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第0.5話 元二十一代目勇者キン=リブスが勇者でなくなるまで その①

 これより先に語られるは、ドーズ=ズパーシャが遺した『勇者の記憶』の中からケイン=ズパーシャが見たキン=リブスの記憶。

 一切の脚色も加えられていない、純粋な記憶である。






 村のはずれにある小さな家で俺は生まれた。

 母親は俺を生んですぐに死んじまったらしく、親父は男手一つで俺を育ててくれた。

 そんな親父の仕事は、村で数少ない医者。

 家が診療所を兼ねていて、毎日のように患者がやって来ては、親父は真面目にそいつらを診た。

 親父の医者としての腕がどうだったかは知らねえが、少なくとも手を抜いたことはなかったようには思う。

 ただ、元気に帰っていく患者の後ろ姿を見てたまに親父は呟いていた。


「母さんもああなれば良かったのにな」


 親父が嫌になったわけじゃないが、俺は18歳を迎えた頃、無性に村を出たくなり、勇者取り決めの儀に参加することを決めた。

 魔王ゴアを倒すなんて使命感は持っちゃいない。

 外の世界を知りたいという、ただの好奇心だ。

 魔法を操る技量や身体能力は村の中じゃかなりのものだったし、親父も医者には全く向いてねえなんて言って俺が勇者になる後押しをしてくれていた。

 ただし、勇者に選ばれるための障害がひとつあった。

 俺より3つ年上の勇者候補、ガドー=バーランドの存在だ。

 ガドーは当時、村じゃ敵なしと言っても良い強さを誇っていて、俺も勝てる自信はイマイチ持てなかった。

 他の若者もガドーに勝てると思えなかったからか、その年の勇者取り決めの儀に参加したのは、俺とガドーの二人だけ。

 九分九厘ガドーが勝つ、それが村中の共通認識だった。






 取り決めの儀前日の夜、事件は起きた。

 十数人ばかりの山賊が村を襲ったのだ。

 初代勇者ドーズが張った結界をすり抜けられる程度の連中に、俺たち勇者候補が後れをとるわけがない。

 山賊どもはすぐに片付いた。

 そう安心したのもつかの間だった。

 俺の家辺りから火が上がっているのが見えた。

 山賊は二手に分かれて行動していたのだ。

 俺は大急ぎで家へ向かったが、遅かった。


「親父ィィイイイイ!!!!!」


 拳銃で心臓を一発、親父は呆気なく死んじまった。

 先に着いていたガドーによって山賊はこれで本当に全て片付いたが、俺にとってかけがえのない人が、俺の手の届かないところで、犠牲になってしまった。

 翌日、親父の葬儀が行われた。

 葬儀の最中、勇者取り決めの儀は延期しようと長老たちが話していたが、俺は断固として今日行うべきだと主張した。

 ガドーも賛成したことで、親父を墓に埋めた後、取り決めの儀が行われた。

 失意に暮れる俺がガドーに勝てるわけがない、村人の誰もがそう思っただろう。

 俺自身がそう思っていたからこそ、投げやりに葬儀の直後やろうと考えていたのだから。

 だが、感情の大きな変化が強さに影響を及ぼすことがある。

 皮肉なことだが、俺にとってのそれはまさにその時だった。

 親父を喪った悲しみによって、俺はガドーから勝利を捥ぎ取った。

 だけど、勇者になれたことを一番祝福して欲しい人はどこにもいない。

 もし魔王ゴアを倒して無事に帰れたとしても、迎えてくれる家も人もない。

 薄っぺらいぼんやりした使命感と、長老から貰った金貨を手に、俺は村を出た。





 村を出て4日過ぎ、俺はウェルダンシティに着いた。

 道中、魔獣は影も形も姿を見せず、代わりに盗賊が俺の持つ金貨を狙った。

 憂さ晴らし同然に全員残らずブチ殺したが、晴れるどころか心は一人殺す毎に深く深く沈んでいった。

 なんとか気分転換になるかと、街で一番良い匂いを放つ飯屋に向かい、そこで腹がはちきれそうになるまで食らいに食らった。

 メニューに書いていた『時価』の文字が気に入らなかったが、少しは気が晴れた俺は店主に金を払おうとした。


「合計8万2千ジェジェだね」


「あ?」


 店に入ってからずっとやたら大声を出していたババアが突然まともな声量で提示してきた金額に、思わずキレ気味に返した。

 せっかくの気分転換に入った店がとんだぼったくり店だったことに腹を立て、俺は一銭も払ってやるものかとそのまま店を出ようとした。


「お待ちッ!!!どこォ行こうってんだいィィイ!!!!??」


「耳元でうっせえなぁ!!勇者サマにぼったくろうなんてバチあたりなババアに払ってやる金なんざ持っちゃいね………え………?」


 とんでもねえ力で腕を掴まれた直後、目の前が真っ暗になった。

 勇者キン=リブスは、他のどの勇者もしなかったであろうみみっちい悪行『食い逃げ』をしくじって店主のババアにブチのめされたのだった。


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