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第0.5話 元二十一代目勇者キン=リブスが勇者でなくなるまで その⑤ 完結

 ババアの店から魔女の森まで、そう時間はかからなかった、ように思う。

 走り出してすぐに気絶しちまったから、どれくらい時間がかかったかなんか知るわけがないが、ともかくそのおかげですぐ着いたような気分にはなれた。

 うっそうと木々の生い茂る森の入り口まで来たところで、リモーはババアから降りるなり俺を取り上げて乱暴に担いだ。


「うぇっ……なんだよ」


「サラミさん、ここまで俺らを運んでくれて感謝する。だがこっからは俺とキンの二人で行かせてもらうぜ」


 眩暈を起こしていた俺の目の前では、ババアが額に青筋を浮かべていた。


「あたしが行ったら不都合だってのかいィ?」


「俺には不都合はねえが、あんたには不都合だって話だ。助かる見込みのねえ奴が最後の最後に縋る、本当に最後の手段、それが魔女の森に隠された秘宝だ。俺は生き残る気満々でいるが、このキンが助かる保証はねえ。もし失敗した時、それを見届けることになるのは辛いだろう?こいつがこうなっちまった責任を、どうやらあんたは無意味にも背負っているようだからな」


 それは図星だったようで、ババアは青筋を引っ込めると、しばらく黙って考えた後で言った。


「……ここからでもかなり距離はあるよ。しかも森の中だ。迷うことなく、途中でくたばることなく、たどり着けるとでも言うのかい?」


「最短で行けば日がある内に着くし、それぐらいの体力はあるさ」


「ここまでの方向もわからなかったくせに、どうして日がある内に着けるとわかるんだい?」


「宝が近くにありゃあな、なんとなく()()()でわかるさ。俺は海賊だぜ?」


 またババアは黙り、俺をじっと見つめた。

 俺はなんとなくその視線に耐えられずに目を合わせずにいたが、それでもババアは視線を向けたまま、リモーへと言った。


「いいだろう、あんたに任せるよ。ただし、もしもあんただけが助かって、この子は助からないなんてことになれば、あたしは間違いなくあんたを殺しに行くからね。世界中の海にのさばってる馬鹿どもも全員だ。そのことを忘れるんじゃないよ」


「……よく憶えておこう」


 リモーはババアにそう返すと、森の奥へと俺を担いだままずんずんと進んで行った。

 後ろで凄まじい足音が遠ざかっていき、完全に聞こえなくなったところでリモーは大きくため息をついた。






 森を歩くリモーに揺られ、ぼんやりとした頭で俺はただ会話を楽しんでいた。


「なんで海賊だったんだ?山で山賊でも、町に出て盗賊でも、色々あったろうに、なんで海賊になったんだよ?」


「ガキみてえな理由さ。昔読んだ海賊の絵本が好きだった、そんで、まともに働いて稼ぐのが嫌だった、ただそんだけだよ」


「ガキみてえでクソみてえな理由だな。ガハハハっ」


「だろ?イハハハ」


 リモーもどうやら悪い気はしなかったようで、俺との話に付き合ってくれた。


「もうちっと気楽にやれると思ってたんだがな、海賊。そうさせてくれるほど世の中平和じゃなかった。俺みてえな不真面目で夢見がちで、しかも他人への迷惑にそこまで罪悪感を持たねえ連中が、世界中にわんさかいやがった。オマケにそいつらが揃いも揃って、俺のことを手下にしようとしやがるしな。人の下につくぐらいなら海賊なんかやってねえってのによ」


「なんであんたを手下にしようとするんだ?」


「決まってんだろ、強いからだよ。おまえさんも見たあのエラークルも、それにヴィンセントや、この毒を使ってきたラバンだって、何度か俺がブチのめしてやった奴らなんだ。それをサシじゃ勝てねえからって、手ェ組むなんてみっともねえ真似しやがってよ。治ったら一人ずつ始末してやるぜ」


「……仲間は、もういねえけどな」


「……ああ、そうだった。もうあいつらいねえんだった。長い付き合いだったんだけどな。良い奴らだった。本当に……もう、いねえのか……」


「……なあ」


「同情なんかで俺の仲間に加わるなんて抜かしたらここで下ろすぞ。あの婆さんとは殺し合いになるだろうが、俺はおまえさんの命より、そして俺自身の命より、俺の矜持の方が大切だ」


「……そうかい、じゃあいいよ」


 気まずい沈黙が少し続いたが、もうひとつだけ訊きたいことが俺にはあった。


「それならなんで、俺を助けるんだ?仲間がいねえ代償を俺に求めてるわけじゃあねえのに、それでも俺を助ける、その理由はなんだよ?あのババアみてえに責任感じてるってなら、それこそ下ろしてくれ。全部俺の自己責任ってやつだから……」


「おまえさんの目だよ」


 リモーは食い気味に答えた。


「初めて見た時からずっと、おまえさんの目には何の光もなかった。勇者のくせに、背負った使命に燃えてもいねえ、人間の薄汚え欲望に霞んでもいねえ。色も、光も、おまえさんの目には何もなかった。毒にやられても、抗おうとする心さえ少しも持っちゃいなかった」


 それを聞いて俺は自嘲気味な笑みを浮かべた。

 俺の目に光がなかったのは、恐らく旅立ったあの日から、いや、旅立つ前からずっとなのだろう。

 勇者になりてえとも、心の底から思ったことなんかない。

 勇者になるなんてのも、ほとんど投げやりで取り決めの儀に臨んだら、たまたま勝っちまっただけ。

 その使命すらも、とっくに初代勇者サマがやり遂げちまってて、俺がやるべきことなんてのは何も残っちゃいない。

 何もやるべきこともないし、やりたいこともない、それがその時の俺だった。

 だがそれと俺を助けたことには一切結びつかないだろう、そう言う前にリモーが続けた。


「だけどな、そんなおまえさんなのに、何故か俺には……どう言ったらいいのか……そう、可能性ってやつが見えた。光を持たねえおまえさんが、何色でも構わねえ、光を持った時、その時おまえさんは何か、どでけえことをやる、誰にもできねえようなどでけえことを、そう思ったんだ。そのどでけえことってのをよう、見たくなったのさ」


「なんだそれ」


「さあな。だがどでけえことをやる前には、まず目に何色かの光を持たなきゃならねえ。そしてそのためにゃあよ、まずこの毒という危機を乗り越えなくちゃあならねえ。つまり、生きなきゃよ。まず生きることから始めようぜ、お互いな」


「……ああ、生きてみせるさ」


 生きるということ、それ自体を強く意識するようになったのは、この時が初めてだったかもしれない。

 言葉に出した時、俺の中で熱い何かがじんわりと湧き出すような感覚があった。

 毒による痺れや気だるさは着実に増していったが、その熱い何かはそれらを跳ね除けようと、懸命に俺の体を内側から支えてくれていた。






「いらっしゃい」


 リモーが森に入って数時間、見えてきた小屋の前で素っ気ない挨拶で出迎えたのは、フードを被った女だった。

 見るからに怪しい、いかにも魔女な雰囲気を纏うその女は、小屋の近くで生っていた黒い林檎のようなものを二つ捥ぎ取って俺たちに差し出した。


「あなたたちが欲しているのはこれでしょう?」


 受け取った林檎をまじまじと見つめながら、怪訝な顔でリモーは魔女に声をかけた。


「……これが願いの叶うお宝ってやつか?随分と簡単にくれるんだな」


「いくらでもあるものだから惜しむ理由もないし、叶うかどうかはあなたたち次第だからね」


 魔女は林檎についての説明を始めた。

 その『黒き禁断(ブラックスウィート)』と名付けられた林檎には、ひと口齧るだけで、その時頭に浮かべていた願いを叶えてくれる力があるのだと言う。

 ただし願いを叶える対価として、その願いに対する想いそのものを支払わなければならない。

 願いと想いが等価であるのなら、単に願いが叶うだけで済む。

 だが、願いに対して想いが足りなければ、足りない分だけ肉体で補わなければならないのだ。

 その例と証として魔女は自らの右腕を見せた。

 若く瑞々しい女の体には不似合いで不自然な、骨と皮だけの上腕を。


「大金、力、病からの生還、死んだ肉親を生き返らせるなんてのもあったわ。でも大きい願いであればあるほど、それに対する想いも強くなければならない。実際に願いを叶えられた人間はごく一部、しかもささやかな願いを、手足のいずれかを犠牲にしてね。あなたたちの叶えたい願いはその顔色見ればわかるわ。じっくり死に向き合って、それを心の底で拒絶してから齧るのね。そうしたら、腕の一本くらいで叶うかもしれないから」


 それだけ告げて魔女は小屋へと戻ろうと踵を返したので、リモーは慌てて引き留めた。


「オイオイオイ待て待て待て。魔女、お前さんは何を願った?どんな願いと引き換えにその腕になった?それがささやかな願いだってんなら……」


「不老不死。命に関係する願いの中で、恐らく最も多くの人間が望み、最も大きな願いよ」


 魔女はそれきり立ち止まることなく、小屋へ入って行った。

 リモーは俺を下ろすと、再び林檎に目を向けた。


「不老不死だろうが想いが強けりゃ叶うってわけか……。さて、要するに『毒を消してくれ』って願いながら齧ればいいんだな。それじゃあ……」


 大きく口を開けて林檎に齧り付こうとするリモーを、俺はどういう目で見ていたのだろうか。

 とにかくその視線に気付いたリモーは、俺を安心させるようにおどけた仕草で言った。


「先に俺が治るのを見りゃあおまえさんだって気楽に齧れるだろ?心配してねえで、『治りてえ』とだけ考えてろ」


 リモーは笑顔で林檎を齧った。

 すると途端に、リモーはバランスを崩したようで倒れてしまった。

 起き上がって確認してみると、左足の膝から下がなくなっていた。

 願いの対価として不足していた分の肉体が支払われたのだ。

 つまりは、願いは叶ったということだった。


「……また義足をどっかで作ってもらわなくちゃあな」


 そう笑うリモーの顔には、明らかにさっきまではなかった血の色が戻ってきていた。

 俺は心の底から安堵した。

 毒が治せるということに対してではなく、このリモーが死ななかったことに対してだ。

 次に俺も林檎を齧って助からなければならない状況にあるというのに、リモーが助かったという事実だけで頬が緩んで仕方がなかった。

 直後、またしても俺の表情を強張らせたのは、前から聞こえた一発の銃声だった。


「毒治すためにここ来るだろうってヤマ張っといて良かったぜ。願い叶わず林檎に殺されてりゃあ、俺に撃たれるなんてブザマ晒さずに済んだのによお」


 腹から血を流して倒れたリモーの後ろでそう呟く男には見覚えがあった。

 船の上でリモーが『騙し討ちのジャファイヤ』と呼んでいた、エラークルの仲間だった。

 今度は俺が撃たれるのではないか、そんなことを一切考えずにリモーを抱き起した。

 口からも血を垂れ流しているリモーの顔色は、毒に侵されていた時よりも悪くなっていた。


「おい、起きろよリモー!ちゃんと治したんだろ!?さっさと起きて逃げようぜ!!こんな……こんなんアリかよ……!」


「はや……く……」


 焦点の合わない目で俺を見つめるリモーは、林檎を俺の口元へと伸ばして言った。


「これ、食って……早くなお、し、て……にげ、ろ……」


「馬鹿!あんたも逃げるんだよ!!俺に任しとけ!傷を治す治癒魔法はな、村で覚えて得意なんだ!人にやったこたあねえけど、これでバッチリ治るさ!『キッス』!」


 毒で痺れる手を自信満々にかざし、治癒魔法を唱えた。

 自分の傷だったらかなりひどい切り傷でも治せたから、本当に自信があった。

 完治は無理だとしても、リモーがまた走って動けるくらいには回復させてやれると。


「『キッス』!『キッス』!……治れよ!!!」


 口の中で鉄の味が広がるのを感じながら、俺は呪文を唱え続けた。

 だが、何度やってもリモーの傷は治るどころか血を流すばかりだった。


「イ、ハ、ハ、ハハハハ……」


 ガキの悪戯を許す時の父親のように、リモーは笑った。


「知ら、なかった、のか……。治癒、魔法……てめえと、他人に、やる、のではな、勝手が、違うんだってよう。俺は、もう、助からねえ……よ」


「何言ってんだよ!そうだ、治癒魔法で治せねえなら、林檎もういっこ食えよ!そうすりゃ……!」


「む、り、だろ……さっきより、頭、が、ぼーっと……とても、願いを叶える、なんざ……できねえ……」


 声もかすれ、どんどん生気のなくなっていくリモーを見て、俺の中で何かが切れ、感情の波が怒涛の勢いで押し寄せた。

 勇者キン=リブスへの、どうしようもない憎しみという感情だ。

 何もできず、何もする気にもなれない無気力な勇者。

 自分にとって大切だと思える人がいても、それらを救うことさえできやしない。

 ぼんやりと生き、ぼんやりと死んでいく。

 勇者と名乗ることも烏滸がましい、余りにも情けない馬鹿野郎に、憤りはとどまるところを知らなかった。


「おまえさんは何かどでけえことをやる、誰にもできねえようなどでけえことを」


 突然頭の中でリモーの言葉が響いた。

 ジャファイヤが近づく足音も聞こえていたが、頭で響き続けるその声の方に、俺は耳を傾けた。

 俺の目が光を持った時、何かどでけえことをやる。

 どでけえこと。

 それが何かまではリモーもわからないと言っていた。

 だが、とにもかくにも、リモーはそれを見たいから俺を助けようとしてくれた。


 だったら、見せなきゃならねえ。

 見せないまま、ただこの男を死なせたら、勇者キン=リブスは、いや、この俺は終わりだと、そう思った。

 俺が、今わの際にあるリモーに見せられるどでけえこと。

 ふと、リモーが話していた海賊の絵本のことを思い出した。

 俺も海賊の絵本ならいくつか読んだことがあったが、その中でも特にお気に入りのものがあった。


「空を飛んでどこにでも行ける、夢の海賊船の話、知ってるか、リモー?」


 敵がすぐそこにいるというのに、俺は無邪気にそう尋ねていた。

 だがリモーもそれに合わせ、頷いてくれた。


「ああ……それ、読んで、俺も海賊……やりたく、なったんだからな……」


「俺よう、あんたと一緒に、それ乗りたくなったんだよ」


 リモーは意外そうな顔をしていたが、その時の俺の目は一体、どうだったのだろう。

 確かではないが、きっと何かしらの色で光っていたのだろう、そう思いたい。

 俺は林檎を手に、絵本に描かれていた海賊船の姿かたちを思い浮かべた。

 だが、一番印象的だった赤く塗られた船体以外、特徴らしい特徴がほとんど思い出せなかった。

 そこで、リモーの船の形に置き換えて考えることにした。

 つい先日見たばかりのその形に赤い色を塗ることは簡単だった。

 それが明確に頭の中で完成した時、林檎をひと口齧った。

 頭の上で、ジャファイヤが銃を突き付けていた。


「何をお願いしてんのか知らねえが、てめえもリモーと一緒に仲良くあの世に送ってやるよ」


「おい……そこ突っ立ってると危ねえぞ」


「あ?なに言って……」


 ジャファイヤの顔面は、俺の後方から頭上スレスレを飛んできた船に潰され、そのまま遥か彼方へとぶっ飛ばされていった。

 赤く、大きく、立派な海賊旗を掲げた、空飛ぶ海賊船だ。

 俺は立ち上がり、願いの結晶たるその海賊船にリモーを抱きかかえて乗り込んだ。

 林檎を齧っても、俺の体には何の変化もなかった。

 毒に侵された瀕死のまま、何の変化もなかったのだ。

 つまり俺の願いは、想いの強さと等価だったわけだ。


「さて、行くか」


「待ちなさい!」


 船で飛び立とうという時、魔女が小屋から出てきた。

 まさか俺に願いを叶えるほどの想いがあるなんて、夢にも思わなかったのだろう、相当慌てた様子だった。


「あなた、そんな船を出せるのなら……早くもうひとつ食べて、毒を治しなさい!死んでしまう前に!」


「気ぃ遣わせてわりいな。だがこの毒はよう、今の俺にはまだ必要なモンなんでな」


「何を……!」


「心配しねえでも林檎なら手元にあるぜ。さっきジャファイヤが捥ぎ取ってたみてえで、落っことしやがってよう」


 それだけ言い残して、俺たちは船で森を飛び去った。






 魔力を使うこともなく、船は俺の意思のままに飛び、しかも乗り心地は快適そのものだった。


「うおお……!」


 船首に立った俺は、興奮で声を漏らしていた。

 誰も経験したことのない、空飛ぶ船での航海。

 それをやっているのだと実感した時、何だってできると信じられた。

 リモーが言っていたような、どでけえことを。


「やれる……なあリモー、やれるぜ」


 リモーに肩を貸し、下に映る景色を見せてやると、嬉しそうに笑った。


「ああ、この船がありゃあ……おまえさん、どこへだって……何だって……」


「あんたにもっと見せてやりてえよ。世界中を、世界中のお宝をよう」


「ずっと……見ててやるさ……その前に、もっぺん、見してくれ……目を……」


 俺たちは向かい合った。

 リモーは灰色の目で俺の目をしばし見つめると、満足そうに頷いた。


「綺麗な……金色だ。そうだ、この船……名前、つけねえと、な……」


「もう決めてあんだ。あの絵本に出てた船長の名前を、そのまんまな」


「『コンリード・バートン』か……イハハハ……それ、な、俺の、沈んじまった船も、そう、だったんだよ……」


「……幸先わりいな、それ」


「ま、頑張れや……『コンリード・バートン号』の……キャプテン・オーロ船長よ……」


「ああ?なんだそ……」


 訊き返そうとしたが、やめた。

 海賊リモー=コミックは、海賊船の上で静かに微笑んだまま、息を引き取った。






「奇跡だ……我々は今奇跡を見ている」


 海へと着水したコンリード・バートン号を見ての、エラークルの言葉がそれだった。

 リモーの亡骸を海に捨てた俺は、エラークル率いる海賊連合の連中と向かい合った。

 毒に侵された、風前の灯火ともいえる体のままで。

 だが、少し押されただけでも倒れてしまいそうな肉体とは裏腹に、俺の心は高揚感に包まれていた。


「馬鹿なっ!顔がもう紫色に染まっている!あの症状が現れているのならもう立っていられる余裕があるはずがない!!何故立って……しかも!船が空を……一体!?」


 狼狽えて喚き散らしているラバンの言葉に、嫌味な笑顔で返してやった。

 確かに立っているのも不思議なほどで、眩暈のせいで目も開けていられないほどだったが、全く死ぬ気がしなくなっていた。

 この船、コンリード・バートン号があればどこへだって行ける。

 何だってやれる。


「わりいな、生きるの楽しすぎてよう、毒で死ぬのなんか忘れちまったよ」


「そんなことが……!!」


「そんなことがあるのさ。俺はもう……」


 不意に痛みが走ったので目を開け、その痛みの原因である左肩に目をやると、矢が突き刺さっていた。

 毒がたっぷり塗られたラバンの矢だった。


「ひゃはははは!!どうだ!!トドメの一発!!これでお前はもう……!!」


 何も意に介さずにそのまま矢を引き抜き、投げ返してやった。

 矢を必死になって避けたラバンは、青ざめた顔で言った。


「ふ、ふふふ不死身……こいつ……本当に不死身……!?」


「馬鹿言ってんじゃねえ!!」


 ビートと呼ばれていた男が声を荒げ、拳銃を向けていた。

 今更拳銃で死ぬ気もしなかったが、撃たれたくもなかった。

 何より、これから先のことを考えると、そこらの拳銃に勝るような武器が欲しかった。

 俺はポケットに忍ばせていた林檎を齧りながら、それを願った。

 瞬間、手から林檎がこぼれ落ち、その手には別の見えない『何か』が握られた。

 その『何か』をビートに向け、心で引き金を引くと、ビートの胸元から小さく血が噴出した。

 ビートが倒れるのを見届けている間に、その『何か』は銀色の拳銃として姿を見せていた。

 だが、銃口から僅かに煙を出した後で、またしても銃は姿を消し、一切見えなくなった。

 それが俺の願った、発射されるまで銃身も弾丸も見えない、威力は俺が弾丸として込めた魔力次第の拳銃だった。


「連合諸君、攻撃やめーい!!」


 エラークルの言葉が、降伏の合図だった。

 当然と言えるだろう。

 リモーの船にたまたま乗っていただけのカタギに過ぎなかった男が、空飛ぶ船でやって来て、致死量を超える毒にも打ち勝ち、見えない銃を操るとあっては、サラミババアにビビっていたような連中がどうにかできるような相手であるわけがなかったのだから。

 エラークルは手下のジャレスとホースパーに演奏させ、歌いながら俺に近づいてきた。


「おお、神よ。この出会いに感謝。この世で最も恐ろしい男、それがエラークル!ではない!!ということに気付かせていただけた。そう、このお方こそが、最も恐ろしい男。この海で我々、海賊連合を従えるに相応しい男。絶対的不死身!唯一無二なる船!それらを併せ持つ男、他に誰がいよう?しかし二番手!二番手こそはエラークル!これだけは譲れない。その力こぶ捥がれたような右腕、補わせていただきたい。どうか今よりお仕えする主人の名、ここに!高らかに!告げていただきたい!」


 鬱陶しい動きと歌と共に、エラークルは俺の右腕に白い布を巻きつけてきた。

 勇者の印であるミサンガが巻かれている部分、そこの腕の肉だけが、ごっそりなくなって痩せ細っていたのだが、それをミサンガごと覆い隠すように、布は巻かれた。

 だが、それでいい。

 俺はもう勇者ではない。

 海賊になったのだから。

 強くそう意識した時、俺の体に血の色が戻ってくるのを感じた。

 勇者キン=リブスは死に、新たに海賊が生まれたのだろう、そう思った。

 これからどれだけの人間を殺すのだろう。

 どれだけの血をこの布に吸わせるのだろう。

 そこに対する罪悪感は、一切持ち合わせていなかった。

 ただ、楽しかった。

 生きるのが。





「俺は不死身のキャプテン・オーロ!!!これから先、100年経とうが消えねえこの名、しっかり刻んでついて来い!!この世で最も恐ろしい、海と空の支配者の名をな!!!!!」

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