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第63話 最後に残った一枚

 オーロが遠距離の敵に対して使える武器の中では、例の銃が最大の威力を誇る。

 だが、コンリード・バートン号に乗っている場合のみ、それを上回る威力を発揮できる武器が存在する。

 自身の魔力をコンリード・バートン号に設置されている大砲に詰め、一斉放射する大技である。

 ギガライコーを相手にしていた時もなお、それだけは使わなかった。

 出し惜しんだ理由はただひとつ。

 全ては、この時のため。


「くらえケイン!!!『海賊の激情(センティオーロ)砲撃狂想曲(リングラツィアメント)』!!!!!」


 八門ある全ての大砲から、魔力の砲弾が光線状となってケインへと襲い掛かる。

 規模も威力もオーロ最大の技であるが故に負担も大きいが、今出し惜しむ理由はどこにもなかった。

 ケインが全身に纏う魔力の輝きもまた、これまでオーロが見てきた中でも最大級のものだったのだから。


「『勇気ある者の(ブレイバアアアアアア)…………!!!」


 初めて体験するオーロの攻撃に見舞われても、ケインは微塵も怯まない。

 以前オーロが言った、勝負を決めるのは手札(カード)の強さと種類という言葉。

 それを言った張本人が、まだ見ぬ手札(カード)を隠し持っているのは当然のことだと考えていた。

 そして彼もまた、隠し持つ最大の手札(カード)を見せるのは今を置いて他にないと判断したのだった。


一撃(ストラアアアアアイク)』!!!!!」


 全身に魔力を纏って攻撃を掻き分けるように剣で突き進むその技こそ、ドーズから受け継いだ『最強の勇者』たる証。

 本来想定されていない使い方には違いないが、それでもケインが考え得る中で最も効果的にオーロの攻撃を凌ぎつつ自身の攻撃を届かせる手段であった。

 しかし、魔力を纏い、刃を突き立ててなお、オーロの繰り出した最大の攻撃はケインを無事で済ませはしなかった。

 急所は剣によって守られているものの、その猛威から手足までは守り切ることはできない。

 砲撃に晒された手足が焼け焦げていくのを感じつつも、痛みからではなく気合いでケインは吼えた。


「うおおおりゃああああああああ!!!!!」


「来いやあああああああああああ!!!!!」


 呼応するようなオーロの咆哮が響き渡る中で、二人の攻撃は同時に止まった。

 ケインは突きの勢いを完全に失い、剣をも手から放してしまった。

 だが、オーロはそれ以上の砲撃をしようとはしなかった。

 大砲に込められるだけの魔力が尽きかけていることよりも、ケインは既に辿りついていたのだ。

 コンリード・バートン号の甲板に。


「うおおおおおおお!!!!!」


 雄叫びと共にケインがオーロへと迫る。

 一度サーベルに手をかけたオーロだったが、すぐにそれを捨て、素手で迎え撃つ体勢を取った。

 決して油断でも、余裕でもない。

 ケインが自身と同格であることなど、この戦いを心待ちにしていた時から既に承知している。

 素手の勝負に持ち込むのは、むしろそれ故にである。

 敵が丸腰で自らは武器を所持しているという精神的優位こそが隙に繋がる。

 先程一方的に殴られていたのは、あくまで不意を突かれたことにより流れをケインに向けられてしまったからで、それ前提で臨めばケインと自分は殴り合いにおいて実力差はほぼないと、オーロはそう思ったのだ。


「どりゃあああ!!」


 サーベルを捨てた右手がそのままケインの顔面を捉え、全身ごと仰け反らせる。


「ぐくっ!!」


 踏みとどまったケインは、反撃の重い一撃を見舞い、更に追撃を与えようと拳を振るうが、オーロも退かずに受けた分以上の力でやり返す。

 どちらも、まるでやられた分を倍にして返すように拳の一発一発が重く、鈍く、交差していく。

 ケインの顎が打ち抜かれれば、今度はケインがオーロの顎を砕く。

 オーロの肋骨が砕かれれば、今度はオーロがケインの肋骨をへし折る。

 呼吸さえ苦痛へと変わりゆくほどの殴り合いの中にあって、オーロは高揚感に包まれていた。

 高揚感の原因は当然ケインにある。

 持っていた技も、武器も、手札(カード)を使えるだけ使っても、ケインはそれを乗り越え、ついには拳での勝負に立ち戻り、更にはその中にあってなお力を高めている。

 オーロが昂ぶらずにはいられないのは、自身もまた、戦いの中で成長していくのを感じているからだ。


「ずおおあああ!!!」


 叫ぶと骨が軋む。

 殴ると皮が破け血が流れ出る。

 殴り返されると、痛みが走り全身が悲鳴を上げる。

 それでも、力は湧き上がってくる。

 戦いが楽しいと思ったのも、戦いの中で成長するのも、彼の人生で初めての経験だった。


「……わかるぜ、人斬りよう。お前さんがこいつとの殺し合いに拘ったワケがな」


 ケインの持つ黄金の瞳を見つめながら、オーロはそう呟いた。

 この勝負の先に、もしかしたら自身の『本当の一番』が見つけられるかもしれない。

 オーロはここでようやく、明確にケインを『倒したい』と思った。


「はあああああ!!!!」


 一方でケインは、このまま殴り合っても勝てないことを確信していた。

 力は互いに高まっているが、それだけに純粋な根比べになってしまえば、不死身を自称するほどの男に勝てる土俵ではなくなってしまう。

 故に取るべき策は既に思いついており、今はそのための下準備に過ぎなかった。

 炎王カウダーとの戦いでも行った、敵に魔力を送り込み、その魔力を雷撃魔法に変換する奇襲戦法。

 今の殴り合いは、その前段階と割り切っていた。

 ドーズから譲り受けた突き技から立て直し、更にオーロの重い攻撃を受け続けながらでは体力を限界まで消耗させられることとなってしまったが、いよいよその準備は整った。

 いざ雷撃魔法を使うために意識を研ぎ澄ませた、その時だった。


「『リスペル・バーリービーボ』……だったよな、ケイン?」


 先にその呪文を唱えたのは、オーロだった。


「ぐあああああああああっく……!!!!」


 全身から流れる雷撃魔法に、ケインは悲鳴を上げながら身動きひとつ取ることができない。

 オーロはと言うと、全身から魔力を放出して、ケインが送り込んだ魔力をも外に追い出してしまっていた。

 後手に回っても雷撃魔法でオーロの動きを止めるという最低限の防御さえ、ケインは取れなかったのだ。


「な……なんで……!?」


 黒魔女クラリから教わった魔力による敵の魔法からの防御術は、グラブの戦士たちがそれに近いものを行っていた以外では、ケインは誰も使っているのを見たことがなかった。

 ましてや、再利用呪文は本当にケイン以外誰も使ってはいなかった。

 無論、オーロもである。


「ふたつ、ミスったなケイン」


 口に溜まった血を吐き出しながら、オーロは低い声で言った。


「ひとつ目は、俺の前でそれらの技を見せすぎたってことだ。ヒノデ国でも、この戦いでも。おまえさんしかできねえってわけでもねえ技を何度も見せるってこたあ、そいつを盗んでくれって言ってるのと同じことだぜ。ふたつ目のミスは、俺がそれらを使えねえと勝手に判断したことだ。自分だけの手札(カード)だと思い込んで、俺の手にもそれらが握られてたことに気付けなかった。勝負を決めんのは持ってる手札(カード)の強さと種類、そして使い方だぜ」


 悠々と喋りながら、しかしオーロはトドメを刺すためのサーベルを拾いはしなかった。

 代わりに、左手に見えない銃を構えていた。


「俺は海賊オーロだ。最後は俺の海賊としての証であるこいつで、終わらせてやるよ」


 オーロも魔力をほぼ使い果たし、弾丸として込められるのは一発分しか残っていない。

 それも実弾にさえ劣る威力のものしか込められなかったが、同じく魔力をほぼ使い、身動きも取れないケインには、それで十分だった。

 ケインはオーロが引き金を引く直前、殺気が自身の額に向けられているのに気付いた。

 魔力の弾丸は額を撃ち抜こうとしている。

 そう直感し、残っていた魔力を全て額に集中させて防御しようとした。

 オーロが勝利を確信したのは、まさにその時であった。

 ケインへと向けた殺気はフェイク。

 心臓か脳か、その二択で殺気を向けなかった方へと弾丸を撃ち込む、最後の策だった。

 持てる技を全て使い、最後に海賊として勝つ。

 彼にとってこれ以上ない勝ち方で終わらせられることに微笑みつつ、オーロは引き金を引いた。

 オーロにとって忌々しい銀の拳銃が姿を見せた。

 魔力の弾丸が発射された時、ケインの口元が緩み、勝ち誇った笑みを浮かべたのを、オーロは見逃さなかった。

 背筋が凍る。

 防御の手段などない。

 魔力も残っていない。

 手札(カード)は全て使ったはず。

 だが。

 もしも。

 もしもここまでが、ケインの読み通りだったのだとしたら。

 もしもまだオーロの知らない手札(カード)が、ケインの手に残されていたのだとしたら。

 その考えが頭を過った時、弾丸がケインの胸元に命中した。

 この戦いで一度として傷つけられなかった、心臓部にあたる胸元に。


「うぉおおあああああああ!!?」


 瞬間、弾丸の当たった胸元から凄まじい勢いで炎が噴き出した。

 どうにか両手で防御するオーロだが、魔力の残っていない体ではたまらず後退させられてしまう。

 それだけにとどまらず、ケインの動きを封じていた雷撃魔法への意識を途切れさせてしまっていた。

 自由になったケインは炎の中を突っ切り、オーロの懐へと飛び込む。

 だが、オーロは炎に吹き飛ばされた際、即座にサーベルを拾い上げて迎撃に備えていた。

 素手で殴るしか攻撃手段が残されていないケインの動きはもう読めている。

 炎を出した正体は掴めずにいたが、今度こそ決着をつけられるはずだと、自分を奮い立たせた。


「終わりだぁケイン!!!!!」


 サーベルを振り下ろすまで、オーロはケインが丸腰だと思っていた。

 戦いが始まってからずっと、ケインは『それ』に一切触れることもせず、オーロも意識していなかったのだ。

 ずっとケインの腰に差してあった、名刀八百輝璃虎(ヤオキリコ)が赤く輝くまで、オーロはその存在を忘れてしまっていた。


「しゃっ!!!!!」


 不意を突かれたオーロと、万全で臨んだケイン、サーベルと刀が交差してどちらに軍配が上がるかは明白だった。

 サーベルはケインの脇をすり抜け、逆に刀はオーロの腰から肩にかけてを斜めに一閃して斬り裂いた。

 血が噴き出るのを他人事のようにちらりと見てから、オーロはケインの胸元に目をやった。

 破れた服の下から見えたのは、金色に輝く石だった。


「その石……」


「カウダー、ありがとう……助かった」


 ここへ来る途中、ケインは魔女の森に立ち寄っていた。

 マキシマムサンストーンをクラリから受け取り、もしも自分が負けてしまっても、オーロがクラリたちを襲って強奪したりしないためにだった。

 その際、マキシマムサンストーンが魔力を浴びると炎を噴き出す性質を持つことを知ったケインは、戦闘に活かす術はないかと考えた。

 余りに強い攻撃を受けると石は割れてしまうが、限界まで追い詰めた末の一撃くらいならば防ぐ役割を果たせるだろうと、胸元に忍ばせて巻き付けておいた。

 それこそが、弾丸からケインの窮地を救った炎の正体であった。


「あんたの言った通りだったなオーロ。勝負を決めたのは手札(カード)の強さと種類、そして使い方だった」


「よっしゃあああああっ!!!!!」


「イェーーーーーーーイ!!!!!」


 コンリード・バートン号が飛ぶ遥か下で身を潜めていた青影と黒影が思わずそう叫んだのは、ケインたちには聞こえていなかった。

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