第65話 サラミ婆さんVS女王ロレッタ=フォルツァート
ケインとオーロの戦いに決着がついた頃。
サラミ婆さんと女王ロレッタの戦いもまた、激しさを増していた。
「ケェェェェェェェェイ!!!!!」
ロレッタの操る『アラルガンドの右腕』と『ストリジェンドの左腕』に対抗すべく、サラミ婆さんは特製の大槍二本を、筋骨隆々の腕で振るった。
普段のサラミ婆さんは、身長こそ大きいが、体格そのものは痩せ細った年寄りのそれである。
だが、戦闘時のみ、体内に貯蔵された魔力を爆発的に高めることによって、骨格ごと戦うための体へと作り変え、質量さえも格段に増すのだ。
今のサラミ婆さんは以前ケインに見せたよりも更に大きく、身長は普段の倍ほどもある。
全力を出し切るためのその姿は、まさに完全戦闘形態と言えた。
「神父様ァァ!!ちょっと壊すけど後で建て直すから許してよねェェエエエエ!!!」
叫びながらサラミ婆さんは、ウェルダンシティで最も巨大な建造物である教会を槍で突き刺して引っこ抜き、そのままロレッタへと投げつけた。
ロレッタは物怖じすることなく、教会を『ストリジェンドの左腕』でなんなく払いのけ、接近戦に持ち込もうと迫る。
遠くから眺めていてもわかるそのスケールの違いに、侵略隊の面々はただただ慄くばかりである。
巻き添えを食えば死に直結するという確信が、骨の髄まで刻み込まれていた。
「ふっ!!!」
ロレッタ自身の右腕の動きに連動して、『アラルガンドの右腕』はサラミ婆さんへと振り下ろされる。
それを右に跳んで躱したサラミ婆さんだったが、ロレッタはそれに構わず『腕』を直進させた。
狙いは自分だけではないことに気付き、サラミ婆さんは即座に身を翻して槍を突き刺しにかかる。
ロレッタはサラミ婆さんの接近を察知するや否や上空へと逃げ、体勢を立て直す。
敵のいなくなった空間へ向けた槍を、サラミ婆さんは思い切り踏ん張って止めた。
瓦礫以外何も見えない空間へ、声をかける。
「平気かい、シマシマ?」
「大丈夫だよ。ありがとう、サラミさん」
透明になって隠れていたシマシマが、サラミ婆さんの目の前に姿を現した。
ウェルダンシティの人々やライガとシーノ、それら全員を体内の異空間に収容しているシマシマをロレッタが狙うのは必然と言えた。
それ故にシマシマは姿を隠していたのだが、ロレッタの感知力は透明になった程度で誤魔化せるものではなかった。
シマシマの位置を正確に捕捉し、もしもサラミ婆さんが攻撃を避けてもそのままシマシマを狙えるように攻撃していたのだ。
サラミ婆さんがいち早く気付いてカバーに向かわなければ、シマシマは今頃殴り潰されていただろう。
守るべき対象を絞るためにシマシマに人々を避難させたが、それでもシマシマだけは守りながら戦わなければならない。
加えて、普段ならば戦闘に参加できるシマシマが体内にいる人々のために全力で動くことができず、そのせいでサラミ婆さんにとって不利と言える状況にあった。
ロレッタは両方の『腕』を広げ、サラミ婆さんとシマシマを見下しながら嘲笑する。
「そんなドラゴンや体内の異空間にいる者どもなど見捨てて、全力で戦えばわたくしに勝てるのではないですか?あなたが死ねば他の者も全て死ぬのです。掴めるはずの勝利をむざむざと取りこぼしてしまうというのは、滑稽且つ哀れではありませんか?」
「わかっちゃいない……ねェ!!!!」
サラミ婆さんは跳びかかり、槍を突き刺しに行く。
体に命中する寸でのところでロレッタはそれを『ストリジェンドの左腕』で止めたが、受け止めた衝撃でサラミ婆さん諸共、更に上空へと突き上げられた。
「それができるあたしだったら、ここまで強くなんてなれやしなかったさ!!!守りたいものがあるからあたしは強くなったんだ!!!シマシマやシマシマの中にいる人たちを見捨てるってのはね!!!!あたしが強くなった意味を否定するってことなんだよ!!!!!」
「無価値ッ!!!」
サラミ婆さんの大声を一言で捻じ伏せ、ロレッタは握っていた槍の先端をサラミ婆さんごと投げつける。
浮遊魔法を使えないサラミ婆さんは空中で身を回転させ、衝撃で地面に大穴を空けながらも着地してみせた。
「我がデュナミク王国以外に生まれ落ちた連中のために使う強さなど、一切の価値を持ちません。そのような連中はデュナミク王国によって搾取され、干からびていくべき存在なのですから。あなたのような他を圧倒するほどの強者が守るべき存在などではないのです。守るべき存在というのは、デュナミク王国に生まれた貴き命、我が国民たち以外を置いて他にないのですよ」
一切の曇りがない済んだ瞳でロレッタは言い放つ。
彼女にとってデュナミク国民以外の人間は、最早人間ですらなく、利用できる価値があるのならなくなるまで利用する対象でしかないのだ。
「国家単位のエゴイストかい、まったく反吐が出るね」
悪態をつきながら、サラミ婆さんはこの戦況をどう覆すべきか思考を働かせていた。
地上でシマシマを守りながら戦うのは、町の被害をこれ以上拡大させたくないという意味でも望ましくはない。
しかし空中戦も、浮遊魔法が使えないサラミ婆さんではそもそもできない。
シマシマに乗って戦うのが一番望ましいのだが、シマシマの体内にいる人々にかかる負担がどれだけのものかわからない以上、それも難しい。
やはり地上で戦うしかないかと諦めかけていたその時、シマシマの口から予想だにしなかった情報が発せられた。
「ケインがこっちに向かってる……海賊に勝ったんだ!!」
「……オーロにかいィ!!?あの子が!!!オーロに……キンに……!!」
「これほどに早い決着とは……しかも、海賊が負けた……」
サラミ婆さんだけでなく、ロレッタまでもが驚きを隠せずにいた。
特にロレッタ以上に二人と付き合いのあったサラミ婆さんは、複雑な心境である。
だが、それに想いを巡らせている場合ではないと頭を振り、シマシマへと叫んだ。
「勝負決めるよォ!!!!!」
「おう!!!」
サラミ婆さんをその背に乗せ、両翼を広げてシマシマは飛ぶ。
ロレッタと同じ位置にまで上昇したところで、ケインが向かって来る方向へと顔を向けた。
「『ドラゴン・ストマックキャノン』!!!!!」
薄い肌色の塊がシマシマの口内から強烈な勢いで発射され、瞬く間に見えなくなった。
シマシマが吐き出したのは、ライガたちを収容している胃袋。
ケインへと託すために切り離して発射したのだ。
痛みはあるものの、サラミ婆さんと共に戦う高揚感がすぐに頭からそれを消し去った。
「ウオオオオオオアアアアアアアア!!!!!」
槍と『アラルガンドの右腕』が空中で激突する。
それだけで侵略隊が吹き飛ばされそうになるほどの衝撃波を放ちながら、何度も何度もそれは繰り返される。
サラミ婆さんの体勢が崩れる度にシマシマは的確に空中で移動し、バランスを取りながらサラミ婆さんが思い切り強く踏み込める最良の姿勢へと移る。
今のサラミ婆さんは、地上で槍を振る以上に力を発揮していた。
単身自力で体勢を制御しなければならないロレッタは徐々に勢いを失い、サラミ婆さんの猛攻に追い詰められていく。
とどめと言わんばかりに振り下ろされた槍を両方の『腕』で防御する構えを見せた時、ロレッタは策に打って出た。
『腕』ごと叩き潰そうとするサラミ婆さんの動きを読み取り、ぶつかる直前に『腕』を消失させ、身軽になった状態で槍を躱しつつ懐へと飛び込んだのだ。
その場で再び『腕』を出現させ、殴りかかった時だった。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
「っ……くぁ……!」
これまでにないサラミ婆さんの強烈な雄叫びが、ロレッタの動きを止めた。
普段のサラミ婆さんに、声で相手を威圧しようという意図はない。
にもかかわらず対人において絶大な効力を発揮するそれが明確に妨害の意思を持って放たれた時どうなるか、それがこの場で証明されたのだった。
「名付けて『老婆音撃波』ってね」
もしも無防備に聞いていたのなら、呑気に名付けているシマシマもただでは済まない。
サラミ婆さんを乗せた直後に耳を収縮させ、聴力を極限まで落としていた。
普段通りの声量であればサラミ婆さんの声さえ聞こえないほど落とされた聴力だが、彼女が何を喋るのかは、心で伝わる。
「今だよシマシマァ!!!!サポート頼むよォオオ!!!!!」
「うん!!!」
ロレッタが防御も反撃もできない今こそ最大の好機であった。
サラミ婆さんとシマシマは目いっぱい息を吸い、肺に溜め込んだ魔力と融合させ、解き放った。
「『ドラゴン・バーストブレス』!!!!!」
「『老婆焼殺砲』!!!!!」
風と炎の魔法が混ざり合い、サラミ婆さんが放つ倍以上の火炎となって、ロレッタを襲う。
「『老婆と竜の大虐殺』!!!!!」
火炎は大爆発を伴って、ウェルダンシティを照らした。
「女王陛下ァァァアアアアアっ!!!」
侵略隊総隊長グイドの叫びが、爆炎へ虚しく響く。
かなりの魔力と体力を消耗したサラミ婆さんとシマシマは、その場で荒れた呼吸を整えた。
ロレッタはもう影も形も残っていない。
あとは残った侵略隊を追い払い、シマシマの胃袋を持って来るであろうケインたちと合流し、破壊されたウェルダンシティの復興に努めるだけだ。
そう思いながら、爆炎が晴れるのを眺めていた。
「……嘘だ」
突如、シマシマが呟いた。
ひどく怯えた表情で、首を振っている。
「今ので決まるはずだったんだ……俺とサラミさんが手を組めば、絶対に勝てる相手だったんだ……サラミさんの方が!!!強いはずなんだ!!!!」
「……おまえの願望はいいからさ、シマシマ……あの女王の強さ、今どれくらいになってるんだい」
爆炎の中から、ロレッタが顔を出した。
先程と全く変わらない、僅かな火傷さえ負っていない綺麗な顔だった。
「……サラミさんの3倍の魔力が、あの『腕』にそれぞれ宿ってる……!」
「まあ……そんなとこだろうね」
苦笑したサラミ婆さんの目から、光が消え失せていた。




