第58話 海賊キャプテン・オーロの正体
母とすぐに別れ、ケインとゴアは村を後にした。
次に戦うべき相手、海賊キャプテン・オーロと会うためである。
シマシマたちを迎えに行くことも考えたが、これからの戦いが恐らく一騎打ちになると思い、ライガたちが加勢に入らないよう、あえてウェルダンシティには寄らないことに決めた。
「ウェルダンシティには決着がついてから行こう。ライガたちの力が必要になるのはその後、デュナミク王国を相手取ることになってからだ」
「まあライガとシーノがまだ鍛えておるのなら、別に出番が回らんだろう二人をわざわざ呼びに行く必要もないしな。尤も、必要になるにはまず海賊に勝たねばならんがな」
ゴアに魔力で身を守らせ、それを背負いながらケインはオーロを探すべく飛んだ。
「見当はついておるのか?海は広いぞ」
「特にどこにいるかとかは言ってなかったよな。でもなんとなくだけど、あそこにいる気がする」
その場所へ向かうこと二日。
体力も魔力も万全の状態を保ち、たどり着いたのは魔界の見える海岸だった。
ケインが予想していた通り、海岸には船が二隻停泊していた。
ひとつは赤く塗られた大きな海賊船、コンリード・バートン号。
もうひとつはコンリード・バートン号より一回りほど小さな白塗りの船で、ケインたちが近づいているのに気付いたのか、そこから十数人ばかりの男たちが出てきた。
「よう待ちなよ、あんちゃん」
一際目立つ白いバンダナを頭に巻いた男がケインに話しかけてきた。
立ち止まって向き直ると、男は口元は笑みを浮かべているが、その目には剥き出しの敵意が宿っている。
「俺ぁビアンコ。オーロ船長にこの船のリーダー任されてるモンだ。リーダーの中じゃあ腕は立つつもりだが、これ言うと他の連中が手ェ組んでボコりにきやがるもんで、ナンバーツーを名乗るこたぁできねえ。船長とは一番付き合い長えんだから、別にナンバーツーでも構わねえと思うんだがなぁ。因みに若く見えるかもしんねえが、船長と同じくこれでも結構年はイッてる方だ。ついこないだ60……えっと、いくつだったかな、まあそんなとこだ。そんなわけで仲間からは『若作りのビアンコ』なんて呼ばれたりもする。別に老けねえだけで特別なことやってるわけじゃねえのによ。野菜や果物が好物でよく食うもんだから、それで余計に言われたりすんのかな?つって肉類が嫌いってわけでも……」
「『お喋りビアンコ』だな、こいつは」
未だに自己紹介を終えず喋り続けるビアンコに呆れ果て、ゴアは皮肉たっぷりにそう言った。
それが聞こえていなかったのかもうしばらくの間喋っていたビアンコだったが、ようやく気が済んだのか不意にケインを指差した。
「あんちゃんたちのこたぁ船長から聞いて知ってるぜ。近く、ヒノデ国に大攻勢を仕掛ける予定の俺たちを邪魔しにやって来るってな」
「こうも言ってなかったかい?あの人斬りに勝つほどに強いから、絶対に手を出すな、って」
「おお、あんちゃん鋭いな!言ってたぜ、それも一言一句おんなじことをな」
「だったら……」
「だけどよう、皆が皆それ言われて納得するわけもねえだろうがよ?ましてや、俺たちの頭越えて船長に直々に会いに来る奴をほっとけなんてのをよう。俺たちぁ長年連れ添ったキャプテン・オーロの優秀な部下なんだぜ?いくらあんちゃんが強いからって、ほんのポッと出にいきなり船長とイチャつかれちゃあ……妬けてきちまうだろうがよ?なぁ?」
男たちが一斉にケインとゴアを取り囲み、銃を構える。
一瞬それらへと視線を外したケインが再び目を向けた時、ビアンコの両手にもそれぞれに拳銃が構えられていた。
「こいつらのはデュナミク王国で流行った『カストラート165式ライフル』。俺の両手に握られてんのは『G・クラブ』と『G・ベーコン』、どっちもクドモステリアで開発されてたのを頂戴したモンだ。これらを上回る威力の拳銃は存在しねえ。しかもダブルアクションときてる。普通の人間じゃあ撃った拍子に自分の手も反動で吹っ飛ぶほどの欠陥品と呼ぶべき品だが、俺ぁ普通の人間とはちょいとばかし出来が……おっと、銃のこたぁこれぐらいでいいか。あんちゃんはともかく、そっちのちっこいガキはどうしようもねえだろ?一歩でも前に出りゃあぶっ放す。真後ろだけ開けといてやってるから、ずーっと下がって見えなくなったら許してやる。とっとと諦めて出直してくれや」
ビアンコの言葉は脅しではない。
彼の右手に握られた拳銃はケインに向けられているが、左手の拳銃はゴアに向けられている。
他の男たちも、半分はケインに、もう半分はゴアに銃を向け、打ち合わせしたようにその統率には乱れがない。
それでも、ケインとゴアは躊躇わず前に進んだ。
「こいつらを片付けるぐらいの魔力は使ってやっても良いぞ?」
「いいよ、無意味な殺しはしたくない」
平然とそんな会話をしながら歩く二人に、ビアンコの怒りは頂点に達した。
「撃ち殺せェ!!!!!」
次々と銃声が鳴り響く。
弾は正確に、真っ直ぐに二人の脳天めがけて飛ぶ。
だが、二人は歩みを止めることなく、傷も一切負うことなく、歩き続けた。
肉眼では到底追い切れない銃弾の行方、男たちは当たっているのか否かを確かめる術もなく、ただ相手が倒れるまで、仕留めるまでと撃ち続ける。
ビアンコの目の前まで近づいた時、ようやく男たちは銃撃をやめた。
リーダーにうっかり当たってしまうことを避けたのである。
直後、男たちは自分たちの体に異常がないかを確かめた。
銃弾が敵に当たっていなかったのだとしたら、敵がうまく銃弾をすり抜けていたのだとしたら、自分たちが知らぬ間に当たっていたのかもしれないと、急に不安になったのだ。
全身隈なく出血がないか確かめているどこか抜けている男たちをよそに、ケインはビアンコに両手に握っていたものを差し出した。
それを受け取って、ビアンコはため息を漏らすと、二人のために道を譲った。
「…………参ったぜ。わかっちゃいたが、こうも差を見せられるとよう、妬く資格もねえって思っちまうな」
渡されたそれは、彼らが撃った全ての銃弾だった。
四方八方から飛ぶ銃弾より速く、ケインは一発一発逃すことなく素手で受け止めていたのだ。
力の差を痛感したビアンコは、部下たちを連れて自分の船へと戻っていった。
「嫉妬ついでに言い残しといてやるぜ、あんちゃん。そんな芸当ができるような野郎を相手取れる奴ぁウチのリーダーにゃあ誰一人いやしねえし、束になっても敵わねえだろう。だがそれを見てもなお俺は確信してるぜ。あんちゃんは絶対にオーロ船長にゃあ勝てねえ。いや、この世の誰だって、あの人に勝つなんざ不可能なんだ。むざむざ殺されに行くようなモンだと思うが、それでも構わねえってんなら、せいぜい好きなだけイチャつけよ」
そう吐き捨て、ビアンコは船を出してその場を後にした。
残ったコンリード・バートン号を見上げ、ケインは飛び出そうと足に力を込める。
「んじゃ、俺は待ってるから。終わったらちゃんと死体は持って来いよ」
「……来ないのか?」
「船の上こそ戦場だろう。巻き込まれるのはごめんだ。さっさと行ってこい」
ぐいぐいと背中を押してくるゴアに、ケインは船酔いが嫌なのだろうと苦笑した。
少し息を吸い込み、吐き出すと同時に跳躍、コンリード・バートン号の甲板に降り立った。
思っていた通り、船員は残らず出払っており、そこにいたのはキャプテン・オーロただ一人。
樽に腰かけ、客人を笑顔で迎え入れた。
「ようケイン、待ちかねたぜ」
潮風に彼の赤い髪がなびく。
同時に帆が張られ、それがケインには彼の戦闘準備が整った合図に見えた。
「それで、用事を済ませて俺んとこに来たってこたあ……いよいよ決着つけに来たってことでいいんだよな?」
「ああ。決着をつけよう、キン=リブス」
その名を聞き、オーロの表情が一瞬強張った。
すぐ笑顔を取り戻したが、目に宿る殺気はこれまでケインに見せたそれとは比較にならない。
「……用事の中に、それを知るってのは含まれてたのか?」
「副産物さ。あんたにもずっと呼びかけてたあの人が教えてくれた」
「あの、亡霊勇者サマがか…………くっくっくっくっく」
笑いながら、オーロは左腕の黒い布を外してみせた。
布の下には、全身と比較して不自然に痩せ細った腕に、ミサンガが巻かれていた。
「元二十一代目勇者キン=リブス、それがあんたの正体だ」




