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第57話 継承

「…………ずっと、わかっていたんだ」


 戦いが終わってなおも寝転がったまま話し始めたドーズの顔は、心の中にこびりついていた泥が残らず洗い流されたように晴れやか且つ穏やかだった。


「ぼくは誰にも負けたことがなかった。生まれてから今日まで、一度として、誰にも。まさに『最強』と呼ばれるに相応しい強さを持っていた。だけど、いや、だからこそかな。その強さには『何か』が欠けていることは、ずっとわかっていたんだ」


 半透明の霊体は、決着がついてから少しずつ色が薄くなっていた。

 ケインはかつて炎王カウダーとの戦いの後の光景を思い出していた。

 敗れた後、カウダーもこうしてその存在を散らしながら死んでいった。

 即ち、これがドーズ最期の時であると思うと、ケインもゴアも跪いて見届けずにはいられなかった。


「それが『何か』というのも、薄々気付いていた。でも、気付いていないフリをしてたんだ。そんなものがなくたってぼくは『最強』だし、ぼくが戦うような敵に『それ』があるわけがない、ってね。考えたこともなかったよ。『それ』を持つ者と戦うなんてことになるなんて」


「ボカした言い方をするな」


 冷や水を浴びせるようにぶつけられたゴアの言葉を、ドーズは力なく笑って流した。

 彼にとって魔王は、『敵』ではあっても、『自分が倒すべき存在』ではもうなくなっていた。


「そうだね……。ケイン、自分以外のために戦う時、人はいつも以上に強くなると、ぼくはさっき言ったね。その自分以外の『広さ』が、ぼくと君では決定的に違ったんだ。ぼくは常に愛する人や世界のために、第三者のために戦ってきた。なのに君は…………ぼくのために戦った。『敵』のために戦った。守るべき者を救うために敵を倒すのではなく、敵さえも救うために戦ったんだ。ぼくに欠けていた強さ、そして君が持つ強さ……それは敵でさえ救おうと抱き包み込む、『愛情』だった」


「ああ、お前が絶対俺には向けるわけのないやつな」


「いい加減にしとけ」


 ゴアの茶々入れを頭を叩いて窘めるケインに、ドーズは続ける。


「魔王の言う通りだよ。ぼくでは絶対に持てない心、敵にも向けられる愛。君にはそれがあったからぼくに勝てたんだ。ぼくが持たない強さを君が持った。君が……最強の勇者になったんだ」


「そう……ですかね」


 ドーズからの言葉を、ケインは正面から受け止め切れずにいた。


「今の戦い、俺は確かにドーズ様のために戦って、そして勝ちました。でも、ドーズ様がもし万全だったのなら、それこそ最後の一撃を放った時の力、あれをもっと早くに使っていたのなら……」


「それでも勝ったのはおまえだ」


 ケインの口は、ゴアの手でつねられることで止められた。

 痛みはないが、ドーズという偉大なる敵手の敗北に水を差したくないという、ゴアの確かな想いが込められていた。


「そう、勝ったのは君だ。ぼくが仕掛けた勝負、ぼくが決めた方法、ぼくが拘った戦い方で、君が勝った。誰にも疑問を挟む余地なんてないはずだ」


 ケインが勝利に疑問を持ちたくなるのには理由がある。

 ドーズはそれも当然のように見越していた。


「でも、ぼくを相手に使えた力がこれから戦うべき連中には使えない、なんてことがあっては困るよ。心配しているのはそれについてだろう?ぼくを倒すほどの力なんだから、きちんと扱えないとね」


「し、しかし……!」


「そうだな……その内、片方には、少なくとも君はその力を使えるんじゃないかな。少なくとも、彼に対してはね」


「彼……?」


「あれを見れば、わかるよ」


 ドーズが指差した先には、白くて丸い大きな石があった。

 先程までは影も形もなかったようにケインとゴアは思ったが、確かに今はそこにある。


「あれは……?」


「勇者の記憶。ぼくが生きてきて全ての記憶と、歴代の勇者たちが勇者であった時の記憶、それらを全て閉じ込めたものだ。ミサンガにかけたまじないのひとつだよ。触れただけで全て見ることができるんだ」


「歴代勇者はお前に対しては隠しごとを僅かにもできんかったというわけか、本当にロクでもないな。だが、何のためにそんなものがあるのだ?」


「……ひょっとしたらぼくは、最初からこうなることを期待していたのかもしれないね。ぼくを、『最強』を引き継いでくれる勇者が現れるのを」


 ドーズはケインの目を見る。

 ここに来た時、いや来る前からずっと、確かにある目の輝き。

 今は更に強く、大きく、光り輝いている。

 それはまるで太陽のように、ドーズを安心させようと、明るく照らしていた。


「魔王は信じない。ぼくより弱い勇者も信じられない。だけど、ぼくより強い勇者なら……ケイン、君が信じる魔王なら……ぼくも、信じられるのかな」


「信じて、どうかお休みください。俺とゴア、それから今ここにはいないけど、仲間たちと、必ず世界を救ってみせます。『奴ら』のことも……きっと」


「ああ……頼んだよ、『最強』」


 ドーズの体が光を放ち始めた。

 ついに、その瞬間が訪れたのだ。


「諸々、決着をつけるなら早くした方がいい。村に張った結界は多分まだしばらくは残るけれど、それも何日もつかわからないからね。結界が消えれば、ブンもスカーも村に戻れるだろうし……」


「言い残したことあったとしてもあの石っころで全部見れるだろ。もう良いから、さっさと成仏しろ」


「ははははっ。そうだね、ぼくの役目はもう全部、終わったんだもんね」


 霊体が宙に浮き、光を散らしながら消えていく。


「やっと、やっと会いにいけるんだ。サヤに、父や母に、兄たちに。息子も、一度も会ったことなかった。だけど……」


 消滅する間際、ドーズは心からの笑顔を二人に向けた。


「その前にまず、歴代の勇者たちや騙してきた村人たちに、謝りにいかないとね」


 初代勇者ドーズ=ズパーシャは、そう言い残して去っていった。

 二人は立ち上がると、ケインは一礼し、ゴアは深呼吸した。


「すぅーはぁー」


「瘴気、あるのか?肉体は100年以上も前に死んでるんだぞ?」


「ほぼないな。だが流石はドーズだ。残り香程度のくせにとんでもなく芳醇で濃厚だぞ。俺が結界のために使った魔力なぞすぐに取り戻すくらいにな」


 満足気に笑うゴアだったが、その足は震えていた。

 ドーズが消滅した途端、緊張の糸が切れたらしい。


「怖かったんだ?」


「俺をこんな姿に追い込んだ張本人だぞ。めっちゃくちゃ怖かったわ。いやそんなことより、それ、触ってみろよ」


「うん?」


 ゴアの指した先にはドーズが遺した勇者の記憶があった。


「それを見れば、おまえの役に立つのだろう?なにがどうかは知らんが、とにかく見てみたらどうだ」


「……記憶、か」


 ドーズの記憶はともかく、他の勇者の記憶まで見てしまうのはケインにはどうにも気が引けた。

 少し逡巡した後、ドーズに託されたものだからと己を言い聞かせ、僅かに両の指先で触れた。


「っ!!」


 40人もの勇者の記憶が、頭の中に津波のように押し寄せる。

 生、苦難、苦悩、悲劇、死。

 勇者たちの人生は、統計的に見て悲哀がその割合のほとんどを占める。

 それらが一度に頭に入ってきても、涙こそすれ発狂はしなかったケインの精神力は、大きな成長を遂げていると言って良いだろう。

 無念の死を遂げた父の記憶に嗚咽を漏らしていると、ある一人の記憶がケインの涙を止めた。


「えっ……」


 ゴアからすれば少しばかり怖い光景でもある。

 少年が石に触れた途端、不意に号泣し始め、かと思えば何かに気付いたかのようにぴたりと泣き止んで真顔になったのだから。


「お、おい。大丈夫かケイン」


「うん……。そっか、そういうことか」


「どういうことだ」


「行こう、ゴア」


 ゴアの手を掴み、ケインは勢いよく部屋の扉を開いた。

 既に夜は明けており、急に差し込んできた日の光に僅かに怯みながらも、ケインとゴアは階段を上がる。

 せっかくの帰郷だが、少しの間も立ち止まってはいられない。

 決心を鈍らせないため、ケインは村の誰にも今は会うわけにはいかなかった。

 だが、階段を上がりきった時、その足は止まった。

 思いもよらない人物が、そこにいたのだ。


「な、んで……ここ、に……」


「……なんとなくね。初めて来たけど、ここにおまえがいる気がして」


 ゴアは後ろに隠れて様子を窺っている。

 ケインとその人物は、少しずつ両手を広げながら近づいていく。


「でも……まだ『おかえり』は……言っちゃいけないんだね?」


「……うん、まだやることがあるんだ」


「だったらせめて、もう一度言わせてよ」


 二人は抱き合い、涙を流して再会を喜んだ。


「いってらっしゃい、ケイン」


「……かあさん」


「……よく泣くやつだな…………本当に」


 影から呟いたゴアの顔は、ぐしゃぐしゃに濡れていた。

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