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第68話 目覚める最上級魔獣たち

 魔力と肉体強度の倍増、そしてより戦闘に向いた体格への変化。

 二本の後足で立ち上がり、かつて竜王ゼブラと呼ばれた姿へと変貌を遂げてなお、シマシマは己に勝ち目がないことを理解していた。

 これでもサラミ婆さんと良くて同程度の強さであり、最大火力で言うのならば全く及ばないことを知っているのだ。

 そのサラミ婆さんが自身最大の技を放っても全く通用しなかった相手に勝ち目があるはずもない。


「いくぞロレッタァァア!!!」


 それでも、雄叫びと共にシマシマは飛んだ。

 最愛の人を殺された怒りと悲しみを、勝ち目がないというだけで治めることなど彼にはできなかった。

 衝動に身を任せたまま、前足から変化した両腕の筋肉を膨張させ、鋭い爪を振った。


「『ドラゴンミンサークロー』!!!!」


 ロレッタの体に届くより前に、爪は『アラルガンドの右腕』によって阻まれた。

 ただ防がれただけだが、逆に爪を割られてしまわんばかりの衝撃が跳ね返ってきたことにシマシマは戦慄し、かつ冷静に活路を分析した。


「その爪も、所詮はサラ=ポプランの拳と同威力。せっかく救ってもらった命、ここで使い切るつもりですか?」


 目の前からの耳障りな挑発を受け流し、シマシマはロレッタの周囲を旋回し始めた。

 ロレッタが『腕』を振り下ろす気配を事前に察知し、高度をその都度変えることで攻撃を凌ぎ、旋回速度を上げていく。

 それによって作られる風は、ロレッタを中心に勢いを増し、やがてシマシマが離れても威力を保つほどの巨大な竜巻へと成長した。


「『ドラゴングレートトルネード』!!貴様はこれでもう逃げられない!!」


「何を……!」


「更に!!!」


 シマシマの右手に雷、左手に炎がそれぞれ宿り、竜巻に向けて放たれた。


「『ドラゴンライジングサンダー』!!『ドラゴンスーパーフレイム』!!」


 二つの魔法が混ぜ合わされ、強力な炎と雷を纏う竜巻が完成した。

 シマシマが見破った女王ロレッタの弱点。

 それは絶大な力を持つ『アラルガンドの右腕』と『ストリジェンドの左腕』の主たる、ロレッタ自身。

『腕』はデュナミク王国に伝わる至宝であり、ロレッタ自身が作り出したものではない。

 ロレッタの魔力も高められてはいるものの、ふたつの『腕』とは天と地ほどの差があり、『腕』に守られていない部分を攻めれば勝機はあると、そう踏んだのだ。

 シマシマは知る由もないが、海賊キャプテン・オーロもまた、彼と同様にロレッタ自身を弱点と捉え、攻略を試みたこともある。

 しかし、かつてロレッタと戦い敗北した者たちにはシマシマやオーロのような、広範囲に渡って攻撃できる手段を持ち合わせていなかった。

 サラミ婆さんでさえ、正面からしか攻撃できなかったという意味では、技のレパートリーが多かったとは言えない。

 ともかく、そんなサラミ婆さんの戦いぶりを見ていたからこそ考えつくことのできた、シマシマが今出せる最大の攻撃手段がこれであった。

 だが。


「せぃっ!」


 竜巻と逆の方向へ両方の『腕』を振るという、単純なたったひとつの動作。

 たったそれだけで、ロレッタはシマシマ渾身の攻撃をかき消してしまった。

 今度こそ、シマシマの勝ちの目が完全に潰えてしまったのである。

 ケインたちが来るまでまだ少しかかる。

 その時間を稼ぐようなことも、恐らくこの女王には通用しないだろう。

 逃げられる余裕も当然ない。

 どうしようもない。

 サラミ婆さんから授かった命と力を無駄にしてしまうことを心で詫びて、シマシマは目を閉じた。


「随分と早い諦めですね。わたくしにとっては結構なことですが。すぐにサラ=ポプランのもとへ送ってさしあげましょう」


 ロレッタは薄く微笑みながら、冷たい声で告げると、『アラルガンドの右腕』をシマシマに向けてゆっくりと近づいた。

『腕』がシマシマの頭に触れる直前、ロレッタの赤いマントが不自然に揺らめき、すぐさまロレッタは自身の手でマントの裏地を見た。


「……馬鹿な……!!何故奴が……!!」


 そのマントは、黒魔女クラリの『黒き禁断』に願ったことで手に入れた特別なマントである。

 デュナミク王国に危険が迫ればそれを察知し、すぐに帰還できる力を持っている。

 そして、その裏地には国を危険に陥れようとする元凶が映っているのだが、ロレッタが驚いたのはその元凶であった。

 それは自身の能力で感知したシマシマも同じであり、「何故今そこに?」という疑念で頭がいっぱいになっていた。

 今すぐにでも殺せる敵を目の前にして、ロレッタは背後にいるグイドへと声を発した。


「グイド総隊長!!わたくしは一足早くアマビレに帰還します!あなたも兵士を連れてこの場から撤退しなさい!!」


 グイドが返事をするより前に、そしてシマシマが隙を見て攻撃しようとするより前に、ロレッタはマントを翻し、たちまち姿を消した。

 マントの能力を使い瞬間移動したのだと理解したグイドは、シマシマの矛先がこちらに向かわない内にロレッタの指示通り撤退すべきと判断し、部下たちにハンドサインを送った。

 侵略隊の面々はシマシマが襲ってこないか気が気でなく、一度接近されれば全滅は免れないことを重々理解しつつ撤退命令に従い、迅速な行動を取った。

 侵略隊が去り、残されたシマシマは地面に下り、サラミ婆さんの亡骸を抱え途方に暮れていた。


「ゼブラ!!!」


 後ろからゴアにそう呼びかけられ、ようやくシマシマは我に返って顔を上げた。

 ケインたちが到着したのだ。

 青影たちは赤影たちと合流し、ケインたちとは少し離れた場所でそれぞれの状況を報告し合っている。


「ゼブラ……って、シマシマ、なのか?その姿……」


 初めて見たシマシマの後ろ姿に、ケインは戸惑いを隠せない。

 凄まじい魔力を滾らせる従者に自慢げに鼻を鳴らしながら、ゴアが説明した。


「竜王ゼブラの本来の姿がこれだ。全盛期の俺に次ぐほどの強さを持つ反面、莫大な瘴気を必要とするのが難点だったが、それを克服…………」


 そこまで言って、ゴアは気が付いた。

 シマシマが莫大な瘴気を得たということはつまり、それに相当する強さを持った人物が死んだのだということ。

 そしてシマシマが、何かを抱えているということ。

 何かを抱えているのはケインも気付いていた。

 だが、それを確認したくはなかった。

 知ってしまえば、自分の中で何かが壊れてしまうような、漠然とした不安感を覚えていたのだ。


「……ゼブラ、誰が死んだ」


 ケインでは尋ねられないことを、ケインではできない言い方で、ゴアは尋ねてみせた。

 振り返ることで、シマシマは答えを示した。


「…………そんな」


 ケインの手から、シマシマの胃袋が零れ落ち、その衝撃で中からライガとシーノが飛び出してきた。


「やぁっとこさ出れたよ!!いきなり丸呑みされるなんて聞いてねーし、どういうつもりだよ!!俺たちだって戦える……の……」


「中はまあ快適だったからそこはいいけどもね!!シマシマちゃんもサラミおばあちゃんもなんで……なん……で……」


 喚いていたライガとシーノも、周囲の荒れた町並みが目に入る度に声が小さくなっていき、サラミ婆さんの亡骸を目にするや、ついに完全に固まってしまった。

 シマシマは彼らから顔を背け、また涙が出るのを堪えながら言った。


「勝てなかった……サラミさんも必死に戦ったけど……勝てなかった……あの女王に……!!」


「おまえは何故生き残っておる?女王はどこへ行った?」


 冷然と質問を続けられるゴアを、ライガとシーノは少しばかり羨ましいと思った。

 急に突き付けられた事実に、二人は泣くことさえできずにいたのだから。


「王国が()()に襲われてるのを感知して、戻って行きました……俺はサラミさんが……庇ってくれて……!」


 突如、地鳴りが起こり、ケインの足元の地面がひび割れた。

 海賊キャプテン・オーロとの戦いで満身創痍のはずのケインの全身から、猛烈な殺気と魔力が溢れ出ていたのだ。

 今にも零れそうだったシマシマの涙も思わず引っ込み、その様子をまじまじと見つめることしかできなかった。


「ロレッタ=フォルツァート…………!!!」


 地鳴りはますます激しくなる。

 ケインはこれまで、怒りを十分に表面化できたことがなかった。

 父の死を知った時も、スコットの死を目の当たりにした時も。

 怒りを表す以上に、自身の力のなさからただ涙するか、それを理性的にコントロールする他なかったのだ。

 今は違う。

 オーロをも倒せるほどに実力が高まった今のケインは、抑えつけることなく、怒りを解放させていた。


「……殺す!!!!!」


 涙に濡れた赤い瞳の奥で、漆黒の炎が燃え上がっていた。






「優秀な人たちね。あなたが来るまでに一人も犠牲者を出さず、一般人を速やかに避難させてみせたわよ」


 同じ頃、デュナミク王国の首都アマビレに帰還したロレッタにそう言い放ったのは、黒魔女クラリであった。

 倒壊した建物や負傷した兵士たちを見たロレッタは目を血走らせ、声色だけは冷静さを取り繕って言った。


「どういうつもりですか?あなたはこの国に足を踏み入れることはおろか、あの森から出ることさえ禁じていたはず。それを破ってわざわざここへ来てこのような真似をするということは、わたくしに殺されたいという意思表示にしか見えないのですが?」


「とりあえず同胞が殺されそうだったから助けたかったのと、あなたとの契約を破るより先に裏切っちゃった魔王ゴア様に対する穴埋め、かしらね。私、これでも義理堅い方だから」


「『ダダンズヴェリオ』!!!」


 ヴァンピロが放った氷結魔法を躱し、クラリは空中で魔力を解放した。

 10年前にロレッタが見た時とは到底比較にならない、黒魔女クラリ全盛期の魔力だ。


「懐かしいでしょう?()()()()()()


「クラリ貴様……!!どこでそのような魔力を……!!」


「女王、あなたはケインとオーロが戦うということを、あなたに都合の良いこととしか思わなかったでしょう?あなたにとって不都合なこと、例えば私がこうして力を取り戻すなんてことは、考えもしなかったんでしょう?」


 ロレッタもクラリを追って浮上する。

『腕』に捕捉されないよう、距離を取ってクラリは続けた。


「ケインがオーロを倒したから、今私はここにいるの。あなたがその辺に生えてる雑草ほどにも価値を見出さない勇者のおかげで、今世界はあなたが動かそうとしている以上に動きつつあるの。言っている意味がわかる?これからあなたの身に起こること、わかる?」


「黙りなさい!!!」


 言葉と共に発現した『アラルガンドの右腕』が、クラリへと向かう。


「『テテレポ』」


 その呪文はクラリが独自に編み出した、近距離の瞬間移動魔法であった。

『腕』が激突する直前、クラリは姿を消し、ロレッタの背後へと回った。


「あなたは、あなたたちは……今日、ここで、敗北するの。勇者ケインによって」


 それを心底確信している語気でクラリは言った。

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