっ!!!!!」
余りに強すぎる爆風に、5人は最後まで決められないまま吹き飛んだ。
目の前にいる敵には目もくれず、負ってしまった怪我の治療も考えず、その失敗の元凶を他の4人が踏みつける。
「青影貴様ァ!!火薬量間違えたな!!!」
「いつもの倍は仕込んだやろワレェ!!背中焦げたわ!!!」
「決戦前に殺す気か!!その前にお前が死ね!!!」
「フーリッシュ!!スチューピッド!!!イディオット!!!」
「すまぬ!!!気合い入ってたもので!!!火薬も入れすぎた!!!気合い入ってたもので!!!!」
「え……えーっと」
仲間割れ中の天守五影にここにいる理由を問いたいケインだが、青影を踏みつける4人の剣幕でそれどころではない。
だが一方で、天守五影の近くにいるデュナミクの兵士たちは、隙を突いて彼らを殺そうと武器を構えていた。
「危な……!」
ケインが叫ぼうとした時、突如天守五影の周辺だけが暗くなった。
頭上に何かがあり、それが影となって暗くしているのだと気付いた兵士たちは、見上げてその正体を知った。
海賊船が降ってきたのだ。
「うわわわわわわわわああああああ!!!!」
兵士が飛び退いた直後、船が降ってくるのには当然気付いていた天守五影もそれを躱し、船を落とした張本人たちに顔を向けた。
「海賊もこの国に用があるのか?」
上空にいたのは、ビアンコやロッソ、そしてブルとジャロといった、オーロにリーダーを任されていた海賊4人。
浮遊魔法を駆使してここまで海賊船を一隻運んできたのだ。
赤影からの問いにはビアンコが代表して答えた。
「俺らぁ別にこの国に用があるわけじゃあねえ。略奪ならわざわざこんな中心部にまで来る必要なかったしよぉ。用があんのはそこのあんちゃんにだよ」
ビアンコが指差したのは、ケインだった。
「さっきっからずーっと船長に呼びかけてんだけどよぉ、応えねえんだよ。どころかコンリード・バートン号までどっか行ったまんま行方知れずでよ?船長と戦ったあんちゃんなら、なんか知ってんだろ?教えて欲しいからわざわざ追っかけてきたんだよ」
「……オーロは……」
「あーいい、いい!!別に今言わなくったっていい!後でじっくり聞かしてもらうからよ、邪魔入んねえとこでな!!」
そう言ってサーベルを抜き、敵に体を向けるビアンコたちを見て、ケインは彼らがオーロの死に気付いていることを、そして死に場所を求めて来たのだと悟った。
わざわざ海賊船を落とし、壊すようなことをしたのも、その表れだ。
そんなケインの心中を察して、青影が声をかけた。
「あ、拙者らは生き残る気満々なので。勝とうぞ、ケイン殿」
「……そういやあんたら、なんでここに?」
「義によって」
「ギニョッテ」
青影の真似をして続けた黒影の余りに間の抜けた発音を聞き、ケインはそれ以上追及するのが馬鹿らしくなり、一言だけ言った。
「ありがとう」
「うむ」
一方、ヴァンピロは天守五影や海賊たちの戦闘能力を、彼らが持つ魔力から冷静に判断していた。
「9人増えたか。だがまだまだ女王陛下の御手を煩わせるような戦力でも……」
そう言いかけた時、後ろから大きな衝撃音が上がると共に、そこにいた兵士たちが吹き飛ばされた。
振り向くと、そこにいたのは彼が見覚えのない女性が刀を持って立っており、それに気付いたケインと天守五影は目を丸くした。
「ザクロ殿!!!貴殿はヒノデ国に残り、国を守る使命を任されていたはず!!!何故ここに!!?」
「……父上なら、こんな楽しい祭、参加しないわけにはいかんでしょうって、言うはずだと思って」
赤影の問いに静かに答えるザクロを見て、ヴァンピロは彼女がただならぬ戦闘能力を有していることを見抜いた。
最低でも自分かジェラルドが相手をしなければならないほどだと考え、作戦の変更を全軍に伝えようとしたが、彼の思考が固まる事態が直後に起こった。
不意にクラリが右手を伸ばし、ケインの懐へと魔力を放出し始めた。
「な、何を!?」
ケインの懐からマキシマムサンストーンが零れ出て、空中に投げ出される。
構わずクラリは魔力を注ぎ続ける。
「さあ、あなたもいい加減起きて戦いなさい。戦力は一人でも多く欲しいんだから」
マキシマムサンストーンから火が上がり、段々と大きくなる。
大きくなるにつれて、それは手足や頭のような形を成していき、人間に近いものへとなっていく。
「…………ヒヒャッヒヒヒ……」
「……え」
聞き覚えのある笑い声に、ケインが耳を傾けた直後だった。
「ヒヒヒヒャッヒヒヒハハハハハハ!!!!!」
その場にいる全員の鼓膜にダメージを与えるほどの大きな笑い声と共に、炎王カウダーが姿を現した。
以前ケインが戦った時以上の魔力と炎を滾らせ、その実感を確かめるように手を開閉させている。
ケインとゴアは、目の前で何が起きているのか信じられず、ただ呆けているだけだった。
「ありがとよォクラリィ!!!おかげでこないだ復活したよりもずっとパワーアップしてンぜェ!!!」
「どういたしまして。あなたは魔力の総量少ないからこれくらいお安い御用よ」
「ヒヒャハハハ!!!相変わらずムカつくなァ!!礼は取り消すぜ!!!」
「かっ……かか、カウダー……?」
ようやく声を出したケインだが、上手く言葉に出せない。
「な……なんで……?」
「言ってなかったんですか、ゴア様?カウダーはマキシマムサンストーンが壊れない限りは死なない、この前も魔力切れで動けなくなっただけで死んだわけではない、って」
「…………知らんわそんなん」
驚きの余り、ゴアは素直にそう返す他なかった。
だが、炎王カウダーが復活した事実を落ち着いて受け止めると、いつものようにふんぞり返ってカウダーに言った。
「ま、そうして復活したのだから、今度こそ俺たちのために戦ってもらうぞ」
「あぁン?」
その言葉に、カウダーは怒り狂ったように炎を噴き上げた。
「ざっけンじゃねェぞコラァ!!!クソ親父のためになンか誰が戦うかってンだ!!!俺はなァ!!!!」
叫びながらカウダーは左手をケインの肩にぽんと置いた。
「『トモダチ』のために戦うンだよ」
「えっ」
炎の化身たるカウダーの手が肩に置かれたケインだが、温もりは感じていても肌も服も一切焼かれていなかった。
「なっ、ケイン」
「え……ええ?」
ウインクしたようにカウダーの片目から火花が散り、ケインはただただ困惑するばかりだった。
「俺とてめえはトモダチなンだろ?ンで、てめえは俺のために命張って戦ってくれたンだろ?だったら俺だって張ってやるよ、命くらい。トモダチだからな」
「カウダー……」
「ヒヒッ」
ケインは涙脆いところがあるのを自覚している。
今回も思わずこみ上げてきていたが、まだ戦いは始まってもいないことを思い出し、気合いでひっこめた。
代わりに肩に置かれたカウダーの手を、強く強く握った。
「ああ、頼むぜ、友達!!」
「任せろ、トモダチ!」
勇者ケイン=ズパーシャ。
魔王ゴア。
竜王ゼブラ。
黒魔女クラリ。
グラブの戦士ライガ=ケーチ。
同じくグラブの戦士シーノ=ゴッドリー。
天守五影赤影、青影、緑影、桃影、黒影。
海賊ビアンコ、ロッソ、ブル、ジャロ。
剣狂ショーザンの娘ザクロ=アケチ。
そして炎王カウダー。
デュナミク王国を打倒するための17人が、こうして集まった。




