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第59話 勇者ケイン=ズパーシャVS海賊キャプテン・オーロ

 勇者キン=リブスが海賊キャプテン・オーロを名乗るまで。

 それがケインの見た、オーロの記憶だった。


「それから5年経って、あんたは次の勇者サクリ=スノウを襲い、勇者の印ごと腕をぶった切った。サクリに村へ帰らせて、あんたはキン=リブスの名を歴代勇者から抹消するように伝えた。これはサクリの記憶から見たことだけど……」


 秘密を暴かれ、それをさもよく知っているかのように話すケインへの不快感を語気には表さず、あくまでも格上としての余裕を見せたままオーロは言った。


「つまり、勇者キン=リブスが存在していたのは、俺が誕生するその時まで。お前さんが見たのはキン=リブスの記憶であって、このキャプテン・オーロの記憶ではねえというわけだ」


「あんたはキン=リブスではないと、そう言いたいわけかい?」


「おう。お前さんがキャプテン・オーロの記憶を見てねえのなら、それが何よりの証拠さ。俺がキャプテン・オーロを名乗った後、サラミババアに会った時の記憶を見たか?『次にこの町に来るようなことがあれば間違いなく殺す』ってメンチ切られた時のことをよう。エラークルが死ぬ時の記憶を見たか?あれで最初に会った時はもう50手前だったみてえで20年も経たずに死にやがって、ジャレスとホースパーが泣きながら派手な葬式を挙げた時のことをよう。魔女と再会した時の記憶を見たか?自分以上に黒い林檎を使いこなす俺に興味を示したあの女との、ちょっとした夜のことをよう。なんにも見てねえだろ?お前さんは俺のことを知ったようでいてなんにも知らねえのさ。このキャプテン・オーロのことは、なんにもな」


 機嫌を損ねながらも長々話す癖はやめそうにないオーロを見て、ケインは『若作りのビアンコ』が『お喋りビアンコ』とは呼ばれない理由がわかった気がした。

 単にビアンコよりもオーロの方がお喋りな気質だから、ただそれだけ。

 そしてその気質もまた、キン=リブスの記憶だけではわからないことでもあり、確かにケインはオーロのことを知ったようでまだ知らないことの方が多いのであった。

 故に、この戦いの中では、ケインはオーロにキン=リブスを見出しながら戦わなければならない。

 相手を想う愛情こそが、彼の身に着けた新たな強さなのだから。

 ケインが闘志を込めた拳を握りしめた時、オーロはそれに気付いて立ち上がり、勇者の印を覆い隠すように黒い布を再び巻いた。


「さて、やる気なのはいいが、ここで海賊の掟だ。『いかなる敵にも寛容であるべし。慈悲を二度裏切られても水に流せ。ただし、三度裏切られるようならば容赦は不要なり』。お前さんを誘うのもこれが三度目だな。ケイン、俺たちの仲間になれ」


 ケインはすぐには答えなかった。

 三度裏切られるようならば容赦は不要なり。

 つまり、今ケインが持っている答えを出したその瞬間、オーロは本気で殺しに来るだろう。

 これまで自分には向けて来なかったような、本気の猛攻を仕掛けてくるのだろう。

 そうなる前に、心の支度を済ませておきたかった。

 この戦いは、海賊キャプテン・オーロを勇者キン=リブスに戻すための戦いなのだと、自分に言い聞かせた。

 欲のままに人からあらゆるものを奪う残忍な海賊になる前の、まだ悪党から人を救おうという志を持っていた頃の勇者に、彼を戻すための戦いなのだと。

 その想いで心を満たした時、ドーズとの戦いでも感じた力が湧き上がるのを感じた。

 答えを示すのは今だろう、そう思って口を開いた。


「俺は今日ここで、あんたを倒しに来たんだ。勇者キン=リブスを、ちゃんと死なせてやるために来たんだ!」


「……お前さん、その力……」


 ショーザンとの死闘を演じたつい先日から、また更に大幅に高まっている魔力に、オーロの対応は一瞬遅れた。

 懐へ踏み込んできたケインの拳が深々と脇腹を突き刺すのを、容易に許してしまっていた。


「くぁ……っ!」


 苦悶の表情でくの字に曲がるオーロの体、そこへすかさずケインが攻め立てる。

 隙だらけとなった顎への一撃が炸裂し、血飛沫が噴き上がる。


「て……めェ……!!」


 逆上したオーロが反撃に拳を振るうも、大振りとなったそれを避けるのはケインにとっては造作もない。

 またしてもそれは痛烈な打撃に見舞われる隙となり、たちまちオーロは拳の嵐に呑み込まれることとなった。


「ずぁあああああああああだりゃりゃりゃりゃりゃりゃ!!!!」


「ぅごぉっ!!ぶっ……あガ……!」


 ショーザンに打ち勝った剣術で勝負を仕掛ける、そう踏んでいたオーロには全く予想外の出だしとなった。

 よもや魔術でも剣術でもない、ケインの肉弾戦はオーロにとって初めてのことだったからだ。

 以前、オーロはケインに言った。

 勝負とは持っている手札(カード)の強さと種類によって決まる、と。

 オーロの知らないケインの手札(カード)、それがこの肉弾戦だった。

 だが、その足運びと独特の打ち方には、オーロも見覚えがあった。

 数十年前に戦った男が、今のケインと同じ動きをしていた。

 その男から、以前ケインは肉弾戦による動きを教わったのだ。


「スコット…………ゴーバー…………!!」


「うおりゃあああ!!!」


「ゲブッ!!」


 殴って動いた体に連動し、足を前に進めて更に加速した拳を打ち付ける。

 その繰り返しによって、相手に反撃を許さない殴打の檻が完成していた。

 肋骨が砕ける音を聞き、オーロはたまらず後ずさりする。

 しかしそれすらケインは逃がすことなく、ダメ押しと言わんばかりの痛打を浴びせ続ける。

 これで倒せるほど容易な相手ではないということはケインもわかっている。

 だからこそ、今ここで与え得る限りのダメージを与えておきたかった。

 この連撃が途切れた時、それがオーロの反撃の時だと確信させたのは、オーロの黄金色に輝く視線だった。

 今の内にせいぜい殴っておくといい、そう言っているかのようだった。


「うああああああ!!!」


 気付けば船の端まで来ていたが、焦る想いで顎を殴り飛ばした時、しまったとケインは思った。

 その勢いを利用して、オーロに船の外へ逃げる隙を与えてしまったのだ。


「もう……いいのか?んじゃあこっから……海賊の、時間だぜ?」


 口いっぱいに溜まった血を吐き出しながら、オーロはそう言った。

 殴り飛ばされた勢いのままに海へと落ちていったオーロを、ケインは追わなかった。

 否、追えなかったのだ。

 海と空の支配者を名乗る男が海へ飛び込んだ、その危険性を肌で感じ取っていた。

 しかし、それを許すほどオーロは甘い男ではなかった。

 オーロが飛び込んだ場所から突如海水が噴き上がり、ケインを飲み込むとそのまま海中深くへと引きずり込んでしまった。


「がふっ……」


 予想外のことに戸惑うケインに向かい合い、オーロは殺意を込めて笑った。


「さあケイン、どうするよ?」






 その頃、デュナミク王国の首都アマビレに、偵察部隊が連絡を送った。

 内容はこうだ。

 海賊オーロ、件の勇者と戦闘開始。

 和解の可能性や、我々を欺く意図は恐らくない。

 最終的な判断は女王陛下に委ねることとなるが、ウェルダンシティへの攻勢は、この機を置いて他にないと思われる。

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